第二話 『囚われの狐たち』 その21
さてと、作戦開始と行こう。オレとキュレネイは、この砦の屋上へと這い上がり。三重跳びより簡単なことを再びやる。タイミングを合わせて、夜空へと跳ぶのさ。そして……オレたちはゼファーの背中に飛びついていた。
『ないすなじゃんぷー!!』
「ああ。見事だったぜ、キュレネイ」
「団長も見事であります。さすがは、竜騎士ですな」
ゼファーはオレたちを回収すると、上空高くに戻っていく。あまり低空を飛んでいると、敵兵たちに気がつかれるかもしれないからな。元・北天騎士を舐める気にはなれなかった。
ヤツらはこの黒い森のなかを、神経を研ぎ澄ませた状態で歩いているはずだ。頼りになる猟犬を連れてはいるようだが、ただの犬がスパイの待ち伏せ攻撃を見破れるとは考えてはいないだろう。
闇に想像力をかき立てられているはずだぜ。暗がりに潜む敵の姿に、大きな警戒心を抱いているはずだ。そうでなければ、真の戦士ではないからな……。
遙かな夜空の高みに竜が戻る。この高さならば、安心してもいい。森の木々にも隠れるし、生身の人間族の感性が魔力を捉えられる間合いからは離れ過ぎているからな……。
オレは鉄靴の内側を使い、ゼファーの硬い鱗をやさしく叩き、左に大きく旋回させる。
アイリス・パナージュの姿を探す。
彼女は森を疾走している。さすがはエルフ族のベテラン・スパイということか。素早い身のこなしだよ。
木々の間を縫うように走っていく。この黒い森の複雑な構造は、彼女にはまったく苦にならないようだな。
『ベイゼンハウド』の猟犬どもが、アイリスの動きに反応していく。脅威的な嗅覚だな。その後ろをついてあるく兵士たちが、進路を変えていた。
アイリスが駆け抜けた方角へと、どの猟犬たちも方向を変えている……風に逆らっている?……いいや。アイリスめ……『風』も使えたようだな。
彼女は『風』を放ち、上着にたっぷりと染み付いている血のにおいを周囲に飛ばしているのだ。だから、どの包囲の犬たちも、彼女の気配をすぐさま察することが出来たのさ。
そして。
彼女は戦闘も行う。
宣言通りだな。強力な魔術を用いて、森のなかで遭遇した『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』を爆破していたよ。その音には、犬でなくても気がつける。彼女に迫って、敵兵と猟兵が疾走する……。
それからも彼女は走りつづけて、小高い丘に辿り着いた。見晴らしがいいな。オレたちからもよく見える。
ジャンとルーベット・コランのいる砦からは、4キロ以上は離れている。砦の方に近づいている敵は魔眼でも見つけることは出来ない。
目的の一つは達成したのさ。
これでルーベット・コランの肉体は、しばらくの安静を得ることが出来た。
アイリスは夜空を見上げて、オレたちを見つけた。オレが魔眼の『望遠』の力を使っていることなどお見通しなのだろう。ウインクをしていたよ。
よく見える。
オレからも、彼女からも。
そして敵と犬からも、よく見えていた。
猟犬どもがアイリスを見つけた。森の静寂を破る、無粋な吠え声を合唱させながら、無数の猟犬が闇を切り裂くように走っていく……狙うのは、アイリス・パナージュただ一人だった。
丘を駆け上がって襲いかかって来る猟犬を、彼女はミドルソードで斬り捨ててまわる。躱しながら、斬り捨てる。犬どもが断末魔をあげて、血を飛び散らしていく。その音と臭いに犬と……そして元・北天騎士たちが集まっていく。
重装歩兵用の鎧を身につけた敵兵どもが、アイリスの周囲を取り囲んでいた。アイリスは何かを口にしていた。敵兵と話しているのだろう。オレは様子を見守るが……彼女はミドルソードを投げ捨てた。
両腕を夜空に向けて伸ばしながら、彼女はその丘の上で膝を突いていた。
……彼女の『降伏』は認められたようだ。
敵兵が、彼女の背後に回り、彼女の腕をロープで結び始めている。アイリスを痛めつける様子はないようだ……彼女が、どれほど負傷しているかについても興味はない。
犬を蹴散らすほどの強さを見せたのだからな。
彼女は死にそうにはない。しかし、わざと呼吸を荒げていた。疲れ切ったフリをしているようだ……。
……そのまま、十数分が経つ。あちこちから集まって来た敵兵に彼女は囲まれている。緊張しながら、その経緯を見守る……軽い尋問は行われていたが、それらには長い時間が費やされることもなく、暴力を使った拷問も行われない。淑女ぶっているのかもしれないな。そういう態度は暴力を抑止することもある。
やがて、彼女は立ち上がることを命ぜられて、そのままゆっくりと歩き始めていた。彼女をどこかに連れて行く気のようだな。
夜の森のなか、捕虜の身となった『ルードの狐』は歩かされて行くな……何時間も歩くのだろうか……?
「徹夜するハメになるかもしれないな」
「イエス。交替交代で眠るでありますか?」
「……状況が急変するかもしれないが……キュレネイ、先に眠っていてもいいぞ」
「分かったであります」
少女はそう言うと、ゼファーの上で体を操り、オレの前に陣取った。ミアのポジションに彼女はやって来たのさ。
「……どうした?」
「団長の腕に抱かれていたら、眠ってしまっても落ちたりしないから、安心でありますからな」
「なるほど。よく考えたもんだよ」
ミア・ポジションにやって来たキュレネイ・ザトーはオレの胴体に背中を預けてくる。甘えているように?……どうかな、もうグーグーと寝息を立てているから、色気というものは、そこには無かったよ。
まあ、可愛い『家出娘』さんだ。
しばらく、空の上にいる。キュレネイは本当に心地よく眠っているから、ゼファーとのおしゃべりもしない。ゼファーは空を飛ぶだけで幸せだしな。そして、地上の様子に変わりはない。
アイリスがただただ黙々と歩かされているし、彼女を取り囲む兵士たちも紳士的な態度を崩さない。暴力も陵辱も、その場にはない。ただ黙々と、ひたすらにどこかを目指して黒い森を歩いて行く……。
夜通し歩くことになるのだろうか?……十分にあり得ることだ。アイリスがいるから、走ることも出来ないだろうしな……。
一晩中、かかっちまうかもしれない。
そんなサイズの長丁場を考えていたものの、ヤツらの目的地はそう遠くではなかったようだ。
森の奥に見つけている。ゼファーもオレも、気がついていたよ。起伏に富んだ『ベイゼンハウド』の黒い森、そのうねるような森の一部が、大きく膨らんでいる。
それは洞穴だった。
半ば、人工的なものかもしれないな。天然の洞穴を、より大きく広くなるようにヒトが手を加えている。そうして、そこに秘密の地下施設を作っているようだ。
……男心をくすぐる構造物だよ。『北天騎士団』は森から突き出した砦だけではなく、色々なところに洞穴を利用した拠点を作っているのだろうな。
森のなかに、たいまつが集まっている……あそこが、ヤツらのキャンプ地点のようだ。
「……キュレネイ」
「……ん。団長の腕の中で、目覚める夜がこんなに早く来るとは……?」
「寝ぼけるなよ」
「……イエス。ふわあ、であります……それで、アイリスは……?」
「下にいる」
「無事でありますか?心配で、よく眠れなかったであります」
……爆睡していたが、ツッコミは入れない。
「無事だ。そして……彼女が運び込まれるであろう施設を見つけたぞ」
「おお、さすが団長であります。それは、どこでありますか?」
「あそこだ。右手側だよ。森が膨らんでいるように見えるだろ」
「イエス……あそこの地下には……洞窟……火がありますな。『北天騎士団』の隠し砦ということですな」
「そうらしい。ヤツらの足取りからも、十中八九あそこに向かっているのさ」
「では、先行して調べるでありますか?」
「そうしよう。エド・クレイトンを見つけられるかもしれない。それに……元・北天騎士たちが戻って来るよりも先に、あの内部を調べておきたいな」
「では、静かにコッソリと行くであります」
『らじゃー……っ。ちかくのもりに、おりるね……っ』
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