第二話 『囚われの狐たち』 その15


「む。ソルジェ、出かけるのか?」


 風呂上がりモードのリエルが、タオルをかぶって二階席から、こちらを見ていた。となりにはロロカ先生も同じモードであった。湯上がりの美しいオレのヨメたちだな。


 目が癒やされる。


 銀色の髪に、翡翠の瞳。自分を無視されて少し、怒っているのか、リスさんみたいにふくらんだ頬は可愛いし……。


 湯煙で曇ってしまっている眼鏡の奥にある、青空みたいに澄んだ水色の瞳は、オレのことを甘えるように見ているのさ。知的な彼女は、オレだけにあんな色気を使う……。


「あの。私たちは、どうしましょうか?」


「あまり大勢で動くのには向かない任務だからな。オレ、キュレネイ、そしてジャン……君は?」


「行くわよ。私も行く」


「そうか。アイリスを含めてだ。リエルとロロカは、ピアノの旦那から情報を聞いてくれるか?」


 ……ピアノの旦那は、喋れるんだよな?……彼が話すのを聞いたことはないが。まあ、筆談でもいいか。


「わかったぞ!連絡要員だな!」


「そういうことだ。ガンダラ、オットーにフクロウを飛ばして、情報を共有するとしようぜ……無事にレイチェルとも合流出来たことを知らせておきたい」


「わかりました。あれ……?そのレイチェルは?」


「重要な別件がある。歌で、民草の心を動かしてもらうことにしよう。彼女の歌は、『ベイゼンハウド人』の心に響くんだ」


「了解です。ここで情報を整理しておきますね」


「頼んだ」


「うちの旦那は口下手だけど、私が知っている情報は全て知っているわ。切れ者のロロカ・シャーネル副社長。貴方も彼と情報を共有してくれるかしら?」


「ええ。分かりました」


 ……ルード・スパイとロロカ先生のインテリジェンスが競合するってのか?……なんというか、いいことだな。


 リエルは……何か、自分が役に立つのか不安な顔していやがる。


「リエル。ロロカのサポートと、この店の用心棒を頼むぜ。森のエルフの耳と、魔力の高さで、敵の接近に気をつけてくれ。敵の偵察が、無いとは限らない」


「うむ、得意分野だ、任せろ。それで、見つけたら、どうするのだ?射抜くのか?」


「……可能なら、やり過ごす。どうにもならなかった時だけ、射殺せ」


「了解したぞ。この店は、任せるのだ、ソルジェ、アイリス・パナージュ」


「任せたわ。さてと……行きましょうかね」


 アイリス・パナージュは、エプロンを外す。その下には、革製のアーマーが仕込まれていた。さすがは、ルード・スパイだな。


 そんなアイリスに対して、彼女のパートナーは無言のまま、鞘に入ったミドルソードを投げ渡していた。ルード・エルフの指が、その鋼を掴むと素早く革鎧のベルトに差し込んでいた。


 戦支度は完了だよ。魔術、武術、戦術を使いこなす、アイリス・パナージュお姉さんの準備は万全だ。


「じゃあ、行きましょう?」


「ああ。ジャン……手紙のにおいは覚えたか?」


『は、はい!か、完璧です!』


 ジャンは今日の失敗を活かしていた。狼に化けてクンクンすべきなのである。そうじゃないと……ヒト型でアレをやっちまうと、何とも壮絶な印象の悪さというかな……。


 だが。今度は問題無かった。


「……よし。それじゃあ、ちょっと捜索に出かけてくる。ここは頼んだぜ」


「うむ!」


「はい。お任せ下さい」


 ヨメたちに任せて、オレたちは『音楽酒場スタンチク』から外に出る。


 ……夜の『アルニム』の街並みは、かなり涼しいというか、寒いほどだな。現在は、夜の11時……他の酒場は、まだまだこれからって時間帯だが、『スタンチク』は漁師ウケを狙った店でもあるからな……朝の早い漁師は、家に戻った。


 そういうのも。


 全部、計算してのことなんだろうなあ。レイチェルの『歌』を、より効率的に使うために、自分の酒場だけでは使わないわけだ……。


 一体、どれぐらい前から仕込んでいた計画なのか……今度、訊いてみよう。教えてくれるかは分からないがね。


 さてと。


 魔力を使う―――魔眼に力を込めて、呪いの赤い『糸』を発生させる。ジャンは、ヒト型に戻ってもらっている。


 魔力を温存させるためだ。実戦になる可能性が高いからな。『呪い追い/トラッカー』のジャン・バージョンは、後から使ってもらおう。


 まだ、かなり距離があるからな……。


 赤い『糸』は空へと伸びている。南に向かっているよ。


「団長、どんな状況でありますか?」


「かなり南だ。遠くに逃げたフリをしているが……どれぐらい、逃げる?」


「……他の十都市連合に逃げ込むように見せかけるはずね。人口が多い町の方が、ヒトを隠せるでしょう?……そこにスパイの仲間がいるように見せかけるつもりよ」


「……なるほどな。とりあえず、町の外に向かうぞ」


「衛兵を倒す?」


「……いいや。連れの北天騎士サンから、秘密のルートを教えてもらっている」


「……あのフーレン、やはり北天騎士なのね……じゃあ、彼が、ジグムント・ラーズウェルなのかしら?」


「ああ。有名な男なんだな」


「ちょっとした伝説よ。全盛期は、貴方に迫るような剣豪だったのかもしれない」


「そうだな。彼は、とんでもなくいい腕しているよ」


「……その彼も、負けたっていう噂だった。死んだというハナシまで流れていたわね」


「……ならばインパクトが増えていい。実は生きていた英雄という物語は、オレたちのような野蛮な男の胸を打つぞ」


「そうね。反乱勢力を組織することが出来るとすれば、彼ぐらいかしら。多くの人材は十都市連合の議会の言葉に従って、地元に戻った。解散して、困窮している」


「そうらしいな……」


「団長」


「……ああ。今は、外へと急ごう。ついて来てくれ、アイリス」


「ええ。頼むわ」


 オレたち四人は影に融けて、無音を意識して夜の『アルニム』を駆け抜ける。帝国の衛兵に見つからないようにするのは、簡単だったさ。


 なにせ、上空からゼファーが金色の瞳を光らせてくれているのだからな。どこに敵がいるのかを、『ドージェ』にしっかりと教えてくれるんだ。


 敵をやり過ごすのは、何とも楽だったよ……ゼファーの視界から、レイチェル・ミルラが酒場に収まりきらず、港の近くで歌っている光景も見えた。帝国軍の兵士にも聞かせているな……。


 帝国軍の兵士……というよりも、彼らは元・北天騎士の地元の民たちだろう。


「……アイリス」


「なに?」


 歩きながらの質問だから、問題は無いだろう。キュレネイも叱っては来ない。


「……こっちに残された元・北天騎士の兵力と、ハイランド王国軍の戦に駆り出された連中は……何か違うのか?」


「あら。いいことに気がついたわね。こっちに残っている連中は、名のある連中が多い」


「……なるほどな。セルゲイ・バシオンに、警戒されているわけか」


「そうよ。セルゲイ・バシオンは、北天騎士たちに弟を殺されて、その死体を海に捨てられた。北天騎士の文化では、敬意の表現でもあるけれど―――帝国人には、その行動は野蛮な行いにしか見えなかった」


「……仲が悪いわけだ」


「文化の違いによる誤解ってものは、本当に厄介なことね……とにかく、『ベイゼンハウド』に残されているのは、対帝国との戦において、活躍してしまった若い主力たち……派遣されたのは、それよりも若い子と、少し年上の中堅たちが多いわね。戦場には、中堅たちの方が役に立つでしょうし」


「それに、中堅の元・北天騎士たちには家族がいるな。事実上の人質でもある」


「反乱を起こしにくそうであります」


「ああ。あまりに若い新兵のような者たちは、周りに頼るだろうからな。反乱を起こそうとする力を、抑えられている」


「な、なんだか、スゴく上手く出来てはいるんですね」


「ああ、帝国軍らしくな……しかし、最強の世代が出て行けていない」


「イエス。帝国軍と『ベイゼンハウド』の戦で、ルーキーだった世代。戦士としては、経験もあり、年齢的に体力も最高の世代たち……それらが、この国に留まっている」


「ああ。そのチャンスを奪われた、最も有能な世代の若者たち……ジークハルト・ギーオルガのような世代の連中は、それゆえに、必死になって帝国へ媚びているわけだ」


 ―――大出世して、帝国の市民権を得るチャンスを、彼らは失ったか。


「ククク!……自分たちの実力を発揮する機会を、セルゲイ・バシオンに潰されたとも考えているだろうな……」


「ええ。セルゲイ・バシオンの判断は二つの相反する側面を持っているわ。合理的な判断と、感情的な判断が。バシオンとギーオルガに対して、感情面で揺さぶりをかけたいトコロね」


「バシオンの首を刎ねた男だからな……両者が揉めるべき理由はあるな」


「……ええ。近いうちに工作しましょう。ケンカを売る機会を、お互いに求めてはいるでしょう……お互いを対立させるのは、我々にはメリットになるわ」


 ……さてと。海神ザンテリオンの教会だ。オレたちは、ジグムントにならい、あの石像を押して、地下へと潜る。そのまま地下トンネルを進み、あの古井戸を這い上がった。


 剣塚の近くまで行くと、ゼファーがいたよ。


『ひさしぶり、あいりす!』


「ええ。お久しぶりね、ゼファー。今回も、頼むわよ!」


『うん!!まかせて!!』



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