第二話 『囚われの狐たち』 その1
……『アルニム』には港があり、人間族の多い街なのだと、ジグムント・ラーズウェルは教えてくれる。
北海向かった西に突き出された岬と、それにつながるような入り江の内側に桟橋と船着き場が並ぶ。
突き出て曲刀のように湾曲している岩盤剥き出しの強さと厳つさを感じさせるあの岬は、天然の防波堤となる。
あの曲刀の『北側/刃』は、北海からの押し寄せる残酷な荒波を斬り裂き、その内側にいる船たちを守るという仕組みなのだろうな。
沿岸部のほとんどが城塞に囲まれている。
もはや、ちょっとした要塞のようですらあるよ。海賊との戦いを繰り広げてきたという歴史もあるようだが、納得することが出来た。『アルニム』を海から攻撃しようとすれば、上陸地点は限られる。
長い岬の腕に囲まれたような入り江だけだ。しかし、そこに上陸しようとすれば、高さのある城塞の上から、しこたま矢の雨を浴びせられるのさ。あるいは、蛮族的に大きな石でもブン投げてくるかも?……何であれ、上陸しやすい場所は最大の『罠』でもある。
守りに特化しているな、『北天騎士団』らしい。
街の中を走る道も、あえて細くて入り組むように作られている。
「……街が迷路みたいね」
「ハハハハ。いい着眼点だよ、カーリーちゃん。この『アルニム』の細い道は、北天騎士が敵を一人ずつ斬るために細いってわけさ」
「さすが、『北天騎士団』ですわ!……一対一なら、偉大な伯父上たちが賊どもに遅れを取ることはありませんもの!」
「そうだ……海賊野郎にも、帝国軍にも粘った。何度も街に火をつけられても、どうにかこうにかしのいでみせた……オレたちの守った、街だったんだがなぁ……」
……そんな『アルニム』も事実上、帝国の植民地と成り果てている。ジグムントにとっては辛い現実だ。多くの勝利を得たはずの土地が、すっかりと敵のモノになっているというのだからな。
戦いで奪い取られる屈辱も、戦士の心を引き裂くほどに痛ましい。だが、『北天騎士団』は戦いではなく、帝国人の差し出す『豊かさ』というものの虜となった民草たちにより、戦いを停止させられた。
……敗北するよりも先に、同胞たちに、これからは敵と組むのだから戦うな!……そう告げられたわけさ。
無敗の『北天騎士団』。彼らは敵に滅ぼされる日はついに無かったが、同胞という仲間たちの意志により解散させられてしまうという終焉を迎えた。
見せかけの自治を渡されたものの、現実的には、しっかりとした帝国の植民地と成り果てている。港の船の毛色を見れば、よく分かるというものさ。
漁船や商船も多く浮かんでいるが、小型の軍用船も多い。帝国軍の船だ。それらは帝国軍の手漕ぎのボートだった。
サイズから予測するに十数人乗りのボートか。海戦のためではなく、上陸するためのボートさ。
帝国の海兵隊があれに乗り、『ベイゼンハウド』の遠浅の海岸にでも乗りつけるために使うんだろうよ。
かつて『北天騎士団』が全力で上陸を防いでいたであろう、あのボートどもも、今では入り江の城塞に歓迎の抱擁を受けているかのように、静かな入港と停泊を満喫している。
「……ここは事実上、帝国軍の海上戦力が集結している。いつもならば、もっと沖合には多くの帝国軍船が浮かんでいやがるんだが―――ハイランドとの戦に備えて、兵士を大量に乗せて、あちらに向かった。それが、オレの知り得ている情報だ、ストラウス殿」
「ふーむ。アリューバの海戦と、それに続いた、私たちによるイドリー造船所への襲撃。それで帝国海軍を徹底的に叩いたはずだが、まだまだ軍船は浮かんでいるのだな……」
オレの背中でリエルがガッカリしている。
「いいえ。リエル。ここにいたのは新造された船ではありません。老朽化の進んだ旧式の船だったはず」
「そうだな。よく知っているなぁ、ディアロスのお姉さん」
「ロロカ・シャーネルですよ」
「あ、ああ。スマン。ロロカお嬢さん……お前さんの言うとおり、ここにいたのは古い船ばかりだ。オレたちが襲撃し、何度も沈みかけた船……海戦にも耐えるような船は、もう『ベイゼンハウド』には置いていなかった」
「……『北天騎士団』が解体されたから、舐められていたか」
「……そうだろう。帝国の海上戦力の本命は、『アリューバ半島の死守』だったようだしなぁ。『ベイゼンハウド』には、地上戦力と、その運用を高速化する、あの手漕ぎのボートだけで十分と判断されていた……普段でも、オレたちを相手に2万だけしかいない」
「……軽んじられていたでありますな」
「そうだ。屈辱的なことになぁ……ッ」
「伯父上……」
「で、でも。前向けに考えられますよ?……今は、敵が、半分になっちゃったんです」
「うむ。ジャンの言う通りだ。悪くない状況だぞ!舐められているということは、油断してくれていることでもある……隙だらけだ。圧倒すれば、容易く崩せるだろう!」
「圧倒するってかぁ?……そりゃ、そうしたいのも山々だが難しい。つまり…………何か、考えていることがあるんだな、ストラウス殿よ?」
「あるぜ。だが、今は情報収集に徹しよう」
「……ああ、そうだな。オレも、独りぼっちであちこち逃げ回っていたせいで、最新の情報を手に出来ているとは、言いがたい……」
「知恵を借りるぜ、北天騎士殿。どこから降りればいい……?港に並ぶ店の一つ……『スタンチク』って店に行きたい」
「そんな店あるのか?……知らねえ名前だぞ?」
「ああ。最近に出来たはず。だが、場所は分かる。五階建てのホテルから、街路を二つ南。その細い路地の奥にある」
「……詳しいな?オレに訊く必要はなさそうだが?……ああ、侵入経路か」
「そうだ」
「……だが、お前さん……今、『アルニム』を見ていたのか?」
「眼帯の下にある目玉は特別製でね。竜が形見代わりに残してくれたような魔法の目玉をしている……」
「おいおい。まさか、直接に、ここから見て確認したってのかい?……フーレンやケットシーじゃなく、人間族のお前さんに、そこまでの夜間視力があるとはなぁ。色々と持っているな、ガルーナ騎士よ」
「アンタにしか無い知識もくれると助かる。『アルニム』に、帝国兵に悟られず入るルートはあるのか……?」
帝国兵も仕事はマジメにこなしやがる。ハイランド王国軍との戦いに駆り出されることもなかったヤツらも、国境線の一つ向こう側の土地で大きな戦があると思えば勤務時間ぐらいは緊張する。
『アルニム』の城塞の外側を、しっかりと警戒している。まあ、城塞の頑強さのおかげで、『アルニム』の狭っ苦しい道が走る街並みには、兵士の姿はまばらだがな……。
商船も入っている。船乗りや商人たちをもてなす、酒場の類いは開業中だ。帝国の侵略戦争と経済活動は表裏一体だからな……少々、きな臭い状況でも、金稼ぎをすることを止めない。商人どもの稼ぐ金が、ファリス帝国の侵略戦争を実行させる動力源だからな。
「……内側はともかく、外側の警備は厳しそうだ。殺して無理やりに侵入するのは、行動としては容易いが……せっかく、潜入しているルード・スパイたちの仕事を妨害することにつながりかねん」
「スパイ……『オレたちの仲間』のために、か」
「よく分かって来たな。さすが大陸を旅した経験を持つ男。心が同じなら、国籍も種族も問うことはない」
「そうだなぁ……」
「で。あるのか?」
「ハハハハ。ああ、もちろん、あるぜ?……オレは『ベイゼンハウド』の十都市には、専用の『道』を確保しているからなぁ」
「さすがは北天騎士だよ。それで、どこに降りるべきだ?」
「……南の切り立った海沿いの崖に……『剣塚』がある。そこがいいだろう」
「ふむ。北天騎士たちの『墓』に降りるのか…………」
そう言いながら、リエルはオレの肩にエルフのちいさなアゴを乗せてくる。彼女のため息を聞いた耳を持っているのは、オレとミアだけだった。
夜中に墓場に行く……?
女子ウケが大変に良くない行動だろう。まあ、墓と言っても、そこには屍体は無いはずだがな。北天騎士たちの剣が刺さっているばかりの塚らしいがね。
「ジグムーおじちゃん」
「なんだい、ケットシーちゃん」
「ミア・マルー・ストラウス」
「そうかい。ミア……って、君もストラウスなんだね?」
「うん。お兄ちゃんとは魂レベルでつながっている義理の妹。それで、そこ以外じゃダメなの?」
「ミアちゃんよ、墓場は好かんか?」
「もちのろーん」
「まあ、分からないでもない。だが、そこは少し広くて、夜中には誰も来ない。竜でも降りられるはず。それに『アルニム』まで近い。理に適った場所だ」
「じゃあ。文句言えない。リエル、墓場についたら、お手々のドッキング予約ね!」
「う、うむ!我が夫の妹は、私の妹であるからして!妹の願いを、無下に断る私ではない!」
「ず、ずるーい!わらわも、ドッキングする!」
「オッケー。ミアは右と左に『ゴースト用シールド』を展開するの!」
……ミアも夜の墓場はイヤらしい。リエルのために他の場所にしないかと提案したのかと考えていたのだが。小悪魔なミアめ……ホント、可愛い。
「……やれやれ、嫌われているな、オレたちの『剣塚』。あそこには、骨は、あんまり無いんだがなぁ……」
「……ちょ、ちょっとは、骨も埋まっているんですね……っ」
「大昔のリーダー格のだけはな。特別扱いは、彼らぐらいだ」
……なら、『氷剣のパシィ・イバル』の骨もあるのだろうかな……ロマンを感じるな。
「……興味深い文化ですね。でも、今は―――」
「―――分かっているよ、ロロカ。上空からの偵察は十分だ。ゼファー、『剣塚』に向かってくれ!」
『わかったー、みなみの、あそこだね!さっそく、むかうよー!』
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