第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その29
「……ジャン、他の四人の臭いを追いかけろ!」
『そうか!そ、それなら……追跡出来ます!!』
ジャンが通路を引き返していく。むろん、我々もジャンに続いた。
『手紙の送り主』……いや、十中八九、ジグムント・ラーズウェルそのヒトを追いかけて、四人の元・北天騎士たちがやって来ている。
「その四人組は、おそらく人間族だろう……」
「……帝国軍に合流したという、人間族の元・北天騎士たちですね。この街の出身者である……」
「メアリー・ドーンは、若者たちは帝国によく懐いているというハナシだったな」
「……若者の方が、思想を変えやすいですから。17才ぐらいが、一番、洗脳しやすいと語った教授もいます……」
「では、ロロカ姉さま。この四人組は、ジグムント・ラーズウェルを捕らえに来た若い裏切り者たちか?」
「裏切り者……そうですね。そういう立場だと解釈して、私たちは挑むべき相手になるでしょう」
『……っ!?』
ジャンが立ち止まる。床に鼻先を近づけて、しばらく考えて、右の通路へと走った。
「混乱しているの、狼さん?」
『……ち、ちがうよ。四人組が、一度、分かれたんだ。あちこちを彷徨ってる。きっと、ロロカさんの推理は当たっているんです』
「若くて未熟。この塔に対しての知識や経験が少ないのでありますな」
『そうだと思うんです。皆、あちこちに分かれて、し、しばらくして戻って来た。迷っている。迷っていたから、手分けして、どうにか正解の道を見つけた……新しい足跡を、追いかけるようにします!』
「……いい傾向だな、ソルジェ」
「ああ。『敵』サンたちは……迷っている。このダンジョンみたいな場所でな。ジグムント・ラーズウェルは、これから上の階にもそういう罠を起動させているだろう。少しは知識があったとしても……攻略には時間がかかる」
「じゃあ、ジグムント・ラーズウェルには、『敵』どもが辿り着くまで、時間があったのね?」
「そうだ。何時間、稼げるかは分からないがな。しかし、ヤツらが迷おうとも、こっちにはジャンがいる。場合によれば、ヤツらに追いつくことも可能だろう」
「ジャン!罠はもう気にしなくていい。四人組が、解除しているはずだよ!」
『ワン!!』
ジャンは集中している。四人組を『敵』だと認識したことで、集中力が強くなっているな。『狼男』の嗅覚を用いて、『銀月の塔』の床を彷徨う『敵』の足跡を追うことに必死になった。
『敵』はかなり迷っていたらしい。ロロカ先生が予想する『わらべ歌』のような、謎解きの道具は使えなくなった。そうなれば、この塔で得た経験値だけが有効になる。
彼らは、未熟さがある。当たり散らすようにして、鋼を叩き込まれた木箱があるな。長年放置されていたせいで、箱が置かれてあった場所は湿って黒くなっている。
何年だか、何十年もそこから動かなかった箱に、イライラして剣によう斬撃を叩き込んで破壊した。通路にはその残骸が、砕けた木片となって散らばっている。
箱の中身は空き瓶か。傷薬でも入っていたのかもしれないが、放置された期間が長すぎて中身は蒸発していたようだ。割れたガラスだけが転がっていて、薬品のにおいを嗅ぐことはなかった。
乱暴に、横薙ぎ払いを放ったな。子ヤギを詰め込めそうなほどの大きさの木箱が、一撃で木っ端微塵。大きな剣による一撃だろう。
北天騎士の使う、主力兵装。剣術の伝統は、若く心が未熟な者たちにも伝わってはいるようだ。とはいえ、ジグムント・ラーズウェルが、須弥山でまで修行した男であるなら、そこらの若造どもに負けるとも思えないが……。
……彼が負傷しているとか、彼が病気を患っているとか。あるいは、この若造どもの中にも凄腕がいる……そういう可能性もあるからな。
抵抗されても、勝てる見込みがあるからこそ、この場にやって来た。たった四人で。ジグムント・ラーズウェルと、ヤツら四人の実力差は離れてはいないのだろう。
……戦うのが楽しみだ。
オレに『剣で勝つ』ヤツがいるらしいが……四人で、オレたちを相手にして勝利するのは難しい。猟兵が六人いる。そして、戦力としても使えるカーリー・ヴァシュヌもいるからな……。
だが。クライアントの孫娘を戦いに巻き込むわけにもいかないか。
「……カーリー、戦いになれば、双刀を構えて距離を取れ」
「……わらわだって、戦えるわ。大人にも、負けないもん」
「知っている。ミアに迫る実力がある。だから、もしも敵があまりにも強い場合は、君を守る余力はない」
「赤毛……弱気なのね?」
「戦場は混沌とするものだ。力を競う武芸の道と、戦闘は趣が違う。強者が必勝とは限らない」
「……強くても、負けることが、あるの?」
「ある。より強い相手を倒すために、戦術や作戦というものはあるんだ。オレたちもそれを使うが、敵もそれを使って来る。お前に期待しているのは、自分の身を安全に守ることだ」
「守れる。『十七世呪法大虎』の孫娘よ、わらわは!」
「なら、それに徹してくれ。強いお前が、後衛にいるだけで、敵に動揺を与えられる。ミアと共に行動しろ。敵が四人なら、オレ、ロロカ、キュレネイ、ジャンだけで前衛を務められる。リエルとミアは、援護射撃あるいは、ジグムント・ラーズウェルの保護だ」
「……わらわが、邪魔しなければ作戦は十分ということなのね?」
「そうじゃない」
「え?」
「いいか、カーリー。お前は、十分な戦力になる。お前の強さを悟れんような敵なら、オレたちが即座に仕留める。そうでない敵相手には、お前はオレたちの後衛にいることだけで、敵どもにプレッシャーを与えられる。お前がいれば、敵はお前に備えようとして、考える。そうなれば弱くなる」
「……わらわも、役に立つってこと?」
「ああ。オレはお前の能力を作戦に組み込んでいる。期待に応えられるだろ?」
「ええ!もちろん、わらわは、『十八世呪法大虎』になるんだから!」
プライドが輝く笑顔を、天才少女は浮かべていた。
そうだ。それでいい。オレたちは彼女を除け者にしているわけじゃないんだよ。小さくても『虎』がいる。戦わなかったとしても、それだけで敵には十分にイヤなものさ。
……ジャンに導かれ、『銀月の塔』の内側を駆け抜ける。遠回りをさせられているが、それでも着実に前進することは可能だ。壁をくり抜いた小さな隠し扉を、ヘビみたいに這いずりながら通り抜けた。
力尽くでこじ開けた岩戸もあったな。ゆうに200キロぐらいはありそうだから、それなりに体力と時間を使ったさ。
フロアを駆け回った後に辿り着く階段をのぼっていく。8階、9階、10階、11階と……オレたちは進む。
複雑な道のりを進みさえすれば、先に進めることだけはありがたい。
だが。迷い、調べながらでは『敵』どもは、オレたちの数十倍の時間を費やしたことだろう―――およそ、7時間前に、この場所に侵入したか。
早朝に行動を開始していたな。おそらく、街の者に見つからないように。帝国軍の装備も選ばなかった…………『ガロアス』育ちの者としては、後ろめたいことをするつもりのようだな。
目撃されないように動き、しかも北天騎士の剣を装備していたか……ジグムント・ラーズウェルを逮捕しようとしていたのか?……ハイランド王国軍との戦が始まる。その混乱に乗じて、彼が何かを起こそうとすると読まれていたのか……?
……どうあれ、この階段をのぼれば、12階……っ。
気配を察して、オレたち全員はピタリと止まる。声が聞こえたよ。12階のフロアからは、若い男の声が聞こえてくる。
本能がさせる反射のように……猟兵と『虎』は無音を選び、音を立てることを禁じた腹ばいのような動きで、ヘビのようにその階段を這い上がっていく―――状況を把握してからだ。突撃するにしても、適したタイミングというものがあるんだからな。
12階のフロアに到達しそうな直前、若い男は大きな声を使っていたよ。
「……いい加減!!いい加減、オレたちに寄越せよッ!!アンタたちの時代は、もう終わったんだよッ!!これからは、オレたちの時代なんだッ!!……だから、だからアンタは教えるべきなんだよ、オレたちに、『イバルの氷剣』がどこにあるのかをッ!!」
『イバルの氷剣』、心くすぐられる言葉であったな。
伝説の北天騎士である、『パシィ・イバル』が用いていたとされる剣のことか……?そいつを代替わりしたから、寄越せと求めているようだな。つまり……帝国軍は、それを所有してはいないのか。
ゆっくりと腹ばいになったまま、その頭を階段より上に出す……見える。ただっ広いホールの中央に、四人の若い人間族がいる……そいつらに対峙する先に、フード付きのローブをかぶった男がいた。
……アレが、ジグムント・ラーズウェルなのだろう。北天騎士ジグムント・ラーズウェルは、白いヒゲが生えた口周りを揺らす。笑っているのだ。あざけりの笑みを使っている。
「ハハハ。力をつけた気になっているのなら、示せ……ケガ人相手に怯むような未熟者なんかに、北天騎士の宝など、くれてやるわけには、いかんだろうが―――?」
……戦う気だな。見守りたい気もするが、ケガ人相手と言ったな……どうあれ、彼を死なすわけにはいかない。行動すべきだな。挑発された若者たちが、彼を八つ裂きにする前に。
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