第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その30


「行くぞ」


 無言で襲撃する―――のは、やめておいてやる。元・北天騎士に対して、オレが選んでやれる数少ないリスペクトとしてな。


 元・北天騎士との戦いならば、奇襲は選ばない。言葉を使う。あのローブを着た自称ケガ人を攻撃されても困るからだ。


「おい、こっちだ、若造ども!!」


「……っ!?」


「……何!?」


 人間族の騎士の内、二人は言葉に引っかかる。こちらを睨み、大剣を構えた。だが、残りの二人は『ジグムント・ラーズウェル』に挑もうとしているな。


 『ジグムント・ラーズウェル』も、やる気になっていやがる!!……ククク!!ケガ人ならば、自重して欲しいモノだがなッ!!


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 気合いを声にして放ちながら、若い騎士目掛けて竜太刀を振り下ろした。大振りだからな、さすがに反応したよ。こちらの斬撃に合わせるようにして、その騎士もまた斬撃を放つ。


 ガギキイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!


 鋼がぶつかり、叩きつけられた鋼が衝撃に震えて火花が散る!!……刃を押し合いながら、殺気に満ちた若い獣の貌を見たよ。


 ……北天騎士の剣は、重いな。砦の骸で知っていたが、鎧ごとを戦士を両断するほどの力がある。大きな剣の重量と、前のめりになるほどの前傾姿勢。


 両手持ちの、真っ直ぐな斬撃―――こっちも珍しく最初から両手持ちにしていて、良かったかもしれんな。ロロカ先生の助言に従っている。北天騎士の技巧を、舐める気にはなれなくてな。


「……お、オレの打ち込みを、と、と、止めただとッ!?」


「……いい威力だ。才もあるし、鍛錬も十分。お前は何も悪くない。ただ、相手がオレであることだけが間違いだ」


「ほ、ほざけッ!!」


「助太刀するぞ、バートッ!!」


 力勝負している騎士と騎士に対して、無粋なものだがな。もう一人の騎士が大剣をオレ目掛けて振り下ろそうとする。だが、それはあまりにも無謀ってもんだ。オレに集中するってのか?


 ……つまり、それはよそ見するってことだぜ?……こっちには、色々と強いヤツがそろっているというのにな―――。


「―――でやあああああああああああああああああああああッッ!!」


 『霊槍・白夜』による、強力な突きだ。水色の魔力に煌めく霊槍を、ロロカ・シャーネルは繰り出すのさ。


 歩法と腕の動きは、完全に調和している。霊槍と彼女は、身体と技巧だけでなく、魂まで合一させて最速にして、最強の突きを撃つのだ!!


 ガガガギュイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!騎士の剣と霊槍が衝突していた。


「がはあ……ッ!?」


 霊槍による強力な突きを浴びてしまい、騎士の身体は崩されていた。鎧を着ていないからな。重量が軽いから、踏ん張ることが出来ないようだな。


 しかし、それだからロロカの突きで死なずに済んだ。一瞬で力量差を思い知らされているだろうが―――よく生き残ったと褒めてやりたい。


「……強いですね。思ったよりは」


「……ああ。欲張るな、一対一で確実に仕留めるぞ」


「了解!!」


「な、舐めるな!!」


「お、女の槍に、北天騎士が、二度も遅れを取ると思うなよ!!」


 ……ロロカに力負けを喫したことが、プライドを傷つけてしまったのだろうな。北天騎士は鬼の形相になり、ロロカとの決闘に挑む。


 ロロカは焦らない。この若者たちの剣術は達人並みだ。そして、幼い頃からの鍛錬が染みついた動きは、常に捨て身の鋭さを宿している。殺されても深手を与えてやろう。そういう哲学と共に、強打と前進を仕掛けて来るのさ。


 慎重に戦うべき相手だ。


 命を費やす捨て身の剣には、まぐれも宿る。


 オレと目の前の騎士は、呼吸と動きを読み、同時に鋼を引いていた。逃げるわけじゃない。互いに同じ思想の基づいた行動だった。


 再び強打を放ち、今度こそ相手を自慢の強打で破壊してやろう。そういう願いのために腕は動く。


 力比べから解放された時間など―――刹那よりも短い。お互い呼吸を行うよりも先に、身を踊らせて剣舞に移る。血が熱を帯びて、肌が燃えているようだった。闘争への歓喜が炎となって命に宿っている。


「おらあああああああああああああああああああああッッ!!」


「負けるかあああああああああああああああああああッッ!!」


 竜太刀と北天騎士の大剣が暴れて狂い、鋼の歌を響かせる!!……互いの強打が相手の強打と命中して、力と速さと手数の世界に戦士を導く!!


 殺気のままに奔る斬撃の嵐が、鋼を競り合わせた。熱く赤い火花を散らし、鼓膜と肌を揺さぶる音を残し、骨を歪めるほどの衝撃を相手と自分に刻みつけていく。


 攻撃性と融け合って、目の前の獲物にだけ集中していく。この若者はオレよりも年下だが、いい腕をしていた。鋼と身体が躍動し、残酷なまでの必殺を求めて技巧と経験と集中を尽くす。


 ……騎士として、最高に楽しい時間だったよ。


 十数手の打ち合いの果てに、互いに深く踏み込んで鋼を衝突させていた。同じ東方剣術だけあって、両手持ちで戦えば噛み合ってしまうものさ。後は、技巧よりも原始的な力がモノを言うこともあるし―――そうではない場合もある。


「……ぐううッ!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 竜太刀と力比べをしている騎士が、頭を剣に叩きつけるようにして、さらに大剣に力を乗せて来た―――ああ、残念だが、フェアな勝負じゃなかったかもな。


 そいつを読んでいたよ。君らの先祖たちの斬り合いを、あの砦の骸から学んでいたから。


 獣染みた力の使い方を、君らは技巧として伝承して来たのさ。


 いい伝統だ。かつてのままに、それは君らの技巧に受け継がれていた。


 しかしな。だからこそ、その動きをオレは読める。力をいなしてやったよ。竜太刀を横に倒しながら、ステップを用いるのだ。


 さらに踏み込み威力を強めようとしている騎士の動きに乗るようにして、支配する。操られていることに、彼は気づいただろうな。有能な騎士だから。だが、どうしようもない。君らの技巧は、突撃の威力を棄てることが出来ない。


 彼を抜き去るように走りながら、その腹を撫でるように斬り裂き―――その勇猛果敢な正面突破を崩してやったのさ。


 鋼が騎士の身体を斬り裂いていた。命を破壊するには、十分な深さがあることを指で受け取っていた。


 ―――彼は、鋼の鎧こそ着ていないが、服の下には帝国軍が支給する装備を身につけていた。魔獣の革に鉄鋲を打ち込んで作った、『スタッド・レザーアーマー』、それを着ていたらしい。


 ……騎士の大剣と斬り合うには、好ましい防具とは言えないな。そんな印象を抱きながらも、元・北天騎士であった若者の命を斬り裂いてた。


「ぎゃががあああああああああっ!?」


 腹を裂かれた騎士が断末魔の叫びと、斬り裂かれた肉体からは爆ぜるように血潮を吹き散らせながら……そのまま『銀月の塔』の床に沈んでいた。大剣が転がっていく。床の上に命の赤い色が広がり、彼の騎士の証も血に沈む。


 倒れた頃には、もう意識もなかったはずだ。体の奥に走る太い動脈を、完全に断ち斬ってやったのだから。


「ぬうううッ!?……あ、赤毛ええええッ!?」


「……私と『白夜』を相手にして、よそ見をしている場合ではないですよ」


「……ぐうッ!?」


 『霊槍・白夜』が華麗に踊る。ロロカお得の突きの乱打が、接近を試みようとしていた騎士を軽々と突き崩す。ロロカの突きを受け止めながら、大剣を握り続けたことは脅威的なことだ。


 ディアロス槍術の突きの重さを、数手受け止めるだけでも奇跡的な行為になる。オレに対して、よそ見をしていたというのにな。


 しかし、ロロカは勝ち方を心得ている。ガルーナの剣術を識っている彼女は、それによく似ている『北天騎士団』の剣術をも理解しているのだから。


 霊槍による重く激しい乱打は唐突に停止し、騎士はその瞬間に誘われていた。前に出る。踏み込もうとしたな―――オレならそうする。だが、オレならば、ロロカに対しては、もっと慎重に動いただろう。


 霊槍と共に、乙女の体が躍動する。水色の輝きと共に舞いながら霊槍の石突きによる打ち上げが、騎士のアゴを砕き、その慈悲深い重さをもって命を破壊していた。


 ディアロス槍術のカウンターの一つ。突きの終わりに対して、不用意に突っ込めば、ああなるのさ。


 ……これで二人排除した。しかし、残りは、二人いる。



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