第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その28


 『銀月の塔』の中へと入る。予想はしていたが、やはりダンジョンの様相を呈しているようだな。


 入り口からつながるホールこそ広いものではある。十個の星と交差する大小の剣が彫刻された巨大な石柱が幾つも存在し、この塔の重量を支えるための支柱となっている。


 しかし、左右に視線を動かすだけで、四つ―――いや五つもの扉が見えた。迷路になっているのさ。何故か?……外敵からの侵入を防ぐためだ。ここは、やはり有事の際には『ガロアス』の市民たちが立て籠もるための施設でもあるらしい。


 侵入者により多くの時間をかけさせることで、『北天騎士団』の戦略方針、『時間稼ぎ』を徹底する。それと共に、狭い通路と、限定された室内で、一度に戦う敵の数を少なくするわけだ。


 そうなれば?……個人技に自信がある北天騎士たちは、上手く立ち回れば常に一対一で、多くても5人程度の敵と同時に戦うだけで済むからな。


 この扉は、盾であり武器でもあるわけだ。少数の騎士で、大勢の敵を相手にするための建築哲学が体現されている。


 いい哲学だとは思う。だが。『外』から来た者に対しては、実に排他的な仕組みではあるな。オレたちに対しても、それは確実に機能する。時間稼ぎされてしまいそうだよ。


 しかし、オレたちにはジャン・レッドウッドがいる。ジャンはこの複雑な構造でも足を止めることはない。


 『狼男』の嗅覚が導いてくれているのだ。五つの足跡と、それにこびりついている臭いを正確に読み解きながら、ジャンはホールを駆け抜ける。


 オレは魔眼で、ミアは注意力で、罠の気配をジャンが見落としたりしないように注意すれば、問題は一つもない。五つの扉の一つに、ジャンは迷わずに向かった。家畜の尻に噛みつく狼のごとく跳び上がり、その強靭さにあふれた前脚で扉を押して開く。


『こ、こっちです!……つ、ついてきて下さい!』


「ああ。その調子で行け。オレたちも罠があれば気づく」


「うん。どんどん、行っていいよ、ジャン。『北天騎士団』の罠の考え方は、それなりに読めて来てるから!」


『了解っ!』


 ジャンが通路を走る。全力ではない。オレたちが追いつけないからな。それでも、十分な速さがある。


 ……まあ、灰色の石で作られた、狭い通路は長くて、ときおり直角にさえ曲がっているから、あまり全力で走る必要もない。というか、走れないようにデザインされている。


「……塔というよりも、これは大きな砦なのだな」


「イエス。リエルの言う通りであります。ここは、完全に砦。敵の侵入を拒むための造りをしている。ここは、守り抜く戦いのための場所」


「……そうね。壁にも、傷がある。刀や、槍で打ち合った。この狭い場所で」


 『ベイゼンハウド』の歴史が壁の石には刻まれていた。鋼が当たって欠けた痕が、老朽化の亀裂に混じるようにして点在している。


 この空間で防衛戦闘を行った。狭い通路であるのなら、敵は北天騎士の正面からしか襲えないからな。


 鋼をぶつけ合わせて、それを躱したり剣で弾いたりした結果だ。相手を狙った一撃は外れて、この古く灰色の石材へと命中した。壁を削るほどの空振り。完全に躱されたのか、致命的なまでに体勢を崩されている。


 この壁に傷痕を付けてしまった者の多くは、その一秒後には致命傷を負わされただろう。北天騎士たちも侵略者たちも、そのどちらもが壁の傷痕だけ命を落としている……。


 本格的な襲撃だったか。


 『ベイゼンハウド』を侵略していたのは、海賊たちかな。海から上陸して来て、『ガロアス』の街を占拠した。街の者たちはここに隠れて、北天騎士たちは彼らのために命を壁に変えた。


 守り続ける。守り続けていれば、他の十都市連合の街から救援部隊が駆けつけてくれる。森を貫く塔たちの上で、かがり火を燃やし、それを合図に北天騎士たちは各都市から集まって来たんだろうよ。


 貧しい土地。保有することが出来る軍事力も、その貧しさに比例して少ないのさ。だからこそ、十もの都市が同盟を結び、脅威に対して協力し合っていたわけだ……。


 ……『北天騎士団』の無私の哲学。皆は一人のために、一人は皆のためにか。その正義が持っていた強さを、この壁の傷痕から思い知らされる……。


 会ってみたい。


 率直に思う。もしも、この先にいる手紙の主が、ジグムント・ラーズウェルであるのならば……オレは、彼にどうしたって出会ってみたい。


 古き清貧なる無私の騎士道を体現していた、かつての『北天騎士団』の勇者。その正当なる一員であったという男に……北天騎士の中でも、勇名を馳せたというジグムント・ラーズウェルが、どんな男なのか知りたいんだよ。


 だからこそ。


 急ぐ。


 注意と警戒心をゼロにすることはないが、何度もしつこく曲がる道を進む。壁の側面に取りつけられた、狭い階段も上る。この階段は、上のフロアから狙い撃ちされる造りをしていた。


 壁に合わせて直角に一度曲がる。勢い任せに走り抜けることは出来ないな。さらに、この階段室の天井は吹き抜けになっているものだから、上のフロアから矢とか槍とか、石が投げつけられるわけだ。


 ここの壁にも暴力の痕跡が残存しているよ。壁中に矢が刺さったような細かい痕がある。襲撃者に対して、二階から北天騎士たちや『ガロアス』市民たちが、色々なものを腕力任せに侵略者へと投げつけて来たわけだな。


 ……徹底された防御を行う。こんな戦術と歴史を持つ者たちが、ハント大佐の前に大勢いるわけか。まったく、『北天騎士団』を知るほどに、その厄介さも身に染みてくるぜ……。


 階段を昇る。


 その先も迷宮は続いたよ。狭い通路に、たくさんの部屋。刀鍛冶の出来そうな部屋もあれば、色褪せた古い文字で『食料庫』と書かれた木札が貼られている扉もあった。


 ……2階には無いと思うから、多分、これは罠だったのだろうな。中を確認しているヒマは無いが、猟兵の勘が告げてくれる。開けるべきじゃない。


 その時間もないし、用事もない。探索をしているわけじゃないんだからな。


 道は狭く複雑で、そして長い。『手紙の書き手』と、それに迫る怪しげな四人組は見つからない。外から数えた時は14階建てのようにも見えたが、実際は一つか二つ、多いか少ないかもしれん。


 飾りの窓をつけて、内部の構造を分かりにくくすることぐらいは仕込みそうだ。


 3階、4階、5階、6階……オレたちはこの塔の中腹までを駆け上がる。体力よりも、集中力が切れそうになる。上に行くほどフロアの広さが少しずつ減っていることだけは、励みになるがな。


「……複雑な造りね。まるで、迷路みたい……」


「事実、迷路として作っているのでしょうね」


「でも。こんなに複雑なら、敵だけでなく、自分たちも迷子になりそう……6階に上がるときには、階段がもう一つあったわ」


「チラッと覗いて来たでありますが、あの階段はフェイクでありますな」


「フェイク?……ニセモノってこと?」


「イエス。あの階段をの進んだ先には、何も無い小部屋になっていたであります」


「……うわー。なにそれ、ガッカリする……っ」


「とてもガッカリしたであります……」


「そういうのもあるなんて……迷路感、上がるわね……」


「……そうですね。そして、肝心なことは、そんな『迷路』でありながら、足跡たちは迷うことなく進んでいます」


「え?それって……どういうことなの?」


「この『迷路』みたいな塔を『知っている』ということさ」


「そうです。帝国人ならば、迷ってもおかしくない道。なのに、私たちが追いかけている者たちは迷っていない。そうですね、ジャンくん?」


『は、はい!……彼らは、迷った様子がない……足跡も、ほとんど消えている。フツーの人間族には、『手紙の送り主』を正確に追跡することは出来ませんよ!?』


「ふむ。ならば、この5人は全員が『ベイゼンハウド人』……というよりも、『ガロアス市民』なのであろうか?」


「ええ。おそらく……迷宮を都市防衛に使う街などには、迷宮を紐解くための歌などが伝わっていることがあります」


「歌?それって、どんななの、ロロカ?」


「迷宮を攻略するための『ルール』を、わらべ歌などにして、子供時代から教えておくのです。一階は右に曲がれ、四階は左に曲がれ……そんなルールを教えておけば、わらべ歌と、その使い方を知っている地元の者だけには、迷宮が容易く攻略出来る」


「……そういう土地もあるのね。ロロカは博識ね!」


「……でも。この5人が、全員、地元民ならさー……『手紙の送り主』に、他の連中はとっくに追いついているかも?……後から入った4人の足跡は、朝の内に入っているよ……?」


「……ジャン。血の臭いはするか?」


『い、いえ。そういうのは、しません』


「……そ、それなら。皆、仲間なんじゃないの?……もしも、敵同士だったら、戦っているわよね?そしたら血が出るわ。きっと、仲間で、話し合ってるんじゃないかしら、長いこと……」


「そうだといいんだが……っ!?」


 目の前を走っていたジャンが、いきなり立ち止まった。オレはジャンの尻尾を危うく踏みそうになる。


「どうした!?」


『……あ、あの……っ。行き止まりになってて!?』


「行き止まり?」


『はい。あ、あれ?……ボク、ま、間違えたのかな……?』


 たしかに、通路の先は行き止まりになっているが?……ジャンが間違えた?今まで順調だったのに、それはないだろう。不安そうに床のにおいをクンクンと嗅いでいるが、オレとミアは状況を察知する。


「お兄ちゃん、ここ、天井が下がったんだね」


「……ああ。罠を作動させていたようだ。『手紙の送り主』は、追跡者を予想していたのかもしれないな。そいつらを簡単に近づかせないために、この罠を起動させていた」


「……えーと。天井に、潰されちゃってるの……かしら?」


 青い瞳を、通路を遮る岩の壁に向けながらカーリーは訊いてくる。ジャンが代わりに答えてくれたよ。


『それは、大丈夫そうだよ。こ、この下からは血のにおいとかはしない。きっと、あらかじめ封鎖していたんだ……』


「……ふーん。むしろ、この罠に引っかかってくれた方が、良かったような気もするわね」


 たしかに、一理ある言葉だ。


 『ガロアス市民』を拒絶し隠れる『ガロアス市民/手紙の送り主』……その構図から読み取れる状況は、あまり我々にとって楽しげな状況ではない。


 彼らは敵対している。そんな状況が起こりえるとすれば……オレたちの期待と懸念のどちらもが正しい状況だということさ。



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