第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その27


 『銀月の塔』の表面は崩れている。あちこちが壊れているんだよ。長い歴史の中で多くの者に襲撃されて来たのだろうが……補修工事の痕跡もある。やはり、あえて修復されぬまま放置されているな……。


 新しい損傷は、おそらく帝国軍船から上陸して来た連中の攻撃か。つまりは、攻城兵器のダメージだろう。バリスタとかカタパルトによる攻撃を浴びたのさ。そうでもないと、なかなか、あんなに壊れはしない。


 塔の大きな石組みの壁を、貫通するほどの威力を持つ攻撃なんて、そんなものぐらいだな。『銀月の塔』は十四階ほどの高さがあるようだ。あの高さから、矢を雨のように降らせたのか。


 街に近づこうとする軍勢には、矢の雨が届いただろうし……この塔の最上部にいる見張りの目を突破することは難しいだろうな。夜に紛れて接近するぐらいか……しかし、夜の闇では、射撃武器を棄てた白兵戦がメイン。


 『北天騎士団』の得意分野となるわけだな。


 この『銀月の塔』へと向かう道も、曲がりくねっているな。時間を使うように作られている。時間を稼ぐ……徹底した『守備型』の思想だ。攻められても耐え続ける。それが『北天騎士団』―――『ベイゼンハウド』の戦略さ。


 ……かつては、この道を『北天騎士団』と敵が走り回りながら、鋼をぶつけ合っていたのか。


 そう思うと、何とも感慨深い。ガキの時代に、『北天騎士団』に憧れていたオレからすれば、まるで聖地巡礼者の気持ちにも近しくなれるんだよ。


 ……道を歩く。感動しながらだって、猟兵だからね。警戒を怠ることはない。だが、誰もいなかった。森にいるリスやら、丸々としたウサギが道を横切る。平和なものだったな。


 黒い森を通り抜けて、『銀月の塔』に辿り着いた。


 空を目指して伸びる、巨大な石造りの塔……目の前に来ると、その大きさに圧倒されるな。横幅だけでも三十メートル近くあるんじゃないか?……かなりの巨大建造物だ。


「むー……なあ、ソルジェよ」


「ん。どうした、リエル?」


「森などに突き出ていた他の砦は、比較的に小型なものばかりだったが……これは、どうして、これほどまでに大きいのだろうか?」


「……他の十都市連合の街にも、大きな物見の塔があるのかもしれないぜ。このサイズならば、街の住民を多く避難させることも出来るからな」


「ふむ。有事の際には、この塔に立て籠もるわけか!」


「まあ、襲撃だけでなく、冬ごもりにも使うかもしれない」


「冬ごもりとな?」


「この土地は、冬にもなれば、雪も深く積もるだろう。この土地は貧乏人も多いんだ。今はともかく、昔は、この塔に皆で籠もっていたんじゃないか……?」


 ガルーナでは、デカい家に一族の皆で集まって、最も雪が深い一週間は雪の下に埋まったまま過ごしたりするんだがな……。


「ゼファーで旋回している時に、ここの街並みを見たか?……『ガロアス』の街並みは、斜面に沿うように作られているし、二階建てや三階建てが多く見えたよ。屋根も尖っているしな。それらは、全て降雪対策だろうよ」


「むー。屋根が尖っていると、そうなのか?」


「うふふ。大雪が降っていても、屋根が尖っていれば、滑り落ちますからね」


「ああ。なるほど、たしかにそうですね、ロロカ姉さま」


「私の故郷である、『バロー・ガーウィック』の屋根もそうなんですよ」


「大雪が降るのね、この土地は……それは、そうよね。わらわたちの須弥山だって、雪が積もるのだから。これほど北にくれば……」


『……だ、だから、この塔。階段があった先に、入り口があるんでしょうか?』


「そうだと思いますよ、ジャンくん。この石造りの階段がある高さまでは、雪が積もるのでしょうね」


「えー。あそこまで、4メートルぐらいの高さはあるよ!?」


「それぐらいは積もっても不思議じゃありません。この塔の周囲は沈んでいますから」


『え!?』


「……さすがはロロカだな。気づいていたか」


「ええ。『水晶の角』は、空気の振動で空間認識を行います。だから、そういう異変に気づけるんですよ」


「ロロカの角は、スゴいのね……っ!」


 そうさ。ロロカ先生の指摘の通り、この『銀月の塔』の周囲は沈んでいるんだよ。要するに、若干の『地盤沈下』ってものを起こしている。


「『ベイゼンハウド』は、強固で頑丈な地盤ではあるんだが……さすがに、これだけの重量物が乗っていれば、何百年の時間をかける内もかければ……ゆっくりとだが沈んでいくのさ」


「東の山側から比べて、西の海岸線にかけては、なだらかながらにも斜面でもありますから。この地下には、水脈があるかもしれません……」


「イエス。水脈があれば、冬になれば凍りついてしまうでありますな」


「ええ。凍りつけば?」


「イエス。体積が膨張して、岩盤に圧をかけて破砕してしまうであります」


 ……キュレネイって、ボーッとしているように見えて賢い。無表情で、ヒトをからかうのも好きだが、戦術理解度も高くて、一般的な知識量も豊富にあるんだよ。


 オレと同じでほとんどの武器を使いこなせるしな。優秀な乙女なのさ。


「私もそう思います。冬が来る度に地下の岩盤には凍結と膨張によるダメージが広がっていく。そして、地盤は脆くなり、そこにこの『銀月の塔』の重量がかかったりなんかすると―――ミア、どうなっちゃいそうですか?」


「え、え、えーと……っ?そのー……こ、壊れた地面の上に、大きな塔さんが、あるから……っ。あ……!し、沈む……?」


「そうです。沈みやすいのです。本当に寒い土地では、地下水が凍ったり融けたりすることで、地面が脆くなることがあります。この『銀月の塔』は……何世紀か後には、倒壊しちゃうと思いますよ。老朽化を修繕しても、その時が来れば、どうにもなりません」


「へー」


「そーなんだー」


 さすがはロロカ先生だな。生きた教育ってのを、子供たちに施してくれている。リエルも、腕を組んだまま、うなずいているな。知ったかぶりエルフさんモードなんじゃないかと、オレは疑っている。


 リエルはマジメで向上心はあるが、ときどき抜けているところがあるからな―――。


「―――とにかく、『銀月の塔』に入るぞ。ジャン……先頭を行くか?」


『は、はい!!行かせて下さい!!』


「いい返事だ。任せたぞ」


「ジャン、注意してね。足跡の数……分かってるよね?」


『うん。分かっているよ、ミア……5人いる。ひ、一人は手紙を書いた人物だとして、他は……誰だか分かりません』


「いい答えだ。誰だかを予測するのは難しい。これらの足跡は、皆それぞれが違う種類。北天騎士の伝統的な装備を5人がしているとは限らないし……帝国軍の兵士だとすれば、全て一致していそうなものだ」


「イエス。本当に、よく分からない足跡であります。雑多な足跡……好意的に分析したとすれば、解散後に困窮し、装備を売り払ってしまった北天騎士たち」


「私たちにとっては、それが最も都合の良い答えではあるな……だが、都合が良すぎるかもしれない」


「……じゃあ。最悪のパターンって?」


「決まっているさ。ジグムント・ラーズウェルと、彼を暗殺するための4人の暗殺者だ」


「……っ」


「暗殺者ならば、足跡さえも気にする」


 あえて不揃いな足跡を残すかもな。捜査の追跡を誤魔化すために。


「足跡の一つは……左右で靴の種類が違う。よほどのアホが履き間違えたのか、苦しい生活の果てなのか……もしくは、あえてやっているのか……」


『……出て来た足跡は、ま、まだありませんね……ッ』


 ミアがしゃがみ、『銀月の塔』の入り口へと続く石段についている足跡どもを凝視する。そして、ガルフ・コルテス仕込みの分析結果を語ってくれるのさ。


「……何日か前に入った足跡が、一つあるね。これは、雨上がりの道を歩いたんだよ。だから、土で汚れた足跡がついている。ほかは、薄い……左右の靴が違うヤツも含めて。ここの森は、湿気ている。海からの強い風で、少し海水も飛んで来てるし……ここはロロカによると、周囲より低い……水はけが悪い。土は乾きにくい……キュレネイ!実験!」


「イエス。足跡をつけるであります」


 キュレネイが石段を歩いた。足跡をつける。五つの足跡と、キュレネイの足跡を比べながら、ミアがさらに分析する……。


「風は、それなりに入る。湿度は高め……土の質は砂が多目…………お兄ちゃん、これ、7から10時間前。朝から入った。最初の足跡を追いかけて」


「そうか。ありがとう、ミア。参考になった。ジャン、古い足跡を嗅げ!」


『は、はい!』


「……手紙のヤツの臭いがするか?」


『……ッ』


「団長、嗅覚では、そこまで分からないのではないでありますか?」


「嗅覚だけに頼るな。『呪い追い/トラッカー』の要領だ。ミアの情報と、お前にだけ分かる嗅覚の情報を混ぜろ」


『は、はい……っ』


「最終的には直感でもいい。どっちだと思う?二択だ。怪しい四人組か、単独のヤツ」


『…………っ。た、単独のヤツ……っ。こっちが、きっと、手紙の男の足跡です!……8割、直感です……っ。他のヤツらと違って、この人物だけ……っ。何だか、ハイランドっぽい!?』


「どういうことでありますか?」


『直感だよ!……で、でも。この人物だと、思うんだ。あの、団長……きっと、こっちの四人組は、彼を追いかけています。多分……仲間じゃない』


「……ジャン。魔眼でサポートする。急ぎ足で、進めるか。罠に注意しながら、この塔を駆け抜けるぞ」


『イエス・サー・ストラウス!!』



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