第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その14
惨殺された白骨に近づいていく。何世紀前の骨なのかは分からない。山賊だろうか?兵隊だろうか?……虫と時間に食い荒らされて、衣服の繊維は色褪せて崩れ去っている。勇者の剣に斬り裂かれた死者が、どこの誰なのかは分からない。
分かることもある。
鎧や盾ごと斬り裂かれた骨を見ることでな。斬鉄の技巧に優れている。両手持ちの斬撃だろう。ある骨は腕と体が斬り裂かれて、背骨までも傷つけられていた。
一撃の深さは十分すぎるな。北天騎士は……一撃で殺しにかかる、猛獣のような剣を振るうらしい。血が騒ぐ。アレキノとラナのくれた『予言』によれば、オレの剣は敗北するようだ。
……たしかに、猛者による捨て身の一撃か―――ストラウスの剣が破れる可能性は存在する。正直、『負け方』も見えているんだよ。
いつか敗北した、この白骨たちのおかげで……そして、そこまでの剛剣を振るいながらも、この砦を落とされてしまった北天騎士の白骨を見ることでな。
北天騎士の白骨は、頭骨に打撃を浴びていた。それが致命傷だ。額からもらったものはない。彼らは背後から槍や斧を当てられて死んだ。取り囲まれても下がらなかったのさ。
前にいる敵にのみ襲いかかった。
勇猛果敢な彼らは何人も斬り捨てながら暴れて、そして敵の数に呑まれていった。殺すことを考え過ぎた剣だ。合理的な戦術を使う猛者たちは、白兵戦の時間になると、ただただ、どこまでも狂暴な剣士に変化したようだ。
下がらずに殺し続ける。
鎧と体に傷を浴びながらも、まるで噛みつきにかかるように前進して敵を圧倒する。強い踏み込みと、両手持ちの剛剣を叩き込んだ。盾をもつ手首を折るだろう。時に盾ごと斬り裂くだろう。
彼らは燃え尽きるまで前だけを見て戦い、敵を怖じ気づかせたのさ。その勇者の剣に、竜太刀が劣ることは一つだけ存在している。オレは、そこを突かれると、北天騎士の頂点レベルの剣士には負けるのさ……。
……口惜しいか?
いいや。そうは思わない。
流派の違い。相性の差で負けるだけのことだ。そして。剣で負けたとしても、死ぬとは限らないしな。戦いとなれば、剣術にこだわる必要はない。オレは吸血鬼の首を噛み千切って仕留めたこともある野蛮人だからな。
……むろん、その相性の不利をこの死者たちから読み取って、アレキノやラナが危険を教えてくれたというのに―――それで本当に負けてしまうつもりもないけどな。
戦での敗北は屈辱だが、剣で負けるのは嫌いじゃない。己に課題を与えられるからね。そいつを克服すれば……ストラウスの剣は、より高みに昇る。オレはガルフ・コルテスよりも保守的というか、柔軟じゃない。負けでもしないと、流派の弱点から目を反らす。
……楽しみな『予言』をくれたな、アレキノにラナよ。君たちはもう能力を失ったようだし、それは良いことさ。『予言』をする度に、君らの脳は深い傷を負っていくのだから。その傷を負ってでも、くれた『予言』……糧にするよ。
「……さてと。3階に行こうぜ」
『は、はい!呪いは、近づいていますからね……』
「スケルトンになられているのでしょうか?」
「そこまでは分からない。だが、あり得るかもな」
『じゃ、じゃあ、十分に注意して進みましょう!』
「そうだな。今度はオレが―――」
『―――先頭は、任せてください、団長!』
……あの『予言』を気にしているのかな、ジャン・レッドウッドは。心配をかけてしまっているようだな。スケルトンに負けるようなオレじゃないはずだが、たまには心配されてみるのもよいか。
「分かった。頼むぜ、ジャン」
『はい!』
狼が気合いを入れた貌になり、その身を集中力に研ぎ澄ませて歩いて行く。ジャンの後を追いかけて、オレとロロカ先生がつづくのさ。ロロカ先生も、あの骨から北天騎士の剣の本性を垣間見ているようだった。小声でオレの背中に語りかける。
「……『両手持ち』で、戦って下さいね」
「……君も、そう予測するか」
「ええ。北天騎士の剣に対しては、それで挑むべきです。強打には強打で、そうしなければ死を織り込み済みの剣に……竜太刀は押し負けます」
「……ああ。分かっている」
「ウフフ。でも、変えてみたくないんですよね?」
「……そうだな。オレは、北天騎士の剛剣に惚れ込んでいるのかもしれない。負かされてみたくもある。そうすることで、オレは止揚を得られそうというかな。相反する概念を得て、剣の道を深められそうだ」
「分かりました。でも、その鍛錬をするときは……剣で負けてもいいですから、相手を仕留めて下さいね」
「……そうだな。死にはしない。アレキノやラナが命と健康を削りながら、くれた情報だからな。その忠告をムダにはしないさ」
「そうして下さい。私を、悲しませちゃ、ダメですからね?」
「悲しませないよ、愛するヨメである君のことを」
いいヨメだよ、ロロカ・シャーネルも。オレのことを知っている。知り尽くしているな。剣士としての誇りについても理解してくれている。不利だと分かっていてもなお、剣士は意地になるものさ……。
……だが。あの『予言』があるということは。オレが剣で負けるとかはともかく……北天騎士と交戦する状況があり得るということなんだよね。
そっちの方が心配じゃある。
オレたちはジグムント・ラーズウェルの『罠』にハマっているのかね?……あの手紙の主は、本当に彼なのか?……いや、彼だったとしても、彼の本心が書かれていたのだろうか?
慎重に行動しなければならないことは変わらんな。『ベイゼンハウド』は帝国の属国だ。事実上、帝国の一部として機能する、ヤツらの領土なのだから。
……ジャンに導かれ、3階に入る。ここでも戦いが繰り広げられていたようだな。戦死した白骨があちこちにあるが―――。
『―――や、やっぱり、ここにも剣がありませんね』
「やはり、剣だけは回収する。そうすることで、弔いにしているのかもしれません」
「ロロカの予測は当たるな。さすがだ」
『……ここには、とくに何もないみたいですね……』
白骨化した古い屍ばかりだからな。死に方は同じだ。深くて重たい斬撃と、敵の群れに突っ込みすぎたことにより、後頭部を打たれての敗北だ。同じ情報を得ても、しょうがないな。
「次に行こう。次の階に、おそらく……」
『『イヤな臭いの骨』があります。たぶん、それが……呪いの源ですね……っ』
「ジャンくん、私と交替しますか?」
『と、とんでもない!ボクに、やらせて下さい!!』
「ウフフ。そうですね、頼みますね」
『は、はい!!ついて来て下さい!!』
珍しく先導したがるジャンの後を追いかける。何だか、老人にでもなったような気がするな。
やさしい若者に、守られているような気持ちになれる。何だか過保護に守られているような気もして、少し恥ずかしくもあるが。勇気に満ちたジャンというのも、新鮮だから、それを楽しませてもらおうか。
ゼロニア騎士の死にざまと、北天騎士たちの苛烈さを知り、ジャンも精神的に強くなろうとしているわけだ。急成長だな。鋭さを識り、技巧に力を制御させる戦い方も覚えたか。心技体の面で、伸びようとしている。『呪い追い/トラッカー』も覚えて自信を深めた。
……どの段階で、『弱点』を教えるべきなのか。
この成長速度を見ていると、あまりにも嬉しくて―――そのタイミングを逸しそうな気もするな……。
……だが。今はこの過信のままに粗い強さを手にするべきかもしれん。反省を帯びた内向きの研鑽は、その後でも出来るからな。
……。
……。
……今は、北天騎士の呪われた骨に対して集中するとしようじゃないか。その骨がアンデッドとなり襲いかかってくるかもしれないからな。
古い石で組まれた階段を、オレたちは登り終えた。
そこにもまた、戦闘の痕跡があった……。
北天騎士たちも、侵略者たちも、全力で戦い、鋼を衝突させたのだ。その挙げ句に、双方が次々に死んでいった。
「……北天騎士は、時間稼ぎをしていたようだな」
「はい。どのフロアにも、過剰な戦力を配置することなく、自分のフロアに敵が来るまで待っていた」
『な、仲間の救援に、向かわなかったんですか?』
「そうだな。だから、上の階に来ても、騎士の死体が減らない。彼らは仲間たちが命を捧げて作り出す時間でメシを食い、下手すれば眠り、自分の戦いを待っていた。仲間の救援に向かうよりも、守りに徹する戦術を選んだ。その方が、時間を稼げる」
『そ、それで、戦況は、良くなったのでしょうか……?』
「ジャンくん。この砦は高く森から突き出ています。屋上でかがり火や、狼煙で合図を上げることで、他の砦に戦況を知らせることが可能となります」
『そ、そうか。それなら、他の砦から救援が来ることもあるし、来なかったとしても、他の砦の仲間に、備えるための時間を与えられる……』
「無私の戦いだ。己の命を捨てることが前提なのさ。さてと…………この人物だな、呪いを放つ骨は―――」
―――それは一目で分かる。『呪い追い/トラッカー』の力があるから?……まあ、それもあるのだが。その力が無かったとしても、すぐに気づける。
他とは異なっていたからだ。
「……何故か、彼は剣と共に在るな」
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