第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その13


 爆破されて崩された壁の中から、砦の内側に入った。かなりの威力の爆破だったようだな。


 1階のフロアの半分は、壁を構成していた石が爆破の衝撃で飛び回った。ここに詰めていた北天騎士は、その襲撃で死んだらしい。床に転がる無数の石、それらには白骨が混ざっていた。


「……骨がありますね」


「ああ。壁だった石に潰されてしまったのさ。そのまま……放置された」


 北天騎士の骸だろう。骨の一部しか残ってはない無数の石の下敷きになっている。頭部に浴びた一撃が、致命傷だったのだろう。頭蓋骨が内側にヘコんでいた。


 これは呪いを放ってはいないな……呪いは、上の階。一つだけあるようだ……。


『……な、仲間は、遺骨を回収しなかったのでしょうか?』


「葬儀のスタイルは、それぞれの文化にもより、大きく異なるものです。もしかすると、この砦そのものが墓所とされているのかもしれませんね」


「悪くない墓かもしれない」


『で、でも。放置されるのは……悲しい気もします』


「連れて帰った品もあるのだろう。石を掘り返した部分がある」


『……本当ですね。で、でも、何を……?』


「……オレの予想にはなるが、騎士の象徴である『剣』だ」


「たしかに騎士の象徴ですものね。『剣』さえ回収すれば、『北天騎士団』の骸は戦場に放置していても良かったのかもしれません……」


 故郷の地で死ねたなら?……戦士としては、ある意味それだけでも十分な気がするよ。


 ガルーナとバルモア連邦との戦でも、多くのガルーナ戦士たちは戦場に斃れた。埋葬されることもなく、獣やモンスターに喰われ、鳥についばまれて、消え去っただろう。


 それでも、彼らの死にざまをオレは悲しいとは思わない。可能であれば、埋葬して手厚く葬った方が、彼らにとっても良いことではあるだろうが―――その死にざまは、決して戦士として悪いものではない。


 真の戦士は歌さえ残ればいいものだ。可能であれば、家名と血を継ぐ子を残せれば、なおさら良いがな……。


『……なんだか、『北天騎士団』の騎士たちも……ザクロアの騎士に似ているような気がします……上手く言えないですけど……戦で死ぬことを恐れていない……』


「そうだな。勇猛さと、死への覚悟。それが彼らの強さの一つとなっていたのだろう。死を恐れぬことで、得られる強さもある。マネしろとは言わんが、学べ。そういう者は、たしかに強く、死と引き替えに強打を放つ」


『……はい!』


「……さてと。1階は……こんなところか。2階への階段は……しめた。崩れちゃいないぞ」


「……強い造りをしていますね。シンプルで、それだからこその丈夫さがあるのでしょうね」


「ああ。建築期間の短縮を兼ねてもいるのかもしれん。三日で砦を建てた。そんな伝説を聞いたことがある」


『み、三日で!?』


「さすがに伝説だとは思うがな」


『そう、ですよね……?』


「だが。単純化された工法により、建築期間を短縮することが出来たのかもしれないとは思う」


「同じような形状の砦が、無数にある……ここの森林や複雑な地形と混ざることで、ランドマークになりにくい。敵に、正確な地図を作らせないための行動かもしれませんね」


『お、同じだから、見分けがつかないんですね?……森の道も複雑だから、たしかに、地図が作りにくそうですよ……』


「……この土地を初見で攻略することは難しいだろう。限られた戦力で、この戦術を取られたら……攻める方が根負けする」


「ですが。騎士たちには負担の大きな戦術になりそうですね。この砦も大きなものとは言えません」


『……敵が大勢を使えないように。『北天騎士団』も大勢を使えなかったんですね。だから……疲れてしまえば、どんどん負けていく……』


「そうだ。自分たちの死を計算に入れた戦い方をしている。自分たちの死をもって、敵の大軍を受け止めてきた。ゲリラ戦と個人技の強さを剣として敵を斬り、狭い道の先に配置された拠点で盾となる。各地の砦で、大勢の進軍を数日ずつでも止めている内に、敵も疲弊してくるわけだ」


『……スゴい戦い方です……な、仲間と並んで戦えないような場所で、孤独な戦をしていたんですね、『北天騎士団』は……っ』


「そういうことさ。この地方の全ての国で、北天騎士たちの勇猛熾烈さは歌となって伝わっている理由が、ジャンにも分かっただろ?」


『……ええ。とんでもない戦士たちですね』


「ガキの頃から、戦ってみたかった連中の一人だ。ガルーナは、相互、不可侵の誓いを彼らとは結んでいたから、実現することはなかったが……」


 そんな『北天騎士団』の勇者たちも、今は団が解体されて帝国軍に兵士として組み込まれているのだろう。かりそめの自治権はあれども、同盟国以上の盟主国家による徴兵は拒めまい……。


 ……直接的に故国を守るための戦いではないために、かつてほどの捨て身の信念は帯びないだろう。それでも、技巧は超がつくほど一流のままか……ハイランド王国軍の『虎』にも匹敵するほどの力を出す可能性がある。


 個人技では『虎』に負ける者もいるだろうが―――北天騎士たちの『戦慣れ』は、十分に『虎』たちの脅威になるだろうさ。戦場での勝者は、戦場により適応している者。『虎』は強いが、戦を多く経験しているわけじゃない。


「……ソルジェさん。元・『北天騎士団』の力を、侮ることは出来なさそうです」


「ああ。『呪法大虎』の仕事に乗ったのは、いい判断ではあったかもしれない。敵の脅威を、ハント大佐にも具体的な報告が出来そうだ」


「……ええ。北天騎士たちが、帝国軍の部隊指揮官に任命されていたら……あるいは、元・北天騎士たちだけで構成されている部隊があるとすれば……難敵すぎますわ」


「剣術の実力以上に脅威なのは、防衛戦闘に長けているということだな」


『……て、帝国軍は、前進をやめて、防衛陣地を作っているってことですよね……?』


「ああ。待ち構える戦いを選んだ。そいつは、北天騎士たちにとっては、よく慣れているはずの戦い方だよ」


 ……帝国軍の大将がバカでなければ、彼らを有効に配置しそうだな。帝国軍も『ベイゼンハウド』を取り込む前に、『北天騎士団』と戦をしている。


 彼らの強さや、その質を存分に味わっているわけだ。


 その戦の指揮官だった者が、ハイランド王国軍の主力と対峙している帝国軍の大将をしていたら?…………そう考えると、不安なだけで済ますのは難しい。


「ハント大佐にフクロウを飛ばすことになりそうだな」


「……この砦を分析出来たことは、良かったですね」


「ああ。もっと探ろう。2階に向かうぞ」


『はい!……じゃあ、ボクが先頭を!』


「ククク!ああ、いいぜ。罠には気をつけろ。この砦を放置する理由があるとすれば、そういう使い方も一つあるんだ」


「わざと調べさせる。時間稼ぎのためと……罠で、敵の数を少しでも削るために」


『……そういう性格の人たちなんですね。わ、わかりました。十分に気をつけて進むことにします!』


 狼に化けたジャンは、オレとロロカ先生の前に出てくれる。床のにおいを丹念に嗅ぎながらも、ゆっくりと前進して行く……。


 頼りになるな。若手の成長を見ていると、嬉しくなるよ。団長としての幸せの一つでもある。『狼男』。呪われた力なのかもしれないが、それでも戦士として嫉妬するほどの才能が備わっているのだ。


 ……そいつを、強い心で扱うだけで、ジャンは今よりもずっと強くなれるだろう。楽しみだよ。いつかオレやロロカに対しても、互角以上の強さを見せてくれる可能性……そいつが日増しに大きくなっていくのだから。


 2階へとつながる階段を、ジャンの赤茶色の毛に包まれた背中を見つめながら上っていく。


 2階は……殺風景だった。敵と斬り合ったのだろう。白骨があちこちに転がっているが……ここでも剣を見つけることは出来なかった。


 白骨と白骨に絡みつくようにして転がる、彼らの生前の装備には斬撃を浴びた痕跡があるのだ―――どちらが北天騎士で、どちらが敵であったとしても。双方の剣がここにはない。


 接近専用の手斧と、槍はあるが……この狭い室内という空間で振り回すのに適していたであろう長剣の類いはどこにもなかった。


 北天騎士たちは、やはり死ねば剣を回収されて、遺骨は放置されるのかもしれない。壮絶な戦士たちだな……その死にざまを知ることが出来て、とても光栄だよ。



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