第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その12


『……『イヤな骨のにおい』は、ここからしています……』


「……ああ。オレの『呪い追い/トラッカー』も、ここに向かっている」


「あら。それじゃあ、ジャンくんバージョンの『呪い追い/トラッカー』は完成したのでしょうか?」


「そうかもしれないな。ジャン、『イヤな骨のにおい』は……この砦のどこから漂ってくるんだ?」


『……そ、そうですね。6階建ての砦だと思うんですけど……5階か4階だと思います。最上階ではなはずです』


 魔眼に見える呪いの赤い『糸』も、この小さな丘から生えた砦の、高層階に向かっているように見えた。


「……ジャンよ」


『は、はい!?』


「ハッキリとしたことを言ってやれなくて済まないが、お前の見せた追跡能力は、結果的に『呪い追い/トラッカー』の力を発揮しているようだ。嗅覚と視覚、それらの違いは大きいからだ」


『は、はい。ボクも、これが『呪い追い/トラッカー』になるのか、分かりません』


「だが。結果として呪われた骨を見つけられた。オレの『呪い追い/トラッカー』を用いても、同じような結果となっただろう……つまり、これはお前の『呪い追い/トラッカー』として認めるべきだ」


『じゃ、じゃあ。ボクは、『呪い追い/トラッカー』を習得したんでしょうか!?』


「ウフフ。呪いを追いかけられたのですから、そうなのではないでしょうか?」


『ほんとですか、ロロカさん!?』


「少なくとも。私には魔力の気配さえも、この砦からは感じることはありませんから。ジャンくんも、きっと、ソルジェさんと同じように、呪いを追いかけたのだと思います」


『そ、そ、そうなんですね!?……や、やった……っ。ボクにも、出来ました、呪いを追いかけることが!!』


 狼に化けたジャンは嬉しそうに尻尾を振っていた。犬って表情が分かるよな……いや、犬だけじゃなくて狼もだ。嬉しそうな狼が、オレたちの前にいたのさ。


「……『呪い追い/トラッカー』は探索用の『呪術』……ジャンくんの『嗅覚』とは相性が良いものだったみたいですね」


『だ、団長とおそろいの能力が使えるようになって、嬉しいです!!』


「そうだな。だが、どんな技巧にも鍛錬がいる。『呪い追い/トラッカー』を作りあげるためには、ロロカが教えてくれたように、さまざまな知識で情報を獲得し、対象を絞ることが肝要だ。知識と、その知識を上手く現実に適応するための経験がいることを忘れるな」


『は、はい!精進します!』


「……ああ。だが、よくやった。呪いを追いかけられる能力を持つ者は希有だ。ジャンよお前は確実にまた一つ成長した。団長として、誇らしいぞ」


『あ、ありがとうございますうううっ!!』


 狼の尻尾が千切れて飛んでいってしまうんじゃないかって程に、激しく振り回されていたな。あと、狼が泣いている。よほど嬉しかったようだ。褒められ慣れていない人物みたいだ。


 ……オレは、けっこう褒めている気がするんだがな。足りないのか?……わからない。部下との付き合い方ってのも、難しいトコロがあるもんだ。


「……さてと。それじゃあ、この砦を探索してみようぜ。こうして辿り着いたのも何かの縁があるのだろう。呪われた遺骨を見つけ出して、そいつに酒でも捧げて労ってやるとしよう」


「そうですね。縦には高い砦ですが、それほど直径はありません。探索には、短時間で済みそうです」


「それに社会勉強だ。『北天騎士団』が無敗だった理由を考えながら、この砦を探るとしよう。いいな、ジャン?」


『わ、わかりました!』


「じゃあ。ジャンくん、クイズです」


『え?』


 ロロカ先生のクイズか……本気出されたら、絶対に答えられなさそう。良かった、オレに対してじゃなくて……っ。


『な、何でしょうか、ロロカさん……っ!?』


 眼鏡の下でニコニコ笑顔のロロカ・シャーネルに対して、どこか気圧されるようにジャンは怯えている。オレと同じくアホ族に所属しているからな。オレ以上に学が無い。何せ、レッドウッドの森育ちである―――。


「―――この砦は、どういう風に陥落してしまったのでしょうか?」


『……え……?わ、分かりますか……そういうの……?』


「完全には分かりません。でも、予想をすることは可能です」


『……よ、予想ですか……っ!?』


 なかなかに難易度のあるクイズだった。しかし、いいクイズではある。


「ジャンよ、砦をよく見ろ」


『砦を……っ?』


「この砦は強い。小高い丘の上にあるから見晴らしがいい。しかも、周囲の道の細さは狭さはオレたち自身が体験したな。この砦を攻めようとする者は、北天騎士に上空から睨まれながら、狭い道を通って、ここに来る。そして、塔のように高い砦の上から射殺された」


『……そうですね。み、道の狭さのせいで、砦の上からは動きが見透かされているんですね。森からの『出口』も分かっているから、予測されて矢を放たれる……』


「ああ。強い仕掛けだな。それだけでも十分に攻撃的だ。そして、森から出ても、待ち受けているのはこの丘だ。この斜面を、行軍で疲れた脚では素早く昇りにくい」


 森に視界を遮られている。状況を察することは出来ないだろうな。上空から矢を射られて、勇猛果敢に突撃して来たとすれば?……この丘でその勢いを止められてしまうのさ。


「ええ。一部の達人を除いて、一般的な兵士であれば、この丘を登ろうとしても素早くは昇れません。モタモタしちゃっているあいだに、上から矢が飛んできますね」


『……こ、怖い造りですね。森と、適合しているというか』


「伝統を感じるな。永らくこの森で戦って来た勇者たち……『北天騎士団』だからこその設計だ。森と狭い道と丘……全てを使いこなしている。この砦はオレたちが来た方向……南からの攻撃に対しては、とんでもない強さを発揮しただろう」


「私なら、南から近づこうという作戦を提案しませんね」


 ロロカ先生はやさしい。ヒントを出してくれている。まあ、ロロカ・クイズは難易度が高すぎるような気もするからな……。


『……そ、そうか。南からの攻略は……不可能だった。それじゃあ……』


 何かを思いついたジャンが駆け始める。オレたちも後を追いかけたよ。砦のある丘の周囲を走り、砦の南側に向かう……。


『あ……っ!?』


 見つけたようだな。新たなヒントを。オレと『白夜』に乗ったロロカ先生も、ジャンの視線に誘導されるように首を動かしていた。


 青い空に存在感を示す灰色の砦。黒い森を斬り裂く剣のように、それは勇ましく空へと伸びていた。しかし、完璧ではなかった。時間の経過に蝕まれるように朽ち果ててはいるし……。


 この砦を放棄するに至った理由も明白に存在している。この灰色の砦は、ずいぶんと昔に敗北している。その証が、砦の南側には明白に刻まれていた。


『く、崩されてる……っ?』


 灰色の砦の北側の壁……それの1階の壁には、大きな穴が開けられていた。内部に向かって砦の部品であった石が飛び込んでいる。『炎』の魔術なのか、あるいは爆薬なのかまでは区別はつかない。


 だが、古い昔にこの砦は守りの手薄な北側から攻略されたのだ。


「……闇に紛れて、大回りしたのさ」


「はい。少数精鋭による攻撃だったのでしょう」


「おそらく一度は手痛い打撃を浴びてしまった南側を回避して、北に回る。寝静まっている北天騎士団の隙を突き、侵入、接近。爆破工作を行った」


『……そ、そっか。強い砦を攻略するのには、弱い場所から攻めるんですね……ッ』


「ああ。そっちの方が効率的だからな。南の壁は老朽化がヒドいが……致命的な破壊を受けた痕跡もない。こっち側にはあるだろうと考えていた」


「さすがはソルジェさん。ソルジェさんにクイズを出さなくて、良かったです。あまり早く答えられてしまうと、出題者として楽しくありませんから」


『……す、スゴいです。一部を見ただけでも、そんなに、予測できるんですね……いや、一部じゃなかった。色々な場所を見て、総合的に判断した…………ボクは、見たまま以上のことを、探れませんでした……』


 落ち込む狼がいる。オレは上司として励まさなくちゃならない。


「だが。今まさに経験を積んだ。それに、お前はこの裏側を『確かめた』。オレたちのしていた『予想』は、真実ではない。だが、お前の確認するという行為は、より精確な情報を手にするために努力を惜しまなかった結果だ。偵察として正しい行動なのさ」


『だ、団長……っ』


「そうですよ。ジャンくん、よく出来ました」


『は、はい!こ、これからも、がんばります!!』


 ロロカ先生の笑顔&お褒めの言葉に、ジャンの顔は明るくなっていた。本当に褒められることに慣れていないようなほどに大げさだ。


 ……だが。


 この神経質さを感じもするマジメさも、猟兵ジャン・レッドウッドの強さじゃある。状況を分析して予想したところで、そんなモノは妄想と紙一重。


 たとえ予想が今回のように一致したとしても、完全には信じるべきでない。実際に偵察した真実には、情報の価値として劣るんだよ。


 ジャンは行動し、その目に真実を見てから答えようとしてくれたな。そのマジメさは評価すべきものである。


 まあ、逆に言えば。ジャン・レッドウッドの弱点も露呈してもいる。


 想像力を働かせて、予想を組み立てられるほど、経験値と知識量があるわけじゃないというトコロがな……。


 そんなジャンにとっては、このロロカ・クイズという『楽しい勉強』は有意義だったと思う。さすがは、オレのロロカ・シャーネルだよ。


 魔法の目玉なんて無かったとしても、『狼男』の鼻なんて無かったとしても。ヒトは経験値と知識を使うことで、想像力という武器を扱えるようになるんだよ。それを、ジャンは知れた。


 生きた勉強ってヤツになるよ。ジャンはアホ族だが、マジメだ。この経験を必ず自分に反映するだろう。そして……これと同じような敵の砦と遭遇したとき。砦の弱点を探そうと行動するようになる。


 そんなとき、今日のロロカ・クイズはジャンの血肉に融けて知識として、より多い選択肢をジャンに与えることだろう。ちょっとずつ、経験を積むことで、ヒトはより強くなるんだよ。


「……よし。それじゃあ、砦の中に入ろう。北天騎士の骨を探すぞ」



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