第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その11
「『呪い追い/トラッカー』を組み立てるためには、呪いを追跡することが可能な感覚。オレならば魔眼が要る。その感覚に、環境から得た情報を上乗せしていくことが基礎だ」
「……感覚を、情報で補うわけですね。対象を絞ろうとする……」
「ああ。感覚に頼るよりも前に、情報を整理する……この森に蔓延する、複数の呪いについて考えるんだよ」
『……こ、この森には……自然発生した呪いがある、ですよね?』
「そうだな。他には?」
「複数あり、永らく機能している」
「そうだ。数十年以上前の呪いらしい」
『ふ、古い呪いということですね。原因は……北天騎士たちの戦い』
皮肉なことだとカーリー・ヴァシュヌも語っていたが、この土地を守るために敵と戦い続けた北天騎士たち……彼らの壮絶な戦いが、血と怒りや恐怖や後悔となり、怨念をこの地に刻み、それが不運を招いてもいるようだった。
「……戦いすぎたのでしょうね。あるいは、まだ戦いたがっているのかもしれませんけれど」
『……ぼ、ボクは、後者だと思います!……ザクロアの騎士たちも、そうでした。守りたい場所があるのなら、騎士は……し、死んだって戦いますよ』
「……そうだな。とにかく、彼らの強い執念が、呪いと形を変えて、この森には渦巻いている……呪いの主は、北天騎士団の『遺骨』だろうな」
『ほ、骨のにおいを、追いかければいいんですね……?』
「……私には、それはムリですね」
「……ああ。オレたちは予測に頼ろう」
「……北天騎士団の遺骨や怨念が残存しそうな場所を考えるわけですね」
「そういうことさ」
「……えーと。それならば候補が浮かびます。彼らが拠点としていた場所……その場所は戦いの場であり……敵に敗北すれば、そこにいる騎士は全滅。恨みが大きそうです」
『つ、つまり……『砦』、ですね?』
さすがはロロカ・シャーネルだ。感じ取れぬ呪いに対しても、理屈で迫っていく。砦を落とされることは、『北天騎士団』にとって被害が大きく、大勢が死ぬ。
死ぬことを前提にしたような戦いではある、森の奥や封鎖しようとしている道で朽ち果てることは、彼らにとって当然の結末―――恨みを抱えるほどの苦悩にはなるまい。
あの小さく朽ち果てた砦が落とされた時のほうが、北天騎士団の恨みは深いとロロカ先生は分析している。
……『水晶の角』は神秘的な青い輝きを放っている。探っているのだろう。風を聞いているのかもしれない。『水晶の角』は特殊な感覚器官でもあるようだしな。
ジャンは鼻で地面を嗅いでいる……うむ。間違いではない。
「情報と推理を頼るんだ。地図や、ゼファーで見た光景も頼れ。最大の能力を感覚器官に頼りながら、知識と情報で補強する。そして、他の感覚も使え。森を見ろ、風を嗅げ、土を踏め、揺れる枝のざわきの音に耳を傾け、動く獣の気配を探れ。全ての感覚を使い、この場所を認識するんだ」
持てる情報と知識、経験値に感覚。それらを全て用いる。
それが『呪い追い/トラッカー』を組み立てるためには必要だ。
ジャンと『白夜』が森の土に前脚で蹴ってみる。生い茂る枝のせいで、湿度が高く湿っているな。騎士の骨も、おそらく湿り気を帯びているだろう。
「……『呪いの主』の『姿』も考える。かつて返り血にまみれた骨たちは、湿った土にまみれている。供養は施されなかったのか、足りなかったのさ。負けて奪われ、森や怪物どものテリトリーにされた、朽ちて壊れた小さな砦に、転がっているだろう」
「……ならば、より森の深そうな方向でしょうね……捨て置かれ、放置された敗北の砦。森に呑まれて行くはず。そして、砦を建てるのなら、低い土地は選びにくいでしょうね。他よりは高い場所の方が矢を射るためにも、敵を見張るためにも利点が多いもの」
『そ、そうか……あとは、骨のにおい……古くて、ヒトの骨で、より木々の臭いが深い方向を探すべきなんですね……出来れば、谷底じゃなく、やや高い場所っ』
「……『呪い追い/トラッカー』もまた呪術。そこらを漂う呪術に対して、己の呪術を仕掛けるのさ。察知しようとするだけでなく、ただよう『呪いの主』に、我々も執着するのだ。我々は、『呪いの主を呪う』のさ」
オレには……いくつかの呪いの赤い『糸』が見えている。オレたちの推理に合致するような、小さく滅びた砦にある騎士の遺骨どもが、敗北の怒りか、尽きぬ闘争本能のためか、あるいは他の理由で世界に呪詛を放っているらしい。
ロロカ先生は集中を維持するものの、首を振っていた。
「……どうやら、『水晶の角』に、このテクニックを応用するのは難しそうです。砦がありそうな場所を探るので精一杯です」
「十分なことだ。君なら、呪いの発生源である騎士の遺骨を見つけられるよ」
「向き不向きはありそうです。ですが……これは、ジャンくんの……『狼男』の嗅覚には向いている内容かも?」
骨の臭いを認識することが出来るわけだからな。かなり、有利になる。『呪い追い/トラッカー』としての正しさではなく、追跡術の鍛錬にしかならない可能性もあるが。
ダメ元ではある。
そもそも、何にせよ、最初から上手く行くことなど、そうあるわけではないからな。
ジャンは狼の鼻で地面と風の臭いを嗅いでいた。しばらく、それを続けていたら。ゆっくりと前進を始める。
「……見つけたか?」
『……『呪い追い/トラッカー』なのかは、わ、分からないんですけど。イヤな骨の臭いが、幾つかします…………そ、それを、追いかけてみていいですか?』
「……ああ。経験を積め。魔眼とお前の鼻では、同じ『呪い追い/トラッカー』を使うことは出来ないだろう。我流のスタイルを見つけてくれ。お前なりの『呪い追い/トラッカー』を試すんだ」
『は、はい!』
「追跡しろ。オレたちも後につづく」
『わかりました!こちらに……こっちから、イヤな骨の臭いがするんです。くさいとかじゃなくて……何か、ふ、不快な印象を抱くものが…………上手くは言い表せないんですけど』
「構わないさ。とにかく、追いかけてみてくれ」
『は、はい!!』
狼に化けたジャンが、猟犬のように地面に鼻先を近づけ、その嗅ぎながら、ゆっくりと道を歩き始めた。
鬱蒼と茂る、『ベイゼンハウド』の深くて黒い森のなかを、ジャンを先頭にして我々は歩いて行く。
獣の声と、羽ばたく鳥の羽音。冷たく湿る暗い風が吹く道を、進んでいく。幾つかの細い道が交差して、無数の獣道の痕跡とも、この道は混じるのだが―――ジャンの歩みは変わらない。
オレの『呪い追い/トラッカー』に見えている、呪いの赤い『糸』の一つを追いかけてくれているようだった。
たまたまの一致なのか、それともジャンは呪いを嗅覚に捕らえているのか……骨のにおいだけでも追いかけられる男だからな。その区別をつけることは難しい。
だが。
何にしろ、いい結果を導き出せるのであれば、それでいいのだ。
ジャン・レッドウッド流の『呪い追い/トラッカー』を完成させらたのなら、この訓練の意味はある。
森を進む。北天騎士団たちの血が捧げられた、黒い森のなかを。
おどろおどろしくもあり、どこか神聖さも感じる。木々の影に死者の幻を見ることもありそうな、さみしさもある空間だった。
……陰気を極める森ではあるが、不思議と嫌いにはなれない。植生がガルーナにも似ているからだろうか?……ここまで暗い森ではないのだがな。
朽ちた落ち葉が積み重なった、灰色の敷石を踏みながら猟兵たちの動きは止まることはなかった。
400メートルほど進んだ時だろうな……。
視界の先に灰色の石組みが見えたよ。
木漏れ日が注ぐその場所から―――太くて古い枝が折り重なって邪魔する空に、小高い丘の上にある小さな砦の姿が見えた。滅びた砦。その外壁は大きく崩れていて、ツタが生えたりしているな。
呪いの赤い『糸』は、この砦へと続いている―――ジャン・レッドウッドは、やや早足になりながら、その砦を目指して走る。オレとロロカを乗せた『白夜』も、導かれるように駆けた。
古木の群れが生み出す、薄闇の囲いを抜けて……空が見える場所へと我々は踊り出る。『ベイゼンハウド』の太陽に照らされる、古びた砦の手前に到着する……。
さてと。
小さな冒険が始まりそうだ。こういう廃墟を見つけると、男心が騒ぐものさ。
もちろん探索して、遺骨を探す……酒の一つでも、捧げてやるつもりだ。ジャンの特訓に利用したことへの謝罪のためでもあるし、それだけじゃないさ。かつての北天騎士団に対する、オレからのリスペクトを示すためにだよ。
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