第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その10


 ゼファーの着陸を目撃されないように、『ベイゼンハウド』の森に着陸する。黒い森の中に見つけたのは、深みのない沼だったよ。その上空はもちろん木がなくて開けているからな。


 沼の上ではなく、沼のほとりにゼファーは降り立つ。体重で沈むかも?……ゼファーはそんな心配をしていたようだが。この土地の岩盤は分厚いようだ。ゼファーの体重をしっかりと受け止めてしまう。


「……土が薄いようだ。耕作には不出来な土地だな」


「岩盤が地表に近すぎるんですね。このあたりの土地は、ろくに耕すことが出来なさそうです」


 ロロカ先生もオレと同じ意見のようだ。そうだな。海岸も大きな丸い石がゴロゴロと転がっているし、黒い森から突き出すのは岩山ばかり……分厚い岩盤ばかりで、土が少ない土地なのさ。


「……一部の農作物以外は、育ちにくい環境だと思います。緯度も高くて、かなり寒い風も吹く。おそらく、この土地は、夏でも凍てつく夜の嵐と出遭う日もあるのでしょうね」


「……厳しい土地であるな。過酷な環境であることに加えて、獣やモンスターは通常の何倍も気配がある……ヒトの住みにくい土地だ」


「……地図によれば、大きな町も幾つかある。十都市連合の都市たちは、貿易や漁業に頼っているのだろうが……土地によれば、狩が主体で、農業は少しだけ……そういう状況だろう」


「獣が豊かということに関しては、良いこともあるわけですな」


「ほ、ほんと。この森、獣とモンスターのにおいであふれかえってます。狩人には、暮らしやすいかもしれませんが……も、モンスターが多いのは難点ですね」


 まったくだ。狩人が襲われて、死んでしまうだろうな。ジャンは見つけている、嗅覚を用いてな。この沼の奥には、真っ二つにされた熊の死体が半ば沈んでいやがった。


 腐敗しきり骨格しか残っていないがな。上下に真っ二つに切断されている骨がある。


 熊を斬り裂くようなモンスターが、うろついているのかもしれない。北天騎士の死霊かもしれないが……まあ何にせよ、この森が狩人にとって獲物の宝庫だと単純に喜ぶことは難しいだろう。


 ……この『ベイゼンハウド』の暮らしを考えると、泣けてくるものがあるな。ガルーナも山奥の田舎だが、ここよりはマシだった。


「……さてと。この土地のことをより知るために。ちょっくら、偵察してくるか」


「メンバーはどうするのだ?」


「……あまり大人数で行っても仕方がない」


「警戒されるだけだろうな、小さな集落だ」


「そういうことだ。それに……腹が空いてる」


「ならば、私は狩りを行うとしよう!」


「ああ、任せたぞ」


「リエルが狩りに行くなら、ミアも行きたい!」


 ……森のエルフの狩猟術を学びたいわけだな。ミアはやる気になっている。ついでにミアのとなりにいるカーリーもな。


「ハンティングなら、わらわだって、負けていない!」


「……そうか。なら、そのメンバーに加えて、キュレネイ。お前も行ってくれるか?カーリーの護衛だ」


「イエス。クライアントの孫娘を、守るであります」


「おい、赤毛。わらわのこと、弱いと考えておらぬかー?」


 フーレンのしっぽにイライラの態度が現れている。ムチみたいにしなり、空気を八つ当たりするみたいに叩いていた。


「考えていないさ。『高貴な娘』には、護衛をつけるもんだろ?」


「……たしかに!」


 この少女の扱い方が、ちょっとだけ分かって来たような気がするよ。お姫さま扱いして敬い、媚びへつらえばいいんだ。


「キュレネイ、頼んだぞ」


「イエス。この場には、『予言』の対象者もおらぬでしょうから。とりあえず、狩りに集中するであります」


「ああ。そうしてくれ……」


「では、私に続け!!森のエルフに狩りの腕で敵う者などいないことを、お前たちに教えてやるぞ!!」


「ラジャー!!」


「ふん、負けないから!!」


「誰が勝つかよりも、より多くを取ることが肝心であります」


 少女たちは、狩りに出かけてしまう。


 あの四人組なら、どんなモンスターと遭遇しても、どうとでもするだろうよ。それに、リエルがいれば、森で迷うこともあり得ないからな……。


『じゃあ。ぼくは、きゅうけーい……っ』


 ゼファーは沼地のほとりに寝転んで、翼を休めることに専念する。カーリーが慣れるまでは気を使っていたからな、体力よりも精神力を消費してしまっている。


「疲れたか?」


『……ちょっとだけ。はじめてのそらは、すこしつかれるー』


「そうだな、ゆっくりしてろ。よし。残りのメンバーは、オレ、ロロカ、ジャンだ……この三人と、『白夜』で村に向かうぞ」


「はい。ソルジェさん」


「りょ、了解です、団長!」


『ヒヒン』


 『霊槍』からユニコーンに変化した『白夜』が、ユニコーンの首を震わせながら応えてくれた。


 ……『霊槍』に化けていると、疲れるのかな?……今は、解放感を得ているのか、その首をそらし、『水晶の角』を空へと向けている。


「お疲れさまです、『白夜』」


 ねぎらいの言葉と共に、乙女の手がユニコーンの白い首を撫でてやっていたよ。『白夜』はロロカ先生を、あの大きく黒い瞳で見つめながら、甘えるように鼻を鳴らす。


 だが、『彼女』もまた戦士なのだ。主を背に乗せようと、ロロカ・シャーネルの前で足踏みをした。背に乗れと促している。


 ロロカ先生はうなずき、『白夜』にピョンと跳び乗った。


 まさに人馬一体というか、ディアロス族とユニコーンは一心同体のような存在らしいからな。


 ふたりにとって、ロロカ先生が『白夜』の背にいる―――この姿こそが、最も自然で完成された姿なのだろう。ロロカ先生は『白夜』の背にいると、気の抜けたリラックスの顔になった。


「ふー……落ち着きます」


『ヒヒン』


 久しぶりの『白夜』の背中が、何とも言えないほどに嬉しいのだろうな……そして、『白夜』もまた同じであるようだ。このコミュニケーションは、邪魔できそうにない。


「……よし。行くぞ……って、そうだ。ジャン」


「は、はい。何ですか、団長?」


「……実は、呪術の専門家でもある、カーリーにも手伝ってもらおうとも考えていたのだが……まあ。今、彼女は狩りに行っている……」


「え?ええ……?」


 ……それに、ジャン・レッドウッドの人見知りは、12才のカーリー・ヴァシュヌに対しても機能しそうというかな……。


 『天才』相手に教えを請うのに、あらかじめ勉強していないというのもダメだろうしなあ。それに……そもそも教えられても出来ない可能性もある。


「とにかく。『呪い追い/トラッカー』について教えながら、この森を進むぞ」


「……っ!!団長、覚えておいてくれたんですね?」


「忘れるかよ。物忘れの多くなる年じゃない。この森は、カーリー曰く、呪いも多くある土地らしい。『生きた呪い』がある土地。『呪い追い/トラッカー』を訓練するには、適しているというわけだ」


「は、はい!……じゃあ、本気を出すために、『犬』になりますね」


「『狼』だ」


 何度も言う。『犬男』を部下に持つ気はないのである。


「え?は、はい。『狼』になりますね』


 ぽひゅん!いつもの変身の音がして、ジャン・レッドウッドは狼に化けていた。4メートル超えの巨大な巨狼ではなく、2メートルほどのノーマルな狼さ。


 あまり大きすぎると、困る。この森の間を縫うように走る道は、何と言っても小さいからだ。


「……しかし。この土地は……馬車を走らせるのも難しそうだな」


「そうですね。大型の馬車はムリだと思います。物流は、海運に頼っていたのではないでしょうか?十都市連合のうちの6つは、海岸に面した町ですから」


『じゃ、じゃあ。山や森のなかにある都市は……亜人種が多くいたりするんでしょうか。エルフ族なら、問題無く暮らせそうですし』


「ジャンくん。いい着眼点ですね。その可能性はあると思いますよ。そして、そうであるのならば……それらの都市には、帝国軍に合流することが出来なかった、亜人種族の元・北天騎士もいるはずです」


 だろうな。人間族の騎士たち以外は、帝国軍に招かれにくい。ジグムント・ラーズウェルの反乱に同調してくれるかまでは分からないが、オレたちに友好的な態度を示す可能性は少なからずあるだろう。


「……接触する価値はあるということか。あの集落で、それらの情報についても仕入れることが出来たら良いな。それに、拠点を設けるのなら、そういった都市の宿がいい」


「はい。港がある都市は帝国軍の兵士による監視が強い。あまり好んで立ち寄りたい場所ではありませんね」


「……だが。『ガロアス』は、沿岸都市だな」


「ええ。『ガロアス』の『銀月の塔』……そこに、ジグムント・ラーズウェルがいる」


「……カーリーが『会いたがっている人物』は、彼だろうか?」


「そうかもしれません。ですが、確証は得られません」


「うん。あの子は……『呪法大虎』の命令には忠実そうだ。性格の悪いオトナらしく、あの子が口を滑らすのを待つか」


「どうあれ、今は……ジャンくんへの『呪い追い/トラッカー』の指導を兼ねて、集落に向かいましょう……あ。ソルジェさん」


「なんだい?」


「私と『白夜』も、『呪い追い/トラッカー』の練習を試してみます」


「ディアロスとユニコーンの、『水晶の角』でか。面白そうだ」


「ダメ元ですけどね。いい修行になりますもの」


「ああ。ジャン、さっそく始めるぞ」


『は、はい!!』



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