序章 『呪法大虎からの依頼』 その14


 シアン・ヴァティはそう言いながら立ち去っていく。朝メシ前に、このホテルの屋上ででも双刀を振り回して来るのかもしれない……。


 彼女の琥珀色の双眸が、同行者を探す。ミアは残像を残すような速度でロロカ先生の背後に隠れて、ギンドウは顔を反らした。ジャンは、怯えた動物のように固まっていたが、スルーされた。


 ジャンの配置は決まっていないからね。


 必然的に……オットー・ノーランが練習相手に選ばれていた。


「……オットー・ノーランよ。朝稽古に、つき合え……」


「ええ。いいですよ」


「……くくく。いい、度胸だ」


 ……悪人みたいな貌で、黒髪の美女は笑っているよ。マゾ男なら、この姐さんの貌に惚れるのかもしれん。オレは酒を呑んでいる彼女の方が、色っぽく見えるがね。


 ……ジャンが、胸をなで下ろしているな。


 オットーなら、大丈夫だ。シアンの猛攻を、どうにか防ぐだろう。攻撃の達人と防御の達人の朝稽古か。実りが多そうなことである。


 見学したいが、今は団長の仕事がある。


「……ジャン!」


「は、はい!!」


「お前は、オレと来い。『ベイゼンハウド』に行くぞ」


「りょ、了解しました!!」


「オレたちには、未知なる土地だからな。お前の鼻に頼ることにもなる。道すがら、『呪い追い/トラッカー』についても教えよう」


「あ、ありがとうございます!!」


 そうだ。未知の土地……ジャンの索敵と追跡技術は持って来いの任務だ。罠かもしれないのなら、数で包囲されることになる。


 ……武装した兵士が大勢いれば、ジャンならば気がつくだろう。それに、追跡能力。ジグムント・ラーズウェルから届いたという手紙。それの『におい』を、ジャンならば追える。


 ジグムント・ラーズウェルを『ベイゼンハウド』で発見したとして、彼が手紙を書いた人物と同一の存在なのか確かめられる。違えば、帝国軍の罠かもしれないな。


 そういう調査能力もあるということも、ジャン・レッドウッドには仕込んでおきたい。『闘犬殺法』の『弱点』も、早めに教えておきたいところだからな……。


「……色々と仕事をこなしながら、教えるつもりだ。任務をこなすことに集中しておいてくれ。そうすれば、多くの技巧と知識を手にするだろう」


「い、イエス・サー・ストラウス!!」


 ……鉄は熱いうちに打てとも言うしな。今、ジャンは伸び盛りなのだろう。仕込むならば、今の気がする。だからこそ、連れて行くというのもあるんだ。


 さて。


「リエル。オレと来てくれ」


「うむ!了解だぞ、ソルジェ!」


「『ベイゼンハウド』は森が多く寒い土地だ。森のエルフ族であるリエルの能力は上がるだろう……ゼファーと組んでの遠距離攻撃に期待したいし、森の探索もあるかもしれないからな」


「任せろ。罠だとしても、私と共に森に逃げ込めば、容易くサバイバルさせてやる」


 頼りになる。


「お兄ちゃん、私は?」


「オレと一緒に来い!」


「やったー!!」


 ミアが飛びついてくれる。お兄ちゃんは、妹成分をチャージするよ!……ほんと、幸福感で胸が一杯だな!


「……ミアのことも、褒めて?」


 ウルトラ可愛い……けど。そうじゃなくて、猟兵として褒めろってコトだよな。分かっている、オレだってシスコンだけが行動原理じゃないんだよ。


「ジグムント・ラーズウェルの本音を聞き出したい。彼が、本心で『呪法大虎』に手紙を送ったのか、あるいは送らされたのか……それらは気になるところだ」


「つまり、ジグジグの屋敷に忍び込んで、盗聴とか、何か情報を盗んでくるんだね!」


「ああ、大怪盗になってもらうぜ?」


「うん!ハートも盗んじゃう!!」


 ……ミアが、そう言いながら、オレのほほに、ミアのほほを……くっつけてくる。ああ、もうハート盗まれちゃったよ。


 オレ、シスコンだからね!


 ミアにねだられて、ろくに住まない家をルードに買っているけれど、誰かが利用してくれていたら、いいな!


「……さ、さて。ロロカ、今回も同行してくれるか?」


「はい。了解です、ソルジェさん」


「ロロカは、今回の副官だ。未知の土地だからこそ、君の知性に頼りたい」


 彼女は『パンジャール猟兵団』における、最も賢い人物だからな。彼女の知性ならば、未知の状況に対しても分析が可能だ。


 そして。


 何より、オレ、リエル、ミア、ジャン…………ちょっと、賢さの総量とか平均が低いからね?……それぞれ、専門的な知識はあるが、そうじゃない知識は少ない。


 ……やはり、賢くて相談相手になる人物が一人は同行していてくれた方が頼りになるのだ。


「……もうすぐ、『白夜』も『ヒューバード』にやって来ますから。彼女にも同行してもらいましょう」


「ああ。頼りになる」


 『白夜』がいてこそ、ロロカ・シャーネルは全力を出せる。真なる『霊槍』の力をもって、どんな強敵をも打ち破る。城塞さえも穿つ威力の『霊槍・白夜』……これほど頼りになる力はない。


 そうだ。


 『白夜』と一緒に、『ストラウス商会』こと『ユニコーン騎兵隊』も『ヒューバード』に到着する。1000騎ほどな。


 500騎は『ヒューバード』に待機しながら、北で起きるハイランド王国軍主力と帝国軍の戦に備える。


 戦況が不利になれば、彼らは素早く駆けつけて、ハイランド王国軍の援護を行うことになる。


 援護がいらない場合でも、負傷者を素早く『ヒューバード』に運ぶことも出来からな。


 残りの500は、シアンのサポートだ。『ヒューバード』とゼロニアの砦の間を走りながら、周辺の警戒および、物資の輸送も行う。


 『ヒューバード』にため込まれている軍用物資を、ゼロニアの砦へと輸送するのさ。ゼロニアの砦を強化したいし、『ヒューバード』とゼロニアに近づいてくる帝国兵に対して偵察を行うためだよ。


 商売にもなるし、偵察にもなる……場合によれば、ゼロニアの砦を帝国軍に襲われる可能性もあるからな。その時は、シアンの指揮下でユニコーン傭兵隊として働くわけだ。


 騎兵のいないハイランド王国軍を、十二分に補ってくれるだろうよ。


 ……さてと―――。


「―――このメンバーで決定だ。ギンドウ、クライアントに迷惑をかけるんじゃないぞ?……とくに、爆発事故だけは止めてくれ」


「がんばるっすよう?……でも、時には、悪気なくても、やっちゃいますもんねえ」


「それが今回じゃないことを祈っておくよ。『呪法大虎』の兵が、手投げ爆弾を有効に活用出来たら、他の『虎』たちも採用してくれるかもしれん」


「金になりそうっすね!?」


「……ん。まあ、そうかもな。だが……」


「了解っすよ、人命優先っすね。まあ、オレも火薬をいじれれば、それでいいんすよ。爆発……やっぱり、あの力が無いと……空を素早く飛べそうにないっすからね」


 『爆風をコントロールすれば、空を飛べる』……か。


 ギンドウの発想はスゴいと思うが、ちょっと難易度が高すぎるような気がする。だが、ギンドウ・アーヴィングは発明の天才ではある。


 いつか、オレたちがジジイになって死ぬよりも先には、『飛行機械』っていう夢の産物を見せてくれるかもしれないな……。


 まあ、今は、ヤツにいい爆弾を作ってもらうとしようじゃないか。


「……さて。皆、計画は以上だ。フクロウの指輪を使い、皆で情報を密に共有してコトに当たるぞ。とりあえず……朝風呂やらメシを済ませて、『呪法大虎』の軍に合流するぞ」


「ラジャー!リエル、いっしょにお風呂はいろー!」


「うむ。いいぞ」


「……あーあ。オレちゃんは、メシ食いながら、一眠りっと!」


「うわあ!?ぎ、ギンドウさん、なんで、ボクの背中に跳び乗るんですか!?」


「……走れ、『ジャン・レッドウッド号』。オレを食堂まで運べ……ぐうぐう」


「そ、その単語にはトラウマが……って、ギンドウさん?ね、寝たんですか?」


「……ぐうぐう」


「絶対、起きてますよね!?そんな寝言無いですよね!?」


 ……早朝コントを見ているな。


 まあ、ギンドウを背負うぐらい、ジャンには何ともないことだ。『狼男』の筋力は、実に、うらやましい。


「……さて、関係各所にフクロウを飛ばしますね」


 ロロカ先生はすでに暗号文を書き終えていた。


「ああ、ソルジェさん。そう言えば、報告が後になりましたが……」


「なんだい?」


「……雷魔石を、フクロウでグラーセスに送りましたから」


「そうか。ありがとう、仕事にムダがなくて助かる」


「いいアイテムに加工してもらえるといいですね」


「ああ。氷魔石の指輪より、使いやすそうだ。『雷矛ギーバル』の生まれ変わり、楽しみだな!」


 人生には、色々と楽しみがあった方がいい。オレにとって、モルドーア・ドワーフの英雄バハルムーガの用いた雷魔石、アレの加工も楽しみでしょうがないことの一つなのさ。



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