序章 『呪法大虎からの依頼』 その13
『呪法大虎』からの依頼を受けることを選んだ。リスクはあるかもしれないが、ジグムント・ラーズウェルの手紙が本物であり、彼が元・『北天騎士団』に大きな影響力を発揮することが出来るのなら?
大きな利用価値はあるからな。
そして。
もしも、それらが全て『嘘』だったとすれば?……そんな罠をかけようとしている人物を特定出来るかもしれない。
ルード王国のパナージュ家の面々は、ハイランド王国に対して政治的な影響力の根を張り巡らせようとするかもしれないが、ハイランド王国軍に打撃を与えようとすることはない。
『呪法大虎』のような須弥山の勢力に協力し、恩を売ろうとするかもしれないが、こんな不明確な情報を掴ませたりはしないだろう。
……ジグムント・ラーズウェルの手紙がニセモノだった場合。それを企画した人物は間違いなく帝国側の人物だ。帝国側にも、スパイがいる。ハイランド王国で、『白虎』が引き渡そうとしていた、帝国のスパイ……。
ああいう連中が、ハイランド王国にも、おそらく『ベイゼンハウド』にもいるだろうよ。そいつらかもしれない。帝国軍の諜報部……あの蟲使い野郎の同僚とか上司とかが絡んでいるのかもしれん。
疑り深い?
……ああ、疑り深くもなって当然だよ。騙されたら、とんでもなく痛い目を見ることになるからね。
「……よし。とりあえず。ロロカ、ガンダラにフクロウ便を送ってくれるか?」
「了解です!この状況をガンダラさんに報告しますね」
「そうだ。それに、シャーロンにも送ってくれるか?」
「この状況を、伝えるのですか?……クラリス陛下にも教えることになると思いますけれど?」
「構わない。ハント大佐も、この件は知っているようだしな……クラリス陛下に隠し立てすることじゃない。むしろ、ルード・スパイの情報を頼りたいな」
「……そうですね。私もあの土地に行ったことはないですもの。ソルジェさんは?」
「ガルーナの竜騎士は、『北天騎士団』に敬意を示していた。お互いの土地を踏まない。そうする不文律を守ることで、それなりに近い土地である我々は共存してきたんだ」
「……なるほど。では、オットーさんは?」
「北海の探険の拠点として、船で港に寄ったことはありますが。その当時は帝国も『北天騎士団』に気を使っていました。船から下りることもなく、補給を済ませたら、海に向かいました。事実上、知らない土地です」
……帝国も『北天騎士団』をリスペクトしていたか。まあ、他国を侵略しないという珍しい哲学を掲げた人々だ。敵に回せば、この土地だけでなく、多くの土地にいる古き騎士道精神の継承者たちが反感を抱いただろうからな。
そういう場合、帝国は懐柔策を使うというわけだ。バルモア連邦の熊どもにしたように、『ベイゼンハウド』の諸都市の有力者を自分たちの経済に取り込んでいき、欲で『ベイゼンハウド』の結束を腐らせていったか……。
……戦って負けるよりも、祖国の権力者たちのせいで組織の存在意義を消されて、解体されちまうという末路は、戦士としては辛いものかもしれない。
敗北は罪深い。
だが、戦わずしての不戦敗には……自己嫌悪と支配者層への不信しか残らないのだろうな。
……『北天騎士団』の面々には、同情を禁じ得ない……。
侵略者である帝国にさえも、尊敬を強いることが可能なほどの武力だったというのにな。
「……我々は、『ベイゼンハウド』を知らなさすぎますね。シャーロンさんに、情報提供と……あちらに潜伏しているルード・スパイがいるとするならば、協力してもらえるように要請を出しておきましょう」
「ああ。そうしてくれ…………さてと。あとは、メンバーを分ける必要があるな。『呪法大虎』の5000の兵士。コイツらは精強な『虎』たちだが、彼らの移動をサポートすることもオレたちの仕事だ」
「団長!オレ、そっちの仕事に立候補するっす!」
ギンドウが挙手をした。珍しい反応だ。
「……どんな裏があるんだ?」
「『呪法大虎』はかなりのお偉いさんっすよね。なら、ヤツと組むのなら、5000の兵士と共に移動しながらでも、火薬いじりをさせてもらえそうっすもん」
「ククク!なるほど。それは頼もしいな」
「オレの爆弾は、ハイランド王国軍も欲しがるっすよ……?騎兵に対して、彼らは特攻したがる……って。団長もシアンも、昨晩、酒呑みながら愚痴っていたっすよ」
「……オレは愚痴ったか?」
「……私には、そんな記憶はないな」
シアンもオレも、かなり酔っ払っていたらしい。まあ、酒の進む料理だったもんな。本音がボロっと口に出ちまうぐらいには、酔っていたようだ。
「彼らに手投げ用の爆弾を渡そうと思うんすよね」
「……ああ、さすがだ。いい騎兵対策だな」
「数は多くは用意出来ねえでしょうけれど、オレが試作品作って、軍隊について歩いている錬金術師に、量産させる……状況次第っすけど。敵サンの騎兵の突撃に合わせて使えば、いい牽制になるっすよ」
「最高のアイデアだ。騎兵の突撃をそれで止めることが出来れば、『虎』の弱点は消えるだろう」
「……数を準備出来るかは、微妙っすがね。あるだけマシっすわ。何より、オレ、馬車の中でゴリゴリ火薬混ぜる方が楽っすもん」
……最後に本音が飛び出さなければ、美しいハナシのままでいられたのだが。ギンドウは最後の言葉だけを真顔で言いやがったな。『隠れ働き者のギンドウさん』は、またどこかに隠れてしまったらしい。
『シェイバンガレウ城』の地下でも、『ヒューバード』の戦いでも、ヤツは大活躍だったし文句は言えないな。それに、手投げ爆弾を『虎』に持たせるというのは、いいアイデアだ。
ハント大佐やエイゼン中佐の部隊よりも、『呪法大虎』指揮下5000の連中の方が、オレたちのアイデアを受け入れてくれやすそうだ。
外国勢力との協力に対して、政治的な影響力が生じるなんて心配を、三つの軍の中では最もしていない連中ではあるだろう。おそらくは、須弥山の螺旋寺から派遣された『虎』たちばかり。『呪法大虎』の影響下にある集団だ……。
……『呪法大虎』の依頼を『パンジャール猟兵団』が受けるのだから、少しはオレたちにも気を使ってくれそうだしな。
『呪法大虎』の軍勢が大きな勝利をすれば、王国軍内部で須弥山の派閥が強くなり、元々の王国軍の幹部どもの地位が下がるかもしれないが―――それはそれだ。強い『虎』には、より長く生き残ってもらい、より多くの帝国兵を殺してもらう必要がある。
……そうでなければ、帝国を打倒することなど不可能だ。
軍隊内の不協和音は気になるトコロだし、政治的な軋轢なんて組織の崩壊の原因ではあるが、使いモノになる兵士の数を維持する……そいつは、オレの目的そのものだ。
「ギンドウ、頼むぞ。騎兵対策の爆弾を開発して、『呪法大虎』の軍に持たせてやれ。少しでも、帝国軍を苦しめる策を用意しておく必要がある……いつまでも、このまま楽に勝たせてもらえるとは限らんからな」
「了解っす!」
「……じゃあ、ギンドウは『呪法大虎』軍に同行する。そして、こちらの軍にはオットーも同行して欲しいんだ」
「私ですね、了解しました」
「理由は、『サージャー/三つ目族』の能力での偵察能力だ。それに、アリューバ海賊騎士団と顔見知りでもあることが大きい」
「……彼らとの連携もあり得る状況ですからね」
「アリューバ海賊騎士団と、ハイランド王国軍は不仲ではない。だが、両者の戦術の違いを理解していた仲介者がいた方がいいからだ」
「ええ。了解しました」
……レイチェルも海賊騎士団に同行しているハズだ。彼女の『人魚』の機動力は桁違いだからな……彼女とも上手く連携してくれるだろう。
オットー・ノーランが同行するのなら、『呪法大虎』の軍からオレが離れていても問題はない。
「……長よ」
「……ああ。分かっている。忘れちゃいない。シアンは、この『ヒューバード』に残る」
「……口惜しいがな、『北天騎士団』どもの地に、入れないのは……」
死ぬほど口惜しそうな顔をしていたよ。尻尾がビュン、ビュン!と二度三度とストレス一杯な動きで縦に揺れている。近くにいるジャンが、ムダに怯えていた……。
彼女を『ベイゼンハウド』に連れて行きたいのは山々ではあるが、彼女にはやらねばならない仕事が多い。
この『ヒューバード』にいる、帝国軍の捕虜を移動させるのだ。ミハエル・ハイズマンの策が残っている可能性がある土地に、連中を置いておくのは危険過ぎるからな……。
どこに移動させるか?
……ゼロニアの荒野だ。ゼロニアの東の果て。難民たちが足止めされていた場所だ。あそこにあった南北の砦。そこを改築するための労力として、帝国軍の捕虜どもをコキ使う予定だな。
「……私は、特務中佐として、1000の兵力を預かる。そのまま捕虜どもの半分を、ゼロニアの砦に連れて行く……そこで、過酷な作業を与えると同時に、砦に向かって行軍訓練をしている、『ヴァルガロフ自警団』と合流。あの砦を、守る」
「そうだ。ゼロニアの守りを手薄にし過ぎている。『ヒューバード』の軍は、ゼロニアに帝国軍が侵攻した時、南下する予定ではあるが、砦には使える戦力がいた方がいい」
「シアン姉さま、大きな任務ですね!」
「……ああ。地味だが……っ。練兵の仕事も、放置したままというわけには、いかん」
ストレス尻尾が、ムチみたいに暴れている……。
ただでさえスパルタ訓練っぽい、シアン・ヴァティの訓練が、二倍ぐらいキツくなりそうだなあ……『ヴァルガロフ自警団』、ムチャクチャ強くなりそうだ。
あと、捕虜の連中、シアンに怯えてよく働いてくれそうでもある……。
「役回りを多く与えちまって、すまないな、シアン」
「……有能な者の、義務ではある…………私も、腐った故国を、長らく放置していた。そのツケは、払うさ」
「……そうか。任せたぞ」
「……ああ、任された、我が長よ」
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