序章 『呪法大虎からの依頼』 その12


 猟兵たちに状況を説明したよ。まずは、ハイランド王国軍内部での軋轢をね。


「……あー。よくあるオトナ同士の利権の争いっすかあ」


「……は、ハイランド王国は、いつも内輪モメをしていますよね」


「ハイランドは大国で、余力があるからな。帝国からの侵略を、今のところは受けたことがない。強者ゆえの余裕でもあるのだろうがな」


「他の国と違う部分があるのだな。帝国に故郷を焼かれたことがないため、ヤツらを前にしても一枚岩になりがたい……」


 エルフさんがため息を吐いた。


「侵略されていないのは良いことではあるが。身内で揉めるというのは許容しがたいところがあるなあ……」


「……伝統だ。我が祖国、ハイランドは、いつも身内の闘争に、明け暮れる……」


 須弥山の伝説も呆れ顔をしている。ハイランド王国のヒトである彼女がそう言うのだから、説得力があり過ぎるというかな。


 少し、フォローを入れておきたい。シアンの故郷のためにも、そして須弥山の名誉のためにも。


「須弥山の連中も自分たちに出来ることをしたがってはいるんだよ。世の中に貢献したいのさ」


「……ええ。それ自体は、とてもよろしいことなのですけれど」


「政治的な力になってしまうわけですね」


「そうだよ、オットー。ハイランドは武術を崇拝する国民性がある。それは悪くないと個人的には思うんだが、乱世で政権がクーデターで崩壊したばかり」


「エイゼン中佐は心配しているわけですね。王国軍の主導権を奪われる。もしくは、両者の対立が表面化して、統率が乱れることを恐れている……」


「だと思うよ。本人の口から聞いたわけじゃないけど、そんな予測も可能だし、実際、そうなりかねないと思う―――」


 外国勢力。とくにルードの介入もあるだろうしな。この言葉はオレの妄想に過ぎないかもしれないから、口からは出さない。


「―――とにかく。この作戦は、問答無用で拒絶されるほど悪くはない」


「はい。伝説の『北天騎士団』が、『自由同盟』についてくれるかもしれない。それは帝国軍の勢力を削ることにもなりますし、何よりも私たちに強い味方が増えるってことですから!……ただし」


「本当なのかどうか、眉唾ではある。少々、力を貸したぐらいで、ジグムント・ラーズウェルが、どれだけの勢力を離反させられるものなのか不透明だ。だからこそ、確かめるために人員を派遣したいというハナシだな」


「……んー。悪くないんじゃないっすかねえ?」


「ああ。悪くはない。怪しいだけで」


「こ、これが、わ、『罠』だってことなんですか?」


「その可能性もあるんだ。出来すぎたハナシの割りに、根拠となるのはジグムント・ラーズウェルから久しぶりに届いた手紙だけ」


 『呪法大虎』とシーグ・ラグウ……彼らとジグムント・ラーズウェルのあいだに、どれほど強い信頼関係があったとしても。根拠がそんな手紙だけというのであれば、エイゼン中佐を動かすことは出来ない。


「そもそも。それが本物なのかも、オレは疑っているんだがな」


「……手紙が本物なのかどうかを、確かめるということは難しいです。幾らでも、ニセモノを作ることが出来ますからね……」


 疑いすぎるのも良くはないことだと思う。だが、あまりにもタイミング良すぎるからな。どうしたって素直に飛びつきたい気持ちは損なわれる。


 猟兵以外のあらゆる行動については、確かめるまでは、信じるな。


 ……頭のなかにガルフ・コルテスの言葉が頭に浮かぶ。彼の言う通りだと思う。


「最終的な判断は、まだなんだが。まあ、仮にこの依頼を受けたとしよう。そうなれば『ベイゼンハウド』へ潜入することになるのだが……オレたちにとっては好都合なところもある」


「ええ。『ベイゼンハウド』は多種族国家ですから。人間族が多くはありますが、エルフにドワーフにケットシーに……人種構成が豊かな土地です。私たち多くの人種で構成されている『パンジャール猟兵団』の潜入には、向きます」


「多くの人種が共存している……?……帝国の一部なのに、ですか?」


「そうよ、リエル。『ベイゼンハウド』は帝国に事実上は組み込まれている。けれど、建前としての自治は残された」


「自治……?」


「ある程度の裁量を、帝国に許されている―――平たく言うと、帝国からの幾つかの命令に従ってさえいれば、今まで通りの暮らしが保証されるといことです」


「……なるほど。でも、帝国の言いなりにならなければならない部分がある、というわけですね、ロロカ姉さま」


「そうです。そこが、自治という名の罠かもしれない……事実上、帝国軍は『北天騎士団』を解体して、その戦力を自軍に取り込んでいる」


 『ベイゼンハウド』は自分たちを守るための力も失ったというわけだ。駐屯する帝国軍が、かつての『北天騎士団』の役目を奪っている……。


 牙を抜かれたのさ、『ベイゼンハウド』は。いつでも帝国の気分次第で滅ぼされるような身分だよ。反乱を企む勇気を、彼らはまだ保っているのかね。


「ふむふむー?……つーまーり。ハイランド王国軍の主力部隊と交戦する予定の敵軍に、元・『北天騎士団』も混じっているってこと?」


 ミアが、うーん、と考え込みながら発言する。ロロカ先生は、ニコニコな表情になりながら、ミアの黒髪を撫でてやった。


「ええ。そういうことですよ、ミア。解体された『北天騎士団』の騎士たちは、帝国軍の指揮下に組み込まれています」


「なるほどー。じゃあ、ジグ…………ジグジグの手紙がホントだったとすれば、ハイランド王国軍は楽に戦えるんだね!」


「ええ。ジグムント・ラーズウェルの手紙が真実であるのならば、帝国軍に取り込まれている、かつての『北天騎士団』たちを寝返らせることも可能かもしれない」


「……でも。嘘だったら、危ないね。自軍のフリしてハイランド王国軍に接近する。そして、いきなり裏切っちゃう」


「……うむ。そうなると、かなり危険だな。下手をすれば、ハイランド王国軍の主力と言えども、負けてしまうのではないか?」


「そうなる可能性もあるから、エイゼン中佐は賛同しかねている。ハイランド王国軍の強みは、上こそ揉めているものの、下の兵士については統率が取れているという点だ」


「……『虎』の結束は、強い。だが……他者を認めることは、苦手だ」


「……シアンの言う通りの印象を、オレも持っているよ。ハイランド王国軍の強み、結束の強さは、国外勢力が混じっていないからでもある。他国の干渉を嫌うのは、どこの国でも一緒だし、ハイランド王国軍は精強だ。他国の援軍を受け入れる必要は少ない」


 だからこそ、オレたち『パンジャール猟兵団』も見捨てられそうになった。


 自分たち以外の勢力を、ハイランド王国軍は認めたがらない。同盟関係になるはずのオレたちを見捨てるなんてことは、同盟破棄も同然な行いであるというのにな……。


「……本来ならば、協調して動くべきだが。ハイランド王国軍の6万という戦力は、『自由同盟』で最大の力だ。それに、彼らに与える戦力を捻出する余力が、『自由同盟』の他の軍勢にはないのも事実……さらに言えば、この『ヒューバード』の確保で、王国軍は母国から戦力の補充を行えるようにもなるだろう」


「……つーまーり。なんとなく怪しげな元・『北天騎士』のハナシに乗らなくても、ハイランド王国軍は、全然、戦えるってことだよね?」


「そうだ。連携も取れない集団を迎え入れて、混乱してしまうという状況になるより、今までのように、『虎』だけの群れである方が、当面は強いと考えているのさ、エイゼン中佐はな」


 ……それに、権力闘争の面もあるのかもしれない。『ハイランド王国軍だけでの勝利』、それにより『自由同盟』の中で絶対的な地位を築き上げたいのだろう。


 ハイランド王国は、ルード王国からの影響力を受けすぎているからな。


 クーデターを成功させたのも、クラリス陛下から派遣されたルード・スパイと、それに導かれて暴れまくっていた『パンジャール猟兵団』という、『クラリス陛下の傭兵』だから。


 エイゼン中佐はアルーヴァ中佐ほどに、外国勢力が嫌いではないかもしれないが―――ルードの勢力に好き勝手にやられるのも気に食わないと考えてはいるような気がする。


 オレは……この一連の状況の裏に、アイリス・パナージュお姉さんがいるような気がする。『ルードの狐』、パナージュ家がな。


 ……彼女の協力も得たいというか、ハナシを聞きたい。ダメ元で、シャーロン・ドーチェに連絡を入れようかな?……彼女は、シャーロンの『姉』でもあるのだろうから―――。


「―――けっきょく、このハナシの根拠は少ない。ジグムント・ラーズウェルの手紙は、かなり怪しく、罠くさい気もする。本当に彼の手紙なのかも分からない可能性も排除することは出来まい」


「だが。真実ならばメリットは大きいわけだ……」


「ああ。だからこそ、オレたちが『ベイゼンハウド』に潜入し、その土地がどんな状況にあるのかを調べて来る……そういった任務になる。この任務に対して、拒否したい気持ちがあるヤツはいるか?」


 ……猟兵たちを見回す。


 皆がそれぞれに考えてはいるようだが。


 二分ほど経っても、文句を言ってくる者はいなかった。


「……そうか。文句はないんだな。ならば、『パンジャール猟兵団』の団長として、この依頼を受けることを決める。リスクはあるが、そのためのオレたちだ。ジグムント・ラーズウェルが、どの程度、元・『北天騎士団』のメンバーを動かせるのか、調べに行くぞ」



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