序章 『呪法大虎からの依頼』 その10


 シーグ・ラグウは大きな傷が走る顔を明るくさせた。


「あ、ありがとうございます。このまま帰らされるかと……」


「拒絶するのは、この後かもしれんぞ」


「そ、それでも、いいのです。とにかく、聞いて下さい」


「わかっているよ。リエル」


「……了解だ」


 心臓を狙っていた矢を、リエルは弓から外す。それでも視線はシーグ・ラグウから外すことはなかった。


「……じゃあ、話してくれるかい、シーグ・ラグウ?……『呪法大虎』は一体、どんな策があるというんだ?」


「はい。ソルジェ殿は、『北天騎士団』の名をご存じですかな」


「……もちろんだ。騎士ならば、誰もが聞いたことのある名だからな」


 『北天騎士団』、ガルーナにもその噂は響いていた。


 ここより北東にある土地、『ベイゼンハウド』。その地にある諸都市国家は小規模ならがも、精強なる軍事同盟で結ばれていた。


 海賊や山賊、そして北の地には珍しくないことだが、死霊の群れなどから都市国家を守るために、各都市から人材物資をかき集めて騎士団を作ることで。


 彼らこそが『北天騎士団』。貧しき、北の地で暮らす庶民を守る騎士たちだ。ガルーナと戦になったことはないから、彼らに悪意はない。


 むしろ敬意を持っているぐらいだ。武に優れ、義に厚い。古き良き騎士道を体現していた騎士団であった……しかし、それも―――。


「―――彼らが、どうした?……たしか、彼らは帝国に『ベイゼンハウド』の自治を認めさせることを条件に、闘争を止めてしまったと?」


「ええ。3年前まで、彼らは帝国の影響力をはね除けて自治を守り続けました。名のある騎士団ですし、その実力は精強でした。規模は、とても小さいですが……」


「ああ。彼らには名誉があったな。他国を侵略しなかった。『ベイゼンハウド』を守る盾であり続けた集団だ……しかし、彼らは守るべき『ベイゼンハウド』に裏切られた」


「……『ベイゼンハウド』の土地は、貧しいものらしいですからな。他国との貿易で身を立てるしかなかった……帝国との対立で、彼の地は荒れ果てていたそうですから」


「……須弥山の螺旋寺暮らしのくせに、やけに詳しいな?」


「私も、大昔に『ベイゼンハウド』を訪れたことがあります」


「なかなかの冒険旅行だったな」


「はい。若かったので。そこで、かつて『北天騎士団』と出会いました。凄絶なまでの剣を振るう達人たち……素晴らしい騎士たちばかりでした」


「手合わせをしたか。勝敗は?」


「勝ったり負けたり。なかなかに、いい腕の持ち主たちでした。螺旋寺の猛者たちに勝るとも劣らないほどに」


 ……剣士の血が騒いでしまうな。『北天騎士団』……ガルーナとは相互不可侵の立場であった。彼らが他国を侵略することはない以上、ガルーナも略奪と戦争を仕掛けることはなかったからな。


 それだけ敬意を払われていた存在だ。武勇伝は多い。多くの魔物を倒したとか、正義のために悪徳市長を斬っただとか。爽快な物語が多く、ここから東の地のガキどもは『北天騎士団』の伝説に一度は憧れる。


 『氷剣のパシィ・イバル』とかな!……氷を操る剣を使っていたとか?……年齢が一桁の時までは、スゲー!……ってなるんだが。


 年齢も二桁になると『氷』属性の術なんてヒトには使えないだろ!……って、ツッコミを入れていた。


 嘘伝説じゃないかってな。


 だが、今ではその意見も再び変わっている。オレは、おそらく『氷剣』の伝説を疑うことは二度とない。


 なにせ、猟兵の一人が『氷』を使いこなしているんだからな。オットー・ノーランが氷魔石の指輪を用いて。


 ヒトでも、『氷』属性を用いることは出来るのだ。かなり難しいみたいだがね。『氷剣のパシィ・イバル』も、『氷』を操るモンスターの体内から、『氷魔石』を取り出して、剣にしたんじゃないか?


 北海のモンスターには、『氷』を操るヤツらもいる……。


 そういうヤツらから『氷魔石』を回収すれば、あり得ないことではないし―――『北天騎士団』は、そんなモンスターを狩るための騎士団でもあった。


 ありえなくない伝説ならば、あったのだと思うようにしている。そう考えた方が、世の中を楽しく過ごせるような気がするんでな。


 ……おっと。


 ハナシが脱線しているな。


「……アンタほどの猛者が、若い頃に苦戦したとなると、『北天騎士団』の武勇にまつわる伝説は正しかった信じられる」


「ええ。彼らは、本当に強かったですよ」


「……そうか。世の中が平穏であれば、オレも彼らを訪ねて手合わせしてみたかった」


「……そうであれば、良かったのですがな」


「……それで?」


「……私は、彼らとの縁がありましてな。そして、その縁を頼るようにして、15年ほど前に、『北天騎士団』の青年が須弥山を訪問しました。『ジグムント・ラーズウェル』。彼は須弥山で修行し、我らの武術を習得した」


「ほう。『北天騎士団』の剣技に加えて、須弥山の双刀まで使う男がいたか」


 そいつは何とも楽しみだな。


 『ジグムント・ラーズウェル』か……手合わせしてもらいたいところだ。


「ジグムントは『ベイゼンハウド』に戻り、そこで『北天騎士団』の騎士として暮らすはずでした、冒険や戦の最中に亡くなるその日まで。ですが、彼の故国は帝国との協定を結び……我々、ハイランドも帝国とも同盟染みた関係になった……」


「縁が遠くなりそうだ」


「はい。我々はジグムントに軽蔑されていた。連絡も長らく途絶えていましたが……」


「……連絡が来たか」


「……ハント大佐がクーデターを成功させて、ハイランドがファリス帝国と反目したことを喜んでいました。彼から、ハイランドを祝福する手紙が届きました。その手紙で、我々は知ったのです」


「……彼の生存を?」


「はい。それもですし、彼が未だに祖国からファリス帝国の影響力を排除することをあきらめてはいないという事実をです」


 ……だんだん、ハナシが読めて来たような気がする。


 ロロカ先生に視線を向ける。


 彼女はうなずいていた。


 きっと、彼女も読めて来ているんだろう。オレよりも賢いから、オレよりもずっと先のことまで読めているかもしれない。


 ……まあ、聞いてみようじゃないか。


「……それで?」


「我々は、連絡を再び取り合うようになりました。そして、彼の意志と、彼の計画を教えられた」


「反乱を計画しているのか?」


「……ええ」


 やはりな。


 外国勢力に主導権を奪われている状況を、『北天騎士団』の騎士の精神が許容することはない。


 もちろん、彼らの全員ではないだろうが、ファリス帝国を『ベイゼンハウド』から追い出そうとしようとする豪気な騎士たちも出てくるさ。


 ジグムント・ラーズウェルも、そんな騎士の一人か……。


「……帝国軍の勢力を『割る』策とは、つまりジグムント・ラーズウェルの反乱に対して、力を貸すということか」


「ええ。我々の主、『呪法大虎』さまは、それが最良だと判断しています。ジグムント・ラーズウェルが……『北天騎士団』を再建して、帝国軍を内側から分断することが出来れば、戦はより楽になる……そして、『北天騎士団』を『自由同盟』に加えられる」


「……いい案だな。アンタの言う通りに、全てが動けばだが……」


「ええ……『北天騎士団』は精強でしたが、事実上、帝国に解体されている。ジグムント・ラーズウェルの反乱が、どれほどの力を生み出すかも、読めないところがあります……しかし、彼らを仲間につけることが可能なら……」


「……王国軍とぶつかることになる帝国軍、その勢力を減らせるのは確かだな」


「そうだと思うのですが……エイゼン中佐は反対なされた」


「……理想というか、願望が反映されているようなハナシじゃあるからな。ジグムント・ラーズウェルが、どれほどの勢力を動員することが可能なのか、分からんところがある」


「……はい。我々も、須弥山から出ていない。現在の『ベイゼンハウド』の実情を、我々は把握しているとは、言いがたいのが真実です」


「つまり、『呪法大虎』は、オレたちに『ベイゼンハウド』の実情を探れというのか?」


「ええ。そして、ジグムント・ラーズウェルが、どれだけの戦力を帝国軍から離脱することが可能なのかを調べて欲しい。ジグムント・ラーズウェルが、戦略的に意味のあるほどの人員を、帝国軍から離反させられるのであれば……王国軍の死者も減ります」


「……イイコト尽くめだな。『ベイゼンハウド』の状況次第では」


「はい。それで、どうでしょうか、ソルジェ・ストラウス殿?……『呪法大虎』さまの依頼を、引き受けてはくれませぬか?」


「……そうだな。悪くはない。悪くはないが……」


「……ダメですかな……?」


「即答はしがたい。ハイランド王国軍との関係が、こじれる原因にはなりたくないし、今の『ベイゼンハウド』は帝国の同盟国。しかも戦の準備をしている最中だ。潜入するにはリスクがある」


「……たしかに、仰る通り」


「……仲間と相談したい。返事は、4時間後でいいか?……『呪法大虎』が率いる5000の兵が北上を開始する時刻だ。そのときに、返事を出したい。朝一では、答えを出しかねる仕事でもある」


「……はい。それでも、構いません」


「ああ、それと報酬は?」


「……銀貨で5000枚……引き受けて下さるのなら……須弥山の『呪法大虎』さまが治める55の螺旋寺は、ソルジェ殿への協力を百年惜しみません」


「……いい報酬だ。それも含めて、考えさせてもらうぞ」



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