序章 『呪法大虎からの依頼』 その8


 ……オレはゼファーとの『会話』を終えて、ゆっくりと目を覚ます。ゼファーの視点で空を飛ぶのも楽しいことだが、ベッドの中でまどろむ体ってのも悪くない。


 うつくしいヨメたちの、やわらかくて温かいものもあるしな……。


 銀色の長い髪をした、うつくしい森のエルフの弓姫に。長い金髪を三つ編みから解いた、ディアロス族の美女……ああ、最高のベッドだ。夫として、何かをしたくなるが―――。


「―――ん。ソルジェ……?起きているのか……?」


 左腕マクラの使用者であるリエル・ハーヴェルが目を覚ます。6時になったのだろう。森のエルフは起床時間に厳格だからな。


「ああ……起こしたか?」


「いいや……よく眠れていたから、大丈夫だぞ。きっと、体力の消耗が大きかったのだろう」


「……そうだな。昨日は、雨に打たれながらアンデッドと戦ったから……」


 女子の小さな体には辛いだろう。体積が少ないものほど、体温を奪われるものだ。男よりは女、大人よりは子供の方が、風雨にさらされた時は冷えてしまいやすい。


 だからこそ、昨日、アプリズ3世が遺した『研究日誌』の焼却処分に立ち会ったのは男どもだけだったんだよ。


 雨のなか、女性にムリをさせたいワケじゃないからな…………決して、男たちだけで集まって、酒を呑んで楽しむためではないぜ?……ホントだよ。


 まあ。森のエルフであるリエルは体温が高く、環境の変化には強い。雨風に晒されたとしても……風邪を引いたことがないらしい。


「リエルは風邪引いていないな?」


「うむ。引いたことがな――――――いや、あるけど。た、体調管理はバッチリなのである」


「……それなら安心だよ」


 バカは風邪を引かないという言葉が、森のエルフ族以外に伝わっていることを知った日から、リエルは風邪を引いたことがある人物になったようだ。


 ……正直なところ、覚えていないだけで小さな頃には風邪ぐらい引いているんだろうがな。


「……ん……おはようございますぅ……」


 右腕マクラの使用者である、ロロカ・シャーネルが目を覚ました。オレとリエルの会話のせいだろうな。


「すまん、起こしたな」


「ロロカ姉さま、すみません」


「……いえいえ。もう明るいようですし……そろそろ、起きなくちゃ……ふわあ」


 ロロカ先生が身を起こしながらあくびする。しなやかな女の体を反らしながら、天に向かって腕を伸ばす。朝のストレッチだな。


 金色の髪から覗く、『水晶の角』がキラキラ光っている。それに、ああ胸も大きいな。薄めのパジャマだから……すごく、いいや。


「私も、起きるとしよう―――――」


 リエルが気づいていた。オレもロロカ先生も、気がつく。リエルが音を殺した動きをつかい、ベッドから転がるように下りて、ベッドの側に置いてあった弓に手を伸ばす……。


 ロロカ先生とオレも、ゆっくりと静かにベッドから下りていく。ロロカ先生の手が、竜太刀を掴み、オレに寄越してくれる。竜太刀の柄に、ガルーナ人の指を絡ませた。


 訪問者がいる。


 まだ、このフロアに入ったばかりだろうに……オレたち全員を緊張させるほどの実力者である。


 ……そいつは完全には気配を消していないから、隣室にいるシアンとミアも目を覚ましている。多分、オットーとジャンも気がついているだろう。ギンドウは、気づいたかもしれないが、どうせ二度寝しているさ。


 その気配は近づき、オレたちの部屋のドアをノックする。


 コンコン!


 ……いきなり突撃して来ない。だから、敵じゃない―――とまでは判断しない。こんな朝早くからやって来る、かなりの実力者。そんな予定はオレたちには無かった。


 だが。


 再びドアがノックされたので、オレは足音も魔力も消してドアに近づいたよ。


「……誰だ?」


 言葉を使う。やさしげな響きはない。床板が動く。相手はオレが気配を消して近づいたことに気づかなかったか。少しだけ動揺したらしい。


 そして、体がかなり重たい男か……魔眼を使っていないが、そいつの位置は気取った。攻撃の気配を見せれば……そいつが跳び退くよりも早くに、竜太刀で壁ごと斬れる。


 しかし、敵対する意識はないのか、こちらの殺気に気づいても動くことはない。そして、男の声が聞こえてくる。


「……朝早くから、すみません。私、『呪法大虎』さまからの使いです。シーグ・ラグウと申します」


「……『呪法大虎』の使い?」


「ええ。大虎さまからの、秘密の依頼があるのです。『パンジャール猟兵団』の団長、ソルジェ・ストラウスさま」


 ……魔力を悟られると承知で、魔眼を使った。壁を透過してシーグ・ラグウと名乗る人物の姿から放たれる魔力を見る―――フーレン族の証である、長い尻尾が見える。2メートルほどで、体重は130キロぐらいか。大きな『虎』だな。武器は持っていない。


「……分かった。しかし、ちょっと待っていてくれるか、ヨメたちが寝間着姿でね」


「ヨメたち……?」


「その言葉に引っかかるな。うちは一夫多妻制なんだよ」


「なるほど。それはうらやましいやら、大変そうやら……コホン。それでは、しばらく待機しております」


「ああ、そうしてくれ」


 ……オレたちはとりあえず、服を着ることにする。裸で『呪法大虎』という大物の使者を出迎えるのはマナー違反だろう。須弥山はラフなスタイルを好むかもしれんが、シリアスなハナシをするかもしれない時に、裸は蛮族が過ぎるってもんだ。


 信頼を失いたくない。


 とりあえず服ぐらい着るとしよう。


 慌ただしくズボンとシャツを着た。女子たちも上着を羽織って、武装は継続。シアンとミアが隣室の壁に背中を当てているのが、魔眼で確認出来た。


 臨戦態勢は継続したままだが、まあ、構わないだろう?……最近、名が売れ始めている『パンジャール猟兵団』に、アポイント無しの接触だ。


 ……きな臭い仕事の依頼だろうなって予感がしている。


「……エイゼン中佐と揉めていたらしいな……『呪法大虎』は」


 ロロカ先生がうなずく。


「はい。『呪法大虎』は、昨日の『呪いを用いた破壊工作』にまつわる情報を操作して、事件を隠蔽しようとしているようですね。呪術を取り締まる者として……」


「……ハント大佐も意見を変えて、彼に同意した。しかし、エイゼン中佐は弟を、ミハエル・ハイズマンとの戦いで亡くしている……」


 弟が戦死した戦いを隠される―――それに武勇を敬愛している『虎』の一人、エイゼン中佐は反発しているわけだ。


 『呪法大虎』を支持したハント大佐と、エイゼン中佐の仲には亀裂が入っているだろう。ミハエル・ハイズマンが起こした事件の結果、『呪法大虎』は権力を大きくしているな。


 ……野心家ならば、より大きな権力を欲する機会かもしれん。


 たとえば?


 エイゼン中佐を暗殺しろとかな。


 考え過ぎか?……どうかね。ヒトってのは、欲しいモノのためなら、何だって犠牲にするし、どんな禁忌にも手を染める。


 ……朝一で暗殺依頼が届くなんてのは、ちょっとタイミングとしては変な気もするが、出陣準備中のゴタゴタに隠れるように接触して来た……そう解釈することも出来る。


「……何の用かは分からないが、ソルジェよ。気をつけろ」


「ああ。とりあえず、ハナシを訊いてみよう」


 オレは壁に向かう。シアンが背中をつけている壁だよ。そこをコン!と一回だけ叩いた。同じ音がすぐに返ってくる。


 ……状況次第では、戦いにもなる。


 『呪法大虎』の依頼が、あまりにもオレたちの『正義』に反するものであれば、このシーグ・ラグウを取っ捕まえることになるかもしれん。生かして捕らえて、証拠にする。ハント大佐に反乱の容疑者として突き出すことにもなるだろう。


 ……そういう厄介な事態には、ならないんで欲しいが。


 まあ、フタを開けてみないと分からんことだな……。


 オレはドアの鍵を開けて、ゆっくりとそのドアを押した。ドアを開きながら後ろに下がり、間合いを取る。


 シーグ・ラグウに奇襲されても、手加減しながら倒せる距離だ。それを悟ってはいるのだろう。シーグ・ラグウは苦笑していたよ。


 二メートルほどの長身と、鎧のように鍛え上げられた筋肉。白髪交じりの、短く刈られた髪。鼻を横断する大きな傷痕―――須弥山の『虎』らしい風貌だった。


 徒手でも十分に、ヒトを殺す技巧を腕と指には宿しているだろうな。強い『虎』だよ。警戒をもって歓迎するのは、彼の強さへのリスペクトにもなるさ。


「……じゃあ、何か分からないが、入って来てくれよ、シーグ・ラグウ」


「はい。お邪魔させていただきます」


 ……ああ。朝から変な客が来たもんだ。


 権力の中枢に急接近している『呪法大虎』からの使者かよ……どうしたって身構えてしまう。シーグ・ラグウは苦笑しながらも、音を立てることのない歩法を用いてドアをくぐる。


 いい動きだ。暗殺者の技巧も、コイツならば十分にこなすだろうなって納得できるほどにね。



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