序章 『呪法大虎からの依頼』 その7
―――うん!おはよー、『どーじぇ』っ!!
今日はよく晴れてくれているな。
うん!おそらがひろくてね、かるい!!とびやすーい……!!
ゼファーは朝の空で宙返りしてくれる。視界がグルグルと回って、オレは嬉しくなる。ゼファーと一緒に飛んでいるみたいだからね。
竜騎士サンには、この宙返りが本当にたまらなく嬉しいものなんだよ。
……なあ、ゼファー、今はどこを飛んでいるんだ?
―――『ひゅーばーど』から、きたのそらだよ!
北か。そうか、偵察していてくれたのか。
―――うん!てきはね、あんまりいない。みはりぐらい。
……見張りぐらいか。まだ戦力をかき集められていないのだろうな。
これほど早くに『ヒューバード』が陥落するとは、帝国軍も考えてはいなかったさ。ミハエル・ハイズマンも評価されてはいた。オレたちの工作がなければ、あと数日はしのいだのかもしれないな。
モルドーアの城塞は頑丈だし大きく、2万の兵士はそれなりの水準は維持していた。16才の新兵相手では、歯が立たないほどには強かったんだ。
どんなにハイランド王国軍が攻めても、4日か5日はかかっただろう。城塞都市の守りを、オレたちと新兵たちが無効化したことの功績は大きい。
『ヒューバード』を攻めつつ、帝国軍の巨大な援軍に挟み撃ちされることを避けることが出来たしな。
―――てきは、まだ、じゅんびができていないんだね!
そういうことさ。帝国軍の理想としては、ハイランド王国軍を『ヒューバード』にいた軍とで挟み撃ちにして倒したかった。だが、それは困難になった。
―――じゃあ、てきは、どーするの?
……動くだけ疲れるからな。ハイランド王国軍の方から、歩いて来てもらうのさ。攻めるよりも守る方が有利だから。
陣地を構築して、待ち構えているはずだ。ハイランド王国軍を歩かせて、補給をより難しくする―――今度もまた持久戦になるだろうが……おそらく、かなり東の平野を使うことになる。
―――へいやぶ?ひらたいところ……そっか!うまを、つかうんだね!
そうなるだろうよ。
ハイランド王国軍を構成する、『ハイランド・フーレン』の上級戦士たち。須弥山の武術を伝承する、屈強な戦士たちだ。
個人差ってのはどうしたって存在しているけれど、仮に平均的な兵士の『質』を出せたとすれば、大陸最強の兵士は間違いなくハイランド王国軍の兵士だ。
他より倍以上強いだろうな。武舞台の上で、一対一で戦わせたら?……他の軍隊の兵士たちが『虎』に勝てる見込みは皆無だろうよ。
しかし、そのハイランド王国軍にも弱点がある。
騎兵が少ないことだ。
ハイランド王国という国は、巨大な森林地域と、北東部の比較的せまい台地から成る国土を持っている。国中を走る川が主要な交通、物流の手段である。
平地が少ないため、馬に頼ることが無かったようだ。
結果として馬の飼育数が少なく、いても小型の馬が多い。軍馬にするには向かない品種だし……そもそも『虎』同士の戦いに、騎兵を用いることが少なかったんだろうよ。
『虎』の跳躍力ならば、馬上の兵士の首を斬ることだって可能だからな。
しかし、それは数百の規模の騎兵に対してのことだ。視界の端から端に至るまで、ずらりと並び、弓兵の援護射撃と共に突撃してくる帝国軍の重装騎兵は、どう考えても『虎』の天敵。
『虎』の装備は基本的に軽装だし、そもそも歩兵だ。平野部での戦いは、騎兵が有利となるもんだよ。
……それでも、『虎』には戦闘能力と、高い闘争本能がある。
騎兵に対しても、突撃して打ち崩すことも可能だろう。突撃してくる騎兵に飛びついて殺すんだよ。
大きな危険が生まれる攻略法だが、成功すれば必ず騎兵を仕留められるし、失敗しても騎兵に対して大きな手傷を負わせるだろうな。
ハイランド王国軍は騎兵にも勝てる。
勝てるが、失う兵士の数が確実に増える……。
―――じゃあ、どーするの?
……ハント大佐の考え方次第だ。正面からの突撃で敵を破ることで、兵士を多く失うが短時間での勝利を得ることも狙える。
強さがあるから狙える勝利の方法ではある。乱暴だって?……それをやればハイランド王国軍の兵士には、たしかに死傷者が続発するが、敵から騎馬を奪うことにもつながる。戦力差があるから、次の戦は勝てるだろう。
だが、その時に騎兵を討ち漏らしてしまえば?……その騎兵は、次の戦で再びハイランド王国軍の敵に回る。
死傷者を容認しても、騎兵を必ず始末する。そうすることが出来れば、ハイランド王国軍は、次の次の戦にも連続して勝てるかもしれない。
……ハント大佐は、そういう戦を望んでいるのかもな。長い目で見れば、それはそれで自軍の兵士の損害を減らすことにつながる可能性もあるわけだよ。
ハント大佐は『ヒューバード』を確保した。
この『ヒューバード』の西には山岳地帯が広がっている。急峻な狭い山道が続くが……その先にはハイランド王国が存在している。
ハイランド王国から兵士の補充をすることも可能だ。狭い山道であったため、今までは帝国軍が守るその道を突破することはハイランド王国軍でも難しすぎた。
だが帝国軍が消えた以上、ハイランド王国と『ヒューバード』の間に『道』は出来ている。ハイランド王国軍には、補充の目処がついたというわけだ。
ハント大佐が優先すべき戦いは、兵士を死なせないことよりも―――多くの敵を可能な限り殺して、帝国軍の損害を深めるべき。
そういう方針になっているかもな。
『ヒューバード』に残す1万5000は、負傷者が多いし、『ヒューバード』の支配をしっかりと行うためでもあるし……南に対しての睨みでもある。
だが、その真の意図は、4万5000の兵が力尽きたときに、彼らが命がけで切り開いた道を駆け抜けて帝国深くへと、さらに攻め込むための……『次のハイランド王国軍主力』を作ろうとしているのかもしれん。
ハント大佐も、オレの理屈で言うところの『攻撃的な指揮官』だ。現時点のことだけを見てはいないし、『虎』ゆえに戦場で死ぬことを恐れてはいない。
……いくら精強なハイランド王国軍であったとしても、全ての帝国軍を討ち滅ぼすような力はない。『自由同盟』としては、ハイランド王国軍には、『より多くと刺し違えてもらう』ことを期待してはいるのだ。
帝国軍の兵士を、最も多く殺戮することが出来るのは『虎』だからな……。
それに、帝国は巨大過ぎる。何年もかけて戦うことは、『自由同盟』には不可能だ。帝国にいるガキどもが、何年かすれば兵士になる。
『自由同盟』側にいるガキだってそうなんだがね、どうしても、あちらの方が数が多いんだ。何年もかけるような戦いをしていられないんだよ。せっかく潰した帝国の戦力が、あっという間に回復してしまうわけだからな。
早急に、帝国を切り崩す必要がある。時間を長くはかけられない……。
だから、ハント大佐が、騎兵に対して『虎』で突撃したとしても……その戦術は無意味じゃないのさ。
―――なるほどー。はんとたいさは、それをやるのかなー?
……やるかもしれない。ハント大佐には、きっとオレより大局ってものが見えている。兵士よりも軍が、今よりも未来が……より正確には見えているんだろうよ。
―――じゃあ、ぼくたちは、どーするの?
『呪法大虎』が預かった5000の軍と同行する。この集団の護衛になるな。
―――まもれば、いいんだね?
ああ。あえて5000で動くことにも、ハント大佐は意味を持たせてあるだろう。敵の注意を引くためとかな……本隊と合流するのか、それとも別の作戦を実行するのか……。
色々なことを敵に考えさせるためでもある。
―――かんがえさせるため?
そうだよ。誰しも考えるほど、迷うほど、弱くなるものだ。攻めるにしても守るにしても、意志を一つにしなければ、ほころびを生む。そうさせるために、あえて軍隊の移動を分けることもあるのさ。
―――そっかー。じゃあ。そろそろ、そっちにもどるね。
ああ。偵察ご苦労さま。『ヒューバード』に戻ってくれ。
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