序章 『呪法大虎からの依頼』 その6


 腹いっぱいにメシを食らい、たらふく酒を呑んだ。その後は、風呂に入って戦いの疲れと緊張を解いていったよ。


 あとは、ゆっくりと眠るのさ。二人のうつくしいヨメと一緒にベッドに転がる。雨の中でのアンデッドどもとの戦いは、オレたちの体力を大きく奪っているからね。今夜はエッチなことする前に、眠りの世界に捕らわれていた。


 ……さすがに、『夢』は見なかったよ。ありがたいことだな。アプリズたちの物語には、ちゃんと始末がつけられたようだよ。


 リエルとロロカ先生のシルクみたいに滑らかな肌に温められながら、オレはゆっくりと休むことが出来たんだ―――。




 …………睡眠ってのは、不思議なもので。その始まりも終わりも、不明確というかな。酒の影響なのか、それとも連日の『夢』の影響なのか……理由は分からないが、オレは珍しく早起きだった。


 リエルがまだ眠っているから、6時にはなっていないのだろう。リエルは6時起きだ。森のエルフは時間に厳しいからね。それより早くも遅くも起きることはない。


 空はそれなりに明るい。


 北海に近いこの土地でも6月中盤の日の出は早いもんだ。寝不足は感じないな。12時よりは前に寝ていたからな。リエルとロロカ先生は、安らかな寝息を立てている。オレは夫の義務として、あと少しばかり腕マクラという寝具をしておくとしようか……。


 ……ヨメの寝顔をのぞき込みたいような気もするが、変に体を動かすと腕マクラが動いてしまって二人を起こしてしまうかもしれない。


 オレは……魔法の目玉を使うことにする。まぶたを閉じて、ゼファーと心をつないだ。


 ……ゼファーは空を飛んでいる。


 ごきげんさ。鼻歌を歌っている。


 ハイランド王国軍は、オレたちだけにじゃなく、ゼファーにも料理をくれたからね。まあ、しめたばかりの牛二頭だけど。ゼファーには調理は要らない。竜の舌は素材をそのまま楽しむことを好むんだよ。


 お腹いっぱいになったゼファーは、腹ごなしの朝の散歩―――いや、それだけじゃない。ミアとの『約束』を守っているんだ。


 かつてミアは、ゼファーにお願いしている。


 ……他の竜を探して!


 ゼファーは、その言葉を忘れてはいない。竜は……とくにアーレスの血は、女性との約束を守ることを尊ぶ。竜騎士姫に仕えた頃からの伝統さ。


 それに。


 おそらくゼファーも本能的に竜を探しているのだろう。竜は孤高を喜ぶ生き物であるが、まるでこの世界に自分しかいないような状態では……ゼファーも気にする。


 自分たちの種族は、滅びてしまったのではないかと。


 ゼファーはまだ子供だから、繁殖相手を探しているわけじゃないけど。他の竜を、本能が求めているのだろうよ。


 オレたちはゼファーの『家族』だ。『ドージェ』も『マージェ』もいるけど、竜ではない。さみしくさせているつもりはないが……竜には、竜がいる。


 それは『家族』や『繁殖相手』としても必要な存在なのだが、闘争本能の高い竜は『好敵手』の存在を探してもいる。


 竜は序列を決めたがる生物だ。自分が竜という種族のなかで、どれほどに強く偉大な存在なのかを知りたがっているのさ。


 戦うことを愛する種族だからな。


 でも、ゼファーは知らないんだ。自分が竜たちの序列のなかで、どれぐらいの位置にいるのかを……それは、竜としては極めて『不自然』なことなんだ。


 『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』は、とくに狂暴であり、強さを確かめたがる本質を持っている。それはそうだ。種族が滅びに瀕したとき、生まれてくる、種族の救世主だ。


 竜は闘争本能が強すぎるし、力も強すぎる。


 そんな生き物が、自分たちの序列を決めようと暴れていたら?……殺し合いになってしまうのさ。


 竜にとっては同族との争いは、自然なこと。本能であり摂理。竜の天敵は、いつだって竜だ。


 だからこそ、竜は滅びに備える。


 自分たちの血が潰えそうになると、『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』は孵化する。何十年、場合によれば何百年も『耐久卵』のなかで、その最強の竜たちは眠り続ける。


 そして、一族が滅びるとき―――『グレート・ドラゴン』は卵から孵化するのさ。


 竜の一族にとっては滅びの象徴であり、一族の新たな始祖でもある。


 最強の竜として生まれた『グレート・ドラゴン』は、世界を旅して、どこかから竜を見つけ出して、つがいを成す。そして、新たな竜の血が、その土地で始まるのだ……。


 ……しかし。


 大陸中を探して回ったけれど、竜を見かけたことはなかった。9年間で、ゼファーだけ。より北に進み、北海の果てでも探せば、竜がいるのかもしれない。竜は、本来は寒いところを好む……。


 ……あるいは。大陸のあちこちに『耐久卵』があり、まだ、それらが目を覚ましていないのかもしれない。


 竜ってのはね、オレ以上に『寝坊癖』が強いんだよ。


 彼らは『耐久卵』のなかで、何百年も眠る。一族が滅びたからといって、わざわざその直後に目覚めるようなことはない。


 この右の腕マクラの使用者であるロロカ先生の推測によると、あえてタイムラグを設けてあるのではないか?……ということだった。


 『一族が滅びる』んだからな。


 劣悪な環境、あるいは厄介な外敵も存在するかもしれない。そんな環境で孵化することはリスクがある。孵化したばかりの『グレート・ドラゴン』は子供だ。環境や外敵に殺される可能性がある……。


 だから、あえて寝坊する。環境が良くなるのを待ちつづけるために。


 ある意味、希望が持てる考え方だ。世界各地に埋まっている『耐久卵』が、いきなり孵化を始める日もあるかもしれないってハナシだしな……。


 前向きに考えるべきだ。


 世界からは、いつの間にやら竜が少なくなり過ぎている……。


 竜に淘汰圧をかけられる存在など、考えられるのは一つだけ。


 オレたちのような、ヒトだな。竜と戦って勝つことは不可能じゃない。竜騎士は竜に勝つための特訓をしている。竜はプライドが高いから、竜騎士がある程度は強くないと、その背中に乗せてもくれない。


 竜騎士は、竜に勝つ必要もある。オレがゼファーと戦ったのは、実力で勝たなければ、野生の竜に、オレのことを認めさせられないからだ。


 竜と交渉してその背を借りることは、竜騎士以外にも出来るだろう。年を経た竜は賢く、ヒトが利益をもたらすのならば、見返りを求めて一時的な協力関係を築くこともある。


 ……しかし。


 竜とヒトという生態系の頂点たちは、折り合いが上手くいかない。竜はワガママだし、ヒトは組織的で秩序を護る。竜の約束は永遠だが、ヒトの約束は流れ星のように一瞬で消え去ることもあるからね。


 ある王と友情を築き、永遠にその山に住んでもいいという約束を手にしても。それから数十年もすれば王は死に、次の王が『竜殺し』の名誉や、その山が生み出す利益を求めて竜に挑む日が来る……。


 ……竜だって、死ぬんだぜ。無数の矢に、命知らずの蛮勇がそろっていれば、大勢の命を引き替えに、竜を殺すことも出来る。十分な深手を負えば、竜は逃げ去ることもあるだろう。あるいは……竜の住み処に呪毒を垂れ流すとかしても、竜はその地を去る。


 竜と永遠の絆を結べる者はほとんどいなかった。


 ヒトの心は弱く、あまりにも移り気だ。


 竜との約束を守れる者なんて、本当に数が少ない。祖先の約束のために、富みを捨てる。竜との約束ために、命を捨てる。そんなヤツらだけが、竜との共存を許される。


 オレが知る限り、竜と世代を越えた共存を果たしていたのはガルーナだけ。


 ガルーナのストラウスの血だけが、竜と共に在ることを竜に認められたんだ。竜はオレたちを守るし、オレたちは竜を守る。何があろうとも、その誓いは不変だった……。


 だからこそ、ガルーナに竜騎士はいた。


 だからこそ、ガルーナにしか竜騎士はいなかったとも言える。


 竜と共存しようという狂気を行えるのは、ガルーナの野蛮人だけのようだからな。


 ……ガルーナ以外では、ヒトは竜を利用して、その力や知恵を掠め取ることだけに集中していた。偽りの約束を結び、竜を騙し、竜を裏切り、竜を殺そうとして竜に殺されていった。


 ……竜は、ヒトを見限ったのかもしれない。


 ヒトが殺し合って滅ぶのを、『耐久卵』に引きこもって待っているのかもしれない。不誠実で、欲深く、邪悪な嘘つきどもが、共食いの果てに、この世界から消えていなくなるまで、眠っているのかもしれない。


 いつかはそんな時代が来るのかもしれない。ヒトはいつも殺し合ってばかりだからな。竜よりも残酷に、小さな理由で戦をする。自業自得の果てに、ヒトがこの大陸から消え去った後に、竜たちは目覚めて、大陸の空を支配するつもりなのかもしれない。


 ヒトというものは、竜にとって、その程度の存在なのかもな……。


 それは別にいいんだが。オレが、竜と出会えないことは、さみしいんだ。


 オレがこれだけさみしいんだ。


 竜であるゼファーは、オレ以上にさみしい。『友』を、『繁殖相手』を、『好敵手』を求めて、『真に対等な存在』を求めて……ゼファーは朝焼けの空を飛んでいるような気がする。


 ……『ドージェ』に出来ることは、言葉をあげるだけだった。だが、何も出来ないよりはいい。心をつなぐ、鼻歌を奏でるゼファーに告げるんだ。


 おはよう、ゼファー。いい朝だな。



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