序章 『呪法大虎からの依頼』 その5


 王国軍にはフーレン族が多いがね、基本的にハイランドも複数の種族で構成された他民族国家である。世界各地から移民が流れ込んで作られた。剣士たちの聖山、須弥山に導かれて。


 そんなハイランドの料理ってのも、多様性に満ちているというかな。


 回転式のテーブルの上には、無数の取り皿が並べられている。魚料理、肉料理、卵料理、野菜料理に、揚げ料理、焼き料理、フルーツに、甘そうなものから、辛そうなもの……数え切れないほど、色々なものがあるな。


 色とりどりな数十種類の料理が並んでいると、圧巻なものさ!!


 オレたち『パンジャール猟兵団』は、円卓につく。


 それぞれに酒とフルーツのジュースが注がれたコップを握り、円卓の上に掲げる!!本来のしきたりならば……主催者があいさつするところだが、ハント大佐は戦場に向かった。


 だから、オレが仕切るんだよ。


 長い演説はしない。


 『家族』しかいないからな。短い言葉さ。


「ハント大佐のおもてなしと、今日も元気に戦い抜いたことに、乾杯!!」


 猟兵たちの声が続いたよ、乾杯!!ってね。


 それが宴の合図だよ。オレたちは、目の前に無数にあり過ぎて、どれから食べたらいいのか困るほどの料理に取りかかる。


 どれから食べてもいいらしい。


 テーブルが回るからね、それを回すことで、料理の載った大皿の方からやって来てくれる。席を立たなくても、それに手が届く。こういうのって、面白いよなあ……遊び心が冴えているというか?


 ……まあ、皆が好きな料理から食べられるというのも、フリーダムでいい。食べる順番も決められている料理もあるけど、そういうのより気が楽だな。


 たしかに、もてなされているような気がする。好きにしていいってトコロが得にね。思いっきり甘やかされている気持ちだよ。


 ハイランド料理も芸術的な美しさがある。シアンがボソリと語ってくれたが、この料理の配置にも深い意味があるそうだ。色合いに、『祝福』の意味が込められている。


 ハイランドは料理の色にも、意味を決めているそうだ。


 赤は夫婦愛の象徴とか、黄色は富みの象徴、緑は健康とか……そういう『意味』を持たせた料理を、一定の法則で並べることにより、『祝福』と成すそうだ。


 呪術大国でもあるハイランド王国らしいよなあ。


 シェフは語った。豚肉料理を食べ始めたオレに、シアンの言葉を捕捉してくれるために。


「ハイランド料理は、宇宙論の表現を目指します」


「……宇宙論?」


「はい。森羅万象を、再現しようとしています。海のモノ、川のモノ、山のモノ、飛ぶモノ、畑に生えるモノ……世界の『象徴』を多く取り入れる」


「……だから、山のモノ……鹿肉料理の隣りに、川魚があるのかい?川魚の手前に、海鳥の巣のスープがあるのは、世界の形を模している?」


「ええ!よくお気づきで!」


「これ、ワールドを再現しているんだね!!……もぐもぐ!!」


 グルメな猫舌は、鶏肉料理に夢中だった。鳥のもも肉を厚みを残して切った、淡泊な味わいの肉料理さ。酸味のあるソースと合うんだよ。


「はい。世界を再現する。それもまた、基本的なハイランド料理の哲学であるのです」


「奥深い!!……もぐもぐ!!」


「ええ、そういう面白味も、同時に楽しんでいただけると嬉しいですな!……さて、スープも来ましたよ!卵と海藻のスープ!やさしい味です。赤茶色の髪をした、青年にも、オススメです」


「え?ぼ、ボクですか……?」


「はい。胃腸にやさしいスープです。お酒に疲れて、油の香りが辛いと感じる時には、それから飲まれると、食が進みますぞ」


「そ、そうなんですね!じゃあ、いただきます!」


 ハイランドの料理人ってのは、スゴいぜ。客の体調とか、考えていることが分かるようだな。油の香りにジャンが参っていることとか、酒を呑んでいることまで察するか。


 ……この分じゃ、オレたちが食事の前にドーナツに浮気しちゃったことまでバレていそうだなあ。


 ……料理人を舐めてはいかんということだ。食事の仕方だとか、表情とか、いろんな細かなことから分析されてしまっているらしい。


 オレは朝、好評だったシューマイを見つけた、そいつを自分の皿に取り寄せる。そんなことをしながらリエルを見ると、豆腐料理を食べていた。目を閉じながら、うなずいている。


 揚げ豆腐だ。美味そう。いや、きっと美味いのだろうな……カニを食べたら、どれを食べるべきか。迷ってしまうな。


 ロロカ先生は麺料理っぽいモノを食べているぜ。スープに入っているのではなく、皿に盛られた麺だな……名前は知らないが、美味しそうだ。椎茸も入っているし、卵も入っている。あと、小さなエビさんもいるから、きっとミアも好き。


 旨味が舌に融けてきそうな料理さ。海鮮の旨味と共に、甘さが輝くような味なんだろうな。


 ……何というか、色々とありすぎて語り尽くせそうにない。


 ギンドウは魚の酢漬けかな?……それを美味そうに食べている。白身魚と酢と玉ねぎ、王道の美味さがあるよね。


 シアンは、当然のように己の哲学に邁進する。つまり、肉、肉、肉だな。その身に赤さが残る牛肉を食べている。


 いい焼き加減の肉だ。鮮度を残した肉汁はヒトの本能にある野生を満たす。間違いなく美味いぜ。


 でも。彼女の皿には、そればかりが載っていた。あいかわらず肉を偏愛しているな。まあ、いいよ。故郷の味を楽しめばいい。


 彼女の長くて、つい触りたくなってしまう黒い尻尾も機嫌良さそうに踊っていた。野菜を食べろなんて、横暴なこと、今夜の『虎姫』さんには言わないでおくよ。


 オットーはタケノコを使っている野菜炒めだ。熱くてとろみのある『あん』がかかっているからだろうか?……オットーの舌は、料理の熱さを重視しているようなフシがあるんだよな。


 熱い料理は、それだけで美味い気もする。オットーの料理に対する価値観ってのを、オレが理解するまでには時間を要しそうだなあ……。


 ジャンもスープで食欲がわいて来たらしい。酒の『毒』が抜けたんだろうかな?……基本的にジャンは食が細い男だし、野菜や白身の魚を好む。キノコも好きだ……『狼男』だけどね?


 もっと肉とかガンガン喰う性格を『狼男』にはイメージするかもしれない、だけど、そうでもない。現実と固定観念には乖離があるってことさ。


 そんなジャンは緑と黄色の多い、カラフルなサラダを食べ始めていた。健康的でいいな。薄くスライスされた鶏の茹で肉も入っている。薄味を好むジャンは、サラダには何もかけずに食べることもあるが、今夜もそんなパターンだった。


 皆がそれぞれに好きな料理を、好きな順番で食べながら、コレが美味いアレが美味いと情報交換をすることも出来るわけだな。皆の好みが、よく分かるというか。


 誰もを満足させる料理など、無いのだろう。


 舌も、背負っている文化も、生きざまも、それぞれが違うのだから。


 『好きなように楽しんでくれ』。


 そういうハイランド料理が持つ、おおらかである意味ではカオスな哲学は、オレたちのように多様性のある集団にとっては合うのかもしれないな。


 さすがは、移民が作った国か。


 『調和』を目指すためには、多くの料理がいるのかもしれないな。自分の舌に合うからといって、他のヤツの舌に合うとは限らないから。


 多くの雑多な種類を用意しているようにしか見えない―――でも、これに文化的な法則も仕込んでいるというのだから、興味深い。


 『宇宙論』を表現するためには、大きなテーブルがあふれかえりそうになるほど、たくさんの料理がいるのだろう。


 ……いい時間だった。


 料理の味もいいし。


 種類も楽しめた。


 ああ、もちろん、それぞれに『苦手な料理』もあるけどな。オレは正直に言うと、根菜を輪切りにして衣をつけて揚げられている野菜料理は……『分からない』。


 美味いとか、マズいとか言う前に、違和感が強すぎて、好きなのか嫌いなのか、どう解釈していいのかも分からん。


 ……これを単独で食べると、あんまり美味しくはないけれど。味の濃い料理の後に食べたりすると美味いかもしれん。ミンチ肉を使う濃い味を食べた後とか、いいかもしれない。ガルーナ人なら、この根菜の穴の部分にミンチ肉かチーズを詰めようとする。


 ハイランドのシェフが描いた宇宙論は、なかなか奥深いもんだ。この根菜も、薬膳的な意味が強いのかもしれない。マズくはないから、慣れていくと美味いかもしれない。


 リエルとロロカは、美味しそうに食べているから。いるから、女子ウケのある根菜料理なのかもしれん。


 もちろん、野菜嫌いのミアと、野菜は雑草と言い切るシアンの皿に、この根菜料理が運ばれることはなかった。


 慣れた料理も美味いがね。


 今夜は、未知なる味と香りを楽しめる、異文化との接触の夜だった。もちろん、ハイランド人のシアンにとっては、舌になれた味で、鼻にもなれた風味なのだろうが。


 興味深い夜だったよ。


 オレたちは色々な発見をしながら、食べ切れるハズのない料理に挑み、酒を楽しんでいく。


 魚も、肉も、野菜も、しっかりと食べることが出来た。フルーツもね!戦場では貴重な味もな―――やはりレストランでしか楽しめない、複雑な料理も味わえた。ミアにはハイランド文化の勉強にもなっただろう。


 国際色豊かな小悪魔系美少女に育って欲しいんだ。


 ……ああ、『パンジャール猟兵団』の胃袋を持ってしても、卓上の料理を食べ尽くすことは出来なかった。


 誰もが満腹になるまで、ハイランドの料理と『おもてなし』の文化を楽しめたわけだよ。


 満腹になった胃袋でも、オレとシアンとギンドウは、グビグビと酒を楽しめているし、猟兵女子と、ついでにジャンは食後の甘味を楽しんでいる。


 不思議なことに、酒とスイーツは人体にあるはずもない別腹の扉を開くんだよね。


 ……ほんと。


 いい晩飯だったよ。


 ハント大佐に礼を言いたい。次の戦場で勝利したら、酒を酌み交わしてみたいな。シアンも一緒にいれば、呑みやすいかね?……まあ、機会に恵まれたらでいい。彼は事実上のハイランドの指導者だ。忙しいだろうからな。



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