第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その33


 八つ当たりをしているのだろう。ヒトが何を教えようが教えまいが、コイツのようなことにはならないよ。


 そんなことは、おそらくブルーノ・イスラードラも分かっていると思う。でも、彼はやさしい僧侶殿だから。ついつい自分の非を探してしまうのだろうな。


「……こ、この事態になったのは、私のせいだと!?」


『そうだ!!お前が、お前が、お前が私に『遺産』を渡してくれていたら、私は、もっと長い年月を、呪術の探求に費やすことが出来たのだ!!……そうすれば、もっと、もっと、もっと、偉大な力を手にしていたはず!!私は、私は、そうなれば、お前のそばにいる赤毛なんぞに負けなかった!!』


 ……オレもダシにしての八つ当たりか。まあ、オレに負けてしまったのは事実だ。『ヒューバード』の城塞を崩され、自分の足下を爆破され、史上稀に見る早さで城塞都市を落とされた。


 あげく。この、とっておきの反撃も看破されて、スケルトンの軍勢も大半を燃やされてしまった。


 今も、ハイランド王国軍はマジメに、コツコツと油が満載の樽を地下の穴へと蹴り込んでいるんだ。本当に『上』からの命令には忠実な人々だよ。


 ……炎の地獄から抜け出そうとしている白骨兵の行列は、その火力の前に地上に出る前に滅び去ろうとしている……。


 あまりに熱量が上がりすぎて、骨そのものが燃え始めているようだ。その炎を抜けたところで、ハイランド王国軍の包囲が完了しつつあった。


 激昂するミハエル・ハイズマンは、気がついていないのさ。周囲を取り囲もうとしている『虎』の静かな動きにな。


 恐れは消えつつある。『虎』は戦闘意欲が高い。このミハエル・ハイズマンが化身した姿である、『不浄なる霊帝/レゲイオン』との戦いを楽しみにしている。心強い戦士たちだよ。


 ブルーノ・イスラードラは意識しての結果ではないが、我々が準備を整えるための役に立ってくれているのさ。


 至極マジメに悩みながら、ブルーノは『弟』に語りかける。


「……私には、よく理解は出来ない。それでも、確かに私は貴方から真実を遠ざけてしまったことは事実です……だから、その点だけは貴方に謝りたい……ですが。ですが、ミハエル!!」


『なんだ!?』


「……貴方に問いたい……どうして、貴方は自分の仲間であり、そして自分の部下でもある帝国兵士の遺体に、呪術などをかけたのですか!?一度、彼らは勇敢に戦った!!そして、死を、死を味わった!!それなのに、どうして二度も貴方は部下を死なせた!?」


『二度でも、三度でも、死ねばいいのだ』


「な、なんてことを!?」


『私が、この地位に来るまでに、どれだけを……どれだけ死ぬような思いをして来たと思うのだ、ブルーノ?』


「貴方の苦労は、壮絶なものであったのかもしれない。でも、それと……先ほどの発言は何ら関わりが―――」


『―――あるとも!!』


「え!?」


『私ほどに、抗った者はいない。身分に抗い……始めから決められた出世レースに挑んでは、砕かれた。私の功績は、いつも横取りされた!!帝国の貴族どもに!!まったく得られるモノはなかった!!多くを、大半を、奪われ、搾取されて来た!!私が、祖国のために、帝国のために、死よりも悲惨な戦いを生き抜いたことは、二度や三度ではない!!』


「あ、貴方が……貴方が、苦労したからと言って、部下にまで、その痛みや苦しみを押し付けるのは、間違っている!!」


『黙れッ!!帝国の恩恵に浸かりながらも、戦に貢献することのない偽善者どもが!!お前が、帝国のために、どれだけ貢献した!?どれだけの敵の首を刎ねたというのだ!?』


「それは……私は、僧侶ゆえに……ヒトを殺めるわけには……っ」


『誰もが!!誰もが!!誰もが!!命がけの戦いを、軽んじる!!私たち、真の愛国者であり、真の英雄である者たちが、死線を越えながら敵を殺して、野蛮な亜人種どもから奪って、帝国を栄えさせて来た!!……しかしな、ブルーノ!!私たちのような英雄は、ほんの一握りだ!!多くが、すぐに死ぬ!!敵をろくに殺しもしない!!』


「か、彼らは必死に戦った―――」


『―――その結果が、ただの惨敗だ!!コイツらが、どれだけ戦った!?どれだけ帝国に貢献する戦いをしたのか!?……私はな、むしろチャンスを与えたんだ!!一度の死で、帝国に貢献することが出来ないクズどもならば!!……二度でも三度でも死に、帝国に尽くせば良いのだ!!』


「そ、そんなことは、そんな非道は、女神イースが許しません!!」


『帝国の庇護下にあるだけの、貴様などが、私を否定するな、ブルーノおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 巨大な屍骨の塔が動いた。ギキギキと鳴りながら、その長すぎる『胴体』を捻りながら、ブルーノ目掛けて倒れてくる。


「……女神イースよ、私にご加護を……っ!!」


 ……加護なんかじゃ、足りなかったよ。イースの加護なんかじゃ、きっと、この真実の憎悪からは身を守れなかった。だから?……オレとオットー・ノーランが、動いていたさ。


 倒れてくる屍骨の塔から、ブルーノを救助していて。オレとオットーで、彼の体を左右から引っ張り、猟兵の脚力頼ったスピードで、ブルーノをその攻撃から安全な場所まで引きずり走った。


 ドガゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッッッ!!!


 大地が『不浄なる霊帝/レゲイオン』の突撃を喰らい、嫌悪するような悲鳴を上げた。地面はおぞましさに震えているようだったよ。かなりの重量だ。アレに押し潰されたら、何だって潰れてしまいそうだった。


 少なくとも、ゾンビ化して二度目の死を迎えたばかりの帝国兵たちは、それに押し潰されて消し飛んでいた。あまりの重量にヘコまされた地面。そこにいた彼らは、本当に跡形もなく消えてしまっていたんだよ……。


 血のにおいが、雨に融けるようにして漂っていく。


 自分が助かったことに、ブルーノ・イスラードラは気づいた。死を確信していたようだな。でも、今は大きな瞳を、パチパチと印象的な大げささを持つ瞬きで開閉している。


「……あ、ありがとうございます」


「死んではダメですよ、ブルーノ司祭」


「……オットーさま。私には、そんな価値はあるのでしょうか?……『弟』を、ミハエルの人生を大きく歪ませる一因に、私はなった……」


「死んではなりません。貴方の行動に、彼がここまで歪むような責任はありません。彼は甘えているに過ぎない。反論出来ぬ、やさしい貴方に、つけ込んでいるだけです」


『ハハハハハハッ!!『蛮族連合』の傭兵ごときが!!知った風な口をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 『不浄なる霊帝/レゲイオン』から、無数の『腕』が生えてくる。まあ、人骨どもが絡み合っただけの棒状のようなムチ状のような、あるいは触手とでも言うべき、ワケの分からん物体のことを『腕』と言って良いのならばだが。


 とにかく、『不浄なる霊帝/レゲイオン』は形を変える。骨の『脚』と、骨の『腕』を持つ、ガシャガシャうるさい巨塊に変貌するのさ。


 ああ。


 なるほどな。


 アレにも似ている。


「―――『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』か」


『そうだ!!そんなことまで、よく知っているなあ、ソルジェ・ストラウスよ!!』


「ちょっとした縁があってね」


『そうか!!だが、知ったことか!!『王』は、己のしたいことにしか、興味がないものだッ!!』


 『腕』が迫る。ブルーノではなく、オレとオットーを狙っているようだな。舌打ちしながらオレは右に跳び、オットーはブルーノを引きずるようにしたまま左に跳んでいた。


 大地を、巨大な骨の集合物が―――擬人化して言うのなら、『拳』ってところのそれが地面を陥没させる。


 無数のしゃれこうべの眼窩の紫色の炎が揺らめき、カラカラと何百か何千個もの下顎骨が揺れていた。笑っていやがるのさ。


 回避した。完全に回避はしているが……オレたちに余力が無いことを、ヤツは気づいていたのさ。


 さすがは二刀流使い。


 武術家ってのは、武術家の動きを識るらしい。流派は違えども、動きに強さの差を理解することぐらい可能だよ。


 そうだ。


 『不浄なる霊帝/レゲイオン』は理解したんだよ。オレたちの強さと、ヤツの強さ。その間にある、圧倒的な差をな。


 もちろん、オレたちの方が弱者だ。あんな何十トンあるのかも分からん物体と、強さで敵うはずがないだろう。


『ハハハハハハハッ!!やはり、『王』とはこうだ!!己の意志を表明することのみをするのだ!!全てが、ひれ伏すほどの力を、その身に宿しているのだからなあ!!』


「……ククク!!……王の道とは、そうかな?」


『ああ!?』


「……貴様は、どれだけの仲間を作れた?どれだけの者が、今、お前の側にいる?……その数が、お前の真の器の価値となるぞ?」


『……ッ!!ま、ま、負け惜しみを、言うんじゃねえええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』


「ハハハハハハハハハハハッ!!!一人の仲間もいない、一人の『家族』もいない、そんなお前が、『王』のわけがないッ!!!」


『うがあああああああああああああああああああああああッッッ!!!し、し、死ねえええええええええええええッッッ!!!』


 無数の『腕』がオレへと迫る。視界の全てに骨が踊る。しゃれこうべがオレを睨んで来やがる。土砂降り並みに多い、数える気にもならないほどの攻撃が迫ってくる。


 ……ああ、それでもいいのさ。なにせね。オレは、ヤツと違って、独りぼっちじゃないんだからな。


『GAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ゼファーが歌い、黄金色の劫火の火球が、オレに迫っていた無数の腕を消し飛ばしてくれる!!煉獄の灼熱の余波を浴びながら―――オレは竜太刀を構える。


 さて。


 いつものように猟兵らしく、殺し合いのスタートだぜッ!!



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