第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その30


「ストラウス特務大尉!!油が、到着いたしましたよ!!」


「……そうか。早かったな」


「ええ!!この街の特産品らしいですしね。籠城に備えて蓄えていました。まあ、色々と使い勝手のあるモノですからね。料理にも、灯りにもなる……我々に追い込まれたとき、街を焼き払うことも可能でしょう」


 ……その言葉に司祭殿が胃のあたりを抑えた。哀れなブルーノは、ストレスを感じているな。軍人の邪悪な思惑と、僧侶の哲学は相性が悪いらしい。世の中が正しく動いていることの証だな。


「……街は焼かんぞ。呪われた人骨どもを焼き払うんだ」


「ええ!もちろんです!せっかく、ほとんど無傷に手に入れた街ですからね。今後のためにも拠点化したい―――ああ、すみません、司祭さま。貴方にとっては、こんなハナシはつまらないですよね?」


「いいえ。お気になさらずに。皆、倫理を守っていただければ、幸いです」


「もちろん!『虎』は、戦士の倫理を守りますよ。そうしなければ、『虎姫』にブン殴られてしまいますのでね!」


 『虎』のジョークか。この場にシアンがいないと思っての軍曹なりのジョークだった。しかし、いつまでもシアンがいないとも限らない。


「……ほう。『虎』を名乗る者よ。私が去れば、貴様らは倫理を忘れるのか……?」


「ひいいいッ!!『虎姫』さまッ!?い、いえ!!シアン・ヴァティ特務中佐ッ!!」


 『虎』の背後さえも、シアンの無音の歩法は取ってしまうらしいな。軍曹は敬礼しながら直立不動の姿勢となる。『ハイランド・フーレン』は腕力と権力に弱い。シアンはそのどちらをも兼ねてあるな、最強の剣聖であり、特務中佐殿だから。


 ……ハイランド王国というのは、強烈な縦社会の文化であり、上が腐敗するとどうしようもない世界らしい。


 しかし、上が正義の人物であると、末端兵士まで素晴らしい哲学を帯びるようである。何だか、また一つ、ハイランド王国の文化を知れた気がするよ。


「……『虎』よ、貴様の、倫理観は、正義は、正しいか……?」


「は、はい!!正しいで在ります!!悪を見れば、斬ります!!二度と、マフィアなどに祖国を牛耳らせません!!」


「……そうだ。当然のことだ。毎朝、そう叫べ。死が訪れる、その日まで……」


「了解しました、シアン・ヴァティ特務中佐殿ッッッ!!!」


 ぴーんと尻尾を伸ばしたまま、オレの軍曹はシアンに取られた気がするな。気の利いたいいカンジの臨時の部下だったのだが、シアン中佐の家来にされちまったようだ。


 ……シアンは中佐なのに、なんで、オレは大尉なんだろう。階級、二つも下だぜ。まあ、別にいいけど。


「ソルジェさん!戦況は!?」


「ああ、ロロカも来てくれたか」


 槍を担いだオレのロロカ先生も、この場に到着する。


「遅れてすみません。敵の行動が、誘導のように思えまして、しばらく待機していましたが……どうやら、あちらの仕掛けもネタ切れのようですので、参りました」


「ああ。ありがとうな。君たちが後ろに控えてくれているから、安心して動けたよ」


「ウフフ。そう言ってくださると、嬉しいですよ」


「あー。ギンドウちゃんもいる!」


 ギンドウを発見したミアが、ぴしっ!と指を差していた。ギンドウも、やる気無さそうにこの場にやって来る。


「……やる気はなかったんすけどねえ。シアンが怖いんすよ……」


「あはは。ギンドウちゃんは堕落してるもんねー」


「ミアっち、難しい言葉を使えるようになったもんっすわ」


「うん!ミアは成長期だもん!」


「はいはい、胸も成長するといいっすねえ」


「……ギンドウちゃんに、セクハラされたってシアンに言うよ?」


「……マジで止めよう。シアンの暴力は、エグいっすもん。ほら。ミアっちに口止め料」


「わいろー?」


「金じゃねえっすけど、鉛と鉄の弾っすよ」


 ギンドウは懐から取り出した二つの小さな革袋を、ミアに手渡した。ミアは歓喜する!


「やったー、弾丸撃ち尽くしてたんだ!ギンドウちゃん、今回は仕事するねー!」


「いつもっすわ。陰ひなたに、コッソリと、ギンドウさんは隠れ働き者なんすよう?」


「んー。そうかなー。ダメ系の大人だと思うけどなー」


「誤解っすよ。ギンドウさんの働きは、見えにくいだけなんすよねえ」


 ―――ギンドウさんが真に推奨すべき労働者であるかは分からないが、オレはロロカにかいつまんで事情を説明する。


「なるほど。地下に油を注いで、スケルトンと呪術師を火攻めにするわけですね」


「そうだ。行けるかな?」


「はい。大丈夫だと思います。『風』使いの優秀な術者が、ウチにはたくさんいますからね」


「そうだな」


 ロロカ先生にお墨付きをいただいて安心だよ。リエルも『虎』から矢を補充して来た。飛び道具もそろったし、さっそく作戦を開始するとしようか!!


「『パンジャール猟兵団』、仕事を始めるぞ!!……ジャン!!あの『死体の壁』をぶっ壊して来い!!」


『りょ、了解です、団長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 巨狼がこの死者だらけの戦場を走り、地下への入り口を肉体を使って封鎖していたゾンビの群れに突撃していく。


 ゾンビの群れに、ジャンはその大きな口で噛みついて、何体かまとめて引きずり出す。首を振り、そのゾンビどもを戦場へと投げていく。『虎』は素早く動き、ゾンビどもを瞬時に排除してみせた。


 いいコンビネーションだ。ジャンは、それを何度も繰り返して、ゾンビどもを入り口から排除することに成功していた。いい仕事だ。ジャンは確実に強くなっている。


 ……次に稽古をつけてやるときは、楽しみでしょうがないな。


 ……技巧を得た分、我々のような武術家からすると動きがより読みやすくなるという部分が存在していることを、ショックが少ないように教えてやるさ。


 ……ああ。シアンが、強くなったジャンを見て、その動きを覚えてしまった。ニヤリとしている。彼女もジャンに稽古をつけてやりたくなっているようだ。


 強い者を見ると、オレもシアンも戦いたくてしょうがなくなるタイプだ。困った狂戦士気質ってことだよ、我々はね……。


『う、通路、確保出来ています!!す、スケルトンどもは……え、えーと、まだ、奥にいるみたいです!!』


「……奥にいるか。ブルーノよ」


「な、なんですかな、ストラウス殿?」


「祈りを邪魔して悪いが、あそこの出口は一つだけだな?」


「ええ。私が知る限りは」


「そうか。安心した」


 ……実は彼の知らない『秘密の抜け道』があるんだが、ブルーノが知らないということは、『研究日誌』にも書いていなかったのだろうな、『王の脱出路』について。


 まあ、アプリズたちからすれば、あんなルートはどうでもいいモノだろう。研究の対象外だから、わざわざ書き残すようなことではなかったのさ。


 ……つまり、『研究日誌』を読んでいるであろう、ミハエル・ハイズマンも知りはしないということだ。あのダンジョンにあった『最新の足跡』は、ジェド・ランドールのモノだけだからな。


 それに、こちらからでは開くことも出来ないさ。ドワーフの隠し扉なんて、どこにあるかを気づける人間族なんて、いるはずがない。まあ、気づいたところで開けなければ、どうにもならないがな……。


「おい、『虎』たちよ!!さっそく、油を流し込んでやれ!!」


「了解です、ストラウス特務大尉!!」


「みんな、油を流し込んでやれ!!」


「ひゃはは!!アンデッドどもを、火葬にしてやるぜ!!」


 ハイランド王国軍はニヤニヤしながら、油の入った樽から、油をその地下への入り口に垂らしていく。


 オレたちも作業を手伝うよ。樽を持ち上げて、あの入り口に運ぶ。ナイフを突き立てて、そいつを地下へ向かって蹴り込んだ!


 ゴロンガロン!と大きな音を響かせながら、闇の奥そこに樽が転がっていく。そこら中に油が飛び散って行くのさ。オレをマネして、『虎』たちも、何人かがそれをマネしていく。中身たっぷりの樽を転がせる。ああ、なんて楽しい作業だろうね―――。


『―――ぎぎぎぎいぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!』


『がががががごごごごごおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


「うお。アンデッドどもの声だぜ!!」


「ははは、カリカリって音が聞こえて来ますぜ、ストラウス特務大尉ッ!!」


「アンデッドと、呪術師どもが、気づいちまったようですぜえ?」


「ああ。そうみたいだな」


 ならば、挨拶しておこうか。


 大きく息を吸い込む。歌を放つときの竜のように、肋骨を精一杯にふくらませて、怒鳴り声を地下の暗闇へと注ぐ。『イナシャウワ』につながる赤い『糸』をにらみつけながらね。


「おおおおおおおおいい!!ミハエル・ハイズマン!!今から、お前たちを焼き払ってやるぞ!!投降したければ、すぐに出てくることだな!!30秒やる!!ミア、カウント・ダウンだ!!」


「りょーかい!!30!!29!!28!!」


 ……その30秒を数えながらも、オレは新しい樽を蹴り込んでいく。油にすっかりと濡れてしまっている床は、樽を恐ろしい勢いで走らせて、壁に衝突してもくるりと回転しながら、より深い場所へと転がっていく。


 樽が止まる音はしない。床に油がちゃんと広がっているようだな……しかし、その樽の転がる音が消える。『誰か』に当たった。『風』を放って得る感覚では、軽い体。子供よりも軽そうだ―――つまり、スケルトン。


「5!4!3!2!1!……時間切れー!!」


「ああ。リエル、ミア!!『風』を送り込むぞ!!地下の中の油を、飛び散らせると同時に、燃焼させるための空気を送り込む!!『風』を、合わせろ!!」


「まかせろ、『風』よ!!」


「いっけー!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る