第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その31
オレ、リエル、ミアの三人の合体魔術だよ。吹き荒ぶ『風』を、この地下への通路へと送り込んでいく!!
この地下通路の床にたまっていた油を、荒波のように吹き飛ばしながら、通路の奥底まで送り込むんだよ。ああ、油の詰まった樽も、吹き飛ばされていく!
この通路の奥にまで、そして、通路の壁にも天井にも油をまぶしていくわけだな。事実上の『油の嵐』が、この教会の地下施設を油まみれにしていく。
オレたちが『風』を送り続けながらも、油の投入と、樽の投入は実行される。どんどんと樽を送り込んでいく。
十分か?さあな。この入り口から漂ってくる魔力の数は、かなりのもんだ。とんでもない量の白骨の軍団を作ってくれたようだからな。
油がどれだけあれば足りると言えるのかなんて、オレにはよく分からんところだよ。ガンガン、油を注いでいくのさ……油の入った樽も、突っ込む。炎が盛るために必要な空気も、どんどん送ってやる。
爆発的に燃焼させるためにな……敵に対して、容赦はしない。この内部にいるであろうミハエル・ハイズマンと、帝国軍の兵士ども。
戦友を死霊にして戦わせ、僧侶たちをも作戦に巻き込み殺した、罪深く救われぬ悪人どもだ。
アーレスよ。
こんな連中に、容赦する心は要らないよなァ?
「……ストラウス特務大尉!!す、スケルトンどもが、指を、床石に突き立てながら、剥い出て来ます!!」
「むう。この強風にも、油の滑りにも負けないというのか」
「もっと、『風』を強める、お兄ちゃん?」
「……いいや。オレたちも、あんまり魔力をムダに消費するのは避けたい。この作戦で、全てのスケルトンを斃せるかは分からんからな」
「……そうだな。骨が、鳴り響いている」
「……何万体も、いるんだよね……」
そうだろうな。ああ、スケルトンどもが、ウジャウジャ出て来やがる。床を這って……?いいや、壁や天井さえも、ヤツらは指の骨を突き立てて進むんだよ。
……だが。ヤツらの表面も、油が大量に付着しているのが見えた……。コイツら自身も、燃えるだろさ。空洞の骨に油はたっぷりと染みこんでいる。
ククク!
スケルトンどもを、十分に前進させられているようだ。詰まるほどに、前進させているから、この強風でも油で指が滑らなんだろう。何百体かで組み合わさることによって、ヤツらは、猟兵三人がかりで放つ暴風にも耐えていやがるんだよ。
つまりは、前に集まっている。
確実に仕留めることが出来るスケルトンは、かなりの数がいるということだな。ああ、ヤツら、這い出て来ちまいそうだぜ……。
「ソルジェよ」
「ああ。そろそろ頃合いだな。おい!!どれぐらい、油を注ぎ込んだ!?」
「た、樽で、120ぐらいです!!」
「……よし!!とりあえず十分だ!!後は、追加で転がしていくことにしよう!!おい、リエル、ミア、かなりの火力で爆発するはずだ。下がっていてくれ!」
「うむ!」
「うん!」
正妻エルフさんと妹が徹底してくれたよ。これで、十分だぜ。悪人を焼く火は……お前が相応しい。お前の『叔父』も、オレのじいちゃんと一緒に、無数のスケルトンを焼き払ったんだよ!!
オレたちも、似たようなコトをするぜ……!!
オレの心の呼びかけに応えて、あの仔は羽ばたきを使い雨空に鎮座している。狙っている。体内に奔る、『炎』の魔力を暴走するかのように高めていくのさ!!
「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッ!!!』
雨粒をも蒸発させるほどの熱量が、灰色の曇りに塗りつぶされる空を撃ち抜いた!!
強烈な竜の劫火の火球は、ただ真っ直ぐな軌道を描いて空を射抜く。
回転しながら地上に身を伏せたオレの頭上を、その劫火は過ぎ去り―――地下墓所へとつながる、暗がりの奥へと突入していった。
生者たちが住む『ヒューバード』への道を、這い上がろうとしていて白骨どもの軍勢は、その絶対的な威力を宿す熱力に爆裂し、粉微塵に鳴りながら、炎そのものへと変化していく。
過剰なまでに注ぎ込まれていて空気に、炎は良く燃えるのだ。地下の通路にしっかりと付着した『ヒューバード・オイル』も、火つきが良かった。
砕けた骨さえも、真紅の炎へと変貌させていく……。
火球が地下通路の壁に着弾し、そこで爆炎に至る。雨に濡れた大地が震えて、心なしか熱を感じていた。
炎が暴れる。空気と油を喰らいながら、竜の劫火の勢いそのままに地下の通路を走り抜けていく。
灼熱の暴風は、スケルトンの軍勢を崩しながら、燃やしていくだろう。
地下のそこかしこに引火して、それぞれが踊るような火焔を放つようになる。全てのモノが燃えていく。
悪しき者を焼き払う、竜の煉獄は現世に体現されていた。
『ヒューバード人』の骸を炎に呑み込みながら、灼熱の裁きは猛火となって地下を焼き払っていくのさ。
雨の落ちてくる空を目掛けて、紅蓮が奔った。
入り口からは凄まじい勢いで炎が噴射している。余波だけでも、これだ。鼓膜を轟々と唸る音が揺さぶり、雨にすっかりと濡れた剣鬼の顔の肌を熱で焦がす……。
凄まじいまでの火力の完成だ。
多くのスケルトンが、この猛火の一撃により粉砕されてしまっただろう。
だが。
これで終わりとは、考えちゃいないんだ。地下の構造は、それなりに複雑だからだ。これだけの熱量と、あれだけの油と空気があるんだから、ヒトは焼け死ぬかもしれない。
それでも、逃れる術が無いとは言えない。
しぶとい男は、死を何度もしのぐものだ。
腕っ節だけで、一番下の雑兵から、2万を指揮することの出来る地位まで上り詰めた。そんな男が簡単に死んじまうとは思っちゃいないよ。オレは、それほど楽天家じゃないからさ。
だが。
かなりの数のスケルトンを始末してやったはずだ。
そして、ミハエル・ハイズマン。お前に付き従う、軍人としては正しく、一般的には外道のクソ野郎どもも死んだだろう。
お前は死なないかもしれないが―――お前の部下まで、強いものかよ。
悪に堕ちる戦士のみが強い。
悪に堕ちる戦士に付き従うのは、心弱き者だ。
持論だがね。強いクズ野郎は大勢見てきたが―――クズ野郎に盲目的に従うような部下なんぞに!!そんなカスどもに!!オレを唸らせるほどの強者が、いた試しはねえんだよッ!!
……さあて。
『呪刀・イナシャウワ』の赤い『糸』は続いている。動いている……スケルトンの軍勢を作りあげても、その力は落ちちゃいないのかもしれんな。
口元が笑う。
猟兵の貌。
ストラウス家の笑顔。
そんな愛くるしい殺戮蛮族の表情を浮かべながら、オレは立ち上がる。炎は轟々と暴れていやがるが。悪人のどうしようもない悪意が、これだけの炎で立ち止まるほど、甘いもんじゃないのは知り尽くしている。
どれだけ犠牲にしても、力を求めたんだろう?
出世欲だ。
全てを捨てても、そのために力を求めた。
世間サマに認められたい心だ。
そのために、二刀の剣術まで極めた。
そのために、底抜けに邪悪な呪術を求めた。
そのために、何を思ったか父親の頭骨を実験に使った。
そのために、お前はきっと、ブルーノ・イスラードラも犠牲にしようとした。
ああ。
とんでもない、極悪人!!
……来いよ、大がつくほどのクズ野郎、ミハエル・ハイズマン!!
見せてみやがれ、お前の悪意を!!焼かれたぐらいで止まるほど、お前の悪は、脆くはないだろ?
『ぎゃががががががががががあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
燃え盛る炎の奥から、スケルトンの軍勢が飛び出してくる。
燃えている。
焼けて崩れる寸前だ。
それでも戦いを強いるほどに、深い呪術は白骨を暴れさせる。『業火まといし白骨兵/スケルトン・インフェルノ』が、オレ目掛けて、無数の手を伸ばしてくる!!
竜太刀を振るい、その邪悪な白骨兵の首を刎ねる。
ヤツは、燃え尽きるように輝き―――全ての欠片を炎に変えながら、世界から消える。炎から、無数の白骨兵が這い上がる、燃えて消え去ることを恐れてか?……いいや、コイツらは生者の血肉の焦がれているだけさ。
暴れて伸びる燃える腕を、躱して、斬撃を叩き込む!!
ヤツらは燃えているせいで、弱くなっているようだが……次から次に、地下から這い上がって来る。『虎』たちが樽を投げ込み、火力は増す。白骨兵は爆発的な威力で暴れた炎に、掻き消されていく。
だが、それでも次から次にあふれ出す。
地獄の窯が開いたようだ。オレたちは、何万のスケルトンを相手にすることになるのやらな。猛火でほとんどのスケルトンを焼き尽くしながら戦えるのは、正直、とんでもなくありがたいことだよ。
この作戦がなければ、ハイランド王国軍、総力を挙げての戦いにさえなりかねなかった。とんでもないことを計画してくれたもんだぜ。さすがは、アプリズどもの最後の継承者ってことだな、ミハエル・ハイズマンよ。
……だからこそ。
『これ以上』を感じる。
知っているんだ。お前の実家の地下で、見たんだからな。お前は合成させようとしていたな。いくつかのモンスター、獣ども、そして、お前の育ての親の頭骨を。そいつは、完成させたのか?
……完成していたとすれば。お前も決死のこの土壇場で―――必ずや、生にしがみつこうとするであろうお前は、どんなモノを『合成』しやがるのかな。
……『呪刀・イナシャウワ』が動く、かなりの勢いでこちらに向かって来る。ヒトの速さではない。ヒトではないモノが、お前と共にやって来るか。
ようやく会えそうだな、ミハエル・ハイズマン。お前の産まれたこの教会で、死ぬがいい―――。
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