第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その29


 地上のゾンビは仕留めたよ。雨の中で、皆が体力を損なわれる戦闘をこなした。オットーとジャンを中止に、皆がよく働いてくれた。


「ご苦労だったな、オットー!……そして、ジャン!」


『は、はい!ありがとうございます!』


 巨狼に化けたジャンは、誇らしさと照れくささが混じったような顔をしていたよ。オットーは『反省』している。


「……少しばかり、感情的になってしまいました」


「三ちゃん、カッコ良かったよ!」


「……いえいえ。心が乱れていた。あれでは、未熟です」


「たまには暴れるのもいいさ」


「団長?」


「おかげで、冷静な君に戻れた。本番はこれからだ」


「はい。冷静になれました。暴れたおかげですね!」


「ああ。とにかく、今は油が運ばれてくるのを待つぞ。ここの地下の出口、そいつは基本的にここだけだ」


『……ぞ、ゾンビが、詰まっていますね』


「うわー。グローい……っ」


 地下墓所への入り口には、無数のゾンビが詰まっている。肉の壁となり、我々の侵入を防ごうというわけだ。


『ぼ、ボクが、突破しましょうか!?』


「油が来てからでいい。お前もオットーも、戦い過ぎている。強さを出したほどに、体力は使っているんだ。呼吸を整えておけ」


『い、イエス・サー・ストラウスっ!!』


「……そうですね。呼吸を乱すほどに、攻撃に夢中になってしまった……」


「たまには悪くない。今は休む。作戦に備えよう」


『あ!……わ、忘れていました!!』


 ジャンがその巨大な体をオレの前に伏せた。


「……乗れというのか?」


『い、いえ。ろ、ロロカさんから、『竜鱗の鎧』をお預かりしていました!!』


 よく見れば、ジャンの『鞍』の後ろ側に、魔獣の革製の大きな包みがあった。


「さすがロロカだ」


『あ、暴れちゃったけど、落ちてませんよね?』


「ギンドウの造った包みなら、そう簡単に穴が開くこともないだろうよ」


 オレはジャンの背中から包みを降ろす。中身は、ああ、良かった。全部そろっていた。


『お、落っこちてたりは、してませんか?』


「大丈夫だよ。リエル、鎧を着るのを手伝ってくれるかい?」


「うむ。正妻として当然だな!」


「じゃあ、妹の私もお手伝い!」


『ぼ、ボクは?』


「見張っていてくれ。お前が見張りに立ってくれるなら、安心して着替えられるよ」


『りょ、了解しました!』


 ……竜鱗の鎧を身につけていく。ちょっと、生温かい気がするな。まあ、別にイヤってことじゃないがね。


 ヨメと妹に手伝われて、鎧を身につけていく。ああ、竜騎士サンの真の姿に戻っていく気がするぜ。


 ほとんど鎧を着終わった頃……竜爪の篭手を左腕に通している時に、あの僧侶殿がこの場に現れていた。


「す、ストラウス殿!!オットーさま!!お、お二人はここにおられるか!!」


「……ブルーノか」


「こっちです!ブルーノ司祭!」


「……あ、ああ!!よかった……というか……こ、この状況は…………っ」


 青い顔で周囲を見回しながら、ブルーノ・イスラードラがオレたちの前にやって来る。大きく肩を落としている。


「……せ、戦死者の遺体を、『イナシャウワ』が呪ったのですか……?」


「そうらしいな」


「そんな……っ。こ、ここに来られていた僧侶たちは!?」


「ブルーノ司祭。残念ながら、生存者は、いません……」


「……な、なんてことに……ッ!皆、善意に駆られて、ここまでやって来て下さった方々だったのに……ッ!」


「……アンタには辛いかもしれないが、もう一つの事実がある」


「こ、これ以上、ヒドいことがあるのですか?」


「耳にしたくなければ―――」


「―――いいえ!!……この『エルイシャルト寺院』の長として、私は、聞かねばならないでしょう!!」


「いい決意だよ。じつは、『イナシャウワ』を使った男は、二刀流だったらしい」


「二刀流……っ」


「左利きが、右の使い方を覚えたら、そいつが出来上がる」


「……ミハエルなのですね?……彼も、両利きでした。二刀流だとも、自慢して来たことがある……」


「そういるものじゃない。捕虜にした兵士の証言によると、フードで顔を隠していたらしい。だが、左利きで、『イナシャウワ』を使いこなす……そんな人物は、そう多くはないだろう。ミハエルは、180センチぐらいか?」


「……ええ。私より、ほんの少し背が高い。それぐらいです……それも、こんなことをした呪術師の特徴なのですね?」


「ああ。ミハエル・ハイズマンの生存を疑う理由が、今のオレには見つからないな」


 確信しているよ。生きている。ミハエル・ハイズマンは、あの爆発を生き延びた。


「……あの爆発を、生き延びるなんて…………」


「無傷じゃないかもしれないが、兵士を二刀流で斬り殺して、ゾンビに変えるぐらいのことは、やれているらしいぜ」


「では、爆発に巻き込まれていなかった。あるいは、巻き込まれた状態でも、自力か帝国兵士の力を借りて、昨夜の内に脱出していたのでしょうね」


 オットーは冷静に状況を把握しようとしている。いつもの冷静な彼に戻っている。いいことだ。もしかして、ミハエル・ハイズマンを殺していなかったことに安堵しているのか?


 ……いや、そんなことはないか。


 今は、むしろミハエル・ハイズマンを殺せていなかったことに対しての後悔。そっちの方が大きいんだろうな。


「……ミハエルは……どうして、こんなことを!?帝国の同志を、仲間を、アンデッドにするなんて!?テロリストですよ……これじゃあ……」


「……帝国の名誉を守るための口実も用意されている。彼の名誉は帝国では失われないだろう」


「……口実……?」


 オレは、さっき考えていたことを話したよ。


「―――つまり、この事件を、『ヒューバード』の地下にある、昔からの呪いのせいにすると……?」


「ああ、彼の行動について行けない兵士たちも二人は出ていたらしい。だが、他の兵士たちは彼に従っていたという」


「どういうことです?」


「……この作戦の概要を、その兵士たちは知っていた可能性を否定出来ないということだよ」


「……えっ!?知っていたですって!?」


「そうだ。つまり、これは正式な軍事行動として、許可を取っている行動なのかもしれない」


「……帝国軍の作戦……こ、こんな、おぞましい行為が……っ!?」


「嘘をつくための根拠はある。たしかに、この地下にはアンデッドがうじゃうじゃいるわけだからな」


「……は、はい……」


「地下に元からいたアンデッドがあふれて、ハイランド王国軍を襲った。あるいは、帝国軍の指揮官が強力な呪いを使い、『ヒューバード人』の遺骨をアンデッドに変えた……帝国人は、そのどちらを信じたい?」


「……『信じたくなる嘘』は……前者ですね」


「そうだろうな。だから、この状況となったところで、帝国軍は罪をかぶることがない。政治的な感情が守ってくれる。そして、スケルトンの大軍を、敵の軍隊がいる『ヒューバード』の中央で発生させることが出来たら?……場合によれば、大打撃。少なくとも、混乱はさせられる」


「ですが、そうなれば、ま、街だって!?」


「クソなハナシだが、一種の焦土作戦としては有りなのかもな」


「しょ、焦土作戦?」


「……敵に街や物資を奪われるぐらいなら、それらを自国の軍が、あえて焼き払う行為ですよ、ブルーノ司祭」


「……っ!?」


「取られるぐらいなら、消し去ってしまえだ。軍隊としては、ある意味で正しい行いだ。むろん、国民ウケは良くないだろうがな……」


 雨の日なのに、あれだけ多くの市民や商人たちが逃げ出していた。彼らの中には、恐怖に駆られただけではなく、焦土作戦が行われる可能性を、知っていた者もいるかもしれない。


 帝国にとって利用価値がある富豪だとか、軍の偉い人物とコネがあるヤツだとかは教えられていたかもしれん。もちろん、呪いを使うとは聞かされてはいないだろうがな……。


「帝国は、呪術を禁止しているのに……っ」


「公ではな。だが、使える力だ。軍隊が禁じるとは限らん」


「……そんな…………何を、もう、信じていいのか……」


「アンタはイースを信じているべきだ。イースの司祭なのだから」


「……っ!!」


「職業倫理を全うする。誰であれ、そうすることが世の中の役に立つ。それを疎かにすれば、悪に堕ちる。それだけのことだよ。アンタは、イースの司祭として、すべきことを考えて、それを実行するだけでいい」


「…………私は、この状況では……祈ることしか、出来ません」


「それでいい。死霊にされて、二度も殺された連中には……僧侶の祈りぐらいでしか、慰めをくれてやることなど出来ない」


「……そうだ。私にしか、生き残ってしまったイースの僧侶である、私にしか、出来ることはない…………私は……祈るべきですね。この哀れな戦の犠牲者たちを」


「そうだ。アンタの指は祈りのために組み合わせておけ。この戦いの始末は、オレたちの指が握る鋼でつけてやる」


「……戦う力が無いことを、悔やみません。私は、僧侶だ。それに……」


「ああ。オレたちがいる。戦の穢れを背負うのは、オレたち戦士の仕事だよ。互いの職業倫理を全うするぞ。それが、プロフェッショナルというものだ」



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