第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その28


 ―――『どーじぇ』、みなみに、つたえたよ!


 ゼファーの声が心に響く。オレもゼファーに語りかける。


 ……そっちでは戦いが起きているか?


 ―――ううん。まだ!


 じゃあ、しばらくそちらの上空を旋回していてくれ。お前が空にいれば、敵は怯えて動きが悪くなるだろう。威嚇して、敵の戦意を削ぎ落としてやるんだ。


 ―――らじゃー!……そっちは、だいじょうぶ?


 どうにかなりそうだ。他の『虎』たちも駆けつけ始めているんだ。お前はそっちを守ってやれ。


 ―――うん!なにかあったら、よんでね!


 ……南は大丈夫そうだな。こっちも、『虎』の援軍が到着してくれたおかげで、ほとんど制圧出来ている。走るだけしか能がないアンデッドなど、『虎』の群れの敵にはならない。


 ミハエル・ハイズマンは予想していなかったのだろうか、この結果を?……それとも、暴動も、この死霊どもの騒動も、外にいる兵士たちの動きも……全てが時間稼ぎの一環に過ぎないのだろうか?


 こちらにも被害は出ている。ミハエル・ハイズマンの策略は無意味ではなかった。しかし、この程度の攻撃ではハイランド王国軍の絶対的な有利は変わることがない。


 ……ヤケクソになっているだけ?


 そうかもしれないが、最悪の状況を考えるべきだな。まだ『本命』が残っている……そういう思考をしていた方が、オレたちには良さそうな気がするぜ。


「ソルジェよ」


 リエルがオレのとなりに駆け寄ってくる。もう矢を撃ち尽くしているようだな。相当な数のゾンビを仕留めてくれたらしい。


「どうした?」


「敵は制圧できそうなのだが。どうにも、イヤな『音』を感じるのだ」


「イヤな『音』……?」


 森のエルフの聴覚に、何かが聞こえているようだ。どうやら不快な『音』であるらしく、彼女の美しい眉は寄せ合う形となっている。


「うむ。この下から、響いて来るぞ」


「下か。ここの地下には墓がある。骨をモルタルで封じ込めていくのが、『ヒューバード人』の埋葬のやり方だ」


「地下墓地か。ならば、アンデッドの材料は無数にあるな……」


「……ああ。無数にある。そして、今の『呪刀・イナシャウワ』は死者を斬りつけるだけで、無数のゾンビを生むようだ」


「斬りつけるだけだと?……むう。そんなことごときで、アンデッドを作れるのならば…………」


 言葉を使わなくても理解する。沈黙が語ってるよ、悪い予想をな。


 そうだ、『音』が聞こえてるらしいぜ?……じゃあ、地下はアンデッドの巣窟と成り果てていそうだよね。あのモルタルに封じられていることが、今となっては、ほとんど唯一の救いなのかもしれない。


 予想はつくが、訊いておこう。確かなことは、いつだって現場で得られる情報だけだもんな。


「……それで、リエル。今は、どんな『音』が聞こえているんだ?」


「う、うむ。ガシャガシャという、なんとも乾いた音だ。ソルジェの言葉で、確信を抱けた。おそらく、骨どもが暴れているぞ」


「だろうな。ここには、『ヒューバード人』の納骨堂がある。一体、それがどれぐらいの数が埋葬されているのか、分かったもんじゃない」


 何千、いや、何万……あるいは、それよりも上の桁になるかもしれん。『イナシャウワ』は、それらにどれだけの呪いを仕掛けることが出来るのだろうか……。


 これがミハエル・ハイズマンの『本命』だとすれば、ハイランド王国軍に打撃を与えることが十分に可能な威力として見込めるほどの策なのだろうかな。


「ソルジェよ、このまま地下に突撃するのか?……スケルトンどもを、大量に作られる前に、呪術師を仕留めるというのも手だぞ!」


 シンプルで素晴らしい手だな。敵の親玉を排除する。軍勢を崩すための基本だった。だが……。


「どうした?ちがうのか?」


「……さっきまでは、そう考えていたんだが。少数精鋭で突入するのは止めたおいたほうがいいかもしれんな。狭い地下で、『うごめく骨の津波』に呑まれかねない」


「そ、それは、とてもイヤだな」


 女子ドン引きの光景だろうよ。オレは見てみたい気もするがね。オレのじいさんはスケルトンの大軍を竜と一緒に焼き払った伝説を持つんだ。じいさんのマネをしてみたいって願望もある。


 しかし、危険な橋を渡るのは避けたいところだ。そういう死にざまに『家族』を巻き込むわけにはいかない。オレは9年かけて、それを学んだのさ。


「速攻が可能ならそうすべきでもある。だが、オレたちがこのまま地上を制圧するより、スケルトンの群れが出て来る方が早そうだ」


「うむ。すでに相当な数がうごめいていると思うぞ。では、待ち構えるか?……戦いやすくなるが、それでは敵の増産を許すことになるような気もするぞ……?」


「ヤツらが地下にいてくれるのなら、戦い方もある」


「何か策を思いついておるのだな?」


「ああ。作戦の下見は大事だってことさ。おい、軍曹!!」


「はい!!なんでしょうか、ストラウス特務大佐っ!!」


 『虎』の一人が、ゾンビを斬り裂きながら返事をした。そして、そのまま急いでオレたちのところにやって来てくれる。彼は好人物だな。オレが敵を尋問しているあいだ、守るように戦ってくれていた。


「……忙しいところをすまないが、この街の特産は油ってことをしっているかな」


「え?は、はあ、そうなのですか?」


「そうなんだよ。この街の連中は、その油を大量に備蓄していると思うんだ。その油を、樽で100か200程、ここに運ぶことは出来ないだろうか?」


「油を、ですか……?」


「ああ。この地下は墓所なんだ。そこに……いわゆる『死霊使い』が逃げ込んだ」


「このゾンビの群れを作ったヤツですな!」


「そうだ。ヤツの手に、無数の白骨が渡ることになる。いや、もう作られ始めているいるようだ」


「な、なんと!?」


「どれだけの数のスケルトンが発生するか分からん」


「事実、私の耳には骨がぶつかる音が聞こえておる。かなりの数だ。マトモに相手するわけにはいかん!」


「こ、この地下に、スケルトンの軍勢が……っ」


 軍曹は足下を睨みながら、フーレン族の長い尻尾をブンブンと回す。軍人としては警戒し、武人としては戦ってみたい願望がある。


 あの尻尾の動きは、おそらくそんな葛藤が招いたものだろう。


「ああ。この作戦を考えて、実行している人物。そいつは、かなり高い確率でミハエル・ハイズマンだ」


「敵将ですな!?……ヤツは、生き埋めになったとばかり……?」


「生きていたようだな。ヤツはこの街の出身者で、この街を知り尽くしているだろう。この教会のことも詳しい。何より、負け戦に備えて、色々と準備をしていたようなフシがある」


「……あちこちでの陽動臭い動きと、監獄の脱獄も?」


「デザインされている動きに見える。ハイランド王国軍の監視もすり抜けて、見事に連携していた。最初から負け戦を見込んで、反撃の手を考えていたようだ。ハイランド王国軍に損害を与える手段を、見つけていたのかもしれない」


「それが、スケルトンの群れ……っ」


「……軍曹よ。戦ってみたい気持ちも分かるが、王国軍に被害を与えたくはない」


「……っ!はい!」


「ここの地下に、油を流し込むんだ。『風』も送って、スケルトンの群れを火葬にしてやるんだよ」


「分かりました、おい、ラーゲット!!伝令だ!!ここにありったけの油を運ばせろ!!この街の特産品らしい!!その油で、この地下にいるスケルトンの軍勢を焼くんだ!!」


「了解!!」


 一人の『虎』が戦場から離脱していく。『虎』のなかでも身軽そうな青年だったし、その見た目の通り、おそろしく脚が速い。いい戦士が、幾らでもいるな、このハイランド王国軍には。


 ……だからこそ。少しでも負傷者を出す。少しでも休ませない。そんな戦い方で、この間違いなく大陸最強のハイランド王国軍を消耗させていくしか、帝国軍からしても手段が無いというわけだろうか……?


 そういう意味では、呪術を使うことも合理的という名のもとに許容されるのであろうか?


 そもそも。この土地の地下には、無数のアンデッドがいた。それらを縛っていた呪いにより、アンデッドが大量に発生しただけ―――帝国内向けには、そういう『作り話』を用いることで誤魔化せそうだ。


 ヒトは、『信じたくなる嘘』を信じるというわけさ。


 祖国の軍隊の悪行を隠す。それほど難しい行為ではない。ヒトは正しい行いよりも、利益を求める。痛ましいほどの真実ならば、やさしい嘘に手を伸ばす。それが、ヒトってもんだからね。


 ……オレはね、どうやら貴様のことを理解し始めているぞ。貴様と会うのが楽しみだよ。焼き殺される前に、飛び出して来てくれるとありがたいな。アホじゃないなら、酸欠で死ぬなんて、みじめなマネもしないだろう?


 会うのを楽しみにしながら、油を注いで火を放ってやるよ。貴様のことは、直接、この手で斬り裂いてやりたい。だから、逃げるんじゃないぞ?



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