第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その27


 15人の『虎』が雪崩込み、死霊を蹴散らしていくオレたちに続く。隊列を崩されている死霊の軍勢を双刀の斬撃が、無慈悲なまでの一方的さで斬り捨てる。


 リエルとミアも駆けつけてくれているし、上空を旋回するゼファーからは『エルイシャルト寺院』に敵を封じ込めることに成功している様子が見えた。外にいる15人の『虎』は、駆けつけてくれた援軍と共に教会の包囲を完成させている……。


 死霊どもが街中へと漏れ出すことはなさそうだな。


 ……『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』は片づけられそうだ。しかし、問題はある。地下墓所に突撃したいところだが―――ゾンビの群れが、地下へとつながる通路を閉じている。


 狭い通路に対して、無理やり何十体ものゾンビが突入した。入り口に引っかかるようにして、『死体の壁』が出来ていた。それを除去するには、魔術で破壊するのが一番だが。混戦の最中では……そんな余力を作るのは難しい。


 地上を片づけてからになるが―――地上の制圧は他の皆に任せておけば問題はなさそうだな。敵の群れは瓦解している。


 『虎』たちも強いし、ゼファーも上空から敵陣目掛けて火球を放ってくれているからね。このゾンビどもは集団を作りたがるから、ゼファーの火球は効果的だ。


 ゾンビどもは呪いに従うだけで単調だ。死を恐れることもないからな。本能的に隊伍を組むが、そうやって群れてくれるほどに、ゼファーからすれば効率的に蹴散らせるってわけさ。


 ……オレたちは、今、過剰なほどの戦力となっている。


 ここにいたのは、およそ400体ほどのゾンビか。数こそ多いが、その強さは知れていた。生前ほどの強さはない。


 少々、速いかもしれないが、技巧に欠ける。力押しの突撃なんてものは、狭い道でこそ脅威になるが、ここほど広々とした空間であれば問題はない。動き回れる自由を得た戦士には、そんな攻撃はかすりもしない。


 ゾンビどもは、ただ剣や槍を振り回しているだけだしな。それでは、『須弥山』で鍛えられて来た『虎』の敵にはなりえんさ。


 双刀の鋼が舞い踊り、『虎』の力を示してくれる。頂点であるシアン・ヴァティには遠く及ばないが、ゾンビに負けるほどの鈍さはない。


 強いのは知っていたが、誰もがここまでの水準とはな―――。


「―――ストラウス特務大尉!制圧は7割方完了しています!」


「ああ、このまま戦えるか?」


「ええ!!皆、昨夜の戦闘だけでは物足りなかった!こんなものは、丁度いい運動ですな!」


「いい返事だよ」


 ……ならば、情報収集を優先しようか。


 知っているぞ。この戦場に対する事情に詳しそうな人物が、どこに隠れているか。


「ミア!教会の屋根に登っている帝国兵を、叩き落とせ!」


「了解!」


 チェーン・シューターを使い。ミアは『エルイシャルト寺院』の屋根へと飛び移る。そこには一人の兵士がいる。兵士の服装はしちゃいないが、身の伏せ方に戦士の技巧を帯びているからな。一般人じゃない。


 ヤツは屋根に身を伏せて、この戦場を観察している。恐怖を抱いているのか、攻撃して来ない。いや、そもそも、この状況を把握仕切れていないのかもしれんな……。


 武器も持たずに、屋根へと逃げ延びた。そんな印象を受ける。


 とにかく、その獲物に対してミアは音もなく近づいた。暗殺するのは容易いが、欲しているのは情報だった。ミアもそのことは理解している。だから、そいつに声をかけた。そいつは慌てて立ち上がろうとするが、それこそミアの狙いだ。


 『風』を放ち、その兵士を屋根から叩き落としていた。3メートルほどの高さから落ちたが、脚からだから死にはしない。脚の骨ぐらい折れたかもしれんが、別に問題はないな。


 オレはそいつに近づき、うめきながらもこの死霊だらけの戦場から逃げだそうとする男の背中を踏みつけた。


「ぎゃあ!?」


「逃げんなよ。乱暴に扱いたくなる」


「……こ、降伏する!オレは、も、もう……こ、こんなのはイヤだよ……っ!!」


「情報を吐け。お前は、この事態に一枚噛んでいるんだろ?生きた帝国兵が、ここにいる理由は他にない。何をしたんだ?」


「ち、ちがう!こ、こんなことになるなんて……っ。オレは聞かされていなかった!」


「誰の指示だ」


「……上官ってことしか、知らない。オレたちは敗戦が見えたら身を隠して反抗作戦の開始を待つように指示を受けていたんた。潜伏していたら、命令が来た……死体と武器を、ここに運ぶ任務だった……それだけだったんだ」


「クソ。大した情報源じゃないか」


「す、素直に話した!こ、降伏する!だから、殺さないで!」


「殺されたくなければ、何か情報を吐くことだ。ここ以外にも、お前たちの仲間は武器を運んでいるのか?」


「……な、何カ所かだ……」


「ふざけてるのか?……具体的に言え。お前たちが運び込んだゾンビのエサにするぞ」


「や、やめてくれ!……三カ所だけだ!……捕虜が閉じ込められている監獄と、ここと、それから南の城塞だ。補修工事をさせられている捕虜に、武器を運んでいるはず……」


「……厄介事を仕掛けてくれる」


 魔眼に指を当ててゼファーと心をつなぐ。


 ゼファー、こっちはいいから、南の工事現場に行って、『虎』たちに武器が運び込まれた可能性があることを告げてくれ!


 ―――りょーかい!ちょっと、いってくるね!!


 ゼファーが上空から消える。南の方は、これで被害が抑えられるだろう。この男が嘘つきでなければな―――まあ、この怯えようだ。嘘とは思いにくい。


「……ううう。助けて、オレ……こんなことになるなんて、本当に、本当に知らなかったんだあ……っ」


「嘘をついてはいないのならば、ちゃんと助けてやる」


「は、はい!あ、ありがとうございます……っ」


「……質問だ。正直に答えろ。お前たちと行動を共にしていた『剣士』がいなかったか?」


「……剣士は、いました。顔はわからないです。フードを深くかぶっていました……」


「いかにも不審人物だな」


「わ、我々は、秘密の任務を行う立場……そういう人物が、混じっていても不思議じゃないです……」


「そいつは、死体に何をした?」


「……そ、そうだ……あいつ、し、死体を……オレたちの、仲間の死体を……斬りつけていました……っ。あいつが……皆を、呪いやがったんだ……っ」


 ……『呪刀・イナシャウワ』の力は健在。それどころか、ある意味、かつてよりも性能が上がっているのかもしれないな。


 戦場で敵を斬りまくった成果かもしれん。


 だが、おそらく人格を移植するといったような、極端に高度な呪術は出来ないだろう。たった2年じゃ、『アプリズ2世』に並ぶような呪術師にはなれない。


 誰が『遺産』を使っているにせよ、2年前まで銀行の貸金庫にあったんだからな、『研究日誌』は。


 それでも、『イナシャウワ』は強力な呪いを放つ。低級のアンデッドを量産することぐらいは、容易いようだな……これ以上の能力も、あるかもしれんがな。


 三カ所の襲撃だけで、満足するような指揮官だろうかね……今は、推理よりも尋問に集中するか。


「……その剣士は、どこに逃げた?」


「……地下です。ほ、他の兵士も何人か、彼に続いた……」


「剣士は男か」


「た、体格的に。オレと同じぐらいだ。だから、180センチはあった……」


「女では珍しい体格だな」


 つまりは男か……。


「そいつの利き腕は?」


 期待していた質問じゃないが、一応、訊いてみたよ。分からないと即答されると考えていたが、この兵士は沈黙する。考えているようだな……。


「あいつ……どっち、なのかな……?」


「……どういう意味の言葉だ?」


「い、いや。あいつは、両手に剣を持っていたんだ」


「ほう。二刀流か、そいつは珍しいな」


「あいつに斬られた戦死者がゾンビになったとき、一人の兵士が……オレの同僚だった、ボブが、あ、あいつを問い詰めようとした……そしたら、次の瞬間、切り刻まれた……そ、そうだ…………っ」


「……どうした?」


「……き、斬られて死んだボブも……ぞ、ゾンビになっちまったんだあ……オレ、それが怖くなって、逃げた…………だ、だって、軍務だとしても、あ、あまりにヒドいよ、こんなことは……っ」


「そうだな……」


「……あいつ……ゆ、ゆるさねえ…………でも、強えんだ」


「安心しろ、そいつの何倍も強いオレがいる。お前たちの無念を晴らしてやるよ」


「……敵に、こんなことを頼むのは、変なコトかもしれない。でも……お願いだ、赤毛の男よ……あいつを許さないでくれ。見てた……上から見てたよ。アンタたちなら、ヤツを斬れる」


「ああ、二刀流の剣士だって、容易いものさ」


 ……二刀流。生まれついての左利きを、矯正して両利きになった。それが自慢の一つだと、ブルーノは言っていた。器用なヤツだと。


 どうやら。


 あの爆発を生き延びていやがったようだな、ミハエル・ハイズマンよ。



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