第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その26


 見渡す限り、『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』の群れだった。あちこちにいやがるぜ。元気に暴れる、死体サンたちがな。


 しかし、いくらなんでも数が多すぎるだろ?……泣き言を吐いてるんじゃない。事実として、おかしいからだ。記憶と合わないところがある。


「……さっき来た時に比べて、死体の数が増えているな。やたらと多い」


『そ、そうなんですか!?でも、それって、どういうことです!?死体は、歩いたりしませんよね?……あの、アンデッドになったら、べ、別ですけど』


 ジャンの言う通りだよ。アンデッドになる前に、死体は歩いたりしない。呪術で操られなければ、死体が動くことなどあり得ない。答えは一つだけだった。


「運び込まれていたようだな」


『し、死体を!?ど、どうして……って、そうか。アンデッドを、たくさん作るためにですね!!』


「そうだ。それ以外には、こんなことをする必要がない。だが、帝国軍がこういう作戦を喜ぶとは考えられないな」


「……『呪刀・イナシャウワ』を使っている人物の、独断によるものかもしれません。帝国軍の兵士たちだって、自分たちの戦友の死体を……アンデッドにして『使う』なんて、絶対に認めるハズがありません!」


 激怒しているな。オットーは、この残酷な所業に対して、強烈な嫌悪感と怒りを隠せないでいる。


 冷静な彼には、珍しい感情の表現ではある。その気持ちは、とてもよく分かるよ、オットー。しかし……。


『お、オットーさん……ッ。で、でも』


「……ジャンくん?」


『でも、ボクは、知っているんです。本当に、成したいことがあるのなら。死んだって守りたいモノがあるのなら…………ヒトって、死霊になってでも、戦うんです』


「……っ」


「……そうだな。ザクロアの騎士たちは、たしかに、そうだったぜ。故郷を侵略者どもから守るために、『ゼルアガ』と契約を結んだ。死霊となってでも、迫り来る帝国の軍勢と戦ってみせた」


『……はい!忘れません。守りたいモノがあれば……ヒトは、どんなに邪悪なことだってするんです…………でも』


「ああ。そうだぜ、ジャン。ザクロア自由騎士団と、コイツらは違う」


『……はい。このヒトたちは、あのヒトたちとは違うんです。守りたいから戦っているんじゃない。ただ、戦わされているだけです。無理やりに、その意志に反して…………っ。ボクは……このヒトたちを操っているヤツを、噛み千切ってやりますッッッ!!!』


 巨狼に化けたジャンの貌が、大きなシワを寄せていく。


 オットーよりも深く怒っているだろうな。


 ザクロア騎士たちの気高さを、踏みにじられた気持ちになっているのさ。ヴァシリ・ノーヴァは、故国ザクロアを守り抜くために、自分たちを、さ迷える死霊へと変貌させたのだ。


 死霊の軍団に我が身を変えてでも、ザクロアの騎士たちは故国を守るために戦ったんだよ。


 一度でも十分なはずの死。それを、何度も何度も味わいながら……命も名誉も捨て去って、ただの醜い不死のバケモノとなりながらも、ザクロアのために戦い抜いた。


 ヴァシリのじいさまは、その胸に深くナイフを突き立てていたんだぜ。悪神と契約し、その加護を得るために己の命を捧げたのさ。


 侵略者を許さない、故国の自由を守るのだ。そんな偉大な哲学の宿った心臓を、自らナイフで貫いて死霊の騎士となったんだ……。


 ……そうさ。


 ヴァシリ・ノーヴァ、オレの一族を知る、偉大なる我が友人。


 そして、かつて『ゼルアガ・アリアンロッド』に『狼男』の血を覚醒させられ、孤児院の家族を食い殺してしまい、絶望に沈んでいたジャン・レッドウッドに、『生きろ』と言ってくれた恩人でもある……。


 狼に化けて、暴走するジャンに腕を噛みつかれながらも、ヴァシリ・ノーヴァは、ジャンの罪を赦してやった。そして、ジャンが人々に狩り殺さないようにするため、深い森へと……レッドウッドの森へと逃した。


 勇猛で、激しくて、酒呑みで……とんでもなく、やさしい。ホント、サイコーのじいさんだったよ。


 彼の生きざまと、彼の死にざまは、ザクロアの戦士たちと、ジャン・レッドウッドに継承されている。


 だからこそ、ジャン・レッドウッドは怒っていた。いつもはやさしいオットー・ノーランが見せた怒り。それさえ超えるほどに、心の底から怒っているんだよ。


『……こんなものは……こんなものは、ニセモノなんですッ!!……偉大なる、ヴァシリさまたちとは、あまりにも違う!!……ヒトの、ヒトの、命を、弄んでいるだけだッッッ!!!』


「……ジャンくん」


『団長、オットーさん!!……事情なんて、知らないです!!このヒトたちが、なんで、こんな目に遭わされているか、知らないです!!……でも、それでも、分かるんです!!こんなこと、許しては、いけませんッッ!!』


「ええ!!私も、この所業は許せない!!」


「そうだ。行くぞ、ジャン!!死霊どもに、もう一度、眠りを与えてやる!!……我々と雄々しく戦い抜いた敵どもに……今度こそ、正しい眠りを与えてやろう!!」


『はい!!』


「ジャン、突撃しろ!!力で、全て、ぶっつぶすぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


『イエス・サー・ストラウスッッッ!!!』


 ザクロア騎士の魂を継ぐ獣、ジャン・レッドウッドが暴力の化身へと変わる。風よりも速く走ったジャンは、敵に全く怯むことなく突撃していく。


 もちろん、オレとオットーも続いた。ジャンが蹴散らして開ける道を、オレとオットーの攻撃が押し広げていく!!


 数は多いが―――ジャンもオットーも激怒している。この勢いに、乗るべきだな!


 ……邪悪な作為によって、この場所に持ち込まれていた無数の死体たち。そいつらは、深く呪われていた。何十という桁ではない、何百という数のアンデッドの群れを作った。もはや、死せる軍隊。


 彼らの中には、鋼を持っている者もいた。おそらく、死体を運び込むと同時に、隠していた剣や槍も運び込ませていたのか。


 ……誤った命令書を出せば、戦死者をここに運び込ませることは可能。ハント大佐も帝国人の死者の管理までは、とやかく言わなかったろうさ。


 『エルイシャルト寺院』に運び込まれる、それに乗じて武器を持ち込んだ……ならば、『イナシャウワの継承者』だけでなく、手駒の兵士もいるかもしれない。


 戦いながらも、冷静に観察する。


 死霊どもの向こう側に、敵の姿がないかを探るんだよ。ジャンとオットーが激怒して、大暴れなのは嬉しいが……今は、オレがオットーの役目を果たそう。冷静になり、この二人のカバーを心がける。


 ジャンの鋼並みに硬い毛皮といえども、槍で突かれれば穴が開きかねないからな!!


 ジャンを槍で突こうとしていたゾンビ兵を、竜太刀で斬り裂く。


『あ、ありがとうございます、団長!!』


「死角はカバーする。正面の敵から制圧していけ!!」


『はい!!かかって来い、お前らなんか、蹴散らしてやるんだあああッ!!』


『ぎぎぎぎいりりりいりりりッ!!』


『がががごごぎぎぎごごおおッ!!』


 死霊どもの群れは、その青ざめた顔にある口を、大きく開き―――死者の歌を放つ。苦しみと、生者への嫉みに充ちた声であった。


 ヤツらに偉大さは感じない。


 誇りも感じない。


 感じるのは……みじめな怨霊の憎悪のみ!!


 ……ヴァシリ・ノーヴァの魂を識る我々が、負けるような相手ではない!!


 亡者どもを、騎士の魂の宿る牙が噛み千切り!!


 慈悲を込めた棍の一撃が、生命の因果を歪める呪いを打ち砕き!!


 竜の怒りを宿した竜太刀が、怒れる二人の背中を守るのさ!!


 死霊の軍勢は、素材が軍隊であったためか、陣形を作ろうとする。効果的に我々を取り囲み、我々を攻めるためにな。だが―――ジャンとオットーの突撃が、それらの陣形を突き崩す!!


「はあああああッ!!」


 オットーは三つ目を開いて、それを攻撃に使っている。いつもは敵の攻撃を見切るために使う、絶対的な空間把握の能力を……今は、攻撃に使っている。


 肉体を駆動させ、あまりにも効率的に、敵を破壊していた。戦場にうごめく全ての敵を、あの三つ目の力で見切っているのさ。振り回される棍の強打を、死霊ごときに躱せることなど出来ないんだよ……。


 棍で打ち、突き、体術を使ってまで壊していく。鍛えられたオットーの腕は、鋼のように硬く。その一撃は急所を、鋭くコンパクトに撃ち抜くからな。


 ……今の我々は、攻撃に狂っている。だからこそ、団長サンは珍しく二人の後に付いて、二人のことを守ってやるのさ!!……攻撃力は、この二人だけで十分だ。それほどに、二人の心は、激怒の炎に燃え盛っているんだよ。



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