第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その25


 黄金色に渦巻く強烈な火焔が、歌と共に放たれる。


 死霊の群れどもに向けて、上空から堕ちてくる竜の火球。そいつは、リエルとミアに足止めされていた亡者どもを爆破し、焼き払っていた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ


 心地より爆音と、灼熱を帯びた暴風が、『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』の軍列を引き千切りながら焼き尽くしていく。


 無数の雨粒を蒸発させながら、竜の放つ煉獄の劫火は地上に残り、敵の残骸ごと『ヒューバード』の街路を焼いている。


 焦げた風が吹く。敵を焼き尽くした熱量の余波が、逆巻く風を生んでいた。


「うむ!いい『炎』だったわよ、ゼファー!!」


『うん!じしんさくだよ、『まーじぇ』っ!!』


 微笑ましい光景だ。地獄から蘇った無数の亡者を焼き払う、オレの仔と、その仔を褒める美少女エルフのヨメさん……いい親子関係だ。


 これ以上に理想的なコミュニケーションはないさ……。


 口元がにやけてしまうが、今は戦いに集中するとしよう。多くの『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』を排除したが、それでも、まだまだゾンビがあふれて来やがる。


 『エルイシャルト寺院』には……いったい、どれだけ多くの死体が運び込まれているのか……。


 とにかく、今はヤツらを封じ込めなくてはならん。『呪刀・イナシャウワ』とその使い手も、どうやら『エルイシャルト寺院』にいやがるらしいしな……。


「オットー、ジャン!!オレに続け!!」


「はい、団長!!」


『い、いきます、団長おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 見える風景には黄金色の炎が残っているんだが、構うことはない。このゾンビどもは焼かれながらも起き上がり、オレたちを目掛けて再び走ろうとしていた。


 魔術への耐性が高い。跡形もなく破壊でもしなければ、止めることが出来ないようだな。ヒトではそんな魔術を放つことは難しいし、出来たとしても、すぐに魔力切れだ。


 ゼファーだって、何度もあの威力を使うことは出来ん。あと、街への破壊も懸念されるしな。


 結局のところは、人海戦術で、この亡者の群れを仕留めることになる。


 さてと。少々、熱いがね……突撃さ。


 それでも、この燃える戦場に飛び込むことを、オレたち猟兵は怯むことはない。


『ぎぎぎぎぎいいいいいッッ!!』


 体が燃えているというのに、その亡者は止まらなかった。壊れた体を、ぐらぐらと揺らしながら歩く。


 ダメージは軽くないはずだが、それでも奴らは暗い口を大きく開いて、攻撃の意思を明確に体現する。呪術を宿す歯の列を、オレに見せつけて来やがるのさ……。


 食欲に駆られた動きに見えたよ。アンデッドは空虚なのだろう。どこか自分の中に大きく欠けてしまった部分があることを認識していて、それを補おうとするかのように生者の血と肉を求めている。


 ヤツらの口が、血で汚れていた。戦死者の一晩経った血ではない。まだ新鮮な赤い血。おそらく、『エルイシャルト寺院』に来てくれていた僧侶たちの一部だった。


 まったく、戦死者どもに、えらく罪深いことをさせたな、『イナシャウワ』の使い手よ。


 あの僧侶たちは敵軍に占領された街に、わざわざ乗り込んで来てくれたんだぜ。帝国軍の兵士のために。そんな聖職者を、彼らに襲わせるとはな……。


 その僧侶の肉を喰らったゾンビどもに対して、竜太刀を叩き込む。ヤツらはこちらを襲おうとしていたが、避けることなく攻撃を当てることで打ち崩してやった。


 コイツらは獣のように速い。だが、たんに俊敏なだけでは、武術の達人には攻撃を当てることなんて出来やしないさ。


 本能しかない、ただの捕食の飛びつき。


 そいつに対して選ぶのは、柔ではなく剛の技巧で十分。単純な力押しの突破でいいのさ!!


 気合いと共に、鋼を振るう!!


 竜太刀で、亡者を斬り裂きながら、先に先にと進んでいく!!2匹目、3匹目、4匹目!!


 断末魔の一種なのか、切り裂かれた死霊は叫びを上げながら、竜の劫火がくすぶる地面に向かって沈んでいく。


 オットーの棍による打撃と、ジャンの牙による食い千切りも、次から次に『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』を仕留めて行ったよ。二人とも、いい動きだ。


 オレたち三人は壁となり、この全力疾走してくる亡者どもを封殺している。


 だが、戦況は膠着する。ゾンビどもが次から次にわいてくるからな……これでは、いくら倒しても突破が見込めない。


 それに……せっかくの『虎』の戦力を生かし切れていないな。30人以上で戦うには、この道は狭すぎるからな。


 ならば、作戦を変えよう。時間を敵に与えてやるわけにはいかない。状況を打破しなければな。


「ジャン!!仕留めなくていい!!体当たりで突っ込み、道を作ってくれッ!!」


『がるるるるるるう!!』


 巨狼と化しているジャンが反応してくれる。


 うなり声を上げながら、敵をただ蹴散らして行く!!頭突きと体重を使い、力任せにゾンビの群れを押し込んでいった。


「オットー!!ジャンに続くぞ!!ここを無理やり突破して、教会の広場に突入する!!戦場を広げて、『虎』にも戦ってもらおう!!敵の排除より、突破を重視する!!」


「イエス・サーストラウス!!」


 オレとオットーが、ジャンのこじ開けた道を進む。左右から迫る亡者の腕を、片っ端から斬り裂きながらも、とにかく前へと走る!!


 今は『エルイシャルト寺院』の敷地への突入を試みる。『虎』たちも、オレたちの背後に続いてくれている。


 『虎』たちの戦いに焦がれた魂が、その身を躍動させていたよ。


 双刀の乱舞が、鋼の嵐と化す!!次から次に、『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』どもを切り刻んでいくのだ。


 リエルとミアも、戦況に反応してくれる。


 リエルは、街路の壁によじ昇ると、そのまま近くの家の屋根へと飛び移る。高さと射線を確保した彼女は、矢の雨を降らして、突破をはかるジャンのサポートをしてくれた。


 ミアも彼女のマネをする。『チェーン・シューター』を放ち、一瞬のうちにリエルのいる屋根へと移動したのさ。ミアは屋根から屋根へと飛び移りながら、スリングショットから弾丸を連発していった。


 オレとオットーに近づく、ゾンビ野郎どもの数を減らしてくれる。ありがたいよ。命令無しでも状況に柔軟に対応してくれる猟兵たちの存在がね。


『がるるるるるううううううううううううううううッッッ!!!』


 戦いに興奮しているジャンが、一際、大きな声を上げて、敵陣目掛けて突撃の速さを増す!!その巨体と強靭な筋力を発揮させ、ゾンビを押しのけながら、突き進む!!


 いい動きだった。なんという破壊的な行進か!!


 『ヴァルガロフ』での特訓の成果は出ているようだな。体の動きと、頭の動きが連動している。


 ヒトの体ではマネすることの出来ない、獣の動き―――『闘犬』の動きを、ジャン・レッドウッドはマスターしているようだ。


 暴れる頭の動きに、威力が込められている。足の爪が、今までより深く、大地に突き立てられている。体重が、牙にも全身の動きにも乗っているようだ。


 蹴散らしていく!!


 亡者の群れを、その圧倒的な力で、突き破りながら進んでいく!!


 ……ああ、嫉妬しちまう。『狼男』よ。ジャン・レッドウッドよ!!お前は、あの強大な力を、ようやく技巧で操り始めている!!


 餅は餅屋だったのだな。


 オレやシアンでさえも、ジャンに的確なアドバイスを行うことは出来なかったんだぜ?……そうだというのに、『マドーリガ』の闘犬酒場の親父は、ジャンに『ヴァルガロフの闘犬殺法』を伝授してくれたようだ。


 ジャンが、獣の動きになっていやがる。完璧にだ!


 どこか高かった重心が安定して、体の動きが今までよりも、自然な躍動感を帯びている。あれだけの巨体と、筋力を持つ狼が……何十代もの命を伝い、積み上げられて来た『闘犬殺法』をその身に宿すか。


 犬で馬を倒すための技巧たちなんだぞ?……そいつを、ジャン・レッドウッドの化けた、4メートルの巨狼がしているんだ。圧倒的な威力となっても当然だな。


 ……掴んだようだな。戦いの中で、どうすべきか体が悟る。鍛錬を積み重ねて行けば、そういう瞬間と出会うもんだよ。


『ガルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!』


 亡者を蹴散らしながら、自信を帯びたジャンの声が鋭さを増す。


 巨狼が、さらに暴れ狂う!!


 牙で、前脚の爪で、頭突きで、体を浴びせる体当たりで!!


 『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』を粉砕しながら、ついにこの猛獣的な行進は『エルイシャルト寺院』までの道を開いていた。


 ああ、オレは嬉しくて、しかたがない。


 部下の成長を目の当たりに出来たからな。


 可能であれば、オレが導いてやりたかった高みではある。だが、闘犬酒場の主よ、よくぞ、闘犬たちの技巧をジャンに伝授してくれた!!


 亡者を竜太刀で斬り伏せながら、オレは笑顔のまま『エルイシャルト寺院』へと突入していた。続けざまに、オットーも到達する。


「よくやったぞ、ジャン!!」


「さすがは『狼男』ですね!あの威力は、誰にもマネ出来ませんよ!」


『は、はい!!あ、ありがとうございます!!団長、オットーさん!!……で、でも、まだ、ここには―――』


「―――ああ、ここがヤツらの発生元だからな」


 喜びの貌も、少しばかり曇ってしまうよ。


 それほどに、ここには無数のゾンビがうごめいていやがるのだから。『呪刀・イナシャウワ』につながる赤い『糸』は、『エルイシャルト寺院』の内部へとつながる。地下だな。地下だ……。


「……『イナシャウワ』の持ち主は、地下墓所の骨を、スケルトンにしてしまうつもりなのかもしれん」


 ……オレが考える、サイアクの状況がそれだ。


 そして、それが外れるような予感が、全くしないと来ている。


 死者を撫で切るだけで、アンデッドにしてしまえるのかもしれない。幾多の戦場で、多くのヒトの血と魔力を啜った、新たな『イナシャウワ』は……。



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