第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その24


 南に向かう。厳つい『虎』たちを引き連れて、ストラウス特務大尉は呪いの赤い『糸』を追いかけるのさ。


「どこに、向かっているのでありますか!?」


「怪しいと思うところへさ」


「了解しました!!特務大尉の後を追います!!」


「そうしてくれ……」


 どこかと訊かれても、正確には答えられないからな。ここから南というコトしか分からないが、それを伝えても何にもなりそうにない……事情を話すと、これもずいぶんと長いハナシになりそうだからな―――。


「―――ソルジェ!!」


 南に向かう厳つい集団に、美しい少女の声が投げかけられる。オレの恋人エルフさん、リエル・ハーヴェルだった。あの長い銀髪を雨に濡らしながら、こちらに向けて走って来た。


 オレの右側に併走を始める。


「来てくれたか」


「うむ。戦いとあれば、駆けつけるぞ!私と、ミアとジャンが一緒だ。ロロカ姉さま、シアン姉さま、そしてギンドウ・アーヴィングは宿で待機。何か、作為を感じるとロロカ姉さまが言っておられた」


「ああ。さすがはロロカだ。全員で、こっちに来ることはない。反乱そのものは制圧したよ」


「うむ。だが、外にも敵がいるのだな?」


「そうらしい。少数だ。少数だけに、何か怪しい」


 少数でケンカを売れるほどの相手じゃない。ハイランド王国軍の強さは、十分に理解しているはずさ。


 それなのに、作戦を実行している。何かを企んでいやがるらしい。何を?……『呪刀・イナシャウワ』が『本命』だとすると、危険な予感に満ちているな……。


「あはは。ジャン!走れー!!」


『う、うん!!』


 ミアとジャンの声が聞こえた。ジャンは巨狼モードになっていた。四メートルほどの嫌でも目立つ獣が、オレたちの視界に現れた。


 『虎』たちに緊張が走るが、それも一瞬のこと。あの巨狼の背中に乗っている、愛らしいマイ・スイート・シスターのおかげで、巨狼に対する警戒心は消えていた。


 ギンドウがよく使う、ジャンに乗るための特製の『鞍』。そういうモノに、ミアは乗っていた。


「お兄ちゃん、来たよ!」


『だ、団長、お待たせしました!』


「そうか。オレたちのにおいをジャンが追いかけてくれたか」


「うん!ジャン、お兄ちゃんのにおいを、クンクンして追いかけてくれたの!!」


 ……そ、そうか。


 何だか、ちょっとイヤだったな。男にオレの体のにおいを嗅がれるか。まあ、美女に嗅がれて追跡されても、何かイヤだった。


 もちろん、繊細な青年の心を傷つけることなんて、オレは絶対にしないよ。


「さあ!『2代目ジャン・レッドウッド号』!!走るんだ!!」


『そ、その名前は、や、やめて……っ!?』


 ジャンにはザクロアで負ったトラウマがあるようだ。主に、リエルから睨みつけられることで負ったトラウマだけど。


 ジャンが引っ張る巨大なソリで雪原を移動したわけだが、リエルはその『ジャン・レッドウッド号』が苦手だったようだった。


 死ぬほど怖い目で、ジャンを睨み続けていたことを覚えている―――リエルは、ああ、ちょっと眉間がせまくなっている。微妙に思い出しているようだ。


 まあ、そんなことはいいさ。


「それで、ソルジェよ、どこに向かっておるのだ?」


「……『呪い追い/トラッカー』で、『呪刀・イナシャウワ』を追いかけている」


「む。誰が持っているのだ?」


「……死んだと思っていたヤツの可能性がある」


「ふむ?」


「まあ、特定出来ちゃいないんだ。だが、追いかければ、必ずや尻尾を掴める」


「そうか。任せろ。狩りは得意だ―――狼を、狩るのもな」


『えッッ!?』


「走れ、『2代目ジャン・レッドウッド号』!!」


『そ、その名前は、違うんだ!!ボクは、ソリでもないし、じゃ、『ジャン・レッドウッド号』じゃないからね、ミア!!』


 ……トラウマは確実に残っているらしい。リエルもプライドが高いから、一度与えられた屈辱を忘れることはない……。


 ……とにかく、戦力は集まってくれた。猟兵が5人に虎が30。二百人の帝国兵とでも十分に戦えそうだ。


 しかし。


 しかし、この方角には、見覚えがあるな。


「……団長。こっちには、『エルイシャルト寺院』がありますね……」


「ああ……そうだな、オットー。オレの記憶が正しければ、今、あそこには『材料』がたくさんある。山積みだ」


「……ええ。内部から、崩す。最初から、6万の大軍に勝てるなんて考えてはいないのでしょう。ただの時間稼ぎであり、陽動。少しでも、時間を稼ぐことが帝国軍の勝利につながると考えている……」


「可能性のハナシだが、サイアクを想定するべきだな」


「はい。戦場を構成するのは―――」


「―――悪意だ。こちらにとって、サイアクの状況になるように、敵サンは色々と策を仕掛けて来るもんだからな。おい、ジャン!」


『は、はい!!ボクは、ジャンですう!?』


「……敵の臭いを探れ」


『て、帝国兵士ですか!?』


「……いや。スケルトン……というか、ゾンビかもしれない。とにかく、アンデッドだ。死臭が、動いていないかを探ってくれるか?」


『りょ、了解……っ!!……います。いますよ、団長!!』


「前からか?」


『は、はい!!ちょうど、このまま、まっすぐ―――っ!!』


「ソルジェよ、いるぞ、アンデッドだ!!」


 リエルが叫びと共に射撃体勢に入る。視界の先に、『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』がいた。


 ヤツらは、何も持っていないが……死んで間もなく、比較的に新鮮なせいか、こちらを見つけると走って来ている。


『ぎゃがごおおおお!!』


『ぐぎがぎゃあああ!!』


「うわー。元気なゾンビさんだ……ッ」


「ミア、お前も構えるのだ!!ヤツら、数が、多いぞ!!」


「うん!!ジャン、お座り!!」


『ワンっ!!』


 巨大な狼が停止する。オレを不安にさせる、『犬っ気』を帯びた声でな。戦いの最中だから、あえて流すがな……。


 そのジャンの背で、ミアがスリングショットを構えていた。


 照準に使うのは、一瞬でも十分だった。攻撃の意志を疎通させることもね。リエルとミアが、無言のままシンクロして、矢と弾丸を同時に放つ。


 射撃は同時に放つことで、それぞれが単発で攻撃するよりも大きな意味を持つことになる。同時に二人が倒されたなら?……それらの倒れた死体で、突撃のための道がふさがれることだってあるからな。


 相手がヒトならば、同時に複数の仲間が仕留められることにより、死に対する警戒心や恐怖は倍増する。


 射撃は、たった二人であったとしても、『同時』に行った方がいい。相手の行動を抑止する効果が強まるからな。物理的にも精神的にもね。


 『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』が二体ほど、その頭部を射撃されていた。


 それらが一種の『儀式』となる。『頭を射抜かれた』ことで、象徴的な『死/滅び』を与えられている。ヤツらの呪術が消えて、そのまま道に折り重なるように倒れていた。


「ナイス・ショット、リエル!!」


「ああ、ミア。お前もな!!」


『ワン!!』


 ……ジャンの犬化が深刻かもしれん。一瞬では拭い切れぬ不安を覚える。しかし、『うごめく戦死者/ソルジャー・ゾンビ』の数は多い。パッと見たところで、二十か三十。


 死体を乗り越えて、生者への文句をうなり声に込めながら、こちら目掛けて雪崩のように押し掛けてくる。リエルとミアの射撃が、次々とアンデッドどもを仕留めて行くが、それでも、背後から新たなゾンビがあふれてくる……。


「ミア。ジャンから降りてやれ。ジャンも戦力として使いたい」


「うん!」


『ま、任せて下さい!!スケルトンの方が、得意ですけど!!ぞ、ゾンビ相手だって、噛み千切ってやります!!』


「よし。『虎』たちよ!!ヤツらがどれぐらいいるか分からん!!強力な火力で焼き払い、死霊どもの軍列に大穴を開ける!!その後は、オレたち『パンジャール猟兵団』の続いて、半分は突撃!!半分は、打ち漏らしを狩れ!!民間人に、被害を出すな!!」


「了解です!!ストラウス特務大尉ッ!!」


「ぶっ殺してやりますッ!!」


「……しかし、強力な火力とは……?」


「『パンジャール猟兵団』で、一番の『炎』の使い手さ」


 金色の瞳が……オレたちをつないでいる。死霊の戦列が見える。『エルイシャルト寺院』から死霊どもがあふれている……街中に広がる前に、この出口で押しとどめるべきだ。ヤツらの歯には、黒くうごめく魔力がある。『炎』の魔力を帯びた呪術……。


 あの呪術に噛み殺されたら―――ゾンビが増えるかも知れない。そうなると、この街を占拠した意味が薄くなる。


 まとめて、焼却処分だ。リエルとミアが射撃でヤツらを足止めして、群れを団子状に集めてくれている。こちらの作戦を言わずとも悟ってくれる。さすがヨメと妹。いい状況だ。さて……行くぜ。


「歌えええええええッ!!ゼファーああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッ!!!』



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