第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その23
降伏した帝国兵どもをブン殴り地面に倒して拘束する。そんな作業に没頭する。紳士的な軍隊だ。フツーなら、もっと手荒く扱うもんだがな。こちらだって、この反乱で、十数人以上、殺されているんだ。
『虎姫』の言葉が利いたのか……あるいは、武術家としての矜持かもしれん。反乱するという根性を見せたことへのリスペクトもあるだろうな。
戦士ってのは、厄介なものさ。強い敵ってものに対して、何だかんだいっても、心が惹かれてしまうんだからね。
「ストラウス特務大尉!!敵を、拘束し終えました!!」
『虎』の一人にそんな報告を受けた。オレは、少し戸惑いを覚える。
「……いや。オレはもうその役職には無いだろう?」
「そ、それは、そうですが。大尉は、大尉であります!!……この呼び名は、マズいでしょうか?」
「ククク!……敬意を込められて呼ばれるのなら、別に、それはそれで構わん」
帝国兵に化けるときは、何故かいつも二等兵の役ばかりだったからな。
そんな人物が『大尉殿』とはね。とんでもない出世だよ。まあ、『特務大尉』とかいう別枠扱いなままだが―――正式にハイランド王国軍に入隊したわけでもないから、別にいいか。一種の『二つ名』が増えた。戦士としては高名なことだろう。
「……さてと。聞きたいことがある」
「私にですか?捕虜どもに?」
「まずは、君だよ」
「どうぞ!!」
「……さっき、オレが突き殺した男。あいつは、自称だが中尉と名乗った」
「はい!!自分にも、そう聞こえたであります!!」
「……君たちは、ヤツをこの監獄に閉じ込めていたのか?一般の兵士と混ぜて?」
「いいえ!!なにせ、人数がかなりのものでしたから、全てを管理しているとは言えませんが、我々はヤツらの士官を、兵士と別個の場所に捕らえています!!」
「基本だな。指揮能力のある士官と兵士を、一緒に閉じ込めておくべきではない。ヤツは身分を隠して兵士たちの中にいたのか?」
「それは、判断しかねます!!」
「そうだよな……そんなことが分かるわけがない」
……そこが分かれば、ミハエルがいつこの作戦をデザインしていたのかも想像がつくんだが……。
あのアイアンズは、どこから来たんだろうか?……監獄の中にいた?……それとも、外からか……?
外から監獄の前に乗り付けて、そこから捕虜救出と反乱への参加を命じた。やはり、外にいたのだろうか?……アイアンズの死体が来ている軍服は、士官のための服じゃない。もっと一般兵士のためのものだ。
……外からと考えるのが、フツーかね。しかし、コイツらに連携と統制が利いていたことを考えると、アイアンズは捕らえられていた兵士たちと、それなりに綿密な打ち合わせをしていたような気もするんだがな―――まあ、敵サンに訊けば分かるか。
「おい」
オレは手近な兵士に近づく。話しかけたのに、無視しやがった。だから、そいつの顔面をいきなり蹴りつけて、地面に蹴飛ばした。
「……な、何を、する……っ!?」
「乱暴者なんでな、態度に気をつけながら手短に話せ。アイアンズ中尉は、いつから貴様らと一緒だった?話さないなら、殺す」
「ひい!!……こ、殺さないでください……っ」
「死にたくないのは分かっている。素直に話せ」
「……さ、昨夜から、ずっと一緒だった……」
「降伏した時に、制服を着替えたか……あえて、捕虜の中に混じり、この反乱を企画していた?」
「そ、そうです。アイアンズ中尉が、オレたちを、扇動したんだ……」
「なるほどな。かなり前から、計画していたのか。用意周到な男だ」
負けた時の反撃まで考えていたか。
嫌味なまでに細かい作戦を用意している。周到な男だ。それだけに、大きな疑問が生まれてしまうな。
昼間の反乱か。前もって用意されていたのなら、このタイミングに行動を起こす他ない。定石なら夜間?……いや、『虎』は夜目が利くからな。夜間の戦闘は帝国人からすると好ましい条件にはならない。
……昼間の方がマシと考えていたのか?だが、昼間は昼間で起きて動いている兵士がたくさんいるんだからな。すぐに制圧されちます。
夜も昼も、どうあれ、この程度の規模の反乱では、帝国兵どもにとって状況は好転することはない。最初からあきらめていて、嫌がらせの一撃を入れてくるつもりだった?……そうかね。
オレの中の評価において、ミハエルの戦術の傾向は、『攻撃的』。『攻撃的』な戦術家と言えば、ガンダラだ。ガンダラだったら、この無意味な反乱だけを企図しない。何か、他の行動と結びつけているはずなんだが―――。
「―――軍曹」
「ハッ!!なんでありますか、ストラウス特務大尉ッ!!」
「敵の動きは、他にもあるはずだ。内部に紛れていた、アイアンズと、外部から乗り付けた馬車が連動していた。そんな策は、前々から用意していないと出来るようなものじゃない。他にも、何かがあるはずだ」
「わ、分かりました!!皆、警備を密に!!街中を探せ!!異変が、どこかにあるはずだと、ストラウス特務大尉が仰っている!!」
……そう、そうだと思う。ミハエル・ハイズマンという頭が切れて、攻撃的な戦術家なら、単発的な反乱だけを用意するとは思えんからな。
ヤツは、どこかに何かを仕込んでいる。ここに誘導したな。ここに、オレたちや兵士を引き寄せている。それは、つまり……ここじゃないトコロで、もう一つか二つの作戦を仕込んでいるってことだろう?
ガンダラなら、そうしそうだ。
ミハエル・ハイズマンも同じような考えをするはずだ。さてと、問題は、幾つ仕込んでいるか……?
カンカンカンカンカン!!
「また警鐘か!!」
「街の外に!!街の北に!!……100人規模の兵士がいまーす!!」
城塞から、見張りの『虎』が大きな声で叫んでいた。
「こ、これですか!!さすがは、特務大尉!!」
「……これも、それの一環だろうが―――本命ではなかろう」
「え!?」
「そうですね。たかが100人。陽動か、囮にしかなりません」
オットーがそう説明する。軍曹は大きく頭をうなずかせる。
「なるほど!たしかにそうです、我々は6万いる。ビクともしませんな」
「……そうだ。だが、注意を引かれるのは確かだ。陽動、囮……北か。ということは……本命ってのは、大体、逆の方向にあるもんだ」
「逆……となると、南ですか?」
「そんな予感はしている。ただの勘だがな」
オレは南を向いた。
南を――――――ん?
「団長?……どうかいたしました?」
「……いや。『イナシャウワ』につながっている『糸』が……やはり、また動いている」
「……ならば」
「……ああ。死んでいなかったのかもしれない」
あの爆発で、死んでいたと判断していたし、敵兵からも生存情報が手に入ることは無かった。死んでいてもおかしくはないし、無傷じゃないのかもしれないが……密かに、生き延びていたのかもしれない。
ミハエル・ハイズマン。
『呪刀・イナシャウワ』の継承者―――『アプリズ4世』。そいつは、どうやらオレたちの予想に反して生きているらしいな。まあ、刀と意志を継いで、行動している腹心かもしれないが……猟兵の勘が、より悪い状況を考えろと告げて来ている。
カンカンカンカン!!
また警鐘だ。
「こ、今度は何だ!?」
「街の東に、50の兵士が潜んでいます!!」
「今度は、東か……ど、どれが本命なのやら?」
「……こちらを振り回そうとしていますね。前もって企画された作戦ではあるのでしょうが……やけに、連携がスムーズです」
言わんとすることは分かるよ。敵の指揮官の生存を、オットー・ノーランも感じているんだ。ジャンがいる以上、伏兵はそう配置出来なかった。この連中は昨夜、壊走しながら西へと逃げた連中。
そいつらが、北と東に大回りして配置された。そうなるように、最初から仕込むことは可能だが……少しばかり、キレイに連携が行きすぎているな。敵サンの作戦実行への意志が砕けていないというのも、やはり指揮官の生存を感じさせる傾向。
オレには、そう思えてならない。
猟兵が戦場で抱く、悪い予感ってのは、おおよそ外れないものだ。
「……軍曹!!オレには、確かめるべきことが出来た!!30人ばかし、『虎』を貸してくれるか?」
「ええ!!30人!!オレと一緒に、ストラウス特務大尉に続けッ!!」
そうだ。
確かめなくてはな。この動いている『イナシャウワ』……それの持ち主が、一体、何を企んでいるのかを―――ああ、イヤな予感で一杯だった。
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