第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その22



 ブルーノ・イスラードラをその場に残して、オレは現場に急行していく『虎』たちと混ざる。『虎』は、かなり速いな。血に飢えている。昨夜の戦いは、戦術が決まり過ぎていて、『虎』には物足りなかったからな。


 行動が迅速だ―――それはいいことだ。


 ……それはいいことなんだがな。


 ……引っかかることが、ゼロではない。


 しかし、戦場から漂う血のにおいを嗅ぎつけたオレの闘争本能は、燃え始めている。『虎』と同じような貌になっていると思うぜ。このウザい雨を浴びながら、探偵ゴッコをしていたせいで、暴れたくなっている!!


「帝国人を、殺せえええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「ハハハハッ!!よく反乱なんざ、起こしてくれたなあああああッッッ!!!」


「正直、大歓迎だぜええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 双刀を抜き放ちながら、『虎』は叫び……反乱した捕虜たちと斬り結んでいく。まあ、その戦闘能力の差は、圧倒的だ。またたく間に捕虜たちは斬り捨てられている。


 ……オレの出番が、無さそうだ。


 しかし。


 おかしなコトには気づけているんだよ。


 『虎』の少尉を見つけて、そいつに問いかけた。


「おい、コイツら、どこから武器を取り出した?」


「え?」


「……そもそも、どこからわいた?」


「コイツらは、あそこの監獄からです」


「監獄?……厳重な管理をしていたはずだな」


「それは、そうなんですが。おそらく、外部からの手引きがあったものかと」


「外部か。武器も、『外』から持ち込んだ……?」


「そうみたいです……まだ、詳しい状況は、分かっていませんが。それなりに大きな反乱であることは間違いないです」


「……ああ。考えるよりも、行動だな」


「団長、制圧しましょう!!そちらの方が、お互いにとっても死傷者は最小限!!圧倒して、敵の心を挫きましょう!!」


 やさしい作戦だ。


 『守備的』なオットー・ノーランらしく、死者を減らすことを最優先している。『虎』の闘争本能に晒されてしまえば……反乱した帝国兵の捕虜は、早晩、皆殺しになるな。


 ……やさし過ぎるが、『速攻』という点が大いに気に入った。ミハエル・ハイズマンの策だとするのなら、そのデザインは連鎖している。この無茶な反乱には、『裏側』がありそうだってことだ。


 とすれば。


 作戦が組み上がらないほどに、とっととその作戦の一部を破綻させる。複雑怪奇に連鎖する仕掛けなら?……その一つを想定外の形で潰してやれば、計算は狂うもんだよ。


「行くぞ!!オットー!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 二人して、反乱の現場に突撃していく!!


 闘争本能を全開にしてくれるオットー・ノーランも珍しい。いつもは攻撃よりも、守ることに対して比重を大きく傾けている人物であるからな。


 敵をぶちのめすことに意識を注いでいる姿は、新鮮だよ。


 雨に濡れたを駆け抜けて、すでに何十人も死んで、赤く濡れた石畳を蹴りつけて!!鋼を振るう帝国人の群れに、オレとオットーも飛び込んでいく!!


「我が名は、ソルジェ・ストラウス!!『パンジャール猟兵団』の団長にして、昨夜、貴様らを敗北に導いた、400人の新兵たちの指揮官だ!!恨みも大きかろう!!挑戦を、受け付けてやるッッ!!」


「くう!!貴様が、魔王か!!人間族の裏切り者がああああああああああああああああああああああッッ!!」


 大柄な帝国兵が、刃を振りかざし、オレに目掛けて斬りかかって来る!!


 竜太刀で、その斬撃を受け止める!!


 ガギイイイイイイイイインンンッッ!!ぶつかり合った鋼が揺れて、帝国人の怒れる貌が競り合う刃の向こうに見えた。


「ククク!!いい腕だ!!」


「鎧を着てないからな!!昨夜、勝ったぐらいで、いい気になるなよ!!」


 鎧を着ていない。まあ、捕虜だからな。武装は解除されていた。この剣は……帝国軍の制式の装備か。オレは、この『強敵』と打ち合いをしながらも、くるりと世界を見渡した。監獄の前に、大きな馬車が三台ほど乗り付けている。


 あそこに監獄を襲撃した作戦要員と、コイツら用の武器がたんまりと乗っていたか。


 なかなか、強引な策であり、大胆な動きじゃあるな。『意外性』、それが大胆な作戦を成功させてしまう理由の一つだ。ヤツらが『想像よりも目立つ行動』をすれば、こちらの想像を超えてしまうことがある。


 想像の範囲を逸脱すれば、作戦の切れ味は増す。想像が及ばないことには、対策を前もって使えないからな―――これだけ大量の武器を、人員を、ミハエル・ハイズマンは隠していやがったか。


 ……やはり、あの爆弾を使って正解だったよ――――。


「―――よそ見をするな、赤毛の魔王ッッ!!」


 決闘のつもりになっている帝国兵士は、オレの行動を不作法だと感じたようだ。たしかに騎士としては、この戦いに集中すべきだろう。オレは、集中してやることにする……その方が、手っ取り早く、決着をつけられるからな。


 鋼を打ち合う、二度、三度、四度と!!


 それだけ打ち合えば、実力差が反映される。この兵士も、かなりの腕前だ。しかし、オレの方が強いし、より健康だ。疲弊していた兵士が、構えを崩される。


 殺せるが―――オットー・イズムや、ブルーノの祈りを感じているせいかね。竜太刀は、ヤツの腹を峰打ちすることで失神させる。まあ、全治二ヶ月ってところの『軽い傷』だろうがな。内臓ぶちまけるより、マシだろう?


 捕虜のなかでも、最強クラスの使い手をぶちのめしたことで、向こうの士気が大きく崩れるのが分かる。手加減されても、まったく歯が立たないという現実も、伝えることは出来たさ。


「……っ!?」


「つ、強すぎる……っ!?」


「降伏するなら、今のうちだぞ!!鋼を捨てて投降しろ!!」


 彼らに生存の道を与える。与えるが、それでも反乱者どもは選ばないようだ。少なくとも、まだ粘る気でいるらしい。


「わ、我々は帝国人だ!!亜人種どもや、貴様のような野蛮人どもとは違う!!この世界を良くする義務があるんだ!!人間族による、偉大なる統治のために!!意地を見せろおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「皇帝陛下、万歳ッ!!」


「敵と、我々の血を、陛下に捧げますッ!!」


 帝国人の若者ってのは、どいつもこいつもユアンダート信者だな。人間族第一主義の根っからの信奉者らしい。


 そんな言葉を吐くもんだから、『虎』は大いに盛り上がる。


「ハハハハハハハハッ!!人間族が!!オレたち、『ハイランド・フーレン』に、勝てると思うなああああああああああッッッ!!!」


「野蛮人の暴力、見せつけてやるぜえええええええええええええええええッッッ!!!」


 ……オレの交渉が下手だったか?


 いや、ここにいる連中の血の気があり過ぎるせいだろうな!!……オレも含めてだ。ユアンダート信奉者は、好きになれん。


 攻撃性が抑えきれなくなる。


 だから、さっさと斬り捨ててやるとしよう!!


「一気に、仕留めるぞ!!帝国人どもを、ぶっ殺せええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


「了解でさあ、ストラウス特務大尉ッッ!!」


「『自由同盟』の野蛮さを、刻みつけてやるぜえええええええッッッ!!!」


 猟兵と『虎』の連携攻撃だ。


 オレとオットーが竜太刀による斬撃と、棍による打撃で敵陣に大穴を開ける。『虎』はその大穴に続いて、雪崩込むように反乱勢力を、内側からも食い破り始めた。


 包囲されて、今や内側からも攻撃されている。


 強気で入られたのは、3分ほどだ。


 圧倒されて、崩されていく帝国兵からは、弱気に駆られる者が出てくる。誰もが狂戦士の域に到達しているわけじゃない。


 返り血に染まる赤毛の魔王、血霧を突破しながら斬撃を放つ竜太刀。悲鳴と怒号と断末魔の融け合う雨空の下。そんな場所で勇気を保てぬ男は、少なくないさ。


「ひ、ひ、ひいいっ」


「こ、このままじゃあ、こ、殺されちまうよう……っ」


「つ、強すぎる……お、オレは、オレは、投降する――――」


 そう言った男の首が刎ねられる。オレじゃないし、『虎』でもない。


 帝国兵が、帝国兵の首を刎ねていた。


「敗北主義者は、帝国人ではない!!陛下の理想を!!帝国による大陸制覇の大願を、我らは叶えるのだ!!逃げることも、引くことも揺るさん!!『作戦』を守れ!!」


「イエス・サー!!」


「皇帝陛下の、理想のために!!」


「野蛮な亜人種どもに、降伏などするかああああッッ!!」


 狂戦士どもが、怖じ気づいた兵士どもを戦わせるために、仲間を斬り捨てやがったな。オレの趣味じゃないが……効果はあるってことだけは、認めてやるよ。


 退路を断たれた帝国兵どもが、戦線を維持しようと気合いを入れる。しかし、気合いだけではどうにもならん。


 ……オレは、狩るべき獲物を見つけている。仲間の首を刎ねた男、それなりに太っているから階級の高い軍人だろう。


「オットー、道を開けろ!!」


「了解です!!」


 オットーが敵の群れに単身で、飛び、棍の乱打で、またたく間に5人の兵士をぶちのめす。道が出来たよ、オレはそこを走り、あの首刎ね野郎を狙う。


「来るか、赤毛の『魔王』よ!!ガルーナの悪鬼が!!」


「ああ!!名乗れよ、殺す前に、聞いてやる!!」


「私は、ロバート・アイアンズ!!帝国軍の中尉だ!!」


「そうか!!それでは、消えろ!!アイアンズ!!」


 加速し、槍を打ち下ろしてくるヤツの懐に入る。入りながら、刺突を放ち、ヤツの太い胸を貫き、一瞬で仕留めていた。命をより早く壊すため、手首を動かし、アイアンズの内部をより広く壊しながら、乱暴に竜太刀を抜く。


 絶命したアイアンズを見ることで、帝国兵士の一部に、士気の崩壊が見られた。それから、ものの十数秒のあいだに、40人の帝国兵士が『虎』たちによって血祭りにされた。降伏する者が現れ始めたのは、その頃からだった。



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