第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その21


 オットーと共に崩落の中心へと向かう。大穴のふちにかけられたハシゴを下りていく。積み重なった瓦礫の山は、想像以上にしっかりとしていることが分かった。


 安定しているのだ。完全に、押し潰されている。これでは、生存者がいる見込みは、ほとんどないな。石材で作られた頑丈な屋敷だったせいで、爆破で壊れたとき、その石材の自重が仇となったわけだ。


 崩落の穴の底を歩く。瓦礫は大人の男の体重を浴びても、ビクともしない。足場としてはかなり危なく、そこらにガラスの破片なんかがある。猟兵はともかく、ブルーノは来なくて正解だったな。


 穴の上に視線をやると、一心不乱に戦死者たちへの祈りを実行している僧侶の姿が見えた。聖なる句を歌いながら、深い祈りを戦死者たちに与えているのだ。


 あれはあれで、大切な仕事だ。


 さてと。


 瓦礫の中心部に辿り着く。


 呪いの赤い『糸』の一つは、ここで終極している。隙間も無いほどに押し潰された、足下の瓦礫。そこに、この『糸』は冬眠する蛇のように、わずかな隙間を貫いて深く深くに侵入しているな……。


「……ここですか、団長」


「ああ。オットー、魔力を見てくれるか」


「はい」


 三つの目を開いて、オットー・ノーランが瓦礫の下を探ってくれる。オレも、魔法の目玉を使うよ。仕事がしたい。罪悪感の法則さ。オットーは確かに、この破壊の立案者であるが―――それを許可して、実行したのはオレだ。


 最高の仕事であった。


 この破壊工作がなければ、間違いなく何百人か、我々の側に死者は増えたのだから。そもそも、ミハエルはクズ野郎のようだしな……そんな人物の死を気にする必要なんて、どこにも無いのだが。


 それでも思うことはあるんだ。


 ヒトの精神ってのは、複雑だ。オットーはやさしいがゆえに苦悩し、オレは……アーレスに見せられた『夢』のせいで、感情移入させられているんだ。『アプリズ3世』とメリッサ夫婦の子……ミハエル。


 彼もまた奇跡の子だった。オレは自分より年上のはずのミハエル・ハイズマンを、未熟児として母親の腹から取り上げられた姿でしか知らない。オレはね、そうさ。赤ん坊を殺したような気持ちになっている。事実に反して、そんな考えになる。


 オットーもだろうか?


 だとすれば、オレより、はるかにやさしいから。その苦しみも多かろう。理屈では分かっていても、感情ってのがついて来ないこともある。不必要なはずの罪悪感の重みを背負い込みながら、オレとオットーは瞳術を使う。


 ……オレの魔眼は、分厚い瓦礫の全てを貫くほどには優れていない。オットーも、似たようなモノではあるだろうが―――二種類の観測を行うことで、より多くを知ることも出来るはずだからね。


 3分ほど集中して、瓦礫を探った。魔力は……どこからも感じられない。どうにもこうにも生存者など、いないような気がする。崩壊の激しさからも、魔法の目玉がくれる情報からも……。


「……生存者の形跡を、オレは見つけられん」


 結論の言葉を口にしていた。それを耳にしたオットーも、同意したかのように瞳を閉じる。魔法の目玉の出番は、ここにはない。


「はい。全滅しているようですね。少なくとも、この屋敷にいた者たちは、早期に掘り起こされた者も含めて、死んでいた……」


「気に病む必要はないぞ」


「……ありがとうございます」


「その感謝は、違うと思うぜ。オレたちは正しいコトをしている」


「……はい」


「……まあ。感情ってのは、難しいよな」


「そうですね。本当に……」


「仕事をしようぜ」


「ええ。報告します、団長」


「たのむ」


「私も生存者の魔力を見つけられませんでした。折り重なった構造物に、圧死したのでしょう。そもそも、爆発の威力で、大半が即死していたと思います」


「だろうな。巨大な石柱が裂けている。あれは、自重で折れたんじゃない。爆発の威力で引き裂かれた」


 リエルとギンドウの魔力を込めた爆発だ。桁違いの威力があったんだろう。おそらく、オットーの想像さえも超えた爆発だった。おかげで、帝国兵の連中は、苦しむことなく即死したわけさ。


「考えようだが、慈悲深い一撃とも言える」


「そうですね。長く苦しみと絶望の意識に囚われることはなかった」


「悪くない死だ」


 慰めの言葉になるのかは、人それぞれだ。やさしい大人の男には、通じないかもしれなかった。


「とにかく。掘り返されるまでは、『研究日誌』を見つけることは出来なさそうだ。ゼファーで爆撃する選択肢もあるが……これだけ雨と泥が染み込んでいる」


「水溶性のインクでしたよね」


「ああ、湿度にさえ溶けてしまう。『研究日誌』の……日記部分の記述は、それなりににじんでいた。元々、30年以上の古い紙……頑丈な処理をされていたとしても、劣悪な保存状況に朽ちてもいるだろう」


 ミイラ化したブルーベリーパイが側にあったりもする環境に20年もあったわけだしな、土や水に長らく触れてきた。


 あげくに、この破壊に巻き込まれている。泥水を浴びることになる……まあ、金庫なんかに入っていれば、そうはならないかもしれないがね。その場合は、ハント大佐に『研究日誌』が渡ることになる。


 ……この一連の悲劇を報告すれば、ハント大佐の『正義』ならば、必ずや呪いの排除を求めるだろう。ブルーノ・イスラードラという、この街の宗教的な指導者の一人を懐柔することにもつながる。


 そう持ちかけよう。悪い取引にはならないさ。ハント大佐が求めているのは、『正義』による統治だと昨夜の戦で分かった。彼は、自己の利益に走り、暴走する輩を処刑したがっている。『白虎』の再生を防ぎたいらしい。ならば、信用がおけるよ―――。


「―――さて。ここは、これで良さそうだ。泥水にさらされたら、朽ちる。厳重な管理がされているなら、それはそれでハント大佐が掌握する形になる」


「ええ。この手で滅ぼすことは出来なくとも、滅ぼす算段はついた」


「我々の仕事の結果でもある。胸を張ろうぜ?……戦のどさくさに、邪悪な呪いの品物が行方不明になるということを防げた」


 微笑んでくれるよ、オットーは。オレが気を使ってくれたとでも考えたのだろうか?オレは素直な事実を口にしているだけなんだけどね……いや、少しは、気を使っている。だが、事実だぜ?


 オレたちの攻撃は、ただの結果論としてだが、危険な呪いの拡散を防げそうだ。


「……あとは」


「そうだな、もう一つの方なんだが―――――」


 乱世というものは、ままならないな。とくに戦の直後なんてものは。


 カンカンカンカンカンッ!!!……けたたましい警鐘の音が響いていた。雨に重くなる灰色の空に、その音は響く。作業従事者も『虎』も、オレたちも。全員がその音が聞こえてくる北へと顔を向ける。


「何だってんだ?」


「分かりません。しかし、法則性のある音です」


「ああ。繰り返されているな、一定のリズムで。意味がある音だ」


「ハイランド王国の兵士に訊いてみましょう」


「そうだな!……おい!コイツは、何の音だ!?」


 瓦礫の上に立つ、一人の『虎』に近寄りながら質問したよ。


 『虎』はこちらを見た。緊張感と、闘争の喜びを感じる貌してやがった。物騒なことが起きている。それを心配しながら、喜んでいるらしい……。


「ハッ!!特務大尉殿!!この音は、どうやら捕虜どもめが、反乱を起こしたようでありますな!!」


「……反乱か。まだ、抵抗出来る元気なヤツがいたか」


「ええ!!腕が鳴りますよ!!……昨夜は、楽すぎて…………いえ、語弊がありました。特務大尉や、新兵たちの活躍のおかげでした」


「……ああ。そう認識してくれると、あの新兵たちも報われる。しかし、反乱か。見張りは厳重だったようだからな―――つまり、捕まらずにコソコソしていた連中が、街に隠れていたか」


 よくあることさ。街に隠れて、やり過ごす。市民のフリして潜んでいたのかもしれない。隠れようと思えば、あちこちに隠れられるもんさ。しかも戦場は夜だった。逃げ隠れするには、混沌としていて適する状況。


 ……『攻撃的』な指揮官であるヤツならば、敗北時のシナリオも用意していただろう。これはデザインされた攻撃か……『虎』の戦闘能力を考慮した策。ただの反乱ではないかもしれん。


「……オットー。オレたちも北に向かう。これが、デザインされた攻撃だとすれば、想定以上の戦力を投入して、即座に叩きつぶした方が良さそうだからな」


「イエス・サー・ストラウス!!」



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