第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その19


 呪いを追いかける。この地下を抜け出して、ハイズマン家の外に出る―――そして、気がついた。ブルーノが剥き出しの頭骨を抱えているな。


「ブルーノ?」


「何か?」


「……オットー。タオルか何かを、ブルーノに貸してやれ。剥き出しのドクロを持って歩くよりはいい」


「そ、そうですね。はい、ブルーノ司祭」


「ありがとう、オットーさま」


 ブルーノはあの骸骨をタオルに包んでいた。


「……これで良し」


「……いや。やはり屋内に置いて来た方がいいんじゃないか?」


「でも。彼は、レントンさんですからね。『エルイシャルト寺院』の地下に、埋葬し直すべきです」


「……文句はないが。それを持って歩くのは邪魔だ。傘も差せていない」


「そ、そうですね……やはり、ここに置いて、後日、取りに来ましょうか。今日は、埋葬作業も出来ない……」


 兵士たちの合同葬儀があるらしいからな。たしかに、レントン・ハイズマンを埋め直す作業をしている場合じゃないな……。


 ブルーノは家のなかに彼を置いて来た。


「では、ストラウス殿。あらためて、お願いいたします」


「ああ」


 『呪い追い/トラッカー』の力を解放する。二つの呪いの赤い『糸』はハッキリと強く見える―――それらは、空中でときおり混ざるように、交差している……。


 絡み合う二匹の蛇のようだな。


 おそらく、それが示す意味は、『呪刀・イナシャウワ』と『研究日誌』は、一緒の場所にあるらしい……。


 まあ、その場所ってのは、おそらく、オレたちが爆破した施設だろう。地下ごと爆破して、地下水道のダンジョンに崩落していった建物だ。


 ミハエル・ハイズマンは、おそらくそのどちらも所有していた。彼にとっては大きな価値がある品物だからな。無くしては大変だ。肌身離さず、側に置いていたんじゃないのかね……。


 その可能性には、オットーも気がついている。だから、難しい顔をしているな。回収が困難になるかもしれない。爆破し崩壊した地下……瓦礫に埋まってしまっているだろうからね。


 瓦礫に埋まってしまっていれば、処分はハイランド王国軍に委ねるしかなさそうだ。あるいは、ゼファーに頼り、空中から爆撃するのも悪くない。


 メチャクチャに破壊してしまえば、誰もあの呪われた品々を回収することは出来なくなるだろうから。どちらの品も、湿度で満ちているこの街の地下に数年でも放置されたら、さすがに朽ち果ててしまうさ。


 ……一番なのは、この手に取って、それを直に破壊する形。そいつが一番なんだがな。高望みは出来まい……。


 雨の降る『ヒューバード』の街並みを、傘を差したまま進む。オレを先頭にしたままな。呪いの赤い『糸』に導かれて、男三人のチームは進んだよ。


 ……やはりというか、『糸』はあの崩落の現場へと向かっているようだ。急ぐことも出来るが、何だか足取り重くなる。


 オレは、思い出しているようだ。あの夜の物語のことを、大悪人の『アプリズ3世』が愛情を知り、善良な男に変身していく日々……。


 メリッサを愛して、ヤツは変わった。殺人も呪術も、どうでもよくなった。そして、その二人の間には子供が出来た。双子だった。セバスチャンと、ミハエル……。


 死んだ母親の腹を『呪刀・イナシャウワ』で切り、そこから取り上げられた赤子たち。セバスチャンは残念ながら助からなかったが、ミハエルは生きていた。奇跡の子だな。奇跡の子だった……。


 ……ヒトの業ってのは、どうしてこんなに深いモンなのかね。オレたちヒトってのは、罪を連鎖させなければ生きていけないのか?……考え込んじまう。野蛮人の不出来な頭では、やや難しい行為だったな。


 街並みには、ヒトが戻り始めている。


 怯えていたはずの人間族も、街並みに戻り始めていたよ。彼らは、商人だからだ。このまま打ちひしがれていても、何も得るモノが無い。


 彼らに出来ることは、二つ。


 ハイランド王国軍の統治を受け入れて、この街で商売を続けてみるか。あるいは、財産を放棄する形となってでも、この街から逃げ出すのか―――その二つだけだ。


 ハント大佐は、どちらの選択も歓迎するだろうな。


 ……荷車を引いて、街から旅立とうとしている人間族たちを見た。彼らは、怯えきった顔で、食料と衣類を載せた荷車を引いていた。街から逃げる。その選択をした人々だった。どこか近くに、あてがあれば良いのだが……。


 彼らの絶望した表情からは、あまり楽しげな結末が思い浮かばない。


 ブルーノ・イスラードラには悪いが、オレは、あの山賊どもを斬り殺せたことを正解だと感じたよ。ヤツらのようなクズどもは、彼らからこそ奪おうとするだろう。弱者たちからな……。


 キャラバンを作ることを、ハント大佐は許してくれるだろうか。自然と寄り合い、帝国人の難民たちは集結するさ。その状態を維持することでしか、彼らは自分たちの身を守ることは出来ない。


 大半の者が、長くて険しい旅を歩むことになるのだろうからな……。


 戦には勝利した。そして、『ヒューバード』を掌握している。そんな『自由同盟』は、まるで帝国軍にも似ている気がしたな。侵略される立場が、今だけは、侵略者をやれている。


 ……雨のせいで。


 灰色に沈む街のせいで。


 ガラにもなく、帝国人どもの心配をしてしまったよ。敵同士なんだから、そんなことしてやる義理はないのだがな。逆の立場ならば、虐殺されている。それが、人間族だと虐殺されずに済んでいる。


 理由は、一つ。


 アンバランス。人間族の数が、亜人種よりも圧倒的に多いからだった。それぞれの人種の勢力の差が、大きく運命を左右している。


 その現実を示すことが、目の前で起きている。少数の人種ならば、根絶やしにされて、その土地を奪い取られるというのにな……。


 共存するという選択肢を与えられているのだから、人間族は恵まれてもいる。


「……どこに、行くの……?」


「……『ヒューバード』には、帰って、来られないの……?」


 幼子たちの声を聴いた。


 父親は家財道具を積んだ荷車を引いて、母親は荷車を押している。その両親に、子供たちが不安げに語りかけていた。雨のなか、子供たちは傘も差さないまま。


 両親は、無言だった。


 彼らは大人だが、彼らにだって分からないのだ。自分たちの人生が、どんな風に予定していたものから逸れていくのか。どこまで、逸れていくのかも。それが、あまりにも不安で……どこまでも恐ろしいのだ。


 子供たちにも教えてやることが出来ない。それほど、大人たちも追い詰められている。ハイランド王国軍に殺されるかもしれない。本気で、それに怯えているのだ。


 騎士道とは。


 騎士道とは、なかなかに難しい道だな。


 ……オレは眼帯をつける。『呪い追い/トラッカー』を中断して、その家族の元へと向かうのだ。オットーと、ブルーノもついて来てくれる。


「おい。お前たち」


「え?」


「なーに、赤毛のお兄ちゃん」


「こ、こら!」


「だ、ダメですよ!」


「どーして?人間族なのに?」


「司祭さまもいるんだよ?」


 大人たちは気まずそうだな。気持ちは分かる。だが、オレもすべきことがあるんだ。ガキどもに、傘を差し出す。


「なーに?」


「くれるの?」


「……ああ。お兄ちゃんは、泥だらけだから、雨を浴びたくなってるんだ」


「そうなんだ!」


「ありがとー!」


 子供たちは、大人ようの傘の下でくっついていた。兄妹なのかな。それとも双子なのか。まあ、どっちでもいいんだが。


「……す、すみません」


「……あ、ありがとうございます」


 萎縮しきった夫婦に、オレは提案をしなければならない。


「アンタたち。逃げ出すにしても、この小さなガキを連れて、雨のなかはムリだ。肺炎になってガキどもが死ぬぞ」


「そ、それは……ですが、この街にいたら、危険です……」


「『自由同盟』を信じられないのも分かるが、せめて、明日の朝に出発は延ばせないか?この雨は、明日の朝には止む。雨のなか、ムチャをすべきじゃない」


「……でも」


「それに、あまり早く逃げ出すと、山賊化した傭兵たちが、そこらをうろついているぞ」


「え!!」


「ほ、本当ですか……っ。あ、あなた……」


「だが……フーレン族の略奪が、始まるかもしれない……」


「不安なのは、分かるが。ムチャすれば、アンタたちもガキどもも死ぬぞ。あいつらは、何才だ?」


「……5才と、4才」


「……死なせたくないのなら、雨のなかで逃げるのは止めておけ。『虎』の規律は高く維持されている……略奪の欲に暴走を起こす確率よりも、アンタらがムリして、家族そろって行き倒れる確率の方が、よほど高い」


「……でも。不安なんです……」


「そうだな。それは分かるが、今は家に戻っておけ。アンタも唇が青い。ムリするとアンタも倒れるぞ。そんなことになれば、アンタは家族を守れない」


「……っ」


「……サービスだぞ」


「え?」


「な、なんですか?」


「もしも、『虎』に略奪されたり、不法な行為をされそうになったら、『魔王』の知り合いだと言え」


「ま、『魔王』?」


「ああ。それで伝わる。『虎』と『魔王』は、剣聖の同盟関係がある。オレが死なせたくないアンタたちを、彼らは殺さない」


「本当に……?」


「信じられないのなら、好きにするがいい。アンタたちは自由だよ」


「……少し……家に戻って、考えてみます……」


「お家に戻るんだー!」


「やったー!」


 子供たちは無邪気に遊ぶ。傘を取り合っているから、オットーが傘を渡してやった。


「大人用ですから、扱いが難しい。しっかり持つよつにして下さいね」


「うん!ありがとう!」


「いいえ、どういたしまして」


 オットーはやさしげに微笑んでいた。オレには出来ない表情だ。どうしても悪者っぽくなっちまうんだ。眼帯つけてても、ガラは悪いしな……。


 ……さて。追跡を続行する。四人家族に背を向けて、眼帯を外すのさ。呪いを追いかけて歩き始める。雨を浴びる。まあ、気分が悪くなることはない。オットーもそうだ。探険家は、雨なんかへっちゃらだろう。


 ……しかし。


「なんで、アンタまで傘を差さない」


 そして。どうして、バカみたいにニコニコ笑っているのだろうかね。ブルーノ・イスラードラよ。


「いいえ。共に、雨に打たれてみたくなったんですよ」


「……物好きだな。風邪を引いて死んじまっても、しらんぞ」


「大人ですから、少しぐらいは雨に打たれても大丈夫ですよ……この雨のなかを、旅立つ同胞たちの苦しみも、知っておきたいですから」


「……僧侶も大変だな」


「いいえ。『魔王』殿も、想像していた以上に、大変そうなお仕事です」


 苦笑に唇を歪めながら、オレは呪いを追いかけ始めるのさ。いい年こいた三人の大人が、みんなで雨に打たれてるなんて、マヌケもいいところだが。気分は、別に悪くない。



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