第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その18


「オットー、そこに何がある?」


「……魔獣の革に包まれている何かですね」


 そう言いながら、オットーは魔獣の革を硬く縛っていた紐をナイフで切っていた。革の中には、黒い革の本が出て来た。


「そ、それです!!フィーガロ先生の『研究日誌』ですよ!!」


 骸骨を抱えたまま、エルネスト・フィーガロが叫び声を上げる。オレはそんなバカなと考えていた。こんな近くに隠していれば、『呪い追い/トラッカー』が発動してくれそうなのに……。


 罠か?


 ニセモノ?


 ……いや。そうなのか。理由が分かった。オットーの手のなかにある『研究日誌』。その黒い表紙の本は、『半分ほど』しか中身が入っていなかったのである。


「……『日記』の部分は残っていて、肝心の『研究日誌』の方が、抜き出されているということか」


「ええ。そうみたいですね……」


 オットーがパラパラと本をめくってみながら、そう語る。


「ふむ。どうやら、ここに長く放置されていたせいなのか、湿気でかなり痛んでいます。字も、半分ぐらいしか読むことが出来ませんが……研究のための記述というよりは、これは……『日記』のようですね」


「我々が、是が非でも処分したい部分は、持ち去られているわけか」


「……そ、そんな……!?」


「彼にとっては、この部分は必要なモノではなかったのかもしれません」


「ミハエルには、それは……じ、実の両親も言葉でもあるのに……ッ」


「処分することまでは気が引けたんだろう。だが、ここに隠していた時点で、それほどの興味しかなかったことらしいな。ミハエルには、呪術の部分のみが大切だった」


「……っ」


「……この本の中には、銀行からの手紙が挟まれていますね」


「銀行?」


「ええ。団長、お読み下さい」


「……ああ」


 オットーからその『銀行からの手紙』を受け取る。封筒には、『レントン・ハイズマン』さまへ、『ヒューバード銀行』より……と書かれているな。


 中身は開いているな。レントンが開けた?……いいや、封筒に書かれている日付は、一昨年の11月だった。とっくの昔に、レントン・ハイズマンは死んでいるな。つまり、息子が開けたのだろうよ。


 さてと、読んでみるか―――。




 ―――親愛なるレントン・ハイズマンさま。


 私どもの貸金庫にてお預かりしている品々についてですが……貸金庫の代金が長年、支払われておりません。つきましては、本年の最終営業日までに、未払いの代金を、私どもにお支払いいただくか。


 それが出来ない場合は、その中身を引き取って頂きたいのです―――。




 ……それから先は、未払いの金額についての詳細だな。三年分ほど、払われていないらしい。預けたのは……11年前の日付だな。


 ああ、借りたのは……奥行き40センチの横に60センチの小さなサイズを借りていた。しかも、預けたものの重さは計450グラム。『呪刀・イナシャウワ』は預けていなかった。


「……やはり、『イナシャウワ』も『研究日誌』も、掘り出したのはレントン・ハイズマンのようだ。そして、彼は『研究日誌』を、銀行に預けていた」


「……そんなところに」


「ミハエルにも当然、秘密だったろうな。彼も、それを邪悪な品と判断していたかもしれないが……ブルーノと同じく、処分しなかった」


「ミハエルからすれば、実の父親の日記。出逢ったことのない、父親の言葉を知ることが出来るものですからね……レントンさんも、捨てられなかった……」


「だから、預けていた。銀行の貸金庫なんて、貧乏人のレントン・ハイズマンには縁がない場所だろうからな。ミハエルも盲点だったかもしれない。だが、未払いが祟り、督促状がやって来た……払えるハズもない。既に死んでいたのだから」


 自分が流行り病で死ぬとは、考えていなかったのだろうな。いつか、渡すべき時期を探っていたのかもしれないが……。


「その手紙を読んで、ミハエルは気づいたんですね」


「ああ。育ての父親が、大切に銀行に預けるモノ?……よほど大切なモノだと考えた。自分の出生の秘密を、解き明かせる道具と考えて、引き出しに行ったんだろう。そして、多くのことを知った」


 自分の父親が、どこの誰であったか。ブルーノ・イスラードラが語ってくれた言葉が、嘘ではないと確信することが出来た。


 さらには、より深い闇の存在にも気づいてしまう。自分の父親の過去を知った。『アプリズ3世』という『邪悪な賢者』が自分の実の父親であったことも、知ってしまったわけだ。


 ……凡人なら、ドン引きしてしまうルーツの解明だったろうに。ミハエル・ハイズマンにとって、その事実は、あまり苦にはならなかったらしいな。


 というよりも。


 骨を集めて、この地下室でスケルトンを製造していたことを考えると、『アプリズ3世』の邪悪な側面にこそ惹かれてしまったように見える。


 いや、見えるというか、実際のところ、そうなんじゃないだろうか?


 自分の育ての父親の骨まで使って、スケルトンを組み上げようとしていた?……マトモな人物なんかじゃない。かなりの狂人だし、親不孝すぎるだろうよ……。


「…………っ」


 ブルーノ・イスラードラが青ざめたまま沈黙している。彼にとって、この現実は吐き気を催すほどに辛いものだろうな……。


 事実……彼は、ガクガクと震えている、今にも口から何かを吐いてしまいそうだった。やさしいオットーが、彼のかたわらに寄り添う。


「……ブルーノ司祭、大丈夫ですか?」


「え、ええ……あまりにも、あまりにも、衝撃的なことでしたから。わ、私は……私は、彼の、『弟』のようなミハエルの、多くを……知らなかったんですね」


「……彼は隠していたのでしょう。とても巧妙に隠していただけです」


「でも。み、見破れなかった。それは、私の罪……ああ。ああ、こんなことにならないように、きっと、フィーガロ先生は、私に、私に『研究日誌』の処分を頼んだのでしょうに!……私が先生の言いつけを、守らなかったから……っ!!」


「いえ。貴方も、そして、レントン・ハイズマンも、ただ彼の幸せを願っていた。こうなったことに、責任のあるヒトなんて、いませんよ」


「ああ……オットーさま……っ。わ、私は……私は、どうするべきなのでしょう……」


「……そう、ですね―――」


「―――罪悪感を背負ったとき、男がすべきことは一つだよ」


「団長?」


「……何を、すべきだというのです、ストラウス殿?」


「仕事をこなす」


「……仕事ッ」


「我々の目的を果たすとしよう。その『研究日誌』の半分があるおかげなんだろうよ。『呪い追い/トラッカー』は完成したようだ」


 二つ見える。


 二つの呪いの赤い『糸』を、見つけることが出来るぞ。


 この二つの『糸』を追いかけることで、『呪刀・イナシャウワであったもの』と、『研究日誌』に続いているのさ……。


「謎解きは、もうこれ以上、する必要なんて無さそうだ。見える以上は、猟犬みたいに獲物を追いかけるぞ……そして、今度こそ、あの物騒な『遺産』たちを処分しようぜ?」


「……ええ!!今度こそ、必ず『遺産』を処分します!!」


「ククク!!ああ、その意気だ!!」


 罪悪感を背負った男というヤツは、働き者が多いのさ。男は、そんなことぐらいでしか罪悪感と向き合う術がないからな。


 女性の場合は?……女じゃないから分からない。でも、同じようなもんだろう。やりかけた仕事がある。30年前にすべき仕事だった。そんなものを果たす機会を手に入れたのなら、何があったとしても達成すべきさ。


 とくに、野放しにしておくことで……ヒトを災いの道へと誘うような、呪われた品物たちなんてモノを、処分しようっていう重大な仕事はな―――。



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