第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その17


 推理のような妄想に、全てを頼ったわけじゃない。左眼には、今、『呪い追い/トラッカー』の赤い『糸』が見えている。『墓荒し』を、オレはようやく見つけている。


「……10年前に、アンタがあそこを掘り返すよりも前に、彼は、掘り返していたんだろうよ」


「…………レントンさんなら、私が、口をすべらせた言葉を、聞くことだってあるかもしれません……」


「そもそも、それ以前に、ミハエルがエルネスト・フィーガロの子である可能性を、彼は把握してもいたのだろう」


「どうして、ですか?」


「彼は産婆のミレイと知り合いでもあった」


「……ミレイさんは……口が堅い」


「だが、ミレイも気づいていたハズだな」


「……私は、嘘をついて……彼女には黙っていましたが?」


「子供の嘘だからな、見抜くだろう。あまりにも大事件だったからこそ、事情を察知してくれたのかもしれない。両親と、双子の赤子は殺されたんだぞ?……隠すべき事情があるとミレイは悟り、アンタの芝居に乗ってくれただけさ」


「……ミレイさん」


「彼女は、ご存命か?」


「い、いえ。元々、預けたときも、おばあさんでした。ミハエルが10になるよりも前に亡くなっています」


「……ミレイは、告げていたかもしれないな。ミハエルの出自の秘密を」


「どうして?」


「10年も経っているからな。危険も去ったと考えても不思議じゃなかった。秘密を抱えての人生の辛さは、アンタも知っているだろう」


「……ええ、そうですね」


「それに、フィーガロの子という事実が、ミハエルの利になる可能性も考えていたんじゃないか?」


「……名医でしたからね、フィーガロ先生は……」


「そうだ。彼の子となれば、ミハエルの人生には協力者が現れる可能性があった」


「……だから、ミレイさんは、レントンさんに伝えていた?」


「そうだと思うぜ。そして……レントンやミレイは、子供だったアンタの行動や、言葉から、あの場所を割り出したのかもしれん。子供の秘密基地は、大人にバレるもんだ。アンタ、あの場所に、何度も足を運んでいないか?」


「……っ!!……たしかに。だって、気になりましたから……」


「レントンも貧乏人。あの貧者の墓所に、友人や知人や家族が埋葬されていそうだ」


 墓参りでもしていて、あの目印の岩を、じーっと見つめている少年時代のブルーノ・イスラードラがいたら、何かそこに隠しているんじゃないかと気がつくかもな。


「フツーならば気づかなくとも、事情を知る者たちなら、その行動の意味を勘づくことも出来た可能性はあるさ」


「…………レントンさんは、どうして、『遺産』を……?」


「……あの荒し方には、悪意を感じなかった。レントン・ハイズマンが貧しかったというのなら、何か、フィーガロの『金目の遺品』があるかと考えたのかもしれない。自分のためじゃなく、息子であるミハエルのためになるものが」


「レントンさん……」


 レントンの頭骨を、ぎゅっと僧侶は抱きしめてやる。涙がボロボロとあふれて、その頭骨に雨のように降り注いでいたよ。


「……あるいは」


「あ、あるいは……?」


「……実の両親の品を、軍に入り、旅立つ彼に渡してやりたかったのかもな。それとも、いい鋼を買うための金が必要だったか」


「鋼を買うためのお金、ですか?」


「そうだよ。軍に入り、大陸の果てまで戦をしに行く。危険な旅になるのは事実だ……実力なんぞで出世できるんだ。ミハエルは腕が立つんだろ?……強い帝国兵士には、自前の武器を携帯することが許可される」


「……ミハエルも、剣術を使います。才能が豊かで…………え。剣?」


「レントンなら、息子のために逸品を打てる。彼は、あの『木箱』の中から、『呪刀・イナシャウワ』を持ち出した。『研究日誌』もな……『研究日誌』の行方は分からないが……『呪刀・イナシャウワ』を、彼はどうしたんだろうな?見方によれば、アレは魔力を吸った超一流の霊鉄じゃある」


「……でも、錆び付いていたら?」


「融かして、素材に戻した。そして、新たな刀にする。左利き用の刀か、剣だろう。息子であるミハエルも、他の刀剣と異なり、彼の打った刀剣を指に馴染んだ。気に入るさ。剣術を指に識る男だというのなら、自分の本質に適合する武器を、手放さない」


「じゃあ。『呪刀・イナシャウワ』は、ミハエルの剣に、生まれ変わった?」


「いい鋼だったんだろう。その鋼を、左利きの息子のために、左利きの職人が造り直したんだ。名作が出来そうだな。二人の父親の願いも込められている」


「……レントンさん……」


「……今、分かるのは、それぐらいだな。そして……ミハエルがスラム街の出身者としては、異例の出世を果たすほどに、戦場で暴れ回ったというのならば、新たな姿になっていた『呪刀・イナシャウワ』は血を吸った。エルフとの戦も、南では多かったと聞く」


「エルフ族は……魔力が多い。誰もが、魔術師のようなもの……」


「そうだな。彼らの魔力を、『新たなイナシャウワ』は吸いながら、呪力を取り戻していったのかもしれない。そして、その『呪刀』を使っていれば、彼もその『呪刀』が尋常なものではないと気がつく。興味を持ったかもしれない。呪術の品にな」


 独自研究か、あるいは帝国軍内の呪術師や魔術師に知恵を借りたのかもしれない。どうあれ、力と出世と身分を渇望する男であるのなら、『呪刀』を、より使いこなそうとして、色々と調べたんじゃないだろうかね……。


 そして。


 呪術に興味を持ち、学んでいたのかもしれない。


 その挙げ句……。


「……2年前に、アンタから、自分が『エルネスト・フィーガロ』の子であることを聞かされたわけだな」


「はい……言わなければ、良かったのでしょうか」


「どちらにせよ、運命は変わらなかっただろう。彼は、故郷に戻る度に、密かに探していただろうからな、父親の『呪刀』の秘密をね……なかなか見つからなかったのかもしれないが……やがて、見つけた」


「……2年前からは、ミハエルは『ヒューバード』が主な仕事の場でしたから……彼は、そのあいだに、『遺産』を見つけた?」


「そうだろうな。そして、呪術を実践したんだろう。『呪刀』で得た魔力と、『呪刀』を調べる間に培った呪術の知識―――そして、呪術の奥義書みたいな『研究日誌』。それらが集まることで、彼は変わっていたようだな」


「……ミハエルは、いつも変わりませんでした。いえ、昔よりも、怒りっぽくなっていたかもしれない。でも、それは……職場の環境や、出世レースのストレスだと考えていた」


「それらもあったのだろうが、本格的に変わっていたのは、『研究日誌』を見つけた後からだろうな」


「……っ。あんなもの……ッ。焼き払えば、良かったんです……」


「そうだな」


 慰める言葉もない。だから、素直に同意していた。ブルーノ・イスラードラが、『アプリズ3世』の―――いや、エルネスト・フィーガロの言いつけを守っていれば。世の中に邪悪な呪術の魅力に取り憑かれる愚かな男の誕生を、一人分ぐらいは防げた。


 そう指摘することはしない。


 なにせ、指摘するまでもなく、ブルーノはその事実を背負っているから。怒りと失望と後悔と懺悔、彼の苦悶のシワが走る顔には、ヒトの業や苦しみってものが、凝集されているみたいだったよ。


「……とにかく。『呪い追い/トラッカー』は完成している」


「呪いを、また追いかけられるのですね」


「そうだ。コイツは、『新たなイナシャウワ』の能力を使われているんじゃないかな。ミハエルの呪術は、それほどに優れてはいない……経験不足だ。雑で、自己顕示欲が走っている。プロフェッショナルとは言えないな、コイツを作った時点では」


 足下に転がる、獣とモンスターの骨の山を見る……。


 未熟を覚えるが。


 狂気は一人前以上。


「……コイツを閉じ込めていた以上、処分に困るレベルのアンデッドを作った。『呪刀・イナシャウワ』の能力ナシには、出来ないはずだぜ……」


「『呪刀・イナシャウワ』が、コレを作ったということは……それの痕跡を、ストラウス殿が追いかければ……?」


「ああ、見つかるだろうよ。新たな『イナシャウワ』には、辿り着く。そして、この複数の骨を混ぜるやり方は……『研究日誌』に書かれていた呪術の形式だろう。そちらも、読めると思うぜ…………あとは、もう少し、情報に触れれば……」


 ……オレは、オットーに頼る。


 三つ目の力を用いて、この地下室を探してくれていたからな。彼ならば、何かこの短時間のあいだにも、オレの探索のヒントとなる情報を得てくれているかもしれない。


 オットーを探す。


 彼は、この深い闇と深い呪いに満たされた暗い場所で、壁の一部を凝視していた。そして、彼は、壁を構成するブロックの一つを、引っこ抜いていたよ……隠された場所が、また一つ明らかにされそうだ。



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