第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その14


 床にしゃがみ込む。片膝を突きながら、錠前に鍵を突っ込んで行く。モノは試しだ。そして、時には都合が良い時もあるらしい。錠前の内側で、鍵がくるりと踊ったよ。


 ガチャリ。


「開きましたね!!」


「……ああ。つまり、ここに鍵をかけたのはミハエル・ハイズマンだろうな。そして、この地下で何かをしていたのも……なあ、オットー」


「はい、なんでしょうか、団長?」


「鍵をかけることには、二つの使い方があるよな……」


「……ええ」


「あのー、二つもありますかな?」


「……あるよ。扉が開かなくするためって意味では一つだけどな。誰のために、使う?」


「……ええと。もちろん、住民でしょう」


「そうだな。『外からの侵入者を防ぐ』。その言い方をすれば、分かるだろう?」


「……外からではないなら…………そ、そう、ですね。確かに、鍵のかけられた扉は、二つの使い方がありますね」


「ああ。『内側に何かを閉じ込める』だ。『牢屋』なんかは、まさに、そのパターンの典型だよな」


「家の玄関近くの足跡の謎は、これで解決しましたね」


「ミハエルが、来てすぐに帰った理由も分かった。彼は……見に来たんだな。ここに『閉じ込めているモノ』が、外に出てはいないかを。二重の丈夫な鍵で、この下にいるヤツを閉じ込めていたのさ。出ていないと悟ったら、すぐに戻った」


「い、一体、何が?」


「それをこれから調べるんだ。ブルーノは、オレたちの後ろにいろよ」


「ええ。その方がいいです。すぐに戻った理由は、近寄ると刺激する存在だからかもしれません」


「ほ、骨、なんですよね?……この下にあるのは?」


 青ざめた顔を、ブルーノは足下に向けている。床に埋め込まれた、頑丈さだけはありそうな扉に……。


「そうです。つまり、スケルトンの類いが、ここに放置してあるのだと思います。彼は、『研究日誌』を継承していたんでしょうね」


「そして、そいつを誰もいなくなった実家の地下で実験していた」


「バカな!!そんなこと、あ、あ、あるはずが―――」


「―――無いとは言い切れんだろ」


「……っ!?」


「ブルーノよ、欲深くないアンタでも、好奇心が存在していた。そして、あの邪悪な『研究日誌』を読んでしまったな」


「……ええ」


「ミハエル・ハイズマンは、野心家であり、軍人だ。出世したいと考えていた。そういう男は、何だって使うんだよ。強大な呪術。使い用では、大きな武器になる」


「それは……」


「アンタは、あの『研究日誌』の真に邪悪な部分までは、汲み取れなかったかもしれないな。子供だったから。でも、ヤツらのアンデッドは、軍事転用も可能なレベルだ。高度に術者の言うことを聞く、犬型のスケルトン。そんなものも用意していた」


「そんな……じゃあ、ミハエルが、呪術を……いいや、アンデッドを、兵器として使おうとしていたと?」


「可能性はあるさ」


「信じたくない…………でも、『信じたくなる嘘』、なのでしょうか……これも……っ。私が、ミハエルに抱いていた人物像も……」


 不安げな顔をしているな。ミハエルは、彼にとって『弟』。あるいは、奇跡の子。そして、家族愛の象徴でもある……。


 それだけの色眼鏡をかけて見ていれば、本性を見抜けなくとも不思議ではない。


「……ミハエル。あなたは、どんなヒトだったんですか……?」


「オレにだって、分からん。だが、真実の一端が、この地下に眠っている。とにかく、降りてみようぜ。全ては、情報を集めてからだ。オットー、開けてくれ!」


「了解です!」


 オットーが、その指と強靭な腕力を使って、かなり重たい木の扉を持ち上げていた。


 床の一部に暗がりが生じていたよ。深い穴が見える……とても暗いな。


 さてと、アンデッドの中には、生者の放つ息から魔力を吸い上げるようなヤツもいる。


 ……つまり、『死んだフリ』をしていて、侵入者を感じ取ると、いきなり動き始める、地雷みたいなヤツだよ。


 コイツもそうなのかもしれん。なら?……エサを放ってみようじゃないか。


「オレが降りてくる。オットーは、ブルーノを頼む」


「イエス・サー・ストラウス!」


「……ちょっと、大丈夫なんですか……?」


「オレが、十数人の山賊を、一方的に殺し回っていたのを忘れたのか?」


「……いいえ。あんな光景は……」


「つまり、大丈夫ってことだ。むしろ、この狭い地下室に複数人で降りるよりも、一人で行った方が動きが確保出来るだけマシってもんだよ」


「……なるほど。そう、ですね。私は足手まといでしょうし」


「戦士は、前衛で仕事するのが誇りなんだよ。それじゃあ、行ってくる」


「お気を付けて!イースの加護が、貴方にありますように!!」


「ククク!……ああ、イースの加護があれば、安心だよ!!」


 そう言い残して、オレは暗闇のなかへと飛び降りていた。その深さは、3メートルほどだ。これぐらいの高さなら、蛮族の骨は痛みも感じない。


 床に着地した。


 この床は……石が敷き詰められているのだが、わずかながら水が貯まっている。雨水が、流れ込んでいるのだ。かなり、長いあいだ補修されていない……。


 オレは……魔眼を使い、闇のなかを見回していく。


「なにか、いましたかー?」


「まだ、襲って来ない」


 だが。竜太刀は抜いておく。抜き身の鋼を構えたまま、オレは静かにそこを歩いた。ゆっくりとな……ああ、『骨』を見つけてある……『骨』を見つけてはいるんだ。


 この地下室の壁に、くくられているようだった。


 ……ふむ。


 しかし、『何』だろうな、コレは?


 ……魔力を感じることはない。呪術は……すでに切れているのかもしれない。ならば、安全なのか……本来ならば、頭骨あたりを破壊することで、アンデッドとして蘇り、暴れるのを防ぐべきなんだが―――。


 ―――この骨は……何だろうか?見たことがない、骨……?確かに、巨大な獣のようだ。いや、これはモンスターの類いの骨かもしれない。その骨の表面には、呪術を刻んでいるな。


 黒い文字で、呪術が刻まれていた。しかし、その技巧は未熟だったようだ。もはや動力はすっかりと失われている。オレの生者の息を吸っているだろうし、オレから放たれる魔力を浴びてもいる……。


 本職が作った、スケルトンならば、とっくに動き始めているのだろう。だが、コイツは試作品だったのかね……?あるいは、『複雑なスケルトン』だから、術が切れてしまうのも早かったのかもしれない。


 ……とにかく。


 コイツの呪術は枯れている。


「危険はなさそうだ、興味があるなら、降りてくるといい」


「え、ええ!参ります!」


 ブルーノは勇敢だな。『弟』の邪悪な側面と遭遇することになるというのに、怯まなかったよ。


 オレは、狭い地下室に色々と置かれているモノの中から、太いロウソクを見つける。それに『炎』で火を灯すと、近くのテーブルの上に乗せた。火事になる前には、消すつもりだ。


 ブルーノ・イスラードラのために、灯りは必要だろう。彼は、暗がりでは見えないからね。灯りが地下室を照らし……オレは、気がついた。


「おい。ブルーノ、飛び降りなくていいぞ。ハシゴがある。こいつを、そこにかけてやるよ」


「あ、ありがとう。ストラウス殿」


「気にするな。ちょっと、アンタにサービスしておきたい気持ちだ」


 そうだよ。この地下にある『複雑なスケルトン』を見たら、彼は悲しむだろうからな。


 オレは、彼のためにあの穴にハシゴをかけてやる。彼の太めの体が、そのハシゴを軋ませながら降りてくる。


 動きに軽やかさはないが、双子の鐘を鳴らすために、ハシゴにはよく登っているからか。太った中年の割には、しっかりとした手脚の使い方で降りて来た。ケガなく、この地下に降りることが出来て、幸いだったな。


 オットーは、軽やかに飛び降りてきた。さすがは、猟兵だよ。


「どこに、あるんですか、その『骨』は……」


「……こっちだ。これが、おそらくミハエル・ハイズマンが、『研究日誌』を参考にして製造した『オリジナルのスケルトン』……」


「……何の、骨ですか……?」


「コイツには、色々と混ざっていると思うぞ。複数の獣の骨。牛、馬、クマ……そして、よく分からんモンスターの骨。とどめに、『コレ』だ」


 オレは人差し指を、そのさまざまな動物の骨が組み合わさった物体に向ける。それが何のかは、ブルーノ・イスラードラにもすぐに分かった。


「……人骨!!」


「ああ。ヒト族の骨だ。種族までは、よく分からんが……男。あるいは、巨人族の女性の骨といった大きさの、頭骨だよ……なあ、この人物は、『誰』なんだろうな」



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