第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その15


 それは何とも不気味な存在だった。ロウソクの放つ光に照らされて、それをより正確に見ることが出来た。だが、その分、狂気の産物であることへの認識が深まるだけであった。


 複数の動物たちの骨で組まれたであろう、それ。


 狂人じみた芸術性が発揮された置物。そうだとしても気持ちが悪いシロモノであるが、おそらく真実は、より酷いものだな。


「……脚は、馬の骨だろう。長く太い」


「ええ。そうみたいですね。そして、腕は……モンスターのものでしょう。やけに長く、妙に歪んでいる」


 オットーも分析してくれるので助かる。


 この狂気の産物を、オレだけで分析するのは辛い作業だった。


「胴体のあばら骨から見るに、上半分は洞穴熊だ。大きく、頑強な胴体。そして、ヒトの骨格にも似ている。だからこそ、『腕』を取りつけられたんだろう」


「この腕……武器を使うためでしょうね」


「おそらく。コイツを労働者として雇うつもりはなかったと信じたい」


 複数の獣から合成されたスケルトン。そいつに何をさせたかったのか……?どうしたって、平和的な利用法からは遠ざかる気がするな。


「胴体の下半分は、馬だろうな。背骨は曲がるように連結されている。極端な前傾姿勢になる」


「敏捷さを重視した造りなんでしょうね。力学的に正しいかはともかく、呪術もまた儀式で編まれています。術者がそのイメージを深く練り上げるほどに、その呪術もまた鋭さを増す」


「……じゃあ。この怪物は、そ、その……とても速く走った?馬並みに……?」


 口元をハンカチで押さえて、吐き気と戦うブルーノは、青ざめた顔ながらも質問してくる。


 彼も好奇心が強い男なのかもしれない。


 こんなワケの分からない不気味なものから、逃げることがないのだからな。


 『弟』の正体を知りたがっているのだろうか?……勇敢なことだと思うぜ。自分の『家族』の邪悪な真実を知るなんて、とても辛い行いだろうに。


「……コイツは、そうだ。おそらく速く動いた。あるいは、速く動かそうとしていたわけだな。スピードがあり、耐久性も高く、おそらく攻撃力もある」


「も、モンスターの腕の骨を、つけたんですもんね……ッ」


「ああ。この骨の先にある……巨大な爪……こいつは、四本指だが……」


「そこだけでも、二、三種類の骨が、組み合わされています。骨に見える魔力の質がバラバラですから。それに、関節部分も乱暴に接着されている……」


「そうだな。石膏か、モルタルか……なにかで、骨の欠片同士をくっつけている。呪術師として完成された人物は、こんなことをするのか……?」


「スケルトンになれば、骨同士が魔力で連結される。バラバラに放置していてもいいはずですが……コレは、展示しようという願望があるのでしょう」


 展示。


 オットー・ノーランのその言葉に、嫌悪感を覚えると同時に、なんとも納得が行った。壁に赤く錆びた鎖と、鉄杭により、吊され、打ちつけられている、この不気味な骨格からは、『見てくれ』という意志を感じるのだ。


 そうだ。


「コレは、ミハエル・ハイズマンにとって、ただの道具じゃなかった。一種の作品。自分の能力を見せたかったわけか」


「だ、誰に、コレを?」


「自分自身にだろうな。自己満足にひたりたかったんだろう」


「コレを、ミハエルは眺めていた!?そ、そんな……きょ、狂人の発想だ!!」


「狂っていたんだろう。こんなコトを、あまり健全な精神の持ち主は実行しない」


「そんな……彼は、いつだって紳士的な人物だった……」


「……だが、願望があったのさ。出世欲は強く、力と、偉大な血脈の一員である『証』が欲しかったんだろうよ」


「偉大な血脈っ。そ、それは、つまり……フィーガロ先生の、子供であるということ、ですか……?」


「それもあるだろう。しかし、それを公的に証明する証拠は、かなり難しい。昔馴染みの仲がいい司祭の証言というだけでは、どうにも根拠として弱いな」


「……た、たしかに……」


「だからこそ、せめて自分だけでは納得したかったのかもしれない。自分がエルネスト・フィーガロの息子であることを」


「……スケルトンを、合成することで、先生の息子の証になるんですか……?」


「正確には、ヤツが求めた血脈は……『アプリズ』だろうがな」


「……っ!?」


「あの狂った邪悪な集団……しかし、強大な呪術を操る連中。偉大なる血脈。偉大なる魔術師たちの血脈。偉大なる賢者の血脈……精神性や哲学はともかく、その能力だけで評価したのならば、彼らは確かに偉大な部類に入るのさ」


「……そんな。でも、彼らは邪悪な集団でもあった…………」


「そうだな。それでも、力と地位に飢えている男からすれば、己の血脈として認識することが出来る、事実だろう。彼は……」


 そうだな。


 きっと、見たこともない彼は……。


 あの奇跡の赤子は……。


 ミハエル・ハイズマンは……。


 なりたかったのさ。


「……『アプリズ4世』」


「……っ!!」


「その存在になりたかったのだろうよ。少々名のある、すばらしい産科医よりも、大きな力を宿す名かもしれない。あくまでも彼にとってはな」


「狂っている……」


「そうかもしれない。だが、それだけ必死なんだ。男が、一生を賭けて求めるモノだ。そのためなら犯罪だろうが、邪悪な手段だろうが、何だって用いるさ」


「……罪深いですね、欲望というものは……」


「そうだな。否定はしない」


 だが、その欲望があるからこそ、ヒトは大きなことを成せるのかもしれない。欲望はあらゆる願いの根源に在るものだから。


 そして。


 ……たしかに、僧侶殿が言う通りに、邪悪で罪深い。


「……力を渇望していた。そして、それなりに呪術を独学で行えもした。おそらく、オレの読みではたった二年のあいだで、こんなモノを組み上げた」


「え?……十年前では……?」


「そうじゃないと考えている。まあ、ハッキリとした証拠はないがね」


「そ、そうですか……」


「アンタを納得させられなくてすまないな。だが、オレも本職の探偵というわけではないのだ。許してくれ」


「許すもなにも……貴方は、悪くないです。それに、必死に考えて、行動しておられる。私など……ろくな行動もしなかった。先生の言いつけを守りたかったのに。平穏な日常に、呑まれて、行動しなかった」


「乱世だからな、僧侶も忙しいさ。それに、本来なら、アンタのようなマトモな人物が、こんな狂った事件に関与すべきじゃないと思うぜ」


「ですが、『弟』のことです。それに、先生から託されたこと。私は……もっと疑うべきでした……だって―――」


 ブルーノ・イスラードラの指が、その死者に触れる。


 呪文が刻みつけられた、ヒトの頭骨にだ。


 彼は、イース教の司祭ならではの慈しみの感情を指と顔に宿したまま、やさしく、その汚された骨に触れる。


 やさしく、いたわるように、その頭骨に触れるのだ。


「―――彼は、ヒトを殺めたのでしょうか。その欲望のために。あるいは、どこかの墓から、この人物を盗んで来たのでしょうか……だとすれば、すみません。言葉では償えきれぬほどの罪……ですが、すみません、私の『弟』が……」


 僧侶は抱擁する。


 その汚れている骸骨を。


 大いなるやさしさと、後悔と、懺悔と、そして……何より、この被害者の冥福と安らぎを祈り。


 それが、きっと『儀式』となった。


 聖なる者に慈悲の涙と共に抱きしめられたとき……この合成スケルトンは、ゆっくりと崩れていく。骨を連結して留めていた魔力が、完全に消失した。呪われた骨どもがバラバラと崩れていく。


 カランカランと叩き作られた床石と共に、音を放つ。解放された骸たちが喜んでいるようにオレは思えたよ。



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