第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その13


 ……まずは、ミハエル・ハイズマンの部屋から調べたよ。先にそこをブルーノに案内されたからであり、あえて、こちらから選んだというつもりはない。


 だが、調べる前からある程度、予測は出来ていたな。およそ何も無かった。あらゆる痕跡を消し去りたいかのように、そこには何も存在しないのだ。あったのは、一部の家具だけであり、個人を特定することが出来るような、個性的な品はどこにもなかった……。


「……冷たい印象の部屋だな」


「何も、ないですね」


「……いや。私が、かつて来た時は……彼は、もっと……」


「昔のハナシだろう」


「……はい」


「ミハエルは、この家での記憶を、好ましく思ってはいないのかもしれないな」


「そんな!?そ、そんなことは……」


「彼は、帝国軍で苦労したんだろう?」


「は、はい……たしかに、出世レースで苦労したと。自分の出自が、庶民であったせいで何年も出世が遅れたと……本来ならば、『遠征師団』の将や、その副官にもなれた。彼はそう主張していました」


「『侵略師団』の将とは、大きく出たなスラム育ちが」


「……それに見合う才があると、彼は信じていたのではないでしょうか」


「誇大妄想とも言い切れませんよ。事実、彼は『ヒューバード』で2万以上の軍属を指揮下に置いた。もしも、彼が貴族の家柄なら?」


「……もう一つか二つ、あるいは三つほど、階級を高望み出来たかもしれないな」


「ええ。そうなれば、『侵略師団』の将や、その副官というのも、あながち無いハナシではありません」


「優秀だからこそ、劣等感も強かったのかもな。自分が……このスラム街で育ったことに屈辱を感じていたのかもしれない」


「でも……いえ…………そうかも、しれません」


 ブルーノは、とても悲しそうだった。捨て子だった彼からすれば、このハイズマン家の貧しい暮らしでさえも羨望の眼差しを向けるべきものであったのかもしれない。


 ……家族がいる者には、おそらく、このブルーノが抱える『孤独』の痛みは理解することなんて出来ないだろうな……。


 もちろん、オレにも出来ない。捨て子だった男の痛みを、分かってやれるとは、とてもじゃないが軽々しく口にすることは難しい。想像でしかない、実際の苦しみや痛みとは、ずいぶんとマイルドなものになっているだろう……。


「……愛を、家族の愛を持っていても……ヒトは、幸せにはなれないのでしょうか」


「その愛があってもなくても、幸せになる者もいれば、不幸になる者もいる。そんなことは、オレよりも僧侶のアンタが知っているのではないか?……富める者も、貧しい者も、アンタは色々と見て来ただろう」


「……ええ。たしかに、私は、色々なものを見てきました。不幸な者たちも、幸福な者たちも。貧者も金持ちも。そうですね……貧しくても、幸せな者もいれば、富んでいても不幸な者もいる…………世の中は、とても複雑です」


「……この部屋は、これでいいだろう。ミハエル・ハイズマンは、過去を処分しようとしていた。この徹底ぶりでは、もう何も残しちゃいないだろう……」


 2年前。


 2年前に、この部屋を空にしたのかもしれない。自分が高名な医者の息子だと知ってしまった、そのときから、彼にはハイズマン家の思い出なんて、いらなくなったのかもしれない。


 それでも。


 それでも、ここに鍵をかけていた。


 ……最近まで、『遺産』のどちらか、あるいは両方を、ここに保存していたのだろうか?……まだ、『呪い追い/トラッカー』を発動することは出来ない。


 とにかく、情報を集めるべきだな。


 隣の部屋に行く。そこはハイズマン夫妻の部屋だ。ここには対照的に、色々な家具や古い本や小物なんかが、そのまま残されている。


「自分のモノは捨て去り、両親のモノは残したというわけか……?」


「……夫妻の思い出の品までは、捨てられなかったんですよ。ミハエルだって、孤独にはきっと耐えられない!!」


「……そうかもな。ここが、最後の部屋か?」


「あ、あとは、小さな地下室と、屋根裏があります。何かを隠そうとするのなら、その辺りになるのでは……?」


「……屋根裏と地下室か……まあ、まずはこの部屋から調べるとしよう」


「ええ。団長は、本を調べて下さいますか……日記でもあれば、過去を知ることが出来るかもしれない」


「そうだな」


「あ、ありますかな?……も、もしも……ミハエルが、本気で自分の過去を処分しようとしていれば、夫妻の日記も処分するかも……っ」


「……さみしがり屋には、出来ないさ」


「……っ!……そう、ですよね」


 そうであって欲しいと、信じたいのかもしれない。孤独な生まれのブルーノ・イスラードラは、家族の絆を信じたがっている。その絆の強さを知ることが、捨て子であった自分の慰めでもあると。


 ……仕事に移ろう。


 オレは書棚を漁り、品物を調べたよ。本の中身までは、オットーだって三つ目で探ることは不可能だからね。


 それらを読んでいく。いきなり、『研究日誌』があるなんてコトは無いだろうが……。


「ところで、『研究日誌』は、どんな形状をしている?」


「形も知らずに、探されていたと?」


「呪術が残っているからな、近くにあれば見抜けるからね」


「なるほど。黒い背表紙の本です……」


「『ブック・カース/本の呪い』付きだったか。悪意ある者が触れたら、燃えてしまう。証拠隠滅の仕組みだな」


「ええ。だから、きっと、アレだけは悪しき者の手には―――」


「―――呪いってのは、『儀式』で崩せる」


「え?」


「聖職者であるアンタが、子供の時に何度も、それには触れただろう?……そうすることで、呪いが弱まることも考えられる」


「そ、そんな!?……あ、ああ……私は、なんてことを……」


「責めるつもりはない。それよりも、アンタも本を漁るのを手伝ってくれ。ページの間なんかに、メモを隠すヤツだっているだろ?」


「はい。では、右の方から、私は調べますね」


「ああ、手早く漁れよ」


 そう言いながら、オレは古びた本を逆さにして、叩きながらブンブン上下に振ってみた。そんな行為を何冊もの本に仕掛けていく。ロロカ先生がいたら、叱られるかもしれないが……全てを丁寧に調べるわけにはいかん。


「ちょっと、ストラウス殿?故人の遺品ですぞ……?」


「わかっている。だから、壊さないように心がけて…………」


「……?どうか、いたしましたか……?」


 振り回していた本の表紙に、違和感があった。ブンブン降っていると、妙に重たく感じてしまう……。


「何か仕込んでるな」


「え?」


 魔眼を使うまでもない。背紙の裏側に、『何か』を感じる―――ブルーノには悪いが、壊すことにしよう。『趣味の園芸第四巻』。これを壊しても、別に誰も怒らないような気がしている。


 ビリリリリリイ!!


「ああああ!!」


 指で本を引き千切る。いや、正確には、背紙を縦に裂いていただけだ。ダメージは最小限にしたつもりだったが、ページがバラバラと床に落ちてしまう。ああ、その中からは、細い鍵が出て来たな……。


「……な、なんですかね、その鍵……?」


「……オレに訊くべきじゃないだろ?……訊かれたところで、何が何だか、分かるわけがない」


「それは、たしかに、その通りでしょうけれど……?」


「……コイツ、どこの鍵かな……オットー?」


 黙りこくっているオットーを見る……?


「あれ?」


 そこにオットーはいなかった。どこに行ったのか?……オレは、その鍵をポケットにしまい込み、部屋から出る。狭い家だからな。すぐにオットーを見つけた。オットーは、口元に手を当てながら、三つ目を開いていた。


 そして、地下を見ている……。


 そうだ。彼の視線の先には、地下室へとつながるフタがあった。そして、そこにも錠前がかけられているな……。


「……その鍵、ですかな?」


「……それは別にいいが」


 気にすべきはオットーの表情。冷静沈着でやさしい彼が、嫌悪を浮かべているようだ。


「何が、あるんだ、オットー?」


「……何が、というか…………多分、この下には、何か、大きな獣の骨があります。いや……これは、獣というか…………」


 オットーが答えられずに押し黙る。オレは、この下に潜るべきだろうな……百聞は一見にしかずだ。ろくなものが、無いだろうって予感はしているがな……。



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