第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その10
呪いの痕跡を示す赤い『糸』が、金色の左眼に映る。『墓荒し』についての情報が、それなりに手に入ったからだろうな。
『呪術の知識を持たない人物』、『左利き』、『おそらくヒューバード人』、『ミハエル・ハイズマンかもしれない』、『あるいはオレの予想している人物かもしれない』……『このブルーノ・イスラードラから情報を得て、ここを掘り返した』。
それらと、『リネン/亜麻布』のシーツとロープに残存していた呪いを連想させる魔力もか。これは予測ではなく、確実な物的証拠だろうな。
とにかく『呪い追い/トラッカー』は成立したようだ。赤い『糸』は細く、雨に打たれると揺らぐような弱さではあるものの、たしかにこの『木箱』から東へと向かい伸びている。
そう。予想している通り、東にな。
「……街の方角に向かっているな。呪いの痕跡は……」
「では!やはり、ミハエルが!?」
「そいつは断言することは出来ん。あくまでも推理の結果だ、信じ過ぎるな」
「え、ええ。でも……」
「とにかく。今は追いかけましょう?」
「そうだな……そう、なんだが」
「……何か問題があるんですか、団長?」
「……ああ。これは、何というか……現在進行形の痕跡ではないかもしれない」
「え?」
「いや。『呪刀・イナシャウワ』に喰らいついている割には、何だか弱くてな……」
赤い『糸』が、薄い。
こちらの得ている情報が少なすぎて、呪眼の力が完全に働いていないのか?……それもあるかもしれないが、オレの感覚を頼れば……コイツは……。
「10年以上前のいつかに、『呪刀・イナシャウワ』が持ち出された時に、その呪われた鋼からこぼれ落ちるように放たれた呪い。そんなものを、見ているような気がするな」
「……つまり、呪いの『足跡』ということですか?」
「言い得て妙というヤツかもな。そうだ、おそらく、コレは『イナシャウワ』本体などではなく……その『足跡』を見ているのだろう」
「……ふむ。僧侶である私には、呪術というモノはイマイチ分からないのですが……とりあえず、それを追いかけることで、状況に進展が見られるということですかな?」
「ここで、雨に打たれているよりは、よっぽど生産的だな」
「そうですか!……では、さっそく」
「ああ―――」
「―――この遺品を『木箱』に詰め直し、埋めてから探索を継続しましょう」
「……僧侶だな」
「僧侶ですから。このまま放置して行っては、死者たちが浮かばれません。戦士の道にも反しませんか?……貧者の遺品を荒らしたままにするなんて?」
「フフフ。反論の余地はありませんね、団長」
「……分かったよ。さっさと、埋め直すとしよう。オレたちは、『墓荒し』じゃないんだもんな」
「ええ!そうでなくては!」
……僧侶は、祈りの言葉を口ずさみながら、遺品の整理を始めたよ。オレはがさつな指で、オットーは繊細な手つきで、遺品を『木箱』のなかへと納めていく。
貧者の遺品をないがしろにするつもりは無かったが、後からでも良くないか?あるいは、僧侶たちに依頼するとか……いや、掘り出した我々が、その責任を全うすべきか、可能な限り速やかに……。
オレたちは遺品を『木箱』に詰めると、それを埋め直した挙げ句、目印代わりの石をそこに載せていた。いつか……『木箱』が腐るとき、この石は大地に沈むのだろうな。
……時の経過のさみしさを、感じさせるな。
あらゆるものが、滅びるのだ。長い時間が過ぎ去ると……。
「さて!ストラウス殿!」
「ああ。今度こそ文句はないな?」
「お願いします!……30年前の約束を、私に果たさせてください。フィーガロ先生の名誉のために、あの『遺産』を回収して……処分しましょう」
「そうだな。それに、彼の名誉のためだけじゃない。呪術を平気利用させないためだ。あの呪術の材料にされるのは、ヒトなんだからな」
「……ええ!」
そうだ。ヒトが材料になる。正確に言えば、ヒトの『遺体』がな。アンデッドを製造するための呪術なのだから……。
困ったことに。
『ヒューバード』には、未だに埋葬されることも、火葬に処されることもない、人間族の死体が、一万を超える数で存在しているのだ。
……こんな呪術を追いかけているせいなのか、オレは、どうにもイヤな予感がしている。兵器転用にも使える、高度なアンデッド化の呪術。
そんなものを戦場に持ち込めば、どんなことになるのか……?
想像するだけで、髪の毛を打つ雨よりも冷たい汗が流れてしまう。おそろしいハナシだよ。この不安は、あの『遺産』どもを片づけない限り消えることはないだろう。
「急ぐぞ。オレについて来てくれ、二人とも」
「了解!」
「わかりました!」
いい返事だな。オットーはオレと同じ感情だろうし、ブルーノにいたっては、10年前に失われてしまった、エルネスト・フィーガロとの約束を果たすチャンスだからな。そりゃあ、気合いも入るというもんだ。
オレは、降り注ぐ雨に揺さぶられている、古い呪いの痕跡を睨む。赤い『糸』は細く、弱々しい。十年以上は前の痕跡だからな、弱くて当然と考えるか―――十年以上経過しても、残存するほどに、『呪刀・イナシャウワ』の呪いは強いと怯えるべきか……。
……とにかく。
追いかけるのみだ。
猟兵の脚が動き始める。貧者の墓所の土を踏み、ゆっくりと東に向かって歩いて行く。その道程は静かなものである。雨の日の薄暗い林のなかを、黙したまま歩くか。何ともさみしい行為だった……。
その静寂を嫌うかのように、あるいは、ただ、この薄い痕跡を追いかけることに慣れ始めただけなのか。オレの脚は自然と早歩きになっていく。
……まあ、走ったところで、この痕跡を見失うこともなかろう。そもそも、迷うハズもない。
かつて『墓荒し』は、『呪刀・イナシャウワ』を抱いて、この道を歩いた。『ヒューバード』からやって来て、『ヒューバード』へと戻ったわけだ。
衛兵に怪しまれなかったわけだな。街の者が、鞘に入った刀を持っていたとして。いや、上手く隠していたのか?……処分する予定であるのならば、わざわざ、持ち帰らない。
……処分する予定では、無かったのか。
そんな予想が頭によぎると、『呪い追い/トラッカー』の赤い『糸』が、ほんのわずかに濃さを増したような気がしたよ。予想が当たっているのかもしれんな。
……まあ、それ以上の推理は、とりあえず止めておくとしよう。思い込みは、視野を狭くする。ブルーノ・イスラードラを見ていて、再確認することが出来た。
情報を追いかけている最中に、推理や予想なんていう不確実なモノには頼らないようにしよう。
雑念である。
そんな雑念を抱くヒマがあるのなら、オレは周囲の状況でも睨みつけておくべきなのだ。
道を睨み、遠くに見える『ヒューバード』をチラチラと睨む。まるで地面の臭いを嗅いで獲物を探している猟犬のようだったな。
もしも、今のオレとすれ違う者がいれば、その悪態っぷりに恐怖を覚えていたかもしれない。だが、雨のせいか―――あるいは、戦が終わった翌日のせいか。この道を通る者と遭遇することなく、オレたちは『ヒューバード』にまで戻っていた。
城門を通過して、そのまま街路を進む……いや、すぐに、右折したな。メインストリートから隠れるように、北へと向かう。細い道を選んだようだ。身を隠したがっていたらしいな、『墓荒し』は。
誰かに追われていた?
それとも、ただの罪悪感かな。
細く、狭い道を歩く。地元民しか入らないような道だろう。そして、北に向かうか。この街の北ってのは……。
「……スラムのある方向か」
「ええ。こちらは、そうなりますね」
「……スラムにあるのかな、ハイズマンの家は……?」
「……ええ。あそこは家賃が、とても安いですから。メインストリートに店を出せれば、腕の良し悪しに関係なく、それなりに儲かるとの噂ですが……」
「スラム街にある、『隠れた名店』では……儲からなさそうだ」
「はい。残念ながら……」
「……商業っ気の強い街ですから。職人よりも、商人の方が生き残るんでしょうね」
「職人の腕よりも、商人の口の方が、儲けを有む土地か……商業都市らしいな」
……オレもそのうち王になるのだ。商業の勉強も、何らかの糧になるだろう。儲かると言うことは、質を捨てることなのだ―――悲しいことに、そんなものさ。安く質の悪いモノを、より高く売った者が商業の勝者だ……。
……オレは、なにか、その行為を下らないと掃き捨てたくもなるが、王は商業を活性化させなければならない。法律を作ることで、『質の最低ライン』を設けるとかな。法律ってのを、バカバカしいと思う時もあるが……ヒトの悪意を律するには不可欠なもんだ。
……社会勉強が過ぎるな。
呪いを追いかけよう。
まあ、北に向かうほど、道は小さくなる。そして、反比例するように『糸』は太くハッキリと見えてくる。近づいているようだな……おそらくだが、『墓荒し』は自分の家に戻ったのだろう。
そうて。古過ぎて、石畳が緩んだスラム街に入ったよ。崩れた石の壁やら、空き家となったまま長い歳月が過ぎてしまった家が目立ち始める。亜人種たちの影も、そこらにチラホラしているな……。
その貧民街をしばらく歩くと、呪いの『糸』が一軒の家屋に向かって伸びていることに気がついた。オレが質問をするよりも先に、ブルーノ・イスラードラが告げてくれたよ。
「……あそこです!あの、十字路の角にある店が……いえ、店だった建物が、ハイズマン夫妻の家で……ミハエルの実家です」
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