第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その11


 ミハエル・ハイズマンの『実家』か。かつて鍛冶屋だった痕跡は、ほとんどない。軒先に鉄細工の看板を掛けるためにあったと思われる、小さな鉄の棒の突起があるぐらいのものだな……。


 ……近所にも、店の痕跡が並ぶが、どれも閉店してから数年は経っていそうだな。このスラムは旧市街ということさ。かつては、栄えていたのだろうが、増築を繰り返される街並みは、残酷な淘汰圧を発生させたようだ。


 この古い場所からは、『客の流れる道』が逃げていったらしい。南に向かい、そこばかりが発展していった。かつてのメインストリートは、廃屋と閉じた店ばかりが並ぶ。斃れて骨になった獣を連想させるように、この旧市街の街並みは白っぽいな……。


 雨にも馴染んでしまう。


 この9年間、よくお世話になった廃墟を思い出すな。オレたち『パンジャール猟兵団』の『お掃除』が上手になったのも、各地で廃墟に上がり込み、アジトと言う名の拠点を作ったからだ。


 多くの場合は、非合法に。空き家の再利用。宿屋に泊まれって?……銀貨がかさむし、店主がうるさいしな。


 それに、傭兵稼業を行うには身を隠した方がいい。とくに、オレたちのような少数精鋭の集団にはね。


「……なんとも灰色に枯れた街並みに、よく似合う。古めかしい店だな」


「……いい風に言いますね。素直に、貧民街と仰っても、街の者は怒りませんよ」


「いや。廃墟とか好きだからな。悪口じゃない」


「廃墟……は、悪口では?」


 ……そうかもしれない。


「で。この古めかしい店が、ハイズマン家の店か。工房と家を兼ねていたのか……?」


「はい。前側が工房で、内側が家です……もう、空き家になってしばらく建ちます」


「……売りに出したり、誰かに貸したりは?」


「ミハエルは、そういうコトをしませんでした。それに、この店を売りに出しても、買い手を見つけることは大変だと思うのですよ」


「たしかに、そうかもしれんな」


 さすがのアンティーク好きのオレでも、このボロボロの店を買うことはない。屋根なんて、何カ所も雨漏りしていることは外観からでも予想がついてしまう。


 買うだけ損する物件ではあるな。何なら、相続するだけでも損しそうだ。まあ、傾いた屋根の一部に苔が生息している辺りは、歴史を感じさせるよ。まるで古城のようだ。モンスターと似合うよ。


 オレは……さっさと、この中に入ることにした。


 貧者の墓所を掘り起こしたことで、あちこち泥に汚れているが、このボロ屋の管理者は怒らないだろう。なにより、ハイズマン家は絶えてしまったからな……。


 古びた木製のドアに近づき、ノブを回す。ガチャガチャと鍵がかかっている音がしたな。こんなボロ屋のくせに、鍵なんてかける必要があるのかな?……あったのかもしれない。


「鍵は?」


「……私は持っていません。きっと、ミハエルが管理していたのでしょう」


「だろうな……まあ、ちょっと待っていろ。開けるから」


 オレは傘を軒先に置くと、その分厚いドアノブの前にしゃがみ込む。


「何を、なさるのですか?」


「僧侶さまの知らない世界の行為さ」


 ガルフ・コルテスから継承したアイテムを、ベルトに下げた袋から取り出すのさ。ピッキングツール。僧侶さまに見せるような行為じゃない気がするが、あのブルーノの丸顔がオレの作業を覗いている……。


 不審者を見るような目だな。家屋への不法な侵入ではあるから、まさに不審者そのものでもあるけどよ……。


 鍵穴に細い金属の棒を突っ込んだとき、ブルーノが息を呑む音が聞こえた。


「ど、泥棒……っ!?」


「人聞きが悪いコトを言うもんじゃない。6軒先にあるパン屋が怖がっちまうだろうが」


「……いや。でも、これは……マズくないでしょうか?」


「呪われた危険物を、この世界から排除するための聖なるミッションだ」


「それは、たしかに。ですが、僧侶として、この行為を見過ごすのは、どうなのでしょうかね?」


「知らんよ。オレはイース教徒でもなければ、アンタの上司でもない」


「……そうなんですが。オットーさま、私はこの行為を見過ごすべきでしょうか?」


 僧侶殿のなかで、オットー株はずいぶんと上がっているようだ。オットーはいいヤツだもんね、やさしいし。


 でも、さすがにこの質問には、オットーも困り顔だったな。彼もモラリストだから、盗賊のマネをしているようにさえ見えるオレの行為を正当化することに抵抗があるのだろう。


「そ、そうですね。合法的な手段で、中に入ることがベストだと思いますが、許可を取るべき人物が……」


「爆破に巻き込まれて、地下に呑み込まれています……遺体が、いつ見つかるか分からない状況です」


「…………私も、時間があれば捜索に参加します」


 あの爆弾を仕掛けたことを、オットーは気に病んでいる。気に病むべきではないとオレは考えている。戦だからな、お互いにどんな汚いマネでもして、敵を殺し、仲間を助けることに必死となる。


 敵の軍隊を殺傷することは何ら罪ではない。


 オレたちを殺そうとしている。戦争状態では、野生の獣よりも醜く殺し合う。人類の永遠の本能だ。否定することは難しいよ。


 だが。


 罪ではないとしても……だからと言って、やさしい人物の心が、それらの行為を全て受け入れられるとも限らない。オットーも敵を殺すことには躊躇は持たない。仲間を守ることに直結するからだ。


 しかし、その行為が罪深いことであることを知っている。本来ならば、戦がない世の中ならば、オットー・ノーランはただただ探険や冒険の旅に、その生涯を捧げるだけだったろう。


 ……それでも、乱世は彼の武術と才能に、ヒト殺しをさせている。オレも、彼に戦いを強いている外力の一つだ。


 オットーは、戦で敵を殺したことを誇ったことはない。それが、彼の流儀だ。彼は、ある意味ではギンドウ以上に、猟兵向きの男とは言えないのである。やさしいことは、乱世では辛いな、オットー。


 オレは、『パンジャール猟兵団』の団長として、任務を優先する。アーレスに『依頼』されている気もしている任務。邪悪な呪術を排除しろと。それに、オレ自身の願望にもなっている。アプリズどもの『遺産』を、この世から消し去ることはな―――。


 ―――躊躇うことはなく、指は動く。ガルフ・コルテスより受け継いだ道具と技巧を使うために、蛮族の指は器用に踊ったよ。


 悩める聖職者と、乱世の業を背負う友を尻目に、猟兵の解錠術は、この何故か無意味に高度な錠前を屈服させていたよ。ガチャリ!と鉄っぽい音が響いた。そして、その部分は解放される。


「開いたぞ」


「え?も、もうですか!?」


「……いいえ。団長にしては、むしろ遅すぎるほどです」


「ククク!分かっているじゃないか、オットー。一般人が使う鍵なんて、オレなら二秒で開けられるはずだ。魔眼を使えば、一秒以内にも開ける」


「……て、手慣れていませんか?」


「……民家に入ることなど、フツーはやらん。オレは傭兵の職業倫理を全うしている。帝国軍の施設や、任務に関わる鍵しか開けない。泥棒扱いするな」


「い、いえ。ストラウス殿を疑うわけではなく、つい、その手際の良さに……一種の熟練を感じて……連想してしまいました」


 信用度の低さだな。


 いいさ、どうせオレなんて左眼は金色の光りを放つし、背中には巨大な竜太刀、果ては竜に乗って暴れ回るような野蛮人だ。


 そんな野蛮人が民家のドアを器用に開けたら?……それは泥棒、強盗、誘拐魔、そんな悪の行為を連想するだろう。


「いや、す、すみません。誤解をしてしまい」


「……いいのさ。オレなんて、悪人みたいなもんだ。でも……ブルーノ・イスラードラ」


「何でしょうかな?」


「オットーも言う通り、こんな鍵なんて、オレならもっと早くに開けられるんだがな。この錠前、貧乏人が使うようなシロモノじゃない」


「……え?」


「……軍の武器庫にも使われていそうな、複雑にして精緻な仕組みだよ。店主のレントン・ハイズマンは、錠前も作っていたのか?」


「いえ。彼は、そういったモノは……帝国の法律では、錠前を作っていい職人は、限定されているのです。レントンさんは、その免許を持っていなかったと思います」


「鍵が作れるのなら、鍵も開けられるからか。鍵開けの技巧を悪用されないように、職人を制限しているわけか。合理的な帝国らしい」


「……その鍵は、そんなに複雑なものだったのですか……?」


「ああ。並みの泥棒じゃ開けられないさ。この鍵が作ったモノじゃないとすれば、考えられるのは一つだ」


「どんなことでしょうか?」


「買えば、値が張るモノだ。そんな金を出せたのは、レントン・ハイズマンじゃない。帝国軍人として出世した、息子の方だな」


「ミハエルが、わざわざ鍵を、高級で高度なモノに取り替えた?」


「そうだと思う。古い鍵じゃない。油も差していたな。錆び付いてないよ」


「……ミハエルは、時々、この『ヒューバード』に戻っていましたが……」


「その時に、鍵を高度なモノに変えた。となれば?……ミハエル・ハイズマンは、この実家に誰にも入られたくなかった。家族の思い出を大事にしているのか……あるいは、隠したい品を、ここに隠しているか」


「……っ!フィーガロ先生の……っ」


「ああ。それを保管するための鍵だったのかもな。この家を、金庫代わりにしていたのかもしれない」


 ……継承したのかね、『呪刀・イナシャウワ』と……『研究日誌』とやらを。



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