第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その5


 横一列に並んだ山賊どもは、空を目掛けて両手を伸ばしていた。マヌケなポーズだったが、ある意味はアーティスティックかもしれない。レイチェル・ミルラなら、どう思うかな?


 サーカス・アーティストでもある、レイチェルなら、この肉体の表現に何か意味を見つけるかもしれない―――降りしきる雨に打たれながら、両腕を曇天に伸ばす怯えた山賊どもか……『降伏』という名の絵画になりそうな構図だ。


 とんでもなく強いメッセージだけは伝わって来るよ。


 『生きたい』、『死にたくない』、『助けてくれ』。みじめなまでに濃い、感情が押し寄せて来やがるんだ。とはいえ、きっと、この絵画は売れないだろうな。飾っているだけで運が下がりそうだもん……。


「……これで、いい。これでいいはずです」


 僧侶は一人で納得していた。頭と手を動かしながら、女神イースに祈っている。


 イースの慈悲が、4人の降伏者と、オレが斬り殺した11人の死者に訪れるようにと祈っているようだな。


 だが。その言葉には、迷いも感じられる。僧侶に説教するのは、立場が逆というものだろうが、おしゃべりな口は言葉を放つんだ。


「ブルーノ・イスラードラよ。選んだのなら、後から迷うな」


「……はい。そうですね」


「悪い判断ではない。法に委ねる。その結果、死罪になろうが、長い懲役を科せられようともな」


 オレの言葉に、4人の降伏者たちはビクリと体を揺らしていた。彼らは怯えているが、迷ってもいた。全力で逃げるべきなのではないかと、心のなかで葛藤しているのが、見て取れる。


 釘を刺しておく。


「逃げれば、殺す」


「……っ!!」


「……っ!!」


「……っ!!」


「……っ!!」


「あと、喋るな。喋っても、何か良からぬ悪だくみをしていると判断して、オレの鋼に命が喰われる感触を、教えてやることになるぞ」


 無言のまま、降伏者どもがうなずいていた。


「……彼らも、迷っているのですね。あれだけの強さの差を見せられても、運命に抗おうとしている」


「オレは悪いコトをしているか?」


 僧侶は否定するために首を動かした。


「いいえ。間違ってはいない。降りかかる火の粉を、振り払っただけに過ぎないでしょうね」


「そうだと思うぞ」


「……それでも、何故か……」


「やり過ぎに見えたか?」


「……はい。襲いかかって来る、我々を殺めようとする山賊たちを、貴方は斬った。それは、正しいハズの行いなのに……」


「アンタは甘いよ」


「そうかも、しれません」


「……だが、僧侶としては正しいのかもしれない」


「……ええ。そう考えています。彼らに、更正の道を残せたことを、私は悔やまない」


「だろうな。コイツらが監獄から逃げて、また山賊にならない限りは、後悔はしないでいられる」


「……はい」


「それでも信じるのが、僧侶としての『正義』なんだろう。コイツら僧侶をも殺そうとするクズが、更正してマトモな性格になることを、期待するというのも」


「……貴方は、その可能性を、信じられませんか?」


「ゼロとは言わないが、限りなくゼロに近い確率だ。ヒトの心は堕落する。山賊の道を選んだ時、コイツらは戦士から悪人に堕ちた。戦士には、二度と戻れないさ……」


「……しかし、私は、彼らの改心と更正を信じたい」


「……僧侶としてか?」


「……当然、それもある。ですが、おそらくは、それだけじゃありませんね。私は、愛によって、大いなる改心と更正を遂げた方を、知っているからです」


「誰もが、あの男のようになるとは限らんのだぞ」


「ええ。例外のなかの例外と申しますか、それぐらいに希有なことでしょう。ですが、知っている以上は、無視できない」


 宗教家は偉大だな。


 オレはこの山賊どもを信じる日は来ないだろう。


「貴方も、彼らを殺さないでくれている」


「……コイツらには、殺す価値さえもない。しかし、殺すことで得られる安心はある。殺せば二度と悪さはしない。だが、アンタは協力者なんでね……」


「私の機嫌をうかがっていると?」


「……そうかもな」


「貴方は、そのようなことをしないでしょう。私のような、ただの僧侶に対しては」


「少なくとも、無意味に敵対したくはないよ、仲良くなれそうな関係性ではないけどね。オレたちの政治信条は大きく異なってもいるし、敵味方に分かれている。それでも、この任務が果たされるまでは、協力関係を維持したい」


「……ええ。ですが、貴方も、迷っておられるように見えた。私と、同じように。迷いが無ければ、貴方は彼らを斬り捨てていたように思えます」


 オレが、迷う?……どうだろうな。それはつまり、このクズどもに期待するという行為。それは、無いような気がしているのだが……。


「僧侶は、ヒトが良すぎるよ。いつか、裏切られて痛い目に遭うぞ」


「……それは、僧侶としては正しいコトでしょうから、いいのです」


「その覚悟があるのなら、アンタは迷わず信じていればいい。オレは、コイツらには期待しないでおくがね」


 ……いっそのこと、抵抗してくればいいのにな。そうなれば、気楽に斬り殺せるのによ。そっちの方が、後腐れなくて好ましい展開なのだが。コイツらのことを、少しばかり怯えさせすぎたか。本気でもなかったんだがな―――。


「―――ああ。ストラウス殿」


「なんだ?」


「お礼を言い忘れていました。先ほどは、山賊たちから守って下さった」


「気にすることでもない」


「いいや。助けていただいたことは事実ですから。私も、まだ死ねません。フィーガロ先生からの言いつけを、守らなければなりませんから」


 ……それが、ブルーノ・イスラードラにとって、人生で最も大きな後悔だったのかもしれない。


「……死んだヤツとの約束は、重いな」


「ええ。貴方も、あるわけですか?」


「あるさ。ユアンダートに裏切られて、オレの一族は滅びた。逃げ切ることが出来るはずだった、一族の女子供が全て殺された。オレの妹も、焼き殺された……」


「それは……」


「誰よりも長く、オレの故郷を守り抜いてきた竜が、頼んだんだ。オレに、初めて頼んだよ……死ぬはずだったオレに命を分け与えて、この左眼もくれた。そして、約束した。ユアンダートを殺し、ファリス帝国を倒す。その約束のために、オレは生きている」


 僧侶は沈黙する。


 彼からすれば、帝国の秩序に組み込まれることを嫌う、頭のおかしい野蛮人の昔話に過ぎないのだろうがな。


「……妹御を、亡くされたのですね……」


「ファリス王は、我々の民草を守ってくれるハズだったんだがな。ああ、亜人種がたくさんいたから、ユアンダートの夢見る、人間族だけの美しい秩序の世界には、邪魔だったんだろうよ」


「……っ」


「…………くそ。スマンな。別に、アンタに、あたるつもりはないんだ。オレも、身勝手なことを言っているのさ。オレなんぞは、アンタからすれば故郷を襲った侵略者に過ぎんだろう、聞き流せ。ケンカを売りたいわけじゃない。ただ、どうしても、消せぬ怒りがあるんでな」


「そう、ですね。私は……貴方の言う通りに、視野が狭いのかもしれません。秩序が、ヒトを救う……そう考えていました。そして、たしかに亜人種への憎悪もある」


「……あの夫婦を、目の前で女エルフが斬り殺したからか」


「……はい。私は、あのとき、隠れながら、先生とエルフたちの戦いを見ていました。女エルフと、その仲間のエルフたちは、『エルイシャルト寺院』の僧侶を、殺しました。でも。年が若いからと、私だけは……あの女エルフに、生かされた」


「10才のガキまで殺すのは、彼女の復讐じゃなかったんだろう」


「……彼女にも、やさしいところは、あった……それに、兄を殺された彼女には、正当な復讐だった。彼女にも慈悲はあったのに……どうして、私たちを巻き込んだのかが、分からない」


「……単に、都合の良い場所だったんだろう。広くて古い建物。地下も含めれば、隠れる場所はたくさんある。それだけだ。悲劇が、いつ誰を選ぶかは、分からない。罪があろうがなかろうがは関係ない。ある日、突然、悲劇の被害者になることもある」


「……教会の警備が、厳重であれば、良かったのでしょうか?」


「あるいは、そうかもしれん。だが、深い意味も理由もなくとも、深刻な事件は起こる。アンタは30年前の悲劇の全てに、納得することは出来ないさ」


「……やるせない気持ちになります」


「昔の悲劇を考えれば、そんな気持ちにだってなるよ」


「貴方も、そうですか?」


 沈黙したよ。答えたくない問いかけだってある。雨に打たれながら、空を見あげる。ゼファーを探している。オレの心を癒やすゼファーをな……。


「……愚問でした。すみません。もう、このハナシを深追いすることは止めておきましょう」


「……そうだな。それがいいかもしれん。オレたちは、すべきことをすればいい―――」


「―――団長!!お待たせしました!!」


 オットーが衛兵たちを連れて来た。『虎』の連中は、獲物を見つけると嬉しそうに顔を歪ませた。


「サー・ストラウス!お待たせしました!で、そいつらですかい、山賊どもは!!」


「ハハハ!!魔王サマを襲うなんざ、マヌケな山賊どもだ!!」


「サー・ストラウス!!コイツらを引っ張っていきますぜ?」


「ああ。頼むよ。元・傭兵で、今じゃ、その誇りを失った山賊どもだ。オレたちを殺して、僧侶を誘拐しようとしていた」


「そいつはクズどもですな!……で、他のバラバラになってる死体も、そいつらの仲間ですかい?」


「ああ」


「さすがはサー・ストラウス。どちらが襲ったんだか、分からないぐらいだ」


「オレは無罪で、ヤツらが襲った」


「分かってますよ。しかし、どうせなら、コイツらもバラしちまえば良かったのかもしれませんぜ。英雄と僧侶を襲う?……どうせ、死刑か、十数年モノの懲役にしかなりませんし」


「ど、どうか。せめて後者を頼みます!」


「いや、すみませんねえ。裁判は、オレたちがするわけじゃないんでね。僧侶さん。彼らの罪の減刑を望まれるのなら、その裁判に顔を出して下さい」


「は、はい。そうします!」


「では、しょっ引きます!!」


「オラ!!クズども!!キビキビ歩けよ!!」


「じゃあ、我々はこれで!!」


「ああ。任務、ご苦労だった。手間をかけさせたな」



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