第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その4


「へへへへッ!!オレたちゃ、ついているぜえッ!!」


「ああ、護衛を二人も雇える、懐の温かそうな司祭さまに遭遇出来るなんてよッ!!」


「やっぱり、傭兵が信仰するのは戦神バルジアに限るッ!!」


「バルジアよ!!恵みに感謝しますぜッ!!」


 戦を落ち延びて林に隠れていた傭兵どもが、ゾロゾロと姿を現す。この貧者の墓所がある林には、十四人ほどの傭兵たちが逃げ込んでいたらしい。


 ……それなりにキャリアのある傭兵どもだな。年齢でも分かるし、ハイランド王国軍が陣取る『ヒューバード』の近郊に身を潜めていた。巨大な敵軍のすぐ側に、少数で身を隠す。


 有効ではあるぞ。逃亡者は遠くに逃げたがるものだし、事実、大半の傭兵たちは全力で西の山岳地帯に逃げた。そのまま北上するか南下して、『ヒューバード』から距離を取りながらこの土地から離れそうなものだが……。


 あえて、この場に留まり、ハイランド王国軍の追跡をやり過ごした。


 なかなか度胸のいる作戦だ。見つかれば即・数で囲まれて八つ裂きにされる。『虎』から気配を隠すための技巧も要求されるな。こいつらは、その度胸と技巧を、長年の傭兵生活で得た経験値から獲得しているんだよ。


 つまりはベテランの傭兵であり、この態度と表情から見て取れる通り、品性も下劣と来ている。


 傭兵としての職業倫理は幾つかあるが―――こいつらは、その一つを破っている。戦場で民間人を襲う追い剥ぎと化す。


「15対2だ!!しかも、この大雨のせいで、叫び声は掻き消される!!……街にいるフーレンどもにも助けは届かない!!」


「……あ、貴方がたは……盗賊……っ!?人間族ですな、つまり、帝国に雇われていた者たちでしょう!?私は、『ヒューバード』の僧侶です!!貴方がたの、仲間ですぞ!!」


 ブルーノ・イスラードラは、傭兵の浅ましさについていけない。善良な男にとって、この『裏切り』は衝撃的なことなのかもな。


「いえねえ、僧侶さまよ。我々は負け戦じゃ、全額の報酬ももらえやしないんですよ。だから、ちょっとぐらい小遣い稼ぎしねえとですな……赤字になっちまうんですよ?」


「慈悲深い僧侶さまよう!オレたちに、お恵みをおくんなさいまし!!ギャハハハハハハハ!!」


「……恵みが欲しいのなら、武器を向けずに、教会の門を叩きなさい―――」


「―――ハハハ!!それじゃあ、小さいパンや肉の浮かんでいないスープぐらいしか、もらえねえ!!オレたちはアンタの財産が欲しい!!」


「私には財産などない!!イースの僧侶なのですよ!?」


「くくく。どうせ、教会の修繕費だなんだと言って、信者から金を集めちゃ貯め込んでるんだろ?」


「失礼な!!疑うのならば、私の体を調べるがいい!!金目のものなど、何もない!!」


「まあ。無いなら無いでも、やりようがある。アンタを人質に取れば、街の連中や教会の僧侶たちも見殺しにしないさ。身代金ぐらい、取れるってもんだよ!!」


「ヒャハハハ!!どうせなら、若い尼僧に身代金を届けて欲しいもんだ!!若くて柔らけえ体で、この雨と敗戦の屈辱に冷え切った、オレたちの体を温めて欲しいもんだよ!!」


「げ、下劣な!!……これが、傭兵のプロ意識ですか!?」


「……いいや、違うさ。こいつらは、たんに下の下の連中だ。貧しさから、犯罪者に成り下がる。こういう連中がいるから、傭兵は誤解されやすいのさ」


「ストラウス殿……」


 クソ野郎過ぎて、殺す価値もない。無視したいところだが、この狡猾な連中が山賊になれば?……多くの民草が犠牲になるだろうな。


 オレの傭兵としての職業倫理と、ガルーナの竜騎士が掲げる騎士道が、『見すごすな』と言っている。


 血に走り、魂に宿る、それら二つの哲学が、コイツらの相手をしろと語っているんだ。ちょっとは相手してやるかね……。


 土を掘り返すスコップから手を離して、オレは背中の竜太刀に指を絡める。雨で濡れているはずの鋼から、熱を感じる。アーレスが、この下劣なる傭兵どもを見て、怒りを放っているのさ。


 気性の荒い、騎士道を体現する、ガンコな年寄り竜だからね。コイツらを許すなと、悪しき者どもの血を捧げろとオレに命令しているんだろうよ。ドワーフの耳があれば、お前の声を聞けたのかな……?


 ……まあ、聞かずとも。この熱の激しさで、分かるがね。お前はとても怒っている。無様を晒す戦士を見て、殺意を抑えきれないのさ―――。


 ―――竜太刀を抜き放つ。


 傭兵ども……いや、ただの山賊どもに、緊張と警戒の色が走る。とくに、一番、オレの近くにいる、おしゃべりな山賊は腰が引けているな。ベテランゆえに、分かるのだろう。死の臭いってヤツを、嗅ぎつけている。


「な、なんだ!?15対2だぞ!?や、やるってのか!?」


「いいや。別に15対1でもいい。オットー、とにかくブルーノ・イスラードラを守れ」


「イエス・サー・ストラウス!」


 オットーが棍を構えて、ブルーノ・イスラードラをその場にしゃがませる。オットーに任せていれば、ブルーノは安全だ。山賊どもも、ブルーノを殺すつもりはなく、人質にすることこそが目的だろうからな。


 山賊どもは、狼狽している。オレが全くもって怯まないことに、警戒を覚えている。彼らも見たことはある。一人で何十人も殺す戦士が、戦場に現れることもあるが……オレの気配に、その影を見ているようだな。


 正しい認識だ。


 だが、彼らはベテランで、それなりに腕がいい。雑兵とは違う。明らかに強者の類いに属する者たちだよ。


 『虎』と戦いながらも逃げ延びた。自信をつけてもいる。だからこそ、イヤな予感を気迫とプライドで押し潰す。


「いいぜ!!やるってんなら、手加減はなしだ!!」


「オレのやる気の有無で、何が変わる?……どうせ、降参すると言っても逃がさないだろ?」


「……当たり前だぜ。戦に勝って、羽振りがいい傭兵サンから、オレたちは銀貨を奪うつもりだからなあ!!」


「ならば、挑戦してみるがいい。山賊などに教えるのは、本当に勿体ないことだが、教えてやろう。我が名は、ソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の団長にして、ガルーナ最後の竜騎士。魔王を継ぐ男だ。参るぞ」


「はははは!!知らねえよ、テメーなん――――――――」


 貧者の墓所の土を踏みながら、その山賊に襲いかかった。正面からだから奇襲じゃない。ちゃんと抜き身のロングソードを握っていたしな。それに、反応するための間合いもあった。


 それでも、オレの速さと早さは、その間合いを一瞬で消し去っていた。攻撃に移るタイミングが早く、斬撃のモーションそのものも速いからね。まるで、奇襲したかのように、ヤツに何もさせないまま―――おしゃべりな頭を胴体につなぐ首を斬り裂いていた。


 血の雨が、大粒の雨に融けていく。


 斬られた首が、貧者の墓所の宙を飛び、首無しの死体は、膝を突くようにしながら前に倒れた。不潔な墓土に、その山賊の体は抱き止められていた。


「は、速い!?」


「いや、早いぞ、コイツ!!」


 そうだと思うならば、隊伍を組んでみることだな。アドバイスはしない。土を蹴り、獲物に襲いかかるので忙しいからね。返り血を浴びた竜鱗の鎧をまとったまま、次の敵に襲いかかる。


 ミドルソード。悪い武器ではない。むしろ、対人戦闘においてはムダに巨大なロングソードよりも実用的な面があるが、俊敏さで負ける相手には、そのリーチの短さでは何にもならんことがある。


「ひ、ひいい――――」


 振り上げたミドルソードが降りてくるよりも前に、オレは駆け抜けながら斬り裂いていたよ。彼の胴体をな。分厚い魔獣の革の鎧ごと、竜太刀はヤツの体を両断する。


 これで、二人目か。


「こ、コイツ!!」


「一斉にかかるぞ!!」


「いい腕してるぜ!!」


「―――それを理解して、逃げないとはな」


 気に入ったよ。そして、理解する。コイツらも困窮者ではあるんだ。この戦での報償が無ければ、行き倒れることは必死の食い詰め者。金の無い傭兵には、誰もが辛く当たる。犯罪者の予備軍としか見てもらえない。


 だからこそ、必死なんだが―――山賊行為ってのは、癖になる。戦いよりもはるかに低いリスクで銀貨を奪えるからな。だから、そうなった傭兵どもの多くは、堕落する。二度と真の戦士には戻れない。


 残念だが、彼らの更正や反省を期待してやれるほど、オレは善良ではない。僧侶とは異なり、現実主義者だからな。


 ここで逃しても、コイツらは道すがら市民を襲う。金だけでなく、誇りをも失った傭兵は……ただの害悪でしかないのだ。


 山賊どもと、斬り結んでいく。鋼を衝突させながら、ヤツらの鋼を壊していく。剣を折り、槍を叩き斬る。無防備になっても、容赦はしない。鋼の切れ味を教えるために、そいつらの体を斬り裂いてやる!!


 断末魔と血霧が、貧者の墓所の地面と空を汚していく。3人目、4人目、立て続けに斬り捨てて、まだまだ暴れる。何せ、敵は多いからな。それに、ブルーノを守らなければならん。速攻で殺さなくてはな。


 ナイフを投げた。


 ミアに教えた、暗殺の技巧。左腕の指だけでも、毒を塗った鋼を投げることは可能だ。一人のノドに突き刺さる。『炎』の呪毒を帯びた鋼だよ。出血が激しくなる。頸動脈近くに食い込んだ。3秒後には意識を失い、そのまま死ぬ。そいつは無視した。


 5人目は竜太刀を叩き下ろして、縦に斬り裂いた。6人目は、5人目の死体から竜太刀を抜きながら連携した、『ドワーフ・スピン/回転斬撃』で斬り裂いたのさ。


 ああ、体が熱い!!戦いの興奮に血潮が燃える!!オレは、さっきよりも速く、強く、動けるぞ!!雨で冷えた体が、ようやく平常運転に戻って来た!!


 7人目は竜爪で頭と首を裂き、隊伍を組んだ8、9、10、11は、ストラウスの嵐で刻んでやったよ。


 ……12人目に迫る。ヤツは怯えていた。オレに睨まれると動かなくなった。


 さてと、どうやって殺してやろうか。


 そう考えていたら、僧侶が叫んでいた。


「も、もう、おやめ下さい!!こ、これ以上は、あまりにも残酷です!!」


 ……15対1をしている男の背中に対して、投げかける言葉じゃないと思うがな。善良な僧侶さまの前で、確かに殺しすぎているか。


「こ、こ、降参する!!た、助けてくれえっ!!」


「……ソルジェ殿、彼も、反省しています!!どうか、慈悲を!!」


「……慈悲とやらで、コイツを見逃したとする。そうなれば、何が起こる?……お前はこの山賊どもが、腹を空かせた状態で辿り着いた民家で、善行を成すとでも思うのか?」


「そ、それは……ッ」


「今さっきのように、欲望のまま山賊行為を繰り返す。根こそぎ財産も食料も奪い、そこに若い娘がいれば犯すだろう。コイツらは、彼女の叫びや祈りを聞いて、やめるとでも思うのか」


「……それでも、こ、殺すことは……み、皆、貴方の強さに、怯えきっています!!」


 オレは目の前の山賊から目を離さない。怯えてはいるが、隙を見せたら全力で襲いかかって来る。それは、他の連中も同じことだ。


 今でこそ、恐怖に身を震わせているが、オレが竜太刀を鞘にしまえば?……その瞬間、死力を尽くして襲いかかって来るに決まっているよ。


 気配で分かる。殺気は消え去っちゃいない。生きるためには、オレに勝つしかないと考えている。本能的な恐怖を打ち消し、覚悟で命がけの攻撃を放つ可能性は十分あるのさ。


 ……それでも、善良な僧侶は考える。


 コイツらを救い、コイツらの犠牲者が出ない道を。アリューバ半島の偉大な指導者、フレイヤ・マルデルなら、利き手と利き足の腱でも切り、戦闘力を奪って解放するかもしれないところだ。


 ただの農夫にも撲殺されるほどに弱くすれば、農夫の娘を犯すこともなかろうよ。彼女の裁きは合理的だ。悪人からは悪を成すための能力を奪えばいい。


 ……だが、ブルーノ・イスラードラは海賊の姫騎士ではなく、素朴で善良な僧侶だった。


「え、衛兵に……衛兵に、差し出しましょう!!」


「……ハイランド王国軍にか。ハント大佐は、この土地の治安を維持したいと考える。敵側についた傭兵であることは、彼なら多目に見てくれるだろうが……僧侶を襲った山賊を見過ごすとは思えん。死罪か、何十年もの過酷な懲役にしかなるまい」


「……それでも構いません。彼らを、殺さないで欲しい」


「……その選択が、正しいのか?」


「わ、わからない。傭兵には、きっと貴方のほうが詳しいのでしょう。それでも……こ、殺さないであげて欲しい。彼らは、貴方に、怯えている……っ。見ているだけの私でも、こ、こんなに怖いのです……っ。敵対している彼らは、抵抗する勇気もないでしょう?」


「……僧侶の意見に従ってやるよ。オットー、走って衛兵を連れて来い」


「了解しました」


 オットー・ノーランが雨のなかを走って行く。つまらん命令を実行させている気もするな。だが、いいさ。労働力としてコキ使われるのも、コイツらクズにはお似合いかもしれん。


「お前ら、一カ所に集まれ。鋼を捨てて、両手を空に向けてマヌケなポーズをしてろ。腕を下ろせば、そいつと、となりのヤツの腕を斬る。じっとしていたら、命は助ける。これで、文句はないな、ブルーノ・イスラードラ?」


「……はい。それで、お願いします」



 

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