第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その3


 『ヒューバード』の街から出て、およそ10分。雨にぬかるむ土を踏みながら、小さな杉林に囲まれた場所に辿り着く。そこは墓所だった。手入れが行き届いているとは言えず、かなり荒れていたがな……。


 文明的な城塞の内側に比べると、まるでダンジョンのような醜さがあった。バケモノでも出て来そうというかな。


 薄暗く、傾いた墓石たち。あるいは、墓石もなく、ただの目印代わりにしかなっていない杭のようなモノが突き立てられただけの墓もあった。


「貧者の墓所か」


「ええ。そうです。行き倒れた者や、葬式や埋葬の費用が支払えぬ者たちは、ここへと流れつく……」


「……なるほど。それで、どこに隠したんだ?……まさか」


「……こちらです」


 ブルーノは小さな墓たちのあいだを歩いた。オレとオットーもつづく。その小さな墓を踏んだりしないように、細心の注意を払いながら。


 墓地の奥深くに、その大きく古い墓がある。墓と言っても、無数の石が積まれているだけのものであったが。


 これは、なんだろう?……ブルーノに質問しようとしていたら、オットーが代わりに答えてくれる。


「『ゾルティナ病』の患者たちの墓ですね」


「おや、お詳しいですな、オットーさま」


「かの流行り病の者たちは、深く掘られた大穴に、まとめて埋葬されたと聞きます。フタをするかのように、多くの墓石を乗せたとも」


 『ゾルティナ病』というのは、ときおり流行る、熱病の一種だ。感染力が強く、流行すれば子供や老人を中心に大勢が死ぬ。半分は軽度な症状だが、半分は重症化する。重症化すれば、三日三晩、高熱にうなされて死んでいく。


「ここは、大勢の患者たちの墓です。アレが流行ったのは、私が6才の頃。街中がどんよりと暗くなっていた。私の幼なじみたちも、何人も亡くなった……」


「その墓地に、アンタは『呪刀・イナシャウワ』と、『研究日誌』を隠したのか」


「ええ。ここならば、多くの者が恐れて、近づくこともないですからな」


「よく考えているじゃないか、『ゾルティナ病』は一度、感染すると二度と罹らない。アンタは子供の頃に罹患したか」


「はい。『ゾルティナ病』で死に行く者たちを、教会は看取っていました。幸い、私は軽傷でしたので、命は助かりました」


「そいつは幸いだったな。そのおかげで、アンタは利用することが出来ている」


「そうです。『ゾルティナ病』は、死者から生者に伝染することはありません。ですが、街の者たちは恐れる」


「だろうな。死ぬこともある熱病。滅多のことじゃあ近づく気にもならない。この貧者の墓所は、流行病の犠牲者の墓も多いわけか。だから、あまり近づきたがらず、墓所が荒れている」


 納得の行くハナシだった。皆、病を恐れるものだからな。


「……子供ながらに大した知恵だ」


「……必死に考えたんですよ。誰も、掘り返すことのない隠し場所というものを。思いついたのは、ここだけです。ここには、いつも誰もいません。教会の僧侶が、ときおり祈りに足を運ぶのみ。僧侶さえも、足早に立ち去るような場所です」


「なるほどな」


「それで、具体的にどこに埋められていたのですか?」


「……盗掘者対策のために、秘密にされていますが。この岩の墓の裏側には遺品をまとめて入れた箱が、埋められているのですよ。もちろん、高価なものはありません。ここは貧者の墓ですから……個人の日記や、思い入れのある品を埋めたのです」


「エルネスト・フィーガロの遺品も、そこに埋葬したのですね」


「ええ。ここですよ」


 ブルーノに案内されて、その場所に辿り着く。積まれた大きな石の群れの影になった場所に、目印代わりなのか、少し大きめの石が置かれている。


 子供でも努力すれば動かせそうなシロモノだな。生身の目で見ただけでは、そこに何かが埋められているとは気づけないだろう……。


「……私は、ここに死者たちを埋葬される時に、見ていました。貧者の遺品たちが、この石の下に埋められた箱のなかへと、まとめられる光景を」


「いい隠し場所だ。マトモな精神状態の盗掘者なら、ここは絶対に掘ることのない場所だろうな」


「私もそう考えていた。ですが……何物かに、それは抜き取られた」


「……考えにくいが、盗掘者の仕業とは?」


「……何とも言えません。ですが、もし物盗りの犯行であるのならば、他のものも根こそぎ奪うような気もします。二束三文のモノばかり、大量に売り払わなければ、引き取ってももらえない」


「……他のものは、奪われていなかったのか」


「ええ。他の人々の日記や、故人の愛した本なども埋められていましたが、それらは手つかずでしたから」


「『イナシャウワ』だけならばともかく、『研究日誌』を持ち出すのは、盗人の犯行ではなさそうではあるな……」


「……10年以上前に盗まれたモノですが、それを追跡することなんて、可能なのですかね……?」


「僧侶ならチームの仲間を信じるもんだぜ」


「……分かりました。では、お願いいたします」


「任せてろ。これは、オレたちの意志でもある。呪われた邪悪な品を排除したいという願いは、およそほとんどの者が共有している願いだ」


 ミスリルの埋め込まれた特製の眼帯を外す。雨の降る薄暗い貧者の墓所。そこに片目から金色の光りを放つ戦士が立っているか―――なんというか、ホラーだよな。


 ……この姿を誰かに見られると、ここに近づく者がより減ることになりそうだ。そんなことを考えながらも、仕事を始めたよ。


 魔力を集中させながら、地面を睨みつける。


 ……『研究日誌』も『ブックカース/盗み見を禁じる呪い』がかけてあるようだし、何よりも『呪刀・イナシャウワ』があったというのならば、『呪い追い/トラッカー』で追跡することが出来る……そう踏んでいる。


 ……ああ。


「見えて来たな」


「なんと!?」


「さすがです、団長」


「……薄らとだが、呪いの痕跡が漂っている。薄らとだがな」


「追跡出来ますか、『呪い追い/トラッカー』の能力で?」


「……いや。呪いの赤い『糸』を、まだ、たぐり寄せられない……呪いに迫るための情報が足りていないようだ」


「そうですか。ならば、一度、遺品を掘り起こしましょう」


「……ああ。そうするしかない。犯人にまつわる手がかりが、あるかもしれないしな」


「……そうですな。私が見落としていたモノもあるかもしれません。お二人の不思議な瞳の力ならば、それも見つけられるわけですよね?」


「痕跡があれば」


「ああ。そして、何事をするにおいても、完全に痕跡を残さない仕事というのは、ないもんだよ」


 ヒトが動けば、ヒトが何かを起こせば、それは残るはずなのだ。痕跡というものが、大なり小なり、確実に残る。


「まずは、掘り返しましょう」


 ブルーノ・イスラードラが、貧者の墓所の端から古びたスコップを三つほど持ってくる。ここでは、何もかも古びていて、アンティークと呼ぶよりはゴミに近いものばかりだ。


 その赤錆がついて、先端がでこぼこに欠けているスコップを見つめながら、何とも言えない悲しい気持ちになる。もののあわれというモノに、この貧者の墓所は満ちているのだ。


 オレたち三人の大人は、雨のなか、悲惨な土遊びを開始したよ。


 ザクザクと、貧者の墓所の土を掘り返していく。


 オレは穴を掘る行為なんてものに、ワクワクを感じられる純粋なタイプの大人じゃあるのだが―――このシチュエーションは、さすがに楽しめない。


 貧者の墓所を、盗掘している気分だよ。


 ……何というか、楽しいはずもないよな……?


 だが。僧侶も、オットー・ノーランもマジメに土を掘り返しているから、その感想を口にすることが、どうしたってためらわれるのだ。


 そもそも、別に言わなくてもいいセリフじゃあるしな。


 二人の士気を挫くことになりそうだったし。


 それに。


 幸いなことが一つある。


 雨のせいで、土はずいぶんとぬかるんでくれている。スコップが刺さりやすいということさ。それは、ずいぶんと仕事を楽にしてくれる……。


 でも、無言の作業に耐えかねて、おしゃべりなガルーナ人の口が動き出していたよ。さみしすぎるだろ?……この場所には、音が足りない。雨音と、薄暗い闇と、貧乏人のみじめな墓しかないのだから。


 オレは、何でもない言葉を吐いた。


「……ずいぶんと深くに埋めたな」


「……ええ、獣対策に」


「遺品には、獣が喜ぶようなモノも?」


「ブルーベリーがたくさん乗ったパイ。あるいは、栄養満点の卵。そういったモノを、街の人々が貧者のために捧げることもありましたから」


「……どうせならば、生きている時に恵んでやればいいのにな。そうすれば、死なずに済んだ貧乏人も、ここには大勢いるだろう」


「そう、ですね。ですが、不思議とそうなりません……死が、皆の心をつなぐのでしょうね」


「前向きな解釈だな」


 さすがは、僧侶さんだ。オレは街から不潔な貧乏人が消えてくれたことを、商人どもが喜んで、それらをプレゼントしたんだろうと考えてしまう。オレの心は、たしかに闇に汚染されている部分があるかもしれない。


 帝国人と、金持ちの商人どもが嫌いなのだ。それがセットになると、どうにも悪い感情がつのってしまうのだろう。反省しよう、死んだ貧乏人には、帝国の商人だってやさしいらしい。


 ……スコップの先が、土ではないものに触れる。コツンという小さな音も聞こえたな。オレたち三人の動きが止まっていた。


「……目的のブツだな」


「ええ。団長、ここからは、慎重にスコップを動かしましょう。発掘品を、壊してしましますからね」


「そうだな。死者の思い出の品をブチ壊したくもないし――――――」


「……どうか、なさいま―――」


 ブルーノの言葉を、オットーのジェスチャーが遮っていた。彼は唇の前に、指を一本、立てている。『おしずかに』のサインだ。ブルーノは、オットーを信頼しているようで、静かになった。


 だが。


 まあ、少し遅かったようだな。林の奥から、人影があふれてくる。ゾンビ?……いいや、そういう連中じゃない。あちこち傷だらけだがね、帝国側についていた傭兵。『虎』から命がけで逃げた連中の、生き残りだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る