第三話 『ヒューバードの戦い』 その40



 ―――後世まで語り継がれるであろう、『ヒューバード』の戦。


 それは、こうして幕を閉じる。


 ドワーフのダンジョンをも利用した、地に潜む魔王の作為。


 竜に乗り、空を飛ぶだけではないのだと、魔王の名を大陸に広げていく。




 ―――ハイランドの軍人たちは、魔王の強さを思い知る。


 役立たずの400の新兵を使い、戦を操って見せたのだ。


 220の新兵たちの命は、失われたが。


 彼らの貴い犠牲があったおかげで、本隊の損耗は軽微なものである。




 ―――ハント大佐は、その勝利を喜ぶ。


 兵士の犠牲を抑えて、勝利を手に出来た。


 しかも、たった一時間のあいだで。


 これ以上はない、理想の勝利であった。




 ―――しかし、ハイランド王国の軍人たちにはもう一つの感情が生まれる。


 ソルジェ・ストラウスへの警戒感だった。


 ありえぬことを可能にする、我らが魔王。


 竜の力を使う、竜騎士だからではないのだ。




 ―――新兵400を、一人前の戦士に変えてしまう将の器。


 それを魔王は備え始めているのだ。


 街を占拠し、降伏した帝国兵たちを拘束し、あの監獄の囚人は交替する。


 亜人種たちから、帝国人へと囚われの身は変わった。




 ―――王国軍人は、監獄の囚人たちまで魔王が救ったことを知る。


 多くの兵士はそれを、ただただ讃えるのみであったが……。


 やはり、わずかな数の軍人ではあるが、恐怖を抱いている。


 180人の生き残りの新兵たち共に、讃えられる魔王とその仲間たち。




 ―――魔王の軍略の強さは、どれほどのものなのか。


 この圧勝を呼んだのが、自分たちだけの力などとは。


 王国軍人たちだって、考えてはいなかったんだ。


 ソルジェは、恐れられ始めている。




 ―――敵からもだが、味方であるはずの王国軍人からも。


 ……それは、ソルジェにも非があることだった。


 ハント大佐と組んで、ハイランドでクーデターを成功させたせいでもあるし。


 ソルジェが『ヴァルガロフ自警団』を組織させ、『戦槌姫』と手を組んだせいもある。




 ―――ハイランドからすれば、ロザングリードを倒してゼロニアを支配したかった。


 その口実を、ソルジェは潰してしまっているのだ。


 『自由同盟』の利益のためではあったけれど。


 ハイランド王国軍の損耗を抑えるためではあったのだけれど。




 ―――多くの『虎』からは、ソルジェは讃えられた。


 けれど、アルーヴァ中佐は考えていた。


 いつか、ソルジェがハイランドの敵になるのではないかとさえ。


 そうなったとき、ハイランドは彼に勝てるのか?




 ―――たった一人の戦士のことを、彼は恐れ始めていた。


 名門軍人の一族として、常に権力の側にあり続けたアルーヴァは。


 初めて、たった一人の戦士が持つ力に、恐れを抱いていたんだよ。


 その力は、あまりにも強く、あまりにも多くを巻き込む。




 ―――弱気な弱者さえも、強くしてしまった。


 アルーヴァは、それが怖かった。


 戦が始まり、またたく間に城門の一つを打ち破った魔王の『軍』が。


 弱兵ばかりを渡したことを、アルーヴァも知っていた。




 ―――エイゼン中佐は、消費するなら弱き兵からだと考えただけだが。


 アルーヴァはソルジェに失敗して欲しかったのさ。


 彼の言い分としては、ハイランド王国軍の功績を奪われたくないから。


 ルードに政治的なリーダーの座を奪われっぱなしにすることなんて。




 ―――ハイランドのエリートであるアルーヴァからすれば、耐えがたい屈辱だ。


 最も強い軍隊なのだから、最も多くを提供しているのだから。


 同盟の盟主の座を確保するのは、彼らからすれば当然の権利であった。


 そうだというのに、勝利の栄誉は再び魔王に奪われてしまった。




 ―――しかも、目の前で。


 アルーヴァが真の大物であるのならば、あのときソルジェを殺しただろう。


 乱世に覇を唱えようとするのなら、ライバルは殺すべきなんだ。


 それでも、アルーヴァは躊躇してしまった。




 ―――恐ろしかったからだ、理解が及ばぬ力を魔王に感じた。


 英雄に怯える小物は、大きなチャンスを逃してしまった。


 彼の人生で、おそらく唯一、ソルジェ・ストラウスを討てる機会を逃した。


 乱世で、その事実は致命的なことになる。




 ―――敵対しておいて、殺すことに戸惑うとは!


 アルーヴァはソルジェを謀殺できない予感があった。


 それならば、牙と爪を隠して従えば良かったのである。


 そうすれば、ソルジェも見逃した。




 ―――アルーヴァは、後悔している。


 ソルジェを攻撃しなかったことも、ソルジェに敵意を見せたことも。


 どうして、こんなに体が震えてしまうのか。


 彼は、理解することが出来なかった……。




 ―――夜が更けて行き、『ヒューバード』にハント大佐が入城する。


 この土地の支配者が変わったことを象徴する瞬間だった。


 ハント大佐は、他国の領土を占領するという軍事的勝利を手に入れた。


 母国でくすぶる、彼への反対勢力を弱める勝利であった。




 ―――これはハント大佐にとって、政治基盤を固めるための大きな勝利だ。


 彼はこの『完全な勝利』で得た政治力で、国内の反対勢力をねじ伏せられるよ。


 同盟側とハイランドが組んだことで、経済的な損失を受けた勢力も多い。


 帝国と組んでいた方が、儲かっていた商人たちも、それなり以上にいたからね。




 ―――ハント大佐が同盟の言いなりになっていると、考える者もいたが。


 この戦勝の知らせは、そういった声をも黙らせる力があるだろう。


 ハント大佐の反帝国的な政策と、親同盟的な政策は議会を通りやすくなる。


 ハント大佐は、この戦の勝利によって親のハイランドの指導者となったのだ。




 ―――戦で得た政治力は強く、ハント大佐はハイランド王国軍をより強く掌握する。


 そのことも、アルーヴァは後悔していた。


 アルーヴァは、ハント大佐を蹴落とすことも出来なかった。


 本当は、ハント大佐を国内に閉じ込めておきたかったのに。




 ―――この栄えある遠征軍を指揮し、多くの勝利と戦功を手にするのは。


 自分自身であるべきだと信じていた。


 それなのに、彼は……ハント大佐を止めることにも失敗した。


 アルーヴァには選択肢があったというのに。




 ―――2万の兵だけで、『ヒューバード』を落とすと宣言すればよかった。


 そして、残りの4万をハント大佐に任せて、北へと出発させれば良かった。


 そうしていれば、楽な戦が出来たはず。


 ソルジェが楽に勝たせてくれたのだから。




 ―――そして、『ヒューバード』を落として、すぐにハント大佐の救援に向かう。


 そういう道を選んでいれば、英雄になれたのはハント大佐でなく彼だった。


 国内基盤が安定しなければ、ハント大佐は国に戻っただろう。


 そして、遠征軍の指揮はアルーヴァに移った可能性がある。




 ―――彼には、その道を選ぶ勇気が足りなかった。


 少数の力で、大きな敵と戦う勇気が出なかったのさ。


 ……まあ、ハント大佐に、そういう弱さを見抜かれてもいたし。


 エイゼン中佐も、アルーヴァの野心を知ってはいた。




 ―――アルーヴァは、一言で評価するのなら……。


 乱世の王になる器を持たぬ、半端物だということさ。


 魔王にもハント大佐にも、負けてしまっていた。


 勇気と決断力に足りぬ彼には、やはり乱世の王たる資格はない……。




 ……アルーヴァは、大きな代償支払うことになるだろう。



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