第三話 『ヒューバードの戦い』 その39
血みどろになりながら、竜太刀と竜鱗の鎧と竜爪を、引き裂いた敵の血で赤く染め上げながら、鋼たちと共に踊る。ガルーナの伝統の鋼たちと、ガルーナの伝統の技巧と、ガルーナ人としての気骨と誇りと―――ただ、愛する『家族』を二度と失わないために!!
オレもロロカもオットーも、お互いを守るために、戦線を維持する。何人も、何十人も殺しながら、敵の返り血に溺れるように全身はドロドロになっていく。
それでも止まらない!!
止まらずに、鋼を振り回した!!
止まれば、二度と動けなさそうだ、敵が多いし、そこそこ強い。『バースト・ザッパー』でムチャをしてもいるからな……ッ。止まれば、それで終わっちまうからこそ、とにかく殺し続けるのみ―――。
―――知っているさ、限界は近づいている。敵は、まだまだ大勢いるんだ。このままの体勢を維持するのは難しい……殺しながらも、冷静になろうとする。『家族』のために撤退すべきタイミングと……400人の新兵たちのために、どこまで粘るか天秤にかける。
……ああ。
イヤな天秤だよ。こんなものをはかり比べたくなどないのだがな……。
敵の血に溺れるようになりながらも、多少、自分の血も流しながらも―――オレは殺しながら、それでも期待する……『ハイランド・フーレン』は……『君』の愛する『虎』は、クズばかりではないはずだぞ……。
……なあ。
……そうであって、欲しいんだ―――。
『―――『どーじぇ』、みんな!!はいらんどぐんが、うごくよ!!きてくれる!!』
……ああ。
そうかよ。どうにか、両方守れそうだぜ。
凜とした『真の虎』の声が響いていたよ。混沌とする、戦場の全てを、銀色の一閃で斬り裂くような鋭い声だった。それはまるで天上の音楽のようだ。疲れ切ったオレの耳には、どこまでも美しく聞こえていたよ―――。
「―――帝国軍を斬り裂き、我ら『虎』の誇りを取り戻す!!『虎』は、戦友を見捨てるようなクズではない!!真なる『虎』は、誇り高く、悪を斬り裂き、戦友のためにこそ死ぬ勇者であるッ!!」
「続けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
「友軍を、救援するぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「『パンジャール猟兵団』を、オレたちの新兵どもを、死なせるなあああああああああああああああッッッ!!!」
……『虎』たちが、戦場にあふれて来る。ヤツら、遅れてしまったようだが、ようやく動き出してくれようだな。
まったく。そこまで尻尾をブン回して、戦いを喜ぶのなら、もっと早くにここに来たかったのなら。クズの上官なんて斬り殺して、さっさと戦場に来やがれというのだ。
双刀の剣士たちが、オレたちを飛び越えて、次から次に帝国兵を切り捨てて行く。何十、何百……いや、何千もの『虎』が、オレたちと400人の新兵どもが切り開いた道を、駆け抜けてくる……。
ああ。『切り札』も、街の奥に向かって行くぜ。そうだな、先導する者がいなければ、『虎』たちの勢いも減ってしまう。敵を斬り裂き、道を開き、『虎』の群れで、その傷口をこじ開けてえぐり、破壊していく……そうさ。これぞ、ハイランド王国軍だ。
『ヒューバード』内に、雪崩込んでくる『虎』の群れを、オレたちは見送るような形になりながら、疲れた身体で身を寄せる。
「……無事か?」
「うむ。私たち後衛は、無傷だ」
「ミアもへっちゃら、弾は使い果たしたけど、ケガもない!」
「そうか、それは良かった……ロロカ?」
「ええ。大丈夫です。かなり、つかれて、ボロボロですが」
「私も無事ですよ……ギンドウくんが、キツそうですが」
『……ぎんどう、おつかれー』
ゼファーの鼻先に、ギンドウが腹でのし掛かっている。疲れているんだろうな。無言。でも呼吸も魔力もある。そもそも無傷だからな。死にはしない。ただ、やたらと疲れてしまっているだけのことだった。
「……一時は、どうなることかと思ったが、ハイランド軍の能なしどもが、ようやく動いてくれて助かったぞ」
お怒りエルフさんの口調は荒い。
当然だ。
オレも、今、あの2万を指揮していた男を見つけたら、斬り裂いてしまうだろうからな。開け放たれた門から北を見る。3000ほどの戦力が、残っているな。突撃のタイミングを逸してしまい、立ち往生している。
このまま突撃するつもりもないのか。まあ、構わない。1万7000の『虎』が『ヒューバード』に雪崩込んだのだからな。
彼らが、勝負を決めてくれるさ。
南からも、主力が駆け上がる。街の中で、敵を挟み撃ちに出来る。南北から挟まれた敵は、西へと逃げ出そうとするだろう。門を自分で開けたり、城塞からロープを使って逃げ出すだろう。器用な傭兵どもなら、そういう技巧を持っている。
そうでなければ?
乱世で傭兵稼業なんざ、やっていられるものか……。
傭兵どもが逃げ始めれば、もう戦線を維持することは不可能だ。逃げなければ、『虎』の双刀に斬り裂かれて命を落とすだけさ。
勝敗は決した。
ハイランド王国軍の勝ちだ。約束されてはいた勝利ではあるが……このまま行けば、およそ1時間の内に全てが決着するだろう。ほとんどの帝国兵は、殺される。武装を捨て去り、全力で降伏の意志を示さない限り、彼らは死ぬことになる……。
「……す、ストラウス特務大尉……っ」
「……よう。生きていたか」
新兵たちの代表の一人が、全身血まみれになりながらも、歩いている。傷だらけじゃあるし、返り血まみれでもあるが―――致命傷はない。
彼はゆっくりと歩いて来て、オレの近くで地面にしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……で、でも……半分ぐらい……し、死んじゃいました……っ」
「……ああ」
「……ど、どうして……どうして、王国軍は、道を開けたのに……すぐに、来てくれなかったんでしょうか……っ」
「……指揮官が、それをさせなかったんだろう。それしか、考えられない」
「ヒドい……っ。ボクたちは……がんばったのに……っ」
「分かっている。罪は、償わせるさ」
「……特務、大尉……?」
「……気にするな。ちょっとした独り言だ。それで、あの北の部隊を指揮しているのが、エイゼン中佐か?」
オレと、この400人の新兵たちに命令を与えた男―――あの北の2000にいるのなら、ちょっと顔を貸してもらう必要がある。いや。首か。一瞬だけ貸してもらおう。斬り裂いて、すぐにお返しするが……。
「い、いえ。エイゼン中佐は、南側にいるはずです……」
「……そうか。なら、少し、良かったよ」
南の連中は、マトモに働いている様子だからな。マトモに働いてくれるのなら、それで十分だ……エイゼン中佐を斬る必要はない。
斬るべきなのは……そうだな。
「……あの肩まで髪を伸ばしたヤツは、何ていうヤツなんだ?」
「え?……まさか、この距離で、見えるんですか、アルーヴァ中佐が……?」
「まあな。竜が混ざっているんでな……よーく見えるのさ」
「さ、さすが……っ。『シャイターン』さえも倒す、英雄だけはありますね。ムチャクチャですよ、ストラウス特務大尉……」
……ムチャクチャなのは、アルーヴァ中佐とやらだがな。そいつのせいで、ムダに大勢の兵士が死ぬところだった。
それとも、オレたちが撤退すれば、あの髪の長い野郎は、気をよくして、この門を通って『ヒューバード』に攻め込んで来たのだろうか?……分からなかった。
……とにかく、オレたちはしばし、その場にしゃがみ込み、呼吸を整える必要があった。生き残ってくれた新兵たちが、一人、また一人と、ボロボロに傷ついた体で、この場所にやって来てくれる。
オレは歓迎したが、彼らは微笑みを返すのがやっとだった。彼らの心には不信感が広がっている。オレに?……それもあるかもしれないが、祖国の軍隊に対してだった。自分たちを、アルーヴァ中佐とやらが見捨てという事実を、彼らだって理解している。
これが戦場。
そう言い切れるかもしれない。
所詮は、権力を持った連中の政治闘争の道具という側面を切り離すことは出来ない。権力や利益のために、ヒトは殺し合う。ならば、権力や財を多く持つ者にとっては、戦というものは、私腹を肥やすための道具に過ぎないのだ。
「……アルーヴァのクズ野郎は、どういうヤツだ?」
「……代々の、王国軍人です。父親も、祖父も、王国軍のトップを務めていました」
「……貴族みたいなものか」
「……王族の血も、入っているとか?」
「そうか。殺せば、面倒な人物か」
「……特務大尉。それは、さすがに……」
「ああ、気にするな。独り言だ。お前は、何も聞かなかった。それでいいな?」
「……は、はい……ですが、本当に、ムチャは、いけません。アルーヴァは、権力者なんですよ……」
「権力があれば、悪を成しても見すごされるか。そういう考えは、君らの国を再び暗黒時代に戻してしまうぞ」
「……分かってはいるのですが、皆、偉いヒトたちに逆らうのは、怖くて出来ません」
「……そうか。まあ、君らのところの偉いヒトは、とりわけ乱暴者だったものな」
「……でも。そうだ……ああいうヤツを放置していたから、ハイランドは、マフィアなんかがのさばる国になっていったんだ……自分のことばかり、考える悪人がいるから」
「君らは、一人の勇敢な者がいれば、その勇気について状況を変えられる。ハント大佐、さっきの『虎』のようにな」
「……はい。『ハイランド・フーレン』は、きっと、そういう気質なんです」
「それは、いいことだ。真の勇者を、見殺しにしない。君らは、それが出来るから、まだ堕ちるところまでは堕ちていない」
「特務大尉……」
「……後は、君らの指揮官に任せておけ。君らは、十分に戦った。しばらく休め。この勝利が、これだけ短時間で、これだけ犠牲で手に入ったのは、君たちが勇敢に戦い抜いたからだ。君らこそが、この戦における、最高の英雄だということを、死ぬまで忘れるな」
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