第三話 『ヒューバードの戦い』 その41
大半の帝国軍を殺して、『ヒューバード』のメインストリートは血に染まっていた。無造作に積まれた帝国兵どもの死体は、この戦いが、どれほどまで一方的に行われたのかを物語っているだろう。
圧勝だったし……やはりというか、旗色が悪くなった傭兵たちは大勢逃げ出していた。西の山を走り、勝利に飢える『虎』たちから、必死に逃げようとして全力を尽くしている頃だろう。
逃げる敵を追いかけて潰す。そうすることで、戦果は拡大する。帝国に組みする傭兵どもなど、生かしておいても『自由同盟』を利することにはならん。
……自由に狩り殺すがいいさ。
敗北時には、相応のペナルティーを支払うことになる。他人の戦に顔を突っ込んで商売するという傭兵稼業の、仕方ない代償ではあるな……。
同業者として、どうにか上手く生き延びてみればいいと祈ってやろうかな……。
……さてと。
そんなどうでもいいことよりも、オレはしなければならないことがある。そうだ、アルーヴァよ。先ほどの件について釈明してもらおうじゃないか。ハント大佐の影に隠れてもムダだぞ?
ハント大佐はね、オレの抑止にはならない。
何故ならば、彼はオレの真の雇い主ではないからだよ。
この特務大尉の地位も、『ヒューバード』の戦限定のものだからな?……終わってしまったよ。その戦が。
今のオレは誰だろうな?
ああ、顔を反らすなよ?
……今から死んでいく貴様の顔を、オレに見せてくれると助かる。オレの後ろに並ぶ、180人の傷だらけの新兵たちが見えるかな?……最も階級の低い、彼らが、戦勝を宣言するハント大佐や貴様の前に姿を現している。英雄だからだ。
彼らは貴様たちの誰よりも遠くまで走り、命がけで大きな任務を達成して、この勝利を創って見せたのだ。
彼らがいなければ、もっと大勢が死んでいたし、もっと多くの時間をこの戦に費やした。ハイランド王国軍が疲弊して、『自由同盟』最強の戦士たちの威力が鈍ってしまうところであった。
……帝国との戦の今後を、大きく左右するような戦功を、400人の新兵は成し遂げたのだ。
そうだというのに。お前と来たらな、アルーヴァ。そんな英雄たちを見殺しにしたな?……ハイランド王国軍の特務大尉としても、『自由同盟』の一員としても、貴様の所業を見逃すわけにはいかないな。
ハント大佐が戦功著しい者たちを讃える式典を催してくれている。正式な式典は後日に開くのだろうが……この血なまぐさい戦場でする意義は大きい。英雄たちの血が流れた戦場でこそ、真に栄誉とは何なのかを考えるに相応しい環境であるからな。
「……ソルジェ・ストラウス特務大尉、こちらへ」
ハント大佐に呼ばれて、オレは彼の前で片膝を突いた。騎士のスタイルだ。ハント大佐は、あの大きな尻尾を揺らしながら、オレを見て静かにうなずいた。
「相も変わらぬ武勇のすさまじさ。そして、奇抜な戦術。今度も大きな貢献をしてくれたな」
「いいえ。オレに貸し与えられた、有能な400人の新兵があればこそ。彼らの貢献がなければ、この戦はまだ続き、大勢の『虎』が斃れていたことでしょう。真の英雄は、彼らですよ、閣下」
「……うむ。幼き彼らの祖国への貢献、決して軽んじることはない」
「英雄の遺族には、手厚い助けを」
「もちろんだ。彼らの遺族は、若い息子を亡くした。兄弟を亡くしてしまった。最大限の努力を約束しよう」
「冥府で彼らも浮かばれますよ、閣下」
「うむ」
「……そして。もう一つ」
「……なんだね、ソルジェ・ストラウス特務大尉」
「いいえ。大佐、オレのその肩書きは時間切れですよ」
「そうだな。戦が終われば、君の身分は―――」
「―――ええ。『パンジャール猟兵団』の団長であり、『自由同盟』の一人の戦士に戻るのです」
「ああ。有能な君を、可能であれば我が軍に在籍させたいものだが……」
「オレたちは仲間ですよ。いついかなるときも、『自由同盟』に所属する戦士として、閣下もオレたちも、仲間です」
「うむ」
「……ですが。今、オレは大きな疑問を抱えています」
「……それは、この祝いの場で言うべきことかね?」
ハント大佐は気づいているさ。気づいているからこそ、確かめるように訊いてくる。オレはゆっくりとうなずく。
「ええ。むしろ、この場でなければならないことを、大佐と、そこにおられるアルーヴァ中佐にお答え願いたい」
「私は何でも話そう」
「わ、私は―――」
「―――話すべきだぞ、アルーヴァ。オレを怒らせない方がいいぜ」
「……っ!!ぶ、無礼だぞ、一傭兵風情が!!」
「それはすみませんね、中佐。でも、一時的にですが、かつて特務大尉であったオレの質問に答えてくれませんかね?……この敵味方の英雄たちが眠る場所で、訊きたいことがあるんです。拒めば、オレは乱暴を働くでしょう」
「……っ!!私を、脅すのか!?」
「いいや。ただ質問に素直に答えて欲しいんですよ。アルーヴァよ、貴様、オレたちが400人の英雄と共に、北の門の一つを解放したとき、飛び込んで来るどころか、遠巻きに見るだけで、オレたちを見殺しにしたな」
「そんなことは―――」
「―――していないと言えば、斬るしかないが?」
「……っ」
「ソルジェ殿……」
「ああ。すみませんね、大佐。オレは『自由同盟』の戦士として、そして、特務大尉であった者として……死なせてしまった部下たちの数が増えた理由を、この男に訊かねばならないのです。彼が、素直になるなら、オレも乱暴は控えましょう」
嘘だけどな。
だが、ハント大佐の顔も立てる。オレから彼に対する親愛と、見返りを期待する感情からだ。
「ああ。その動きについては、私も疑問視している。アルーヴァ中佐。どうして、我らが同軍の仕官と兵たちが、命がけで城門の一つを開いたというのに……突撃しなかった?」
ハント大佐も怒っている。彼の怒りは、オレよりも深いかもしれない。
「……敵の罠かもしれませんからな。私は、作戦の詳細を伝えてもらってはいない」
「軍事作戦だ。秘匿しておくことで、より安全に策を実行することも出来る。私の判断を責めているのか、アルーヴァ中佐?」
「い、いえ。そのようなことはなく……」
「それに、ソルジェ殿が竜騎士であることも、知っているはずだ。彼ら『パンジャール猟兵団』が我らの同胞であることは、周知の事実である!……どうして、同胞の動きに、兵を動かさなかった?その行動は、大きな疑問が残る。説明したまえ」
「……そ、それは。北を守る私が、不用意に軍を動かせば?……帝国軍が北へと逃亡することを許しかねない。北に集結しつつある軍に、合流することを避けたかったがために、行動に出るのが、遅れました」
……さすがは軍人、戦士と違って口が上手いもんだな。いい自己弁護だが―――。
「―――その迷いのせいで、お前は大勢の助かるはずであった新兵たちの命を死に追いやったか」
「そ、そうではないぞ!?」
「違うのか?……お前の判断能力の無さを、オレは大きく問題視したい!!このような無能な男が、ハイランド王国軍の中佐という責務に、相応しいものなのか?……そうであるのなら、ハイランド王国軍の沽券に関わる問題だろう」
「わ、私を無能だというか、傭兵が!!」
「違うのならば、説明して欲しい。お前は判断を誤った。躊躇したな。北に帝国兵が逃げるといっても、帝国兵は総員でも2万2000しかいない。大佐指揮下の2万も、東に配置していた、北へと逃げる兵は、いたとしてもわずか。2万を待機して、戦に使わないなど愚の骨頂だ」
「お、お前に、我々の何が分かる!?知った風な口を聞きおって!?」
「お前の無能のせいで、死なせなくてもいい若者たちの命を失った。その理由を教えて欲しいモノだな」
「そ、それは……お前が……」
「オレが悪いのか?……口に気をつけるべきだぞ、アルーヴァよ。お前の言葉は外交力を持つ。お前が、クラリス陛下の私兵であるオレたちについて、『信用出来ない』と口にするのならば、ルードとハイランドの外交的な信頼関係にヒビが入るぞ」
「……っ」
「そうなれば、クラリス陛下は貴様の妻子の身柄を要求するかもしれない」
「な、なに!?」
「人質を使わねば、お前が我々を裏切る可能性がある。今夜のように、また裏切られてはたらまないからな。お前の妻子でも人質にルードへいるというのな、安心することが出来る」
「ひ、卑劣な!!」
「どの口が言うのかね。まあ、オレに卑劣な策を使わせないで欲しい。両国の健全な友好関係を、破綻させたくはないだろう。素直に、答えろ。どうして、オレたちを見捨てた?何が目的だったんだ?……先ほどのように偽りで誤魔化すな。お前の嘘は、オレにはすぐバレるからな」
「……っ」
「外交上の問題にまで発展させて、貴様の家族まで巻き込むことをさせるなよ」
「……わ、私にどうしろと?」
「責任を取れ。指揮権を放棄し、軍籍を抹消するか……あるいは―――」
「―――……それでは、足らん。命の重さは、命で支払え」
我々の『切り札』は、鋭く、そう宣告していたよ。『虎姫』、シアン・ヴァティ。ハイランド王国のカリスマを呼んでいて、本当に助かった。
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