第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その31
その表現が果たして正しいのか、それとも間違っているのかさえ、よく分からなくはなるのだが。この不定形に蠢く、屍肉で造られた巨大な怪球に対して、オレとロロカは左と右から強打を同時に入れたのさ。
水死者のように膨らんだ、『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』はオレたちの強打が放つ衝撃を浴びせられ、その内部で衝撃がぶつかり……ヤツの中身までをも破壊していく!!
強打の重奏により、ヤツの体は揺れて威力を分散させることもなく、内側から傷つけられる……命あるモノならば、この同時攻撃を浴びせられたなら、内臓が破裂して致命的なダメージを負うのだが―――『ヘカトンケイル』は異なっていた。
ヤツは、巨大な口から死者の、どす黒い血と強酸の胃液を放ちながらも、無数の腕を脚の代わりに使うことで『走り』始めた。
胃液のシャワーなど、浴びるつもりはないからな。オレもロロカ先生も、さすがに、インファイトをあきらめる。ヤツから跳び退いて、強酸の雨を躱していた。だからこそ、ヤツはその物置小屋みたいに大きな体をしているくせに、やたらと速くフロアを走る。
逃げ出そうとしたわけではない……この広いフロアを走りながら、加速して行く。大きく弧を描くように、フロアの中を走って来て……ヤツはオレ目掛けて飛んで来やがった!!
それは、まるで矢のように速い体当たりだ。無数の腕で、あの屍肉の怪球野郎は加速しただけでなく―――まるで足が地面を押して跳ぶように、青白い腕どもを使い、床石を蹴ったのさ。
迫る屍肉の怪球は速い。だが、オレも遅くはないよ。全力で、右に向かって横っ跳びをしていた。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!
ダンジョン全体に響き渡るような、巨大な音が鼓膜を揺さぶり。揺れるダンジョンの床が軋み、天井からは数百年モノのホコリが落ちてくる。『ヘカトンケイル』は、壁を貫いた時の技巧を見せていたのだ。
……ヤツは、壁にめり込んでいる。一メートル近くもな。もしも、あの体当たりを避けきれなければ、オレはヤツと壁の間で潰されてしまっていたよ。即死だったろうな。
『ヘカトンケイル』は、その体当たりで、かなりのダメージは受けたと考えられるが、ヤツはその無数の腕を使って、壁に突き刺さった巨体を、引きずり出してくる。
「……今の攻撃で、あの穴を開けたんですね」
ロロカ先生が、オレのとなりにやって来る。オレを心配してくれているのもあるのだろうが、突撃に備えるためでもある。
「……らしいな。ロロカ、ヤツの体に、弱点を感じたか?」
「……いえ。あれだけの強打を連携させて、まだ動くとは」
「だが」
「はい。だからこそ―――」
「―――もう一度、突撃だ!!」
二人して同時に掛け始める。『ヘカトンケイル』が壁の突き刺さっているのなら、動きが悪いだろうからな。左右からの挟み撃ちでダメなら、二人同時に火力を集中させて壊してやろうってことだよ!!
だが、屍肉の怪球には、無数の目玉もある。こちらの突撃に気がついた『ヘカトンケイル』、青白い腐肉の胴体を歪ませながら、腕を伸ばして来ようとしたよ。我々の突撃を邪魔しようってことだな……。
しかし、『パンジャール猟兵団』を舐めてもらっては困る。
「ハハハハッ!!引き裂いてやるぜッ!!『雷槍』、『ジゲルフィン』ッッ!!」
ギンドウ・アーヴィングが紫電を放つ!!『ヘカトンケイル』の左側の腕の群れが、紫電を浴びせられる。その暴力的な『雷』の本流により、細胞から爆ぜるようにして、数本の腕が飛び散っていた。
「―――『剣と遊ぶ春風の精霊よ、我が敵を斬って回り、我らが道を開け』……『ダンシング・シルフ』ッッ!!」
我が妹、ミア・マルー・ストラウスは右から、翡翠の輝きを帯びた『風』を撃つ!!真空の斬撃が、『ヘカトンケイル』の『右腕ども』を斬り捨てていく!!
屍肉の腕に、それほどの耐久性はないものさ。まして、超一流の風使いである、ミア・マルー・ストラウスの『風』ならば、十分に切り裂けるんだよ!!
『雷』に左腕どもを爆破され、『風』に右腕どもを斬り裂かれた。無防備になった『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』目掛けて、オレとロロカ・シャーネルは、動きだけでなく呼吸も合わせて鋼の強打を叩き込む!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「でやああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
竜太刀の黒き斬撃と、霊槍の打ち込みが、屍肉を引き裂き、その奥底にある異形の骨格どもを叩き崩す!!
『ぎゃがががあああああああああああああああああああああああああああんんんんんんんんんッッッ!!!』
手応えを感じる『悲鳴』だったよ。鋼が、ヤツの理解しがたい形状の骨を、何本ものへし折り音が聞こえたからな。柔軟な腐肉の怪球であったとしても、それだけの重量を支えるためには、やはり骨がいるもんだろ?
……多分、『コレ』は……『肩甲骨』。腕のつけ根の骨を、『ヘカトンケイル』はその体内に無数に持っていて、そいつがあるからこそ、強力な腕を振り回せているのだろう。
アンデッドならではの、ワケの分からん構造をしているな。だが、ずいぶん深く、なんとも多くの骨を叩き割ってやったぞ。
致命傷ではないかもしれないが、深手にはなっているだろうよ。このまま踏み込んで、攻撃を重ねてやりたいところだが―――ヤツは、また『得意技』を実行して来やがったよ。
あの馬を丸呑みできそうな大きさの口から、胃酸を吐き散らす。ヤツ自身にかかってしまうことさえも、躊躇うことはなかったらしい。屍肉を、融解させる強酸を雨が、ヤツと周囲に降り注ぐ。
オレもロロカ先生も、ヤツの胃酸の雨を浴びるつもりはない。また、跳び退いていたよ。そして。その隙を、ヤツは逃さなかったんだ。
無数の腕を大地に突き立てる。おびただしい数の青い死者の指が、床石に食い込まんばかりの力をかけた。
『ヘカトンケイル』は満身創痍の体を加速させる!……とんでもない速さになりながら、壁に開いてある大穴を目掛けて逃げ出していた。
その大穴の前にいるリエルは、舌打ちしながらも矢を放つ。『ヘカトンケイル』に命中するし、『雷』がヤツを焼いていくが、それでもヤツはこの逃亡に全力を尽くすつもりらしい。
感電する肉体を止めることはなかった。ただただ強引に走り、穴から逃げ出そうとしている。
リエルは、その長い脚で素早く床を蹴ると、突撃してくる『ヘカトンケイル』に道を譲っていた。オレの貌は、ニヤリと歪む。リエルが無事だったことを喜ぶ?……それは、まあ、そうなんだが―――リエルは別に、ただ避けていたわけじゃない。
成長こそを、喜んでいた。
強力な魔術に頼りがちで、弓使いのくせに前に出たがるリエル・ハーヴェルは、こちらが指示を出さなくたって、すべきことをしていてくれたことを。
『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』も、あの巨大な口で笑っていったよ。胃液と『雷』に焼かれる全身に痛みを抱えながらも、それでもヤツは逃亡を確信していた。あの地下水道に逃げ込めば、どうにかなると考えているようだ。
しかし、戦術を駆使して戦う我々が、排除すべき獲物に道を残すことはない。
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!
床石が爆裂していた。紅蓮の爆炎が放つ音と灼熱を、この場にいる全員が肌で感じたことだろう。森のエルフの王族が持つ、強大な魔力が、『炎』となって世界に顕現していた。
『ヘカトンケイル』が、その圧倒的な火力の前に吹き飛ばされる。かなりの速度で走っていたからな、不安定だったというわけさ。そんな状態で、『魔術地雷』を踏みつけてしまったら、簡単に宙に舞うよ。
そうだ。
簡単なことさ。
コイツの逃亡先は、一つしかなかったのだから。あの巨体では、オレたちが通ってきた狭い通路を抜けることは叶わない。コイツには、逃げ道があるとすれば、最初から、あの壁に空いていた大穴だけだったんだよ。
だからこそ、オレのリエル・ハーヴェルは、その大穴の前に、無数の『魔術地雷・炎』を設置していた。唯一の逃げ道には、エルフの王族の魔力が込められた、強力な罠が待ち構えていたというわけだよ。
……今日は、一日中、ドヤ顔をしていてもいいぜ、オレのリエルよ。いい成長を見せつけているのだからな。
『魔術地雷・炎』に足下から爆撃された『ヘカトンケイル』は、衝撃による再三の内部破壊に加えて、その傷だらけの全身を焼き尽くされていく。
爆風により、天井に叩きつけられたヤツは……残りの腕で、必死に天井へとしがみついあ。死者の指どもがガリギリリイ!という鈍い音を立てながら、天井の石材をえぐっていく。
ヤツは、下に落ちたくなかった。オレたちがいるからな。それに、足下でいまだに燃え盛る『魔術地雷・炎』から逃れたかったのだろう。
もはや知性ではなく、ただの本能的な逃避の反射に過ぎない。ヤツは天井に指を突き立て、のそりのそりと這って歩く……『炎』から逃れられたら、それで良かったのかもしれない。唯一の逃げ道である、水路への穴ではなく、このフロアの中央に向かう。
哀れさを感じるよ。
だから。
心優しき、オットー・ノーランは自分の役目を果たす。彼のこの戦いでの役割は、あの三つ目で『見る』ことだ。時間と体力を使っていいのなら、『ヘカトンケイル』をオレたちは単独でだった狩れるだろうが―――ヤツの弱点を知りたいし、情報収集も必要だった。
このダンジョンの謎を解くために、我々が、今後、『ヘカトンケイル』と同種のモンスターと戦う時、どんな戦術を使うべきなのかをオットーには見つけてもらいたかった。
そして、彼はその任務を完了させたようだ。
『ヘカトンケイル』を三つ目で観察し終えた彼は、棍を片手に動き出す。『ヘカトンケイル』は、天井から落下していた。腕の数が減りすぎていたからな、指の骨が割り与えられた負担に耐えきれずに、折れてしまったんだよ。
もはや、天井を這うことも出来ぬ『ヘカトンケイル』は、床に叩きつけられた。それでも生きている。だからこそ、近づくオットー・ノーランに対して、折れてへしゃげた腕の群れで打撃を放つ。
いい速さの打撃だが、オットーのフットワークは軽く、三つ目は既にヤツの動きを読み切っているのだ。打撃をかいくぐりながら、オットーは、『ヘカトンケイル』に棍による突きを叩き込んでいた。
バギリ!という音が、屍肉の中で響いていた。静かな一撃であったが……『ヘカトンケイル』には『致命傷』となったようだ。ヤツの腐肉が、泡立つように波打ち……いや、実際に、泡を吹き出しながら崩れていく……。
呪いが、解かれたようだ。
無数の死者を、『ヘカトンケイル』として存在させるための呪いが、今、砕けていた。
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