第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その32


 100年間保存されて、『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』を形成していた屍肉たちは、泡を吹きながら融けていく。欠片どころか塵も残すことはなく、まるで空気に喰われているみたいに、この世から消えていくのさ。


 幸いなことに、ヤツの巨体は腐臭の一つも残すことはなかったのは、我々の嗅覚と精神衛生上に都合のよい事実だったよ。


「三ちゃん、スゴーい!!どうやったの!?」


 ミアがオットーに尊敬の眼差しを向けている。オットーは、三つ目を閉じながら、ミアだけじゃなく、オレたち全員に答えを教えてくれた。


「皆さんと『ヘカトンケイル』が戦いつづける間、私は『彼』を観察していました。そして、体内を巡る魔力の『中心』をこの目で見つけました。そこが、呪いの『中心』でもあったのです」


 『ヘカトンケイル』という、『無数の死者』をつなげた存在……そいつがこの世に成り立つためには、強力な呪術の媒介を必要としていた。それを成していたモノこそが、オットーの口にしている『中心』ということだろう。


「……『ヘカトンケイル』の『中心』は、その名が刻みつけられたプレート……これですね」


 オットーの足下には、真っ二つ折れ曲がった魔銀製のプレートがあった。横長のそれには、『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』と刻まれてあり、その後ろには『3号』という文字もあった。


「……うげげ。コイツ以外にも、あと二体いやがるんすかあ……?」


「今もいるのかは分かりません。この個体も……呪いの『中心』を打ち抜けば、簡単に崩れてしまった。戦闘能力はありますが……『兵器』として運用するには、少し不安定過ぎます」


「『兵器』か。『アプリズ魔術研究所』の研究目標は、どうやら、それらしいな」


 こんなモノを、少なくとも三回は造ろうとしただと?……あの腕の数から考えれば、一体につき、どれほどの死体が必要になったのか。


「ええ。『ヘカトンケイル』を造る労力を考えれば、副次的な産物とは思えません。何十人の死体……公の組織がバックにいるのなら別ですが、彼らはマイナーな秘密結社」


「……それに。ここの地上がモンスターや、妙に大きな獣だらけなのも、それなら説明がつくな」


「え?『ゼルアガ』がいるんじゃないの……?」


「残念だが、いない可能性が出て来た。地上のモンスターは、『呪いの風』以外の影響で増えている……おそらく、『アプリズ魔術研究所』の魔術師どもが連れて来て、飼いならしていた」


「モンスターを、飼いならすだと?……どういうことなのだ、ソルジェ?」


「『ヘカトンケイル』のような『兵器』を造っていたのなら、それと戦う『実験台』がいるじゃないか」


「……ふむ。なるほどな、モンスターで『試し斬り』か」


 分かりやすくて、いい表現だ。ミアの目が輝いているもんな。分かった!……そんな顔しているよ―――。


「―――そうだ。そのために、モンスターをこの土地に誘導したか……あるいは、高度な呪術で縛っているんだろうよ」


 自分たちの拠点にモンスターを誘導し、定着させる。狂気の発想だが、『ヘカトンケイル』あたりの実験台のためになら、丁度いいかもしれん。


 リエルが射殺した巨大なイノシシと、『ヘカトンケイル』を競わせれば、いい勝負が出来そうだ。


「……『アプリズ魔術研究所』が、『兵器開発業者』だとすれば、ドワーフの山城の跡地に、居を構えるメリットも見えて来ますね」


「どういうこと、ロロカ?」


「演習させるためじゃないでしょうか?……『ヘカトンケイル』や、その同類たちが、どれだけ攻城戦に役に立つか……それを試すことが出来ます」


「……はあ。とんでもなくブラックなカルト野郎どもっすね、アプリズのヤツら」


「『ヘカトンケイル』くんを三体も造っている時点で、狂気の度合いがヒドいのは証明済みだろ?」


「ホントそうっすねえ……これだからカルト野郎どもは好きになれねえっすよ」


 『アプリズ魔術研究所』は、『兵器開発業者』の側面を持つ中堅カルトってところか。『兵器化したモンスター』……軍事用に使うには、数が多くないと難しいだろうし……そうなると管理が大変だ。使うなら暗殺とかかな……。


 盗賊やら、おかしな趣味の金持ち……そういう連中には、ウケが良いかもしれない。自分と切り捨てることが可能な暴力で、存在そのものが面白みはあるからな、モンスターってのは。傭兵と違って、裏切っても復讐しに来ることもなかろう。


「……ふむ。情報が集まって来ておるな!……それで。次はどうするのだ、ソルジェ?」


「他の『ヘカトンケイル』が地下水道にいたとしても、この部屋を出られまい」


「かなりのデカブツっすもんねえ」


「なら、放置してオッケーってこと?」


「とりあえずな。それに……オレの眼には、少し情報も映っている」


「どんなことですか、ソルジェさん?」


「そこにある『ヘカトンケイル』3号のプレートだが……呪いの『糸』が見える」


「『モルドーア』の呪術と、同じものなのでしょうか……?」


「いや。これは別物だよ。『ゾンビ』は『合作』みたいだが、他のアンデッドどもは、『モルドーア』と『アプリズ魔術研究所』、それぞれの呪術の独立した管理下にありそうだ」


「そうですね……あの『ゾンビ』だけが例外……ならば、お二人が回収した、あの『鍵』は、大きな価値があるかもしれませんね」


「そんな気がしている」


「それで、団長。このプレートからは、どの方角に『糸』が見えるのですか?」


 オットーに急かされてしまう。彼の手が持つプレート、それから伸びる赤い『糸』は、『モルドーア・スケルトン』たちをつなぐ『糸』よりも濃い。


 400年と100年の違いかね。あるいは、『アプリズ魔術研究所』の魔術師の方が、呪術に長けていたのかもしれない。


「その『糸』は……オットーが持っている『鍵』とつながり、ここから『北北東』に向かって伸びている」


「『北北東』……『モルドーア』の呪術の『糸』は、まだ『東』を向いていますか?」


「向いている。別の方角なのは、間違いがないよ」


「水路には?」


「向いていないな。地下水路には、『ヘカトンケイル』の1号とか2号は、いないんじゃないかな」


 それも『ヘカトンケイル』を放置しても良さそうだってことの、大きな理由の一つだ。


「他の『ヘカトンケイル』は、もう存在していない可能性もある。あるいは……この『糸』が導く先に、いるのかもしれない」


「……そうなのですか。それならば、団長?」


「ああ。『北北東』に向かうぞ。皆、異論はあるか?」


「いいえ。私は、いいと思います。『ヘカトンケイル』の戦力を見た以上、可能な限り情報を集めておくべきですもの」


「私も賛成だぞ」


「ミアも!」


「……これで、反対とか言えるほど、オレも空気読めないヤツじゃないよ。賛成っすね」


「満場一致で嬉しいよ。チームが一丸になっている感じがするぜ」


「うむ!では、向かおう!」


「……あ。リエル、忘れるところだった」


「何をだ?」


「いい連携をしてくれたな。地下水道にヤツが逃げ込まないように、『魔術地雷』を仕掛けてくれたじゃないか。あのおかげで、ずいぶん楽に仕留められたぞ」


 魔剣や霊槍……魔力の消費の多い大技を使わずに済んだ。そのおかげで、この探索がスムーズになる。魔力を使い過ぎれば、回復するまでに時間が要るからな。


「いい判断だった」


「う、うむ!……ま、まあ、猟兵として、当然なのであるからして、そ、そんなに褒めなくても良いのだぞ……?」


 ドヤ顔になるタイミングを逸してしまった、エルフさんは、何だかムダに照れているようだ。眼福だな。グロいアンデッドばっかり見ていたから、恥じらう美少女エルフさんの顔を見るだけで、目玉が洗浄されるような気がしたよ。


 ついさっきまで、『ヘカトンケイル』みたいなグロテスクな腐肉の怪球に突っ込んでいたものだから、余計に癒やされている気がするな。


「……だが。す、少しは、褒めても、いいのだぞ……?」


「ああ、よしよし、いい子ちゃんだ」


 エルフさんの銀色の髪が生える頭を、ナデナデしてみる。


「……む、むう。なんだか、犬あつかいではなかろうか……?」


「少し褒めろと言うから?」


「私のオーダーのせいだろうか……?」


「リエルは、ナデナデ嫌いなの?」


「い、いや。これは、これで、嫌いではないのだが……もう少し、上等の褒め方であっても、適切なのではないか?」


 欲求を丁度いいさじ加減で満たすというのは、難しいコトのようだな。


「―――あ!!」


「どうした、ギンドウ?」


「……いや、さっきの白い魚……どこかに行っちまったよ」


「ドジョウだからな、這って逃げたのかもしれない」


「……あーあ。それなりに、いいサイズだったから、魚拓でも取っておけば良かったっすねえ」


 遊びには細かい男だな。ギンドウらしくもあるがな。笑えるネタの一つになるし?白いドジョウ釣ったら、グロいアンデッドに襲われた?……ギンドウ・アーヴィングの口から聞きたい、ちょっとマヌケな思い出話だ。


 酒を呑みながら、あの変なドジョウの魚拓を見たら?気分良く爆笑することが出来た気がするなあ。そう考えると、ちょっと残念だ。


「安心して。ギンドウちゃんには、『偽ミスリル』があるじゃん!」


「ミアっち。『偽ミスリル』は、何だか胡散臭すぎるっすよ……?」


「似たようなものではないか。では、出発しよう。ソルジェ、行け!!」


 リエルは、ちょっとした復讐のつもりなのか、オレのことを犬扱いさ。


 構わないがね。


 勇敢な猟犬みたいに、チームの最前線を歩くのは、密かなのオレのプライドでもある。仲間の盾になる、最前列。戦士としては、その場所にいること自体、誉れ高いことだよ。


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