第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その30


 ギンドウの釣ったローチ/ドジョウは、白くて、歪んでもいるな。この閉鎖された空間で世代を重ねて来たせいか、ある種の栄養不足のせいか、目は細くなり、ヒレは平たく伸びていた。


 この空間で生きるということは、並大抵のことではない。生命が歪んでしまうほどには、過酷なのさ……。


 そうだ。


 暗闇と、栄養不足、無音の静寂に閉鎖性―――トドメと言わんばかりに、アンデッドの巣でもあるな。悪条件が重なりきったその場所に、『そいつ』は、オレの予想では100年前から棲み着いていた……。


 皆が、気づいている。


 猟兵は敵の気配に敏感だ。でも、知らないフリをしている。逃げられたら厄介だからだ。壁をブチ抜くほどの攻撃力があったからといって、攻撃的な性格であるかまでは分からないからな。


 ……全員が、魔力を押さえながら『弱者』を装っている。強者に挑みたがる生き物は、基本的に存在しない。『そいつ』に関しては、おそらくマトモな生き物ではないだろう。呪術で生み出されただけの、間違った存在さ。


 ……『呪い追い/トラッカー』でよる、赤い『糸』は見えない。『アプリズ魔術研究所』が造った存在だっていうことさ。コイツは、『シェイバンガレウ城』の地下迷宮に蔓延している、『モルドーア』の呪術とは無関係な存在らしい。


 『アプリズ魔術研究所』は、あの鍵を持たせた『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』のように、『モルドーアの呪術』にアンデッドを組み込む場合と……『そいつ』や『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』のように、自分たち独自のアンデッドも造っているようだ。


 ……いや。


 あのゾンビだけが、『特別』だったのかもしれない。事情を知っている者だけに、分かる仕掛けか。ゾンビの腹に『鍵』をしまい込むなど……普通は気づくこともないからな。


 『そいつ』が近づいてくる。


 音を殺しているな。


 なかなか、器用なヤツらしいよ。『天井に張りつきながら、無音で動く』……あれだけ、巨大なのにな。


「……そろそろ、いいぜ」


 その言葉と共に、猟兵たちは動き始める。このフロアに散りながら、それぞれが鋼を構える。


 天井にいる、バケモノを見たよ。消し切れぬ魔力のせいで、オレたちは見なくても大きさを類推することは出来るが―――『そいつ』の大きさを肉眼で確認してしまうと、少し気分が悪くなってしまうな……。


 なんとも、デカかったよ。クジラとまでは言わないが、ちょっとした小屋ぐらいのサイズはあるだろう。5メートル、いや、6メートルというトコロか?


 ジェド・ランドールが表現に困ったのも分かる。オレでも日記にどう書き残すべきか、かなり悩んでしまうだろうな。


 『そいつ』はね、端的に言えば『肉団子』だった。白く膨れあがった、水死者のようなブヨつく肉……それで造られた、直系6メートルほどの肉団子。アンデッドなのか?……そいつの答えは明白だな。アンデッドだよ。


 初めて見るバケモノではある。でも、『そいつ』が死者を冒涜した果てに造られた存在だということは、一目で理解することが出来た。


 理由は、そもそも、腐敗した肉が動いているからでもあるし……『そいつ』からはヒトの『部品』が多く生えていたからだ。


 オレたちは、『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』の、『残りの部分』を見つけてしまったらしい。腐肉の肉団子からは、無数のヒトの腕が生えていたよ。白くてブヨブヨの、水死者の腐りかけた腕が、20から30本ってところか。


 あまりの醜さゆえに、マジメに本数を数えることはしない。


 とにかく、『そいつ』は無数の腕で、天井にしがみついていた。そうやって、無数の腕を使い、クモやムカデのように天井を這い回ることができるようだな。しかも、極めて静かなままに。


 腐肉の中心が、大きく裂けていた。『ウィプリ』の群れに、頭上を飛び回られたときに感じた、怒りを覚えたくなるほどの口臭を感じる。そうだ、『そいつ』のブヨブヨした胴体の中心には、大きな口があった。


 口といっても、これが大きなモノでな。ヒトの形状に似てはいるが、サイズが桁違いだった。開けば、二メートルいじょうはあるだろう。ヒトどころか、牛やら馬でも丸呑みすることが出来そうなほどに、その口は大きい。


 ヒトと同じ歯の形をしていることが……親近感ではなく、嫌悪を呼び覚ます。それはオレに限った現象ではないと思う。短気な蛮族以外でも、この醜いにも程があるアンデッドを目の当たりにすれば、吐き気と共に、巨大な嫌悪を覚えたに違いない。


『ぎゃがががががががぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 意味なき叫びを、あふれる唾液の滝と一緒に、その口から放つ。ああ、醜いな。声すらも醜いと来たか。


「……『ヘカトンケイル』……っ」


 オットー・ノーランがそう呟いていた。ダンジョンや辺境に詳しい、探険家は、この怪物の知識があるのだろうか?


「オットー、コイツを、知っているのか?」


「いいえ。知りません。ですが……このアンデッドの内部に、そう書かれたプレートが埋め込まれています……『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』と」


「……製作者の狂った魔術師どもに、名前はもらっていたんすねえ……『親』にまで、ディスられてるっすけど?……いいや、むしろ、カッコいいと考えてつけたのかもな!」


 『アプリズ魔術研究所』の魔術師どもは、こんなモノを、わざわざ造っていたわけか。何のために?……幾つか可能性はあるが、今は考えるのはよそう。この『醜き百腕の忌み子/ヘカトンケイル』は、その大きな口から肉食性を感じさせる唾液を垂らしている。


 アンデッドらしく、食欲に対して忠実な存在らしいな。


 『ヘカトンケイル』が、天井から落下してくる。狙っていたのは、オットー・ノーランだ。名前を暴かれたのが気に入らないのか?……そいつは分からん。だが。もちろん、オットーは素早く走り、上空から降りかかる醜い巨肉のカタマリを避けていた。


「やる気ならば、容赦はせんぞ!!」


 殺気と共に、我らが弓姫、リエル・ハーヴェルが矢を放つ!!『ヘカトンケイル』のブヨブヨの屍肉に、その矢が深く突き刺さる。しかし、致命傷にはならない。


 狩人であり、戦場では天才的な戦闘能力を発揮する弓使いでも―――この醜いアンデッドの『急所』までは知らないのさ。


 だが……リエルだって百も承知。効果が少ない攻撃を、リエルが行うはずもない。『雷』が発動していた。


 『ヘカトンケイル』の丸っこい胴体に深々と突き刺さった矢から、強烈な雷電が解き放たれる!!


 雷光が輝き、屍肉の団子が焼かれていく。


『ぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!?』


「効いていますね!……ソルジェさん!」


「おうよ!!前衛、突っ込むぞッ!!」


「はい!!いきます!!」


 オレとロロカが、『ヘカトンケイル』に向けて突撃していく。ヤツの体から目が開く。ヤツの物置小屋みたいに大きな体には、握った拳ほどの大きさ目玉が、無数にあるようだ。数など、数える趣味はない!!


「うおらああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 戦闘本能と殺意を爆発させながら、竜太刀を振り下ろす!!腕やら目玉が無数にある、その腐肉の集合体である胴体に、斬撃を叩き落とす!!リエルの『雷』が、消えるその瞬間を目掛けて、打ち込んでいた!!


 腕を斬り、目玉を破り、腐肉を裂いて―――その奥にあった、硬い骨格を打ち壊す!!


「でやあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!


 ロロカ・シャーネルの槍が炸裂していた。騎馬突撃のように、屈めた上半身のまま『ヘカトンケイル』に詰め寄って、神速の突きを撃つ!!


 速度と威力が一点に集中した、その強力な槍の一撃が、『ヘカトンケイル』の胴体を深く貫いていた!!


 ……『ヘカトンケイル』越しに、ロロカ先生の一撃の重さが伝わってくる。ディアロス族の槍術の威力は凄まじいな。わずかながらに、『ヘカトンケイル』の巨体が動いたんだぜ。


 オレも、負けていられないな。『ヘカトンケイル』は死んじゃいない。竜太刀で叩き斬られて、ロロカ・シャーネルの槍で突き刺されても……中の骨のカタマリが、粉砕されたとしても―――それは、あくまでヤツからすれば一部に過ぎない。


 アンデッドは、しつこいものさ。


 死という概念が、我々のような生者とは全く、異なるからな。『ヘカトンケイル』の腕が動く……ヤツらの腕が、オレとロロカ先生を捕まえて絞め殺してやろうと、青い指先でつかみかかってくるのさ。


 上も下も右も左も……ありとあらゆる方向から、死者の指が迫ってくる。おそらくは、『ヘカトンケイル』が得意としている反撃だな。敵に、突撃させておいて、強烈な筋力が宿る腕を回し、指で握り潰そうする。


 無類の耐久力と、無数の豪腕を持つモンスターらしい戦術ではあるな。この反撃を避けることは難しいだろう。突撃の強打を放った前衛には、とんでもなくね。掴めば、勝ちだと考えるかもしれないし、それは正しい。


 しかし。


 ストラウスの剣鬼と、ディアロス族の槍術を舐めてはいかん。竜太刀を握る指に力を込めて、鋼と己の重心を一つに結ぶ。鋼と共に、踊るのさ!!


 視界を埋め尽くすほどの勢いと数で、『ヘカトンケイル』の百腕は伸びて来る。つけ根である胴体の肉までも、揺れながら伸びたりするもんでな。まるで、土砂降りみたいに、死者の青い手と不気味な指が降り注ぐ―――。


 鋼の嵐は。


 死者の拳の雨などに、負けるこはない。


 ストラウスの嵐。竜太刀と共に、踊る、アーレスの鋼は、敵を斬り裂く快楽に惹かれて魔力を帯びていた。刀身が漆黒に染まる。アーレスの色だ。黒をまとった鋼の斬撃は、降り注ぐ死者の腕を瞬時に斬り捨てた。


 ……ディアロス槍術の神髄も冴え渡る。死者の手は、『水晶の角』を輝かせながら、槍と共に舞うロロカ・シャーネルに届くことはない。


 伸びてくる腕を、回転する槍が、石突きで打ち上げ、穂先で斬り裂き、柄で打ち払われ、突きの速射で射抜かれていく。刺突と打撃を組み合わせ、槍で鋼の結界を描き上げるロロカ・シャーネルは、死者の腕にその身を触れさせることはなかった。


 オレたちを掴もうとした腕の全てを破壊され、『ヘカトンケイル』は怯んだようだ。達人の前で、動きを止めてしまうことは命取りである―――オレとロロカは、同時に、この醜い屍肉のカタマリ目掛けて、強打を叩き込んだ!!


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