第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その29


「『炎』よ!!」


 呪文を使い、魔力を練り上げるまでもない。ただシンプルに『炎』を放ち……床を埋め尽くしている黒っぽいカビを焼き払っていく。燃え尽きた焚き火が放つような、鼻を突く臭いがする。しかし、それも一瞬のことだった。


 エルフの弓姫が『風』を放ってくれたからね。焼き壊されたカビを、吹き飛ばすための突風が生まれて、床をすっかりと掃除してくれたよ。焼けたカビの臭いはしなくなったというわけだ。まあ、このダンジョン自体が、色々と変な臭いには満ちているが……。


 とにかく。


 床は綺麗になった。ドワーフ族の匠が、ここを建設した時と同じとまでは言えないだろうが、床石からは黒カビが取り払われて、真の姿を現している。


 辺り一面に、傷が走っているぜ……壁に開いた穴から、左右に向かって飛び散るように傷が広がっている。ブロックを引きずったような痕跡もあるな……。


 考えられることは一つだけだ。


「カビが傷を埋め尽くすほどの大昔に、『何か』が水路から、そこの壁を『攻撃』したらしいな。ぶっ壊れた壁の素材が……こちら側に吹き飛んできた」


「かなりの破壊力っすねえ?団長やロロカ、あとゼファーとかならやれるっすか?」


「ああ。かなり疲れるだろうが、魔剣、霊槍、竜の火力……そういうモノを叩き込むことでもぶっ壊せる。あるいは、火薬を使うか、工事だな……掘り進めていて、最後の一撃だけが強かっただけかもしれない」


「とにかく、かなりの力でぶっ壊したわけっすねえ。こっちからじゃなく……水路の方から」


 皆がその穴から離れたまま、穴の先にある地下水路を見つめていた。あそこには、何かがいるのかもしれない。暗い地下を走る水路は、何とも静かで不気味だったよ。ゼファー並みの筋力を持ったモンスターが、あの水路から飛び出してくる?


 そんなイメージが心に浮かぶと、貌がニヤついていけないな。ちょっと、出会ってみたくなってしまう。


「……オットーさん、ジェド・ランドール氏の日記には、得体の知れないアンデッドとの遭遇があったと?」


「ええ。もしかすると、『そいつ』が、この穴を開けたのかもしれませんね」


「地下水路に、クジラちゃんでもいるの?」


「クジラか。たしかに、アレならば、大きくて強そうだったな。その死体を……海から運び……アンデッドにして、ここに放り込んだ?」


「大型のアンデッドを作りたいとすれば、ありえなくもなさそうだな。その場合、この穴は100年前あたりに開いたのか」


「『アプリズ魔術研究所』の仕業というわけだな」


「穴を開けたのが、大型アンデッドだったらな」


「では、他の可能性もあるのか?」


「……『モルドーア』は内戦で滅びた国だという。あの地下水路にも、管理や修繕のための通路ぐらい、あるだろうからな……地下水路から、ここに穴を開けて……王城に攻め入った可能性もゼロじゃない」


「ドワーフ族ならば、それも可能というわけか。秘密に隠された道ではあるが、誰もが秘密を漏らさぬ口をしているわけではないものな」


 工事に携わったもの、あるいは王家や上級貴族や近衛の騎士。色々なヤツらが、この二種類の地下施設のことを知っていた。異国の敵には悟られなくても、身内になら、バレていた可能性も十分にあるというわけだ。


「つまり。穴を開けた方向は分かったが、何者によるモノかまでは、分からぬままということだな」


「そういうことだ。だが、ジェド・ランドールがこの付近で、得体の知れないアンデッドと遭遇したというのなら……そいつも仕留めて置くべきだ」


「ハイランドの『虎』さんたちが、ここに来るかもしれないもんね!」


「そういうことだぜ。ギンドウ、『釣り』をしようか」


「大型のアンデッドを釣るっすか?……ああ、ゲテモノ過ぎて、モチベーションが上がらねえっすけど……仕事っすからねえ。で、エサは?」


「ジェド・ランドールに食いついたんだぜ。生きたヒトの臭いだか魔力に、惹かれてやって来るだろうさ」


「なるほど。じゃあ、オレと団長で、あの穴のトコロで突っ立っておくっすか」


「やけに献身的だな」


「実際に、釣りもするっすからねえ」


 呑気なことだな。ギンドウは、自分の槍の穂先に、釣り糸をくくりつけていた。発明家さんは器用なもんだよ。そして、遊び心を忘れぬ男は、準備がいい。釣り糸と釣り針だけじゃなく、ベーコンの切れ端も用意していた。


「地下水路の魚は、ベーコン好きなのかよ?」


「何でも、モノは試しということっすよ。それに、ロロカ説によると、この水路って、どこかの『溜め池』から水を引いている……そこから、ウナギでも遡って来ているかもしれねえっすから」


「ギンドウちゃん、ウナギちゃんはベーコン好きなの?」


「ミアっち。魚はエサにはうるさいんすよ?」


「どういうこと?」


「ヒトでもハンバーグが好きなヤツもいれば、白身フライが好きなヤツもいるように、魚どもも、同じ種類でも、地域によって好むエサが違うんすよ」


「そーなんだ」


「棲んでる環境で、同じ魚でも、好みのエサがビミョーに変わる……その土地の魚を釣りたい場合は、その土地にあったエサを用いるべきなんすよ」


「ギンドウちゃん、博学!」


「まあな!」


 遊びに関しちゃアクティブな男だからな。でも、ギンドウの言葉は正しいよ。魚が好むエサってのは、地域性がある。ガルフも言っていたな。『究極のエサ』を開発することは出来ないと。


 土地が変われば、言葉遣いや好む味も変わるのは、ヒトだけじゃなく、魚さんもだよ。基本的には、現地で採取するエサを用いるのがベターではあるが……。


「でも。ベーコンは、この場所に適したエサになるの?」


「へへへ。そいつは分からねえっすよ。でも、釣れたら笑えるし、そこらにいる虫けら捕まえて針に突き刺すのは面倒っすもん」


「ギンドウちゃん、テキトー……」


「魚がいるかどーかも分からねえっすから。テキトーでいいんすよ……っと!」


 槍……いや、竿を振って、ギンドウは地下水道にベーコンのついた針を投げ込んでいた。オレも、ギンドウの隣りに座り、『風』を使う。ヒトの臭いを、地下水道に送り込むためだよ。『風』に乗った生者のにおいで、『正体不明のアンデッド』をおびき寄せるのさ。


「……釣りも楽しめるし、金も稼げる。いい仕事っすねえ」


 このダンジョンでの仕事を、そんな風に言ってのけるとはな。さすがは、ギンドウ。楽しむことにかけちゃ、超一流だ。


 さてと……どれぐらいで釣れるもんかな?……そして、どれぐらいであきらめるべきなのか。『未確認のアンデッド』が、今も動いているのかは、分からない。呪術が切れているかもしれないしな。


 ゾンビの類いだとすると、腐敗が進み過ぎて、ぶっ壊れてしまっているかもしれない。アンデッドだって、永遠に存在するわけじゃないのさ。


 さてと、水の流れはほとんどないが……わずかに東だな。


「オットー。100年前から、『ヒューバード』の地下にアンデッドが発生し始めたんだったよな?」


「ええ。そうらしいですね」


「……地下水道の流れに、呪術が乗ったとオレたちは考えていた。ここからだろうか?」


「……呪術の質によれば、そうなのかもしれません。確証は得られませんが」


「そうだな。断定するまでは至らないか」


「ええ。ですが、その可能性も否定することは出来ない。さっきのゾンビも含めて、彼らはここに入り込んで、何かを行っていたのは事実ですから」


「……『アプリズ魔術研究所』の連中は、ここで何をしていたんすかねえ」


 ……大量の『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』を造ったし、『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』の腹に『鍵』を隠した。もしかすると、ここに大穴を開けて、水路に巨大なアンデッドを放つ……?


「何がしたかったんだろうな……」


「魔術師の結社という存在は、独自の考え方に支配されているものです。部外者である我々には、想像することも出来ない教義を抱えているのかもしれません」


「……『ウィプリ』を造った数を考えるだけでも、狂気の集団だってことは理解できる」


「あれだけ、よく騙したもんっすよねえ。怪しい魔術師について行っちゃいけません。ガキでも知っている言葉でしょうに……」


「ヒトは夢に騙されるものさ」


 魔術師になりたいという夢。あるいは、自分が魔術師ではないという劣等感。そういったモノに、ヒトは支配されてしまうことがある。


 金や余裕がある人物ほどに、そういう行いに対する執着や投資も大きくなる傾向があるのも事実で―――怪しげな結社のくせに、意外と金持ちのパトロンを見つけていたりするんだよ。


 むしろ、怪しいほどに魅力的なのかもしれない。常識では、魔術や魔力は天賦の才で決まるとされている。だからこそ、非常識の世界に頼らなければならない。魔術や魔力を求める資本家たちは、常識を求めているわけではないのだろう。


 ……ランタンの光に照らされる、地下水路をじっと見つめながら、時が経つのを待つ。精神は集中しているが……あまりにも、無音であり不動。これから、どれだけの時間をこの作業に使うべきか……。


 そんなことを考えていたら。ギンドウの槍―――いや、釣り竿に、まさかの当たりが来やがった。


「おお!!地下魚、キターぁあああああああああああ!!」


「……マジかよ?」


「釣れるものですね」


「よっしゃああ!!」


 ギンドウが竿を振り上げて、何かを釣った。意外と大きいぞ。25センチはありそうだな……。


「ハハハハハハハハハハハッ!!ベーコンに食らいつきやがったぜ!!」


 爆笑しながら、ギンドウは釣果を連れて、フロアに戻る。猟兵女子たちに、その白っぽい魚を見せに行っている。オレとオットーも、ギンドウの後を追いかける。アンデッドも気になるが、その洞窟魚も気になるのさ。


「……白い、ローチ……なのか?」


「ヒゲが生えてるね。口が下についてるよ?」


「……目が、細くなっていますね。色素も失われて、視力も退化してしまった魚のようです。ローチ科特有の、下についた口で、地下水道に沈殿する泥の中をすすり、そこにいる小さな生き物やその死骸を食べていたのかもしれません」


「……サバイバル野郎なお魚さんだ!!」


「こんな地下にいても、大きくなれるものだな……しかし、薄気味悪い。さっさとリリースしろ、ギンドウ・アーヴィング?」


「昼飯に一品増えたって、前向きな解釈で、オレの釣果を讃えないっすか?」


「……お前だけが食べろ。私は食べない」


「ミアも食ーべない」


「私も、遠慮します。この場所で生息しているにしては……不思議と大きい。呪術や、錬金術による薬の影響かもしれません」


「……そんなこと、言われると、リリース決定っすよね?……あんまり変わったモノを、ダンジョン内で食べるとか、確かに愚かしいっすもんね―――――」


 ―――ギンドウが押し黙る。皆が、静かにしていた。気づいていないフリをするのさ。釣れていた。色白の洞窟魚だけではなく……もう片方についてもな。


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